プロローグ 裏切りと冷遇
裏切られた、と気付いた時にはもう遅かった。
俺、久本 大牙は、クラスメイトの相沢 有志と異世界に召喚された。
そう、その時はまだ良かった。
ハーフだから金の髪をしている有志とは違い、俺の純日本人の黒髪や黒目が嫌な目で見られているのには気付いていたが、近々現れると予言された魔王を倒すための勇者は多いに越したことはない。
表向きは歓迎されていた。
しかし。
「調べてみた結果、貴方には勇者にあるはずの光の魔力が一切存在しないことが分かりました。……それどころか、本来魔物しか持たないはずの、闇の魔力を持っています」
「はい?」
この国の宰相と名乗った人の言葉が、俺は理解できなかった。
「それは、どういう……」
「つまり、貴方は、勇者ではないと言うことです」
「なっ!?」
「この城からも直ちに立ち去ってください。勇者として使えぬものを置いておく気はありません」
ちょっと待ってくれ!
俺はそう叫んだが、まるで取り合われない。
それどころか、衛士を呼んで、俺を本気で追い出そうとする。
「離せっ、なにすんだ!? ——あ! おい、有志!」
遠くに有志の姿を見つけて、助けを求める。
一瞬、衛士の腕が緩んだ隙に、俺は有志の方へと走り寄った。
「有志、助けてくれ!」
「大牙。何があったんだ?」
「なんか俺、勇者じゃないとかって言われて……!」
「勇者じゃ、ない?」
「ああ。でも、勇者じゃなくたって、きっと役に立ってみせるから! お願いだ、こいつらを止めてくれ!」
有志は、あんまり仲のいい奴がいなかった俺の一番の親友だった。だから、きっと助けてくれると思った。
が。有志の口から出たのは、まるで予想外の言葉だった。
「あー良かった。やっぱりな」
「は?」
「俺とお前が同じ勇者とか、ナイと思ってたんだ」
「有志、なに言って……」
だから、と有志はそれはもう面倒そうに答えた。
「クラスの人気者だった俺と、ぼっちだったお前。一緒とか、あり得ないだろ」
今度は、有志の言葉が理解できなかった。
うわーでも安心したわ、と有志はクククと笑った。
俺はなんだかまずい予感はした。けれど、
「で、何? 止めろって」
有志の言葉にすがる他なかった。
「追い出されそうなんだよ、俺! 有志から、なんか言ってくれないか?」
「何で?」
「何でって……と、友達だろ!?」
「友達? 俺とお前が?」
あり得ねー、と有志は笑った。
この上もなく、嫌な笑いだった。
「あのさ、俺にとって、お前は道具なの」
「ど、道具?」
「そー。“あんなのにかまってあげる有志くん優しー”って、女子とかに思わせるためのな」
「そんな……」
じゃあ、全部嘘で、演技だったのか。
俺が呆然と呟けば、そりゃそうに決まってんだろ、と有志は言う。
「この世界きてから四六時中お前といるの、本当に苦痛だったわ。お前、キモいしウザいし。そのくせして、何もできないんだろ?」
お前はもう不要だよ、と言う有志の声が頭の中に響く。
「だって俺、勇者なんだぜ? 漫画とかで言えば主人公だぜ? 引き立て役ももう要らねえの。……さっさと出てけば?」
目の前が真っ暗になった気がした。
いつの間にか後ろに来ていた衛士に腕を掴まれ持ち上げられる。
なんだよ、俺が道具?
引き立て役? お前が主人公だ?
真っ暗になった視界に、真っ赤な火がついた。
「……ざけんな」
「はぁ?」
「ふざけんなっつったんだよ! お前みたいなクズが勇者で、この国は終わりだ、この世界は終わりだ!」
俺は怒りのままに叫んだ。
「終わらなくても、俺が終わらせてやる!
壊してやる、壊してやる、呪ってやる呪ってやる!
この国も人間も全部全部、」
追い出されようとする体をめちゃくちゃに振って吠える。
「俺が滅ぼしてやる!」
衛士たちは俺を城の外にポイと投げ捨てて、心底蔑んだ目で見ながら、来た時の服と荷物、それから僅かばかりの金を放った。
俺はその金を拾わなかった。服と荷物だけを抱えて、俺は立ち上がった。
俺には、何もない。
勇者だから、とかろうじてあった居場所も、たった今失われた。
だが、最後に残った誇りが、俺に金を拾わせなかった。
街行く人々の視線が痛い。
あからさまな嫌悪が混じっているものもあった。
当たり前だ、黒はただでさえ嫌われる色だそうだから。
重い足を引きずるようにして、俺は人気のない方へと歩いて行った。
俺は、のたれ死ぬのかもしれない。
金もなく、居場所もなくて、生きていけるはずが無い。
人影一つ無い森に着いた時、俺はひたすらに、
「滅べ、滅べ、滅べ、滅べ」
と呟いていた。どうせなら、この国も一緒に死ねばいい。
そんな時、ふと俺の肩に何か重みがかかった。
見るからに高そうなビロードのようなマントだった。
後ろを向けば、
「……魔族、か」
明らかに人でない男がいた。
その目は白目と黒目が反転していて、真っ黒な眼球に白が浮かぶのが不気味だった。
俺は落ち着いていた。
心が既に凍ってしまった様だった。
俺は殺されるのか、と覚悟しかけた時、男はいきなり膝をついた。
「……、どういうつもりだ?」
「申し訳ございません。本来なら、我らが城にお招きするはずが、人間共の魔法の干渉を受けてしまったらしく。お迎えが遅れましたこと、心よりお詫び申し上げます」
「お前らの、城? 迎え?」
「そうでございます——魔王陛下」
魔王。魔王と、この男は言った。
普段の俺なら驚き、困惑していただろうが……今は驚くよりも先に、俺は全てのピースがはまったような、妙な納得を覚えた。
もうすぐ現れるという予言。本来なら魔物しか持ち得ないという闇の魔力。そして、この世界に召喚された理由。
俺は笑い始めた。
魔族の男が戸惑ったように俺を見ている。
だって可笑しいだろ、魔王を倒すために呼んだ勇者によって、魔王が生まれてしまったのだから。
馬鹿だな、と思う。有志も、あの国のものはみんな馬鹿だ。
後悔すればいい、もしもこんな風に追い出していなければ、と。
もっとも——
「おい、お前」
「は、はい」
「俺をその城に案内しろ」
「ええ、そのために参りました」
魔族の男の後ろを歩きながら、俺はクスクスと笑っていた。
あいつらが後悔する時。
それは恐らく、この国が、あるいはこの世界が——滅ぶ時なのだから。