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世界を描く

 現実へと戻った。

 クロードの意識が、その心が現実の肉体へと帰ってくる。

 記憶の中へと沈み込んでいた時間は数秒か数分か。ただ、とにかくそうして自身が意識を飛ばしている間にも並列化された思考は定められたルーチンワークをこなすかのように創造魔法の発動を止めていなかったようだ。そうでなければ自分は今頃死んでいたのだろうが、それにしても自分のことながら本当に器用なことをするものだと感心する。

 この心情もきっと、変化なんだろうなぁ……。

 自分自身に感心するなんて、ほんの数日前の自分では考えられないことだろう。

 少しでも自分の弱さとは違う部分も認めることが出来るようになったと、そういうことなのだろうか。

 と、そこまで考えて、クロードはそれ以降余計な思考を全て止めた。

 時間はもう残されていない。クロードは自らが持てる全ての思考を総動員して、最後の戦いを始める。

 息を吸う、吐く。呼吸を整え、リズムを整え、己の体をただ思考をするための機械へと変えていく。余計なものは全て外へと追いやる。心の内に残るのは、劣等感と希望。そして自らが積み上げてきたものだけ。それ以外は必要ない。思考をするための機械は自らの能力を十全に発揮するために目を閉じた。

 思考は熱を持っている。

 研ぎ澄まされた思考速度は熱を生み、脳の神経を通じて全身にその高熱を届けていく。あらゆる回路が火を噴き、全身が火に包まれるイメージが咄嗟に浮かんだ。そのイメージすらも余計なものとして排除していく。

 思考は熱を持っている。

 目の奥はちかちかと点滅を繰り替えし、ついにはただ真っ白な光の球となって視覚の全てを覆い尽くす。

 思考は熱を持っている。

 思考が熱を持っている。

 熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い。

 神経が焼き切れてしまいそうだ。

 だが、それでも構わない。これは証明のための戦いだ。

 全て、無駄ではなかったと証明するための戦いだ。

 苦しかったことも、辛かったことも、痛かったことも、悔しかったことも、踏みにじられたことも、笑われたことも、泣いたことも、怒りに震えたことさえも。幸せだったことから不幸せだったことまで、今日までクロード・ルルーが歩んできた人生の全て、今日までクロード・ルルーが積み上げてきた全て――――

 ――――何もかも、全て、無駄ではなかったのだと。

 そのことを、証明するための戦いだ。

 だから今日、この日がある。

 何もかも全て無駄ではなかったと証明するために。

 何もかも全てをクロード・ルルーは救わなくてはならない。

 好きになった人も、生まれた国も、この背を押してくれた全ての人。

 そして、自分自身でさえも、クロード・ルルーは救わなくてはならない。

 だから、構わない。全身の神経が焼き切れようが、構うものか。その身の全てが炎に包まれ地獄に落ちようと、自分は救わなくてはならない。証明しなくてはならない。

 クロード・ルルーという男の全ては今日、この日、この時のためにあったのだ。

 成すべき力は我にあり。

 全てを賭けて、クロードは戦いを挑む。

 無意識の内にかけていたリミッターが外れた。己の身を守るためにあった機能を消し飛ばしたのだ。最大速度を持った思考の中、クロードは世界の全てが止まっているように感じた。自分の思考以外の何もかもが動きを止め、まるで意識だけがはるか先に進み続けるような感覚を得た。

 止まった世界。そこでクロードはまず一旦全ての思考をリセットした。封剣から送られるルーンを消費するために行っていたいくつもの並行した創造魔法の発動を止める。通常ならばその時点でクロードの体は送り込まれるルーンに耐えられず内側から破裂して死んでしまうが、停止した世界ではルーンの供給すら止まっている。

 今までのクロードは創造魔法を使う際、自分が昔描いた絵画からそのイメージを流用していた。記憶の中からそれらを引っ張り出すことで、一からイメージを作り出す手間を省いていたのだ。だがこれから始めるのは今までクロードが避けてきた一からの創造だ。

 リセットされた思考が動く。並列化された思考は凄まじい速度を持って、それぞれ別のイメージを作りあげていく。

 それは緑のオーロラが降り注ぐ丘だった。

 それはクジラの形をした白い雲だった。

 それは広がる青い氷の大地だった。

 それは水色の飛沫をあげる滝壺だった。

 それは星の瞬く紫の夜だった。

 それは獣の眠る褐色の森だった。

 それは風の走る群青の草原だった。

 それは鳥の舞う橙色の大空だった。

 それは風になびく、彼女の金色の髪だった。

 しかしそれらは完全に別個の存在ではない。一つ一つはまるで違うイメージであり、光景だ。その全く違う光景は、しかし一つに集まり、収束し、もっと別の大きな光景を生み出すのだ。

 あの路地の裏、オルタナのために描いた絵画のように。

 だがそれよりも遥かに巨大なキャンパスに、クロードは描いていく。

 いくつもの光景を重ね、いくつもの情景を重ね、いくつもの風景を重ね。

 枝分かれした思考はたった一つの広大なイメージへと収束する。

 彼女に見せたかったもの、彼女に伝えたかったこと、共に見たかったもの、共に感じたかったこと。

 辿りつくイメージの先は希望だ。先程までは過去からの流用でしかなかったイメージが、ついに全く新しいゼロからの想像となった。それはすなわち未来の光景。訪れるかもしれない希望の姿。

 任された。頼まれた。お願いされたのだ。

 幸せに、してあげてと。

 ああ、ならば叶えよう。

 その幸せのために描こう。

 世界というキャンパスに色を乗せていこう。この部屋だけでもない、浮遊城だけでもない。もっともっと大きな世界に描いていこう。

 たった一度の発動を持ってして、封剣の全てのルーンを使い切ってしまうような、そんな大きな希望を描いて見せよう。

 思考は熱を持っている。

 ああ、だけど、きっと、それくらいが丁度いい。

 この熱はまだ自分が動いているという証だろう。

 イメージは既に完成した。クロードの思考の全てを使い作られた希望の光景は、世界へと出ていきたがって身を震わせている。

 停止した世界が動き出す。

 封剣のルーンが体に入り込む。この身が全て満たされた瞬間に、クロードは呟いた。

 それは創造魔法を発動させるためのたった一言。己に語りかけるための言葉をクロードは口にした。

「――I draw the world――」

 今、少年は世界を描く。


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