「お姉ちゃんに、任せなさい」
凄い、ですわ……!
モネは素直な驚きと感動を覚えていた。
クロードが封剣に触れた瞬間、それは起こった。空間そのものがぐにゃりと形を変えたかと思うと、クロードの周囲を中心にして、部屋を埋め尽くすほどの巨大な森が姿を現したのだ。
無から有の創造。
世界の変革。
まさしく創造魔法のなせる技だろう。
モネやクロードよりも遥かに背の高い木々、それらが密集する様はまるで自然の牢獄のようでもある。だが真に驚くべきは創造された森の巨大さよりも、その精密さだろう。森は、ただ巨大な木々が連なっているだけではない。床であったはずのものは地面へ変わり、密集する背の高い草の中では時折昆虫が羽を震わせ飛び立った。森の奥深く、こちらからは見えない場所からは小鳥のさえずりまで聞こえてくるのだ。
木や草だけじゃない。クロードは森に生きる生命までも創造してみせたのだ。
そして最もモネが驚嘆したのは森林特有の空気である。木や果実や、草や土が織り交ざった自然の匂いと、そして密集する葉の外側から漏れる淡い太陽の光。それらが作り出す湿っぽくもどこかすっきりとした空気がモネの体を包み込んでいるのだ。
ただただ記号としての〝森〟のイメージではない。全てを含んだ状況としての〝森林〟のイメージだ。
あの一瞬で、これだけ細密なイメージを頭の中で組み立てたっていうんですの!?
封剣に触れた人間が、ルーンの強制供給に耐え切れず内側からはじけ飛んでしまうまでにかかる時間は正確にはわからない。だが先程、クロードが破裂しかけた状況から見るに、その猶予は五秒とないはずだ。
三秒、いえ。二秒がいいところですわ。
それほどの短時間で、クロードはここまでの精密なイメージを作りあげ、創造魔法を発動させたのだ。これだけ巨大で、なおかつ細部まで作り込まれた状況の創造ならばクロードに送り込まれたルーンを丸ごと消費するには充分だろう。
だがしかし、それでいいというわけではない。封剣からのルーンの供給は絶えず行われるものだ。一回を凌いだだけでは意味がない。
もしもの時はまた自分がクロードを封剣から引きはがす必要があるだろうとモネが身構えようとした、その瞬間だ。
再び、世界は姿を変える。
「…………!?」
現れたのは海だ。今までこの部屋を構築していたはずの森はすっかり消え、青く輝く海と、それに続く港が姿を現した。船と、カモメと、そして潮の匂い。また全てを完璧に再現させた港が顕現したのだ。
嘘でしょう? こんなの早すぎますわ!
先程の森林の顕現から、二秒とたっていない。森と海、全く逆方向のイメージをこの短時間で完璧に創造してみせたのだ。
二度目の、創造魔法の発動。しかしそれだけでは終わらない。
海の次は川だった。その次は谷、そして山。続き世界は街へと移り、小さな書斎や巨大な食堂を通って洞窟へと至った。そして今度は見渡す限りの雪原へと変貌する。
一度でも、二度でもない。何度も何度も、クロードは世界を変革させていく。創造魔法によって、創りだしているのだ。
モネは肌に触れる雪の冷たさを感じながら、クロードを見る。いくつもの変貌、変革。その中心にいて、世界を変えていく彼は封剣を両手で握ったまま必死の形相で戦っている。
いくつもの世界の変貌を見て、モネは一つの閃きを得る。
「ファウストの言っていたクロの〝力〟とは思考の速度のことですの……?」
その間にも、世界は変革し、気づけばモネは煉瓦でつくられた暖炉の前に座っていた。気温の変化に身を振るいながら、さらに考える。
〝力〟と〝深淵〟こそが全てを救う鍵となる。
深淵とは人型術式のことだ。そして人型術式にはこの場合に重要となる利点を一つもっている。それは人間自体が術式であるため、その人型が存在し続ける限り術式もまた常時展開され続けるという点だ。それはつまり詠唱や、前持った準備も必要なしに、ただルーンを込めて発動の意志を示すだけで魔法が発動できるということ。特に自分自身を術式とし、自らの意志で魔法を発動させるクロードならば、さらにそのプロセスを省略できるだろう。その即時性は大きな利点だ。
だがクロードの扱う創造魔法には一つの弱点が存在している。精密なイメージでなければ、創造魔法は大きな変革を行えないのだ。しかしクロードの〝力〟はその弱点をカバーできる。
〝深淵〟の即時性と〝力〟の思考速度。二つが合わさってようやく成功するのは――――
「連続した世界変革……!」
高速の思考によってなされるイメージの想像、そして人型術式としての即時性を合わせた創造魔法の連続発動。ファウストはそれによって封剣のルーンを使いきれると考えたのだ。
そしてクロードはその答えに辿りついた。
結果は、目の前に存在している。
モネは次々と変革されていく世界を見つめる。だがその過程で一つの疑問が生じた。
確かクロは創造魔法を使っても結局、絵を描くことしかできなかったはずですわよね……?
対象への完璧な理解がなければ、そもそも創造魔法は発動しない。それがイメージによって創造するものを決めるクロードの創造魔法の欠点だとファウストが言っていた。そしてそれは事実その通りだった。ならば、今こうしてクロードが木々を作り海を創造することはできないはずなのだ。
どうして、と疑問する。その間にも世界は移り変わっていく。熱や、風がモネの顔に吹きすさぶ。それに驚いて思わず目を瞑ると、ある一つの光景が思い浮かんだ。そして不思議なことに、それは目の前の連続していく世界に重なったのだ。
わたくしは、この光景を知っている?
こんなにもたくさんの景色を、自分はどこで見たと言うのだろうか。
再び目を瞑り、思い出す。閃きは瞬間的だった。
「絵……絵画ですのね!?」
目の前の光景を自分はクロードが描いた絵を通して見ていたのだ。彼の部屋の中、壁や床に散乱したいくつもの絵画。それだけじゃない。昔クロードが得意げに見せてくれた風景もまた、目の前の世界の中に確かにあった。
「絵を描くときのイメージをそのまま現実に適用していますのね……」
クロードは草木を育て、暖炉を作っているわけではない。もちろん、雪を降らせているのでもない。彼が絵を描くときの想像、描くべき対象への精神的な理解をそのまま現実のものとしてあてはめ、創造魔法を発動させているのだ。
クロードは現実を作っているのではない。ただ、絵を描いているだけだ。
世界をキャンパスに見立て、ひたすらに己の心象風景を映し出す。
本当に凄いですわ……。
感動と、それを上回る昂ぶりをモネは得ていた。めまぐるしく移り変わる世界の美しさ、そして何よりそれが弟の手によってなされているという事実は彼女の体をとても熱くさせた。
だがモネは知らなかった。クロードの〝力〟はまだその実力の半分も出していないことを。
そして信じられない現象をモネは目の当たりにする。
――――世界が重なったのだ。
「え……?」
思わず、呆けたような声が漏れる。先程まではめまぐるしくも、規則的に連続していた世界の群れが途端に姿を変えて酷く歪んだ何かになってしまったのだ。目を奪われるほど綺麗だった景色たちは歪み、ぼやけ、なんとも言いがたい不可思議な色合いと形を持つ何かに変わってしまう。
クロがイメージの構築に失敗したんですの?
いかに優れた思考の速度を持っていたとしても、人間は疲労する。送り込まれるルーンの排出が間に合わず、曖昧なイメージが世界に出てきてしまったと、そういうことなのだろうか。
しかしその想像は多分違うと、モネは考える。彼の必死な顔を見ればそんなすぐ力尽きるようなことにはならないと思いたくなってしまうし、何より曖昧なイメージでは起こりえないようなことが、この世界では起こっていたからだ。
景色は、滅茶苦茶ですわ。でも、依然として気温や空気感は完璧に再現されていますわ。
様々な絵の具を手当たり次第に塗り重ねたような不可思議な景色だが、そこが水辺のどこかであることは理解できた。肌に触れる湿った空気がそれを教えてくれるのだ。
だがそれだけじゃない。湿った空気と一緒に埃っぽさも伝わってくるし、暑いような暖かいような……それでいて、肌を刺すような冷たさも一緒になって伝わってくるのだ。相反するもの、決して共存しない感覚が同時にモネの体を包み込んでいく。それは明確な違和感。モネの頭は何かがおかしい、と告げる。
「まさか……」
感覚の重なり。景色の歪み。それらを統合して考えれば答えは簡単に出た。
「世界が重なっている。複数のイメージが同時に再現されていますのね!?」
規則的に連続して展開されてきた世界が、ここにきて重なりを見せたのだ。二つの異なる世界が同じ空間に、同時に再現される。モネが見た不可思議な色合いと形の歪みは、異なる事象を重ねた結果生み出された空間そのものの歪みだったのだ。
二つの世界を重ねる。いや、必ず二つということはないだろうと、モネは肌に感じる様々な情報を受け取りながら考える。
いくつもの世界が、今この空間で重なりあっている。
「ですが、一体どうしてこんなことが……」
創造魔法に変革される現実に、クロードの思考速度が追い付き、追い越してしまったのだろうか。だがそれも考えにくい。創造魔法の発動と、その現実への適用に大きなラグがあるわけではない。現実は殆どクロードのイメージと直結しているように、すぐさまその姿を変えているはずだ。
だとすれば考えられることは一つしかない。
クロードは異なるイメージによって構築された創造魔法を複数同時に発動させているのだ。
それはすなわち――――
「――――思考の並列化……」
クロードは全く異なる事象の想像と思考を複数同時に行っているのだ。そして何より驚嘆すべきは、同時思考を行いながらも一つ一つのの速度は全く落ちていないというところだ。目の前の不可思議な世界の移り変わりはその身に感じる感覚が教えてくれている。
世界は次々と移り変わる。いくつもの事象を重ねながら。
複数の事象を、その細密さや速度は失わずに思考することができる。
つまりそれがクロード・ルルーの本当の〝力〟なのだろう。単なる思考速度ではなく、それを超えた思考力こそが彼の〝力〟なのだと、モネは思い知る。
そして不意に思い出されるのは、リリィのことだ。彼女はクロードが何か行動を起こす度、発言をする度にどうにもおかしな表情を見せることがあった。それはまるでクロードの優秀さに疑問を持っているような表情だとモネは思っていたが、今ならそれは違ったのだと言える。あれは、クロードの優秀さそのものではなく、その根幹にあるはずの理由に対して見せていた表情だったのだ。
ただただ、弟の優れた部分を見て凄いとしか思っていなかった自分とは違い、リリィはその先へ辿りつこうと思考していたのだ。
モネの中で色々なことが繋がっていく。リリィの表情や、その疑問を発端に、繋がっていくのだ。
今ならわかる。クロードの見せた優秀さは全て彼の思考力に起因しているものなのだと。クロードの一つ一つ確実に要素を積み上げ勝利への道筋を描いていく戦術も、そのための正確無比な動きも全ては彼の〝力〟によるもの。いくつにも枝分かれし平行する高速の思考の中で戦況を読み、戦術を組み立て、それを叶えるために指の先から筋肉の一つ一つまでをその思考によって完璧に操作し、クロードは勝利へと至るのだ。
自らの外側の事象も、内側の事象も完璧に把握し全てを正確に操作しうる並列思考。
「凄い、ですわ。本当に、本当に凄い……」
ここに至ってまで、やはり凄いという感想しか出てこない自分はやっぱり頭は良くないのだとモネは改めて思う。今のクロードが絶対に自分には真似できない、辿りつけない領域なのだとも。
〝力〟と〝深淵〟は彼にしかできないことを可能とする。
まさにその通りだった。今、クロードはクロード・ルルーでなければできないことをやっている。彼でなければ救えないものを、何もかも全て救おうとしているのだ。
オルタナを抱く腕に力が入る。
物言わぬクロードの戦いにモネは見入ることしかできない。
だがそんな自分を不足なのだと、そうは思わなかった。
これは成長なのかしら……?
自分の中の気持ちの変化に首を傾げいていると、世界の中心で揺るぎなかったクロードと封剣の姿に変化が訪れた。ルーンの発光体が、目に見えて増え始めたのだ。ただでさえ空間を覆いつく程のルーン濃度だったそれは更に量を増やし濃密になり、ついには球体の発光体まで姿を消した。空間そのものが薄い緑に発光しているのだ。そしてよく見ればその空間は緩い丸を描いてクロードと封剣を包み込んでいる。
ルーン濃度が限界に達した。結果重なり寄り添うだけだった発光体は一つになり、巨大なルーンの圧縮空間を作り出したのだ。
ルーン濃度が上がる。封剣がルーンの収束を更に強めたのだ。それがどういうことかは予想がついた。封剣そのものに含まれていたルーンが枯渇し始め、慌ててもっと多量のルーンを集めようとしているのだ。
つまり、クロが優勢ってことですわよね!?
封剣は追い詰められている。そして焦っているのだ。ルーン濃度の上昇はそのためだ。
いけますわ。このままなら、クロは勝てる……!
そう思う。だがそれと同時にモネ特有の直感が「本当に大丈夫か?」とも告げているのだ。それは言い知れぬ不安というものだろう。
「頑張れ……頑張れ……」
ぎゅうっと、未だ意識を失ったままのオルタナを抱きしめながらモネは小さく呟いた。
「頑張って……!」
あなたならきっと、大丈夫ですわ。
+
これはまずい、とクロードは内心で焦りを得る。
いくつもの世界をイメージする思考と並列して自らの至らなさを悔やんだ。
戦況は優勢かもしれない。だが状況は確実にこちらの劣性だ。
劣勢の要因は時間制限だった。クロードはただ封剣のルーンを使い切ればいいというわけじゃない。この城が王都へと落ちる前にそれを完遂させなくてはならないのだ。その時間は短い。このままではそれに間に合わない、とクロードは予測する。
封剣がまるで追い詰められた獣のように牙を向いたのが予想外だった。ルーンの収集速度が劇的に上昇してしまったため、時間的な余裕が一気に消えてなくなったのだ。
一応、追い詰めたから、と考えていいのか……?
だが、その想像も楽観的すぎるとクロードは判断した。もともと封剣に込められたルーンの量は考えられないほど莫大だ。いくら封剣が少なくなった、と判断しても、こちらにとってその微量は充分な多量足りえるだろう。
なにより未だ封剣はクロードに対してルーンの放出をしながらも、浮遊城に対してもルーンの放出をやめていない。まだまだ余力はある、とそういうことなのだ。
それに、わずかだけど感じる……封剣を通して浮遊城の術式が、どれだけその形を保っているかが…………。
術式の崩壊はまだ半分にも至っていない。つまりまだ城はその身体の半分も失っていないのだ。今、どれだけの速度で自分達が落下しているかはわからないが、確実にこのままでは時間が足りない。浮遊城はその身体を殆ど残したまま、王都に落下してしまうだろう。
悔しさが溢れ出る。なんとかしなければ、と更に必死になって思考の速度を上げる。同時に展開する創造魔法の数も増やした。速度を上げて回転する頭脳は熱を持っているかのように熱くなっていく。目の奥が、ちかちかと点滅を繰り返す。
だが、それでもまだ足りない。全てを救う終わりには至らない。
駄目だ。これじゃあ、駄目だ。僕では全てを救えない……。
それを自分の不足と感じ、恥じながらも、しかしクロードは諦めなかった。至らぬ自分を自覚して、だからこそクロードは外へと意識を向けた。
もう自分は一人ではないことをクロードは知っていた。至らぬその身を届かせるため、共に進んでくれる人がいる。彼女ならきっと、自分にはできないことをしてくれる。その確信が、クロードには合ったのだ。
だから、呼ぶ。
「姉さん!」
+
モネはクロードが自分のことを呼んでいることに気づく。この状況で、わざわざこちらに呼びかけるのだ。何かただことではない要件があるのだろう。
というより、この状況で普通に話せますのね……!?
会話にも、勿論思考は割かれる。複数のイメージを高速で組み立てながらの会話は、超精密作業中の無駄話のようなものだろう。そんなことを平気でやってしまう弟に対して驚きを得ながらも、モネは頷きで反応を返す。
それを見たクロードは言葉を続ける。
「ごめん!」
最初は謝罪。ただ卑屈そうな印象は受けない。
「多分、僕一人じゃ無理だ! 時間が足りない!」
それはつまり、失敗するということ。モネにはクロードの戦いは優勢に見えていたため、すぐには信じられなかった。そんなまさか、と思ってしまったのだ。クロードはモネの中にある焦りのような感情に気づいたのだろう。何も言わず、ただ窓へと視線を投げた。その視線の意図を理解したモネはオルタナをそっと床に置いて、窓の元へと走る。
この部屋の窓は巨大な曇りガラスでそれ自体が装飾のような役割を持っていた。だが、今のモネにとってはそんなことはどうでもいい。窓事態に用があるわけではないのだ。彼女が見たいのは、その先の外なのだから。
窓の元へと辿りつく。わざわざ鍵を開けて開くのも面倒だとばかりに攻撃魔法で窓枠ごと吹っ飛ばして乱暴に開け放つ。そうしてできた空洞に身を乗り出すようにして、モネは外を確認。
外の世界は、モネが思っていたよりも何倍も広く壮大だった。一度、真上から浮遊城を見渡したが、こうして中から外側を見るのはまた違った感覚があった。まるで巨大な都市の中で迷い、途方に暮れて上からその都市を見つめているような気分だ。
そして、おそらくクロードが見せたかったであろうものも視認できた。ここからでもわかるほど、浮遊城の外周が削れている。消滅して、小さくなってきているのだ。それはクロードが封剣のルーンを使用し続け、浮遊城にいくはずだったルーンを減らした結果。クロードの勝利の証でもある。だが同時に、彼が言った時間が足りないという意味も理解できた。
「削れている。勝っていますわ。でも、これが王都に落下するまでというと……」
かなり厳しいだろう。正確な消滅の進行度合いはわからないが、城はまだ半分以上をその形に残している。それに例え四分の一になったとしても、それでも落下した際の被害は甚大なはずだ。これだけの高度と質量を持ったものが落下するのだから、その全てを消し去ってしまわないと結局王都は滅んでしまう。
だが、それが難しいと、クロードはそう言っているのだ。
時間が足りないとは、まさしくその通り。このままでは浮遊城の完全消滅よりも前に、王都に落下してしまう。その場合、王都は滅び、中にいる自分たちも死んでしまうだろう。
それは敗北だ。全てを救う終わりを目指した自分自身に対する敗北。
クロードはそれを理解した。そして、理解した上で言った。
「助けて、姉さん!」
振り返る。封剣を握ったままのクロードが視線をこちらへ向けている。その眼は真っ直ぐに、モネの瞳を見つめている。
「僕一人じゃ駄目なんだ。みんなを助けられないから、だから姉さんの力を貸して欲しいんだ!」
姉さん、とそこで言葉を区切り、少しだけ間を空けてからクロードは叫ぶ。
「お願いだ。僕を助けてくれ!」
その言葉を聞き、モネは、
「ええ――――」
と頷き。
「――――ええ!」
再び頷いた。それを、何度も繰り返す。何度も、頷きを作った。
「わかりましたわ。わかっていますわ……ええ、わかっていますとも!」
そんな状況ではないと知りながら、口元が笑みを作るのを抑えられなかった。嬉しかったのだ。クロードがなんのしがらみもなく、ただ素直に助けを求めてくれたことが、とてつもなく嬉しかったのだ。
それは何より勝る信頼の証。そして自分達の関係の成長だろう。
こんな風に当たり前に、頼って頼られてが、今までとても難しかったのだから。
だからこれは成長だ。
「――――」
モネは短く詠唱し、その手に細身の剣を生成する。そしてその刃の腹を額に当てた。冷たい鉄の感触は頭を冷やし、興奮を抑えてくれる。
「わたくしは《青騎士》モネ・ルルー・レヴァンテイン! 今よりこの身は剣となり楯となり、あなたを守り勝利へと導く力となることを誓いますわ!」
言葉を止める。続きは肩の力を抜いて、いつもの調子で言った。
「わたくしがクロード・ルルー・レヴァンテインを英雄の名へと導いて差し上げますわ」
クロードの表情が変わる。「レヴァンテイン」という言葉に反応したのだ。それはルルー家に置いて、真にその力を認められた者のみが名乗ることを許されるもの。一族の正式な一員として認められたという意味も持つ名だ。
それをいつものように、当然のように呼んだことの意味が、きちんと伝わってくれればいいのですけど……。
いや、きっと伝わっただろうとモネは思う。だって自分達は姉弟なのだ。それくらいのことは言葉にしなくても伝わるはずだ。それもまた一つの、信頼の形なのだ。
「クロ、あなたはあなたのできることをしなさい。それだけに集中しなさい。それ以外のことは、全部お姉ちゃんに任せちゃっていいんですのよ? それくらいは頼ってもらって構いませんの。だってわたくしは《王国最強》ですもの」
それくらいのことは造作もない。
この身、この力は弟のために振るおう。
クロードは安堵したように微笑む。そして、視線をモネから外して、再び封剣に集中する。
最後に一言、彼は姉に言葉を投げた。
「ありがとう。任せた」
それを受けて、モネは言う。
「任されましたわ」
それが最後だった。それ以上は視線も言葉も交わさない。それぞれが、それぞれの戦いに赴くのだ。
モネはそのまま、窓の外へと身を投げる。風が空を切る音と、その勢いを頬で感じながら、移動魔法を発動。空中を駆ける。その中で下を見下ろしてみればさっきよりも近くに浮遊城の建造物群を見ることが出来た。
「あれは……?」
先程は外周ばかり見ていたせいで気づかなかったが、よく観察してみれば建造物群の中にはいくつもの空間の歪みが確認できた。それはあの部屋で見た、世界の重なりによって現れるものと同じ現象。
「クロの変革はあの一室に限った話ではなかったのですわね」
もっともっと広い範囲で、クロードは創造魔法を使い変革を行っているのだろう。それほどでもないと、封剣のルーンは使い切れないほど膨大ということだ。
「全く、本当に……」
本当に、凄い。
モネは何度目かになる言葉を呟いた。
今日はずっと、クロードに驚かされてばかりだ。その度に凄い、としか言っていないような気もするが、本当に凄いと思うのだから仕方ない。
魔法が使えなかったできそこないの少年は、賢者の位置へと至り、世界を変革させ、この国を救おうとしている。その動機が、好きな女の子を助けたいだけ、というのだから本当に凄い。その中で、自分達の関係も随分と進展した。
今までが嘘のようだと、思い。今まで何をしていたのだろうと、モネは後悔をする。
どうしてあんなに、ギクシャクしていたんでしょうね……。
思い出すのは弟との関係が上手くいっていなかった日々。近づこうにも、どうしていいかわからず、何もできず徐々に離れていく距離を見つめるしかなかった憂鬱な毎日。
悩む必要なんてなかったというのに。
自分は確かに強い。王国最強だ。王国で最も強いのだ。だから、クロードは自分にはなれない。この位置へは決して至れない。だけど、ただそれだけだ。クロードがモネになれないだけで、弟が姉になれないだけで、そんなものは当たり前なのだ。
モネにはモネのできることがあった。同じように、クロードにもできることがあった。その〝できる〟〝できない〟が重なっていなかっただけの話だというのに、自分達は勝手にそれを優劣だと勘違いしてしまった。勘違いし、卑屈になり、相手を気づかったふりをして自分を守り、お互いを理解しようとしなかった。距離は離れていく一方だったのだ。
それが、この数日で劇的に変化した。離れていった距離は縮まり、今はもう重なり合っている。
それがこの事件のおかげ、だけとは考えたくない。思いたくない。きっと自分達は最初からこうして近づけたのだ。それをやろうともしなかっただけで、その気になればいつだって、こうして当たり前に〝姉弟〟をすることができたのだ。
そう思いたい。いや、きっとそうだ。そうに決まっている。
違かったとしても、これからそうすればいい。そうだったと、胸を張れるくらいになればいい。お互いの〝できる〟〝できない〟のデコボコを、ぴったりと重ねあわせていくのだ。
そうすればわたくしたちは、また二人で成長していけますわ……。
それに気づけたことが何よりの幸いだ。
モネは一度、大きく息を吸い、叫ぶ。誰に聞こえるわけでも、届けるわけでもない言葉を。
「お姉ちゃん、頑張るから!」




