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成すべき力は我にあり

 上空。モネは自身と浮遊城の間に形成された防護障壁を見つめていた。

 おそらく、この障壁は一番隊の魔法ですわね……。

 いやらしいほど精密な防護魔法は、王都守護を任された彼らの魔法そのものだ。

 だが、その障壁も長くは持たなかった。今、モネの目の前で防護障壁の壁にヒビが入ったのだ。やはり、浮遊城ほどの重量を支え続けるのは困難なのだろう。

「ですが、充分に時間は稼いでくれましたわ」

 減速ではない。彼らの魔法はほんの数分だが、確実に浮遊城の落下を止めたのだ。それは先程までのモネの働きよりも、よほど大きな戦果だろう。

 わたくしも、負けていられませんわね……。

 ヒビが入り、壊れかけた防護障壁に動きがあった。重ねられ束ねられていた力が、広がりを見せたのだ。分厚い壁の形をしていたそれは薄い膜のドームのような形状へと変わり、浮遊城の大地の層を包み込むように変化した。

 完全に支えきることは無理だと判断し、とにかく時間を稼ぐための形状へ防護障壁をシフトさせたのだ。重なり合っていたものを薄く伸ばせば、当然強度は落ちる。だがそれを大地そのものを包み込むように展開することで、全て破壊しなければ浮遊城が通り抜けられないようにしたのだ。モネの目の前でもすぐに障壁の破壊は起こったが、それは全体には至らない。まだ、浮遊城は落ちることができない。

「それでも、あと持って一分ってところですわね」

 モネの直感はそう告げている。

 一分を正確に数えることはしなかったが、それに向けてモネは自身の調子を整えていく。大きく息を吸い、吐く。何度かそれを繰り返し、体の中に自分のリズムを作る。

 狙うのは防護障壁の破壊と同時の特攻。静止状態から動きだすまでに時間は与えない。浮遊城が落下の速度を得る前に、また力の限り押してやるつもりだった。

 いつでも飛びだせるよう準備をしながら、力を内へと溜め込む。炎の翼は展開され、いつでもその推進力を持って瞬時にトップスピードに届くはずだ。

 来い。来い……。

 まるで獲物の隙をうかがう肉食動物のように、モネは腰を落として浮遊城を睨みつける。

 そして、時は来た。防護障壁が砕け散ったのだ。

 その瞬間をモネの視界は確実にとらえていた。集中し、研ぎ澄まされた世界はまるで時間の流れが遅くなったかのようにゆっくりと進む。障壁にひびが入り、内から外へと広がるように砕けていく。そして完全にその破片すらも消えた瞬間、モネは動く。

 浮遊城へと突撃する。

 間に合うはずだった。だが、モネにとっては予想外の乱入者が姿を現す。

「……!?」

 それは巨大な腕だった。真っ赤な血管をいくつにも束ねてできたような腕。まるで巨人のもののような巨腕が右手と左手、それぞれ一つずつ。モネをその間に挟むようにして下方からせりあがってきたのだ。

 突然のことに、モネは思わず浮遊城へと向かわせていた速度を落とし止まってしまう。

「な、なんなんですの!?」

 二つの巨腕はそのまま両の手の平を開き、空の大地を掴んだ。

 爆風が巻き起こる。落ちかけていた浮遊城がその速度を急激に落としたのだ。

 巨人の両腕はモネがそうしていたように、浮遊城を押し上げた。

「これは……」

 落ち着いて、よく見てみれば、モネは目の前の腕を知っていた。これはアルフレッドが使う王国魔法の一つ《歴史の重み(ヒストリア)》だ。一年ほど前、アルケミアの実戦演習で一度だけ見たことがある。

「確か、歴史の重みを、現実的な重量に換算し腕というイメージで行使する魔法、でしたわね」

 歴史とは、オードランの歴史のこと。アルフレッドがこの国の王であり、その身が自国内にある時だけ発動することができる限定魔法。しかしその分、その威力は計り知れない。

 なにしろオードラン建国から現在までの千年にも及ぶ歴史を重量へと換算して操るのだ。重さはそのまま、力になる。つまり千年分の国の力がこの巨大な腕には込められているのだ。

 歴史の重み。

 それは国と共に歩んできた王族にだけ許された特別な力。

 千年の歴史という巨大な力。だがそれを持ってしても、浮遊城は完全には止まらなかった。押し返す力徐々に落ちる力に負けていく。

 これでもまだ、足りないのか。

 まだ、届きませんの……?

 あまりにも巨大な城の存在に気圧される中、巨腕の左手、空の大地を掴む手の平の隙間から何か小さなものが零れ落ちるのをモネは見た。それは真っ直ぐにこちらへと落ちてくる。モネはそれを胸元の辺りでキャッチ。何かと思って見てみれば、藍色の巾着袋だ。中には拳ほどの大きさの球体が入っている。

「浮遊城から落ちてきたものとは考えられませんわね。とすると、アルフレッドがわたくしに届けたんですの?」

 とにかく開いて中を取り出す。拳ほどの大きさの球体は黒い色をした何かだった。全く何が何だかわからないその球体は、どうやら食べ物のようだ。

「兵糧の一種ですの……?」

 まさか毒が入ってるわけでもあるまいと、思い切って一口で全て口に入れる。瞬間、口の中には猛烈な甘さと辛さと苦みとしょっぱさが混ざったような衝撃的な味が広がる。まるで味覚の絨毯爆撃だと思ったが、しかし不味くはないのだ。というより、美味しい。全く未知なる味と触感のように感じられたが、しかしこれをどこかで食べたような気がモネにはした。よく記憶を探って思いつく。

「わたくしが料理に失敗して作り出してしまったあれを美味しくしたらこんな感じになりそうですわね!」

 何がに何だかわからない不思議な料理だったが、美味しかったし、力も湧いてくるような気もする。多分、メイド長が作ったものだろう。彼女なりの助力というやつだ。

 再び上を向く。アルフレッドの魔法《歴史の重み(ヒストリア)》が浮遊城を押し上げようと戦っている。モネはその両腕の間に向かって突撃。《歴史の重み(ヒストリア)》の真似をするかのように両の腕をピンと伸ばして浮遊城を押す。

 モネの参戦によって、また少し速度は落ちた。

 あと、どれくらい時間を稼げばいいのだろう。そんな疑問が頭の中に浮かぶ。それは状況に対する不安。まるで見えない己と戦っているようだと、モネは感じた。あと何分戦えばいい。あとどれくらいこうしていればいい。浮かぶ疑問は解消されることなく頭の中にたまっていく。こんなことを考えている余裕はないことはわかっていたが、それでも考えずにはいられなかった。

 これはわたくしの弱さでしょうか……。

 強敵に対する不安。その強さ故に勝てるはずの勝負しかしてこなかった、精神的脆弱。机上の怪物と英雄との相対を経て、敵を前に動けなくなるようなことはなくなったが、まだまだこの心は強くない。

 どうすればいい。

 疑問がさらに強くなっていく。その間も浮遊城の巨大な重量を支え続けなくてはならない。身体は徐々に悲鳴を上げ、痛みを訴えていた。しかし、その痛みが急に消えた。身体にかかる負荷がすっかりなくなったのだ。

「なんですの!?」

 驚き、浮遊城を押しながらも自分の体を確認した。すると、己の体に自身がつけた防護魔法と強化魔法以外の魔法までかかっているのだ。それはとても強い魔法。そして何より、精密で隙のない構成。

 一番隊による防護魔法。それが自分を守っているのだ。

 モネは何度か念入りに全身の防護魔法の強度を計る。

「よし。これなら、わたくしが自分から防護魔法を使わなくても平気ですわ」

 一番隊のかけてくれた魔法は、それだけの十分な強度を持った防護と強化だった。

 自分で防護を行う必要がない。それはつまり、その分の余力を全て浮遊城を押し上げる力に回せるということだ。そして、モネはそこまで考えて気が付いた。もしかしたら、一番隊はこれを狙っていたのではないのかと。

 ただ、わたくしを守るためではなく、わたくしが全力を出せるようにしてくれた……?

 本当にそうなのかどうかは今はわからない。だけど、そう思っておくことにした。そっちの方がいいと、そう思ったのだ。そっちの方が、背中を押されているみたいでいい。

 ――――守りは任せろ。だから、他の全てを頼む。

 そういうこと、なのだろう。それもまたそれぞれの役割という奴だ。

 息を吸う、吐く。呼吸を整え、リズムを整え、己の体をただ前へと進むものへと変えていく。

 迷いや不安や疑問は、外へと追いやった。そんなことを考えている余裕はない。〝不屈〟以外の全てを心から排除する。思考に使うエネルギーさえも力に還元し、叩きつける。それがモネ・ルルー・レヴァンテインが得意とする戦闘だ。

 考えるな、感じるな。ただただ、愚直に力をぶつけろ。その身の力を、全て。

 守りは任せた。背中を任せたのだ。だからそれ以外の全てを任せられたのは己だ。

 成すべき力は我にあり。

 まっさらになった思考の果て、モネはただ前へと進んだ。

 重てええええええええええ! 超重てええええええええええええええええ!

 アルフレッドは内心の動揺を悟られないように必死で表情を作りながら、心の中で叫んでいた。両足を大きく開いて両手を上に上げたポーズ。自らの腕の動きに連動する赤の巨腕を操作するための体勢だが、それ以上に浮遊城の重さに耐えるため、という意味が大きかった。

 わかっちゃいたけど重すぎるわ! 必殺の魔法まで使ってこれなのかよ!

 王国魔法《歴史の重み(ヒストリア)》。アルフレッドにとっては秘伝中の秘伝、滅多に使わないとっておきの魔法だ。自らが王であるということすら術式に組み込むこの魔法は、オードランが歩んできた歴史を重量に換算して巨大な両腕というイメージで使役する。

 だがそれは正確には真実ではない。術式の構成理論的には、全ての歴史を重量に換算することが可能だが、それをするためにはアルフレッドのルーンの収集量では足りないのだ。今のアルフレッドに扱えるのは精々ここ百年ほどの歴史だけ。

「それでも百年はあるはずなんだけどなぁ……」

 しかしそんな百年ほどの歴史では、あの空を飛ぶ城はびくともしないようだ。城が段々と削られて行っているという報告なので、重量だって少なくなっているはずなのだが、それでこれとは恐れ入る。おそらくその大きさ以上に質量は膨大なのだろう。

 大国の歴史すら及ばぬ、巨大な黄金の城。

 それ故に、その身一つで黄金の城を押し上げようとするモネにアルフレッドは驚嘆した。

 防護障壁が崩れた後、障壁操作のために城中に散らばっていた一番隊の隊員たちを全てこの内庭に集めた。モネに対して防護魔法と強化魔法をかけてもらうためだ。そうすれば彼女はその力を全て攻撃に転嫁できるはずだと考えたのだ。実際、それは上手くいった。だが予想以上にモネが浮遊城を押し上げる力は上昇した。果たして彼女の中で何か重要な変化があったのか、それはわからない。だがとにかくモネの力は劇的に上昇したのだ。

 今のモネの力は《歴史の重み(ヒストリア)》よりも上だとアルフレッドは予想する。自分が一人で浮遊城を押し上げていた時と、彼女が参戦した後、明らかに彼女の参戦後のほうが速度の低下が著しい。

 大国の歴史すら及ばぬ浮遊城もまた凄まじいが、その歴史に己が身一つで届かんとするモネのほうが群を抜いて凄まじいとアルフレッドは思う。

 つーかあれ、勝てる奴いんのか……?

 王国最強どころか世界最強なのではないかとさえ思った。シンプルな戦いになればなるほど力を発揮するタイプだということは、学生時代の付き合いで知っていたが、まさかこれほどまでとは。

「俺様も負けてらんねぇぜ」

 気合いを入れる。浮遊城の重さを支える両腕は裂けそうなほどの負荷を得ている。もしかしたら、この戦いが終わればこの腕は使い物にならなくなってしまうかもしれない。だが力は緩めない。手は離さない。誰も彼も諦めず、この愚王の背中を押してくれたのだ。

「ここで俺様が諦めるわけにはいかねぇよなぁ!」

 ちらり、と周囲を見渡す。バトラー、メアリ、ジャン・ジャック。そして一番隊の隊員たち。それぞれが、それぞれのできることに必死だった。

 もうやめよう、もう無理だ。諦めよう。

 そんなことを言う人間は、どこにもいない。

 だったら、まだ大丈夫。俺様はまだ、自分の弱さを殺していける。

 アルフレッドは浮遊城を見上げる。きっと、あの中のどこかでクロードもまだ戦っているのだ。モネの「時間を稼げ」というメッセージを考えれば、クロードが戦っていて、しかもそれがこの国を救うのに重要な戦いであることは容易に予測がついた。だが、そんな理詰めの思考は無しにしても、彼はやっぱり戦い続けていると思うのだ。

 クロードが一度、モネに円卓から吹き飛ばされ、そして戻ってきたときのことを思いだす。この城の門前。震えながらも、惚れた女を救いにきたのだと言いきった男の気迫を思い出す。

 あの時の自分は、クロードという存在を利用する気でしかなかったけれど、もしかしたらこうなることもどこかで自分は期待していたのかもしれない。あの男の気迫と覚悟と、呆れるほど真っ直ぐな思いに、期待し、望んでいたのかもしれない。

 なら、期待した分は戦おう。望んだ分は続けよう。

 前へ、前へ。

 この手にかかる重さは、己が背負うべき希望の重さなのだから。

 決して、落としてはならないのだ。


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