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この記憶は誰のものなのか

 私はまた、記憶の中にいる。

 現実世界に戻った時、私の目の前には私がいた。見えないはずの私の姿がそこにはいて、私はその綺麗な姿を見たことがあった。だけどそれは、不完全な肉体を持つエルドラドでは決してありえないことで、ありえてはいけないことで、だからきっと何かがおかしいのだ。

 おかしいのは現実の方なのか、

 それとも私自身なのか、

 私の、記憶がおかしいのか、

 わからない。私には、わからない。答えはもうすでに浮かんでいるような気がするし、そうじゃない気もする。わからない。また、頭に靄がかかったようになってしまうのだ。

 だから私は再び記憶の奔流に身を任せた。見たくもない地獄を再び思い出す。そうして今度こそ、私は私という存在を確立させる。

 私はエルドラド。人型術式のエルドラド。

 そのはずなのだから。

 私はまた浮遊する城の中にいる。

 また、アレイスターとの記憶だろうか。いや、しかしそれにしては静かだ。彼とリチャードの戦闘はもっと荒々しかったし、この頃のアレイスターはいつも狂ったように笑い続けていたから。

 だからきっとこれは二回目だ。

 私が自身の魔法を完全に発動させた回数はたったの二回。これは二回目のフェーズゼロ。

 ――――クロとの記憶だ。

 私の視界の先にはクロがいる。だけど、どうしてか彼の姿は明確な人間として映っている。いつもの、あの曖昧な影のようではない。黒髪の、ほんのちょっとだけ小柄な少年。

「――――――」

 クロは私に向かって、何かを叫んでいる。

「嫌! やめて! 聞きたくない!」

 私は耳を塞ぎ、顔を隠し、子供のように丸まって嫌だと叫んだ。

「――――――――」

 彼がまた何かを叫んだ。声は聞こえている。そのはずなのに、私にはそれが言葉として認識できない。ただ一つ完全なはずの聴覚すら、おかしくなってしまったのだろうか。それともやはりこれも、記憶の混濁なのだろうか。

 靄がかかってしまっているのだろうか。

「嫌ぁ! うるさい! 黙ってよ!」

 私は頭を振り、力の限り叫んだ。聞きたくなたかった。今、彼の言葉を私は聞きたくない。

「なんで、なんでこんなことに……完璧だったじゃない。たった一度のチャンスを、私は完璧に生かしたはずなのに、なんでなんでなんでなんで――――」

 うわごとのように私は繰り返す。

 なんで、どうして、どうして。

 そう、私は死にたかった。これは私の二回目の自殺の記憶。私は完璧に、死ぬための計画を練って、実行し、だけどそれはクロによって防がれた。クロが私を生かしたのだ。

 記憶の中の私はまだそのことを受け入れられていない。まだ、死にたくて死にたくて、駄々をこねている。

 顔を上げると、クロがモネと何かを話していた。その声もこちらに届いているはずなのだけれど、やはり私には言葉としてそれが理解できない。何故だろう。クロが語ってくれた言葉はまるで自分のことのように覚えているはずなのに。

「――――――」

 クロが優しげに何かを呟く。そうして私に向かって一歩を踏み出した。クロはそう遠くない距離をゆっくりと進んでくる。その姿がこの時の私にはどうしても悪魔のように見えてしまって、私は悲鳴を上げた。

「やだ、来ないでよ! 私に近づかないで!」

 そして私の「来るな。近づくな」という意志に従う形で防衛機能は私を守るためにクロと私の距離を離した。あらゆる全てをその身に内包する私の魔法の中には空間制御の魔法だってある。それを使い、クロと私の実質的な距離を伸ばしたのだ。あと少し、ほんの数歩だったはずの距離は驚くほど離れていく。それを見て、クロはすかさず走り出す。この判断の速さはさすがだと今の私なら考えるが、しかし当時の私にそんな余裕はない。私はただ不様に叫び声をあげるだけだった。

 来ないでくれと、もうそれを言葉にすることすらできずに。

 続いて起きたのはこちらへと近づこうとするクロへの攻撃だった。天井に無数に漂っていたいくつもの武器たちが弾丸となってクロへと向かう。雨のように降り注ぐ巨大な鉄の弾丸の掃射に、クロは一瞬だけ怯んだが、しかし速度を落とすことはなく私に向かってくる。

 直後、クロの後ろからモネの造り出した刀剣が飛んでくる。それが私が落とした武器たちに直撃し、弾き飛ばし、クロを守っているのだ。モネの援護を受けながら、クロは走る。速度は決して緩めない。弾丸の雨に向かって恐れることなく突き進んでいるのだ。

 それでもクロは何度も吹き飛ばされた。だが、その度にすぐに立ち上がった。体は傷ついているはずなのに、それを庇う気配すら見せない。倒れる度に立ち上がり、傷つく度に速度を上げ、クロは私へ向かって走った。

 一体どんな芸当なのか、クロの動きは徐々に徐々に洗練され、まるで雨の方から彼のことを避けているようにすら感じられるほど、私の攻撃は彼に通用しなくなっていった。

 当時の私にはどうしてそんなことが起こるのかまるでわからなかったけれど、今の私ならそれがわかった。クロは降り注ぐ豪雨の相対的な速度を見極め、記憶しているのだ。一瞬のうちにそれらを記憶し、参照し、防衛機能の攻撃のパターンを読んでいるのだ。

 それを凄まじいことだと思うと同時に、記憶力と適応力に任せた強引な戦い方だとも思った。

 …………?

 どうして、当時の私にはわからなくて、今の私には理解できたのだろう。

 冷静になれたから? いや、それにしては驚きや閃きがあったわけでもなく、ただ単にそうとして、まるで最初から知っていたかのようで…………。

 わからない。

 記憶は私の疑問を置いておいて、先へと進んでしまう。

 防衛機能だけに任せた攻撃がクロには通用しないとわかった私は、殆ど初めて暴走する防衛機能に自ら介入した。機械的な反撃しか示さないはずの機能の中に自分の意志を含ませたのだ。それによって、一度はクロの体勢を崩すことができた。今までは順調に避けていたはずの攻撃をクロは急に避けられなくなった。

 やった、と私は安堵する。

 付け焼刃の、焦った末の思いつきの策だったが、上手く行ったのだ。これならクロを倒せるかもしれないと、そう考えた。だがそう簡単にはいかなかった。クロは何度も雨の攻撃にかすり、吹き飛ばされながら、それでも諦めていなかったのだ。

 前を向いている。私を見ている。

 クロード・ルルーは諦めない。

 不意に、クロが両腕を不自然に後ろへと伸ばした。すると次の瞬間には、その手にモネが射出した刀剣が握られていた。それを使い、クロは降り注ぐ鉄の雨を叩き落とし、再び前へと迫ってきた。

 クロは走る。私に向かって、走って、走って、走って――。

 それでも私とクロの距離は縮まらない。鉄の豪雨による妨害もあるが、それ以上に早く私とクロの空間の距離が遠ざかっているのだ。このままではいくら剣を振って前へと進もうと私のもとへは辿りつけないはずだ。そのことをクロだってわかっていただろう。それでも彼は諦めなかった。

 何故、どうして諦めないのか。その答えを今の私はもう知っている。そう、まるで自分の事のように。

「やめ、てよ……」

 私は呟く。震える声で、こちらへと走るクロへ向かって。

「やめてよ! もうやめてよ!」

                                    ――――嫌だ。

「来ないでよ、諦めてよ!」

                                 ――――絶対に嫌だ。

「もう、もういいじゃない!」

                                  ――――よくない。

「あんたがそんなになって、そんなに傷ついてまで戦う必要なんてないじゃない!」

                             ――――あるよ。あるはずだ。

「……なんで、なんでよ。なんでそこまでして――――」

「――――――!」

 クロが再び何かを叫ぶ。その言葉を私は知っているのに。知っているはずなのに。忘れてはいけないはずなのに、思い出すことが出来ない。

 だけど、本当に忘れてしまっているのだろうか。

 何故か、どうしか、今の私には〝私〟の声の方が他人のもののように聞こえるのだ。

 私の声を聴いているのは、本当に私……?

「――――――――――!」

 また彼が叫ぶ。そしてこちらへと手を伸ばした。届かないはずの手を、伸ばしたのだ。

「――――――!」

 その言葉を聞いて、私はどうしてか悲しくなったのだ。痛まないはずの心が痛んだような、そんな気がした。

「違う……私にはそんな風に思われる資格なんてない。私は、あんたが思っているような奴じゃない。あんたが好きになった活発で、皮肉屋で、小悪魔じみたオルタナなんてどこにもいない! 本当の私は人が嫌いで、世界が嫌いで、何にも好きなれないつまんない奴なの! 自分のことも好きになれない。嫌いなものしか持っていない、小さくて卑しい生き物なのよ!」

 だからそんな風に想ってもらえる資格はない、と私は叫ぶ。

 本当にそう思っていた。私はつまんない女だから、さっさと殺してくれと思っていた。

 だけどそれを彼は否定しなかった。

 応えるようにクロは――僕は――叫ぶ。

「うるっっっっっせぇなああああああああ!」

 心の底から、クロは――僕は――叫んだ。

 その必死な叫びに、言葉に私は体を震わす。        ――――うるさい。うるさい。

 それを待っていたかような、そんな気がするのだ。 ――――そんなことは、どうでもいい。

「僕は言ったぞ!? 何度も言った! 君が好きだって、何度も言った! それはつまり全部好きってことなんだ! その悲しみも、絶望も、自己嫌悪も、何もかも全て君が持つ全部が好きなんだよ! つまんないオルタナも小さくて卑しいオルタナも、君の嫌いも全部好きなんだって、さっきから僕はずっとそう言ってるじゃないか! いい加減聞き分けろよ! いい加減答えてくれ!」

 私の綺麗な部分も、汚い部分も、つまんなくて卑しい部分も、嫌いなものしか持っていない矮小な人格も、何もかもを彼は受け止めてくれた。決して、どれ一つとして否定しなかった。全てが私で、全て好きなんだと、そう叫んでくれた。

 私はもう何も言わない。ただその二つの目で必死にクロを――僕を――見つめた。きちんと彼を見つめようと、そう思った。他の人間と区別すらつかない彼を、ちゃんと見ようとしたのだ。

「もう一度だけ言うぞ、オルタナぁ!」

 喉が枯れるほど、あらんかぎりの声でクロは――僕は――何度も繰り返してきた言葉をまた叫ぶ。

「僕はオルタナが好きだ! クロード・ルルーはオルタナのことが大好きだ!」

 距離が近づいた。

 今まで近づけど近づけど遠ざかっていくばかりだった二人の距離が、目に見えて縮まった。クロの――僕の――想いが、心が、私へと届かんとしているのだ。

 しかし近づけば近づくだけ、私を守ろうとする防衛機能の意志は強くなる。攻撃は激しさを増す。もう既に私は防衛機能に介入はしていないけれど、それ以上の圧倒物量によってクロは――僕は――苦戦を強いられる。だがそれでもクロは――僕は――諦めない。諦めるはずがないことはなんとなくわかった。

 だってクロは――僕は――、私の――オルタナの――ことが好きなのだから。

 クロが――僕が――手を伸ばして掴んだのは私の魔法によって作られた無数の剣の一つ。クロへ――僕へ――と射出された豪雨の一粒だ。クロは――僕は――それを自らの武器として使い、他の豪雨を退ける。しかし手にした剣も振るう度に衝撃に耐えられずに砕けてしまう。しかしその度にクロは――僕は――すぐさま他の豪雨の一粒に手を伸ばし、掴み、再び自分の武器として使う。そうしていくつもの武器をめまぐるしく持ち替えて前へと進む。

 進む。進む。

 その姿、正確無比な動きはなんて美しい――醜い――のだろうか。己の肉体を限界まで酷使して得られる姿は本当に綺麗――不様――だ。

 ……どうしてだろうか。私は彼の必死の戦いが、己が力量の限界を超えようと前へと進むその戦いを美しいと感じると同時に、しかしどこかで醜いとも思っている。前へ前へ、進み進み、決して諦めないその姿を綺麗だと感じると同時に、不様だとも思ってしまうのだ。

 弱者であるはずの彼が必死に力を振り絞り、命を削り進む姿を心底美しいと思う。だけどその反面、私の中にはその姿を笑う私もいるのだ。それはまるで自嘲のようで……。

 本当にこれは私の記憶? 私の気持ち? 心などないはずの私が、それでも感じたことだとするのなら、どうしてこんなにも矛盾するのだろう。

 クロはとても強い人間だ。

                              ――――そんなはずはない。

 彼には絶えず前へと進む力がある。

                               ――――僕は弱い人間だ。

 彼はとても優しい。

                        ――――違う。僕はとても卑しい人間だ。

 私はクロード・ルルーのことが好きだ。

                     ――――僕はクロード・ルルーのことが嫌いだ。

 自分のことが嫌いだ。自分の弱さが嫌いだ。諦めきれない往生際の悪さが嫌いだ。昔見た光景をいつまでも覚えているしつこさも嫌いだ。憧れを捨てきれない弱い人間。逃げることすら選べない弱い人間。自分は弱い。自分は駄目なやつだ。

 私は――僕は――自分のことが嫌いだ。

 矛盾する感情の中、ただ一点に置いてのみ相反するものは一つになった。

 だけど、違う。これは、これは……?

 勢いを増す豪雨の中、クロの――僕の――動きはさらに激しくなっていく。豪雨を弾くため、振るわれ続ける腕はまるで嵐のようだ。

                          ――――全身が悲鳴を上げている。

 距離は更に近づいていく。

                 ――――もうしばらく呼吸をしていないように思える。

 僕と、私の、距離が縮まる。

 どうしてだか、私は身体が酷く熱くなったような感覚を得た。不完全な私の肉体では、そんな感覚を得ることはできないはずなのに。それなのに、身体が熱い。熱い。熱い。胃袋の中から、熱した鉄が生まれてきそうだ。全身が細かく切り刻まれるような痛みさえ覚える。私にはない感覚。私が渇望した痛みという感覚が全身を襲う。私が知らないはずの感覚。にも関わらず、それが懐かしく感じるのは何故?

 わからない。わからない。

 本当に? 本当にわからない?

 私は、私は――――

 豪雨が途切れた。天井を埋め尽くしていた武具たちは、既に一つとして残っていない。全て砕かれ、無残な姿で床に落ちている。

 雨は止んだのだ。もう二人の間を遮るものはなにもない。

 ――――僕は、前へと進む。小さな階段を駆け上がる。三歩もあれば充分な距離がどうしてだか今までで一番遠いように感じた。

 私の姿が一層近づく。僕は私を真っ直ぐに見つめるけれど、その表情を見ることはできなかった。私の世界は曖昧だし、僕の瞳には滝のような雨が流れてぼやけてしまってよく見えないのだ。全てが繊細な光のようになった世界の中で、私は見えないはずの金色を目にした。私の鮮やかな金色の髪。僕が狂おしいほど渇望したその光に手を伸ばす。私を想い続けて、私を見つめ続けて、僕はようやく私に手が届くところにまで来れて――――

 ――――僕はオルタナを抱き寄せた。

「よかった……やっと、やっと届いた。届いたんだ……!」

 僕は泣きながら、何度も言った。ようやく届いたのだと。届かぬ高みへ伸ばした腕は、ようやくオルタナを掴むことが出来た。僕は僕が望んだものに、ようやく触れることができたのだ。

 ああ、どうして……どうして忘れてしまっていたのだろう。どうして見失ってしまっていたのだろう。彼女のこの体温を。小さく、細く、触れるだけで壊れてしまいそうな硝子細工のような美しさを、金色の髪の輝かしさを、僕は見失ってしまっていた。

 彼女のことだけではない。僕はこの身に宿る劣等感すら忘れてしまっていた。彼女の三百年の記憶に押しつぶされ、僕は己が己であるために必要なことすら見失った。

 この身に宿る劣等感は正しい。

 なにより、僕が自身のことを心底嫌っていることは覆しようもない真実だ。

 だから「私はクロード・ルルーのことが好きだ」なんて、そんな感情が生まれてくるはずがないのだ。そんなものは僕の感情であるはずがない。そして同じように「僕はオルタナのことが好きだ」なんて感情が、彼女の中で生まれるはずがないのだ。オルタナもまた、僕と同じように、自分のことが嫌いなのだから。

 だからそれは矛盾だ。僕と彼女の記憶と人格と、感情の中で生まれたどうしようもない矛盾。互いを好きあい、己を嫌った僕らだからこそ生まれた決定的な齟齬。

 そして僕は彼女の体温を感じられる。彼女の金色の髪を見ることが出来る。その細い髪の感触を知っている。これは僕でなければ感じられないことだ。そして何より彼女の体を抱きしめるこの身が痛みに震えることこそが、僕が僕であることの証明だ。

 痛みや、苦しみは、僕が彼女でない、確かな証拠だ。

 記憶の中、僕は彼女を抱きしめる。不様に泣きながら、醜く震えながら、その綺麗なものを精一杯抱きしめた。

「ねえ、クロ? 私ね、あんたのことが嫌いよ」

 ああ、今ならわかる。その言葉が必死になって塗り固めた、強がりだということが。

「だって私は人のことが嫌いだから、人間が嫌いだから、だからあんたのことだって大っ嫌いなの」

 その嫌いが、彼女自身へと向けられた自己嫌悪でしかないことを、僕はもう知っている。

 彼女の心に触れて、知ったのだ。

「おまけに世界だって嫌い。全部全部嫌いなの。私よりも幸せそうなやつはみんな嫌い。なにより、そんな自分が嫌い。あたしは好きなものなんて持っていない、何も持っていない。つまんない奴。小さくて、卑しい女」

 そうかもしれない。少なくとも君はそう思っているし、信じている。自分には嫌いな物しかないのだと…………それでも、好きなものがなかったわけじゃない。好きになりたいと、願わなかったわけじゃない。

 あったよ、オルタナ。君の中にも、ちゃんと心はあったんだ。暖かくて、冷たくて、酷く乾いてしまった砂漠のような心だけど、ちゃんとあったんだ。

「オルタナは、クロード・ルルーが死ぬほど嫌いだけど、あんたのことが大っ嫌いだけど――――それでも私を好きだと言ってくれる? こんな私をまだ好きだって言ってくれる?」

 なんて卑怯な言葉だ。

 なんて自分勝手な思いだ。

 嫌いだけど、好きだと言ってほしい。必要だと言ってほしい。愛してほしい。まるで子供の我が儘のようだ。きっと彼女は気づいていない。その気持ちが強がりと汚濁で必死に隠しただけの、あまりに純朴なただの恋心だということに。

 僕は彼女の手を取った。そうして、眼を見て、ちゃんと話す。

「……もう何度も言ったはずなんだけどね」

 恥ずかしがりながらそう言うと、オルタナは緩く笑った。

「もっと言わなきゃ駄目かな?」

「うん。もっと言って。何度も言ってよ。私がきちんと信じられるまで、何度だって繰り返して」

 さっきは興奮やら怒りやら勢いやらで口走ってしまったが、元々僕はそんなに素直に気持ちを言葉にすることを得意としていない。恥ずかしくて、間を埋めるようにわざとらしく頬を掻いたが、それで逃げられるとは思っていない。第一、今はきっと逃げてはいけない時なのだ。

「好きだよ。オルタナ。大好きだ」

 真っ直ぐに言葉を紡ぐ。

 逃げずに、立ち向かう。

 この身に宿る劣等感は、そのためのものなのだから。

 

 そうして世界は暗転する。オルタナの、輝かしい色だけを最後に記憶はいつもの場所に戻っていく。僕の意識もまた、現実へと戻っていった。


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