「もう終わりなのか?」――「まだ終わりじゃない」
「おいおい、こいつは…………」
オードラン城の中庭にて、一人の青年が声を震わす。
薄茶色の、長めの髪をした華奢な体の青年。オードラン国王、アルフレッド・アドルフ・オードランだ。一見軽薄そうに見える雰囲気を纏っているが、正真正銘一国の王である。まるで似合ってない豪奢な冠と、肩から掛けているだけの真っ赤なマントが辛うじて彼が王族であると言える証拠かもしれなかった。
そんな青年は中庭から空を見上げている。視線の先にあるのは空ではない。通常なら見えるはずの雲や太陽は全てその巨大な何かに遮られている。
浮遊城。
目下、この国を脅かす脅威。王都の半分はあろうかという巨大な大地にそびえる黄金の城。空に鎮座するそれは王都から太陽と一緒に平和を奪って行った。
三百年前の悪夢の再来。
空に浮かぶ宿敵を睨みつけ、アルフレッドは震える声で呟いた。
「ちょっと、冗談じゃねぇぜ……」
それに続く形で、アルフレッドの後ろに控えていた老齢の執事が口を開いた。
「国王様、これは……」
王都民の避難の終わっている王都。その中において彼はアルフレッド共に城に残った数少ない臣下の一人だった。
執事長バトラーも浮遊城を一身に見上げている。
「わかってる。何が起こっているかは理解した」
事態は予想を超えて最悪だった。浮遊城が、落下しているのだ。これだけ大きな物体の落下。大地がこちらへ近づく様は注視して見なければ気づかないが、しかし確実に距離が縮まっている。こうしている今も威圧感が増しているようにすら感じた。
考えていなかったわけではない。竜の軍勢も、種々の魔法も関係ない。ただその圧倒的な質量を誇る大地が落ちていくるという最期は確かにアルフレッドの中に予想として存在していた。だが、それが実際に現実になるとは思っていなかった。
いや、思いたくなかったのか……?
ただただ落ちてくる。落下する。これほどどうしようもない攻撃は他にない。回避不可能としか思えないその最期を想像したくなかった。だから心の中で、さすがにそれはないだろうと思うようにしていた。逃げていたのだ。
しかし今更そんなことを後悔しても意味はない。現実は既にこちらに牙を向いている。それに例え心構えがあったとしても、どうにもできなかったはずだ。
対抗策は、ない。
「とにかく、王都民の避難が完了していたのだけが幸いか……」
「どうなさいますか?」
バトラーがただ静かに問う。急かすのでもなく、責めるのでもなく、ただ何をするべきかを王へと尋ねた。それを受けてアルフレッドは王様らしからぬへらりとした口調で答えた。
「どうするかっつっても、どうしようもねぇだろ、これはもう。俺様たちにできることとか、あるのかよこれ」
口調だけは軽々しいが、しかしその表情に浮かれた様子は一切ない。むしろ青ざめているとも言えた。冷や汗を流すその姿は絶対に民には見せられないもの。王としての威厳を放り投げた、年相応の青年のものだった。
おいおいおい、どうしたんだよモネ、クロード。
心の中であの姉弟へ叫んだ。
誰も彼も救われる。そんな最後は結局夢物語でしかなかったのだろうか。あの姉弟でさえ、その夢の先には至れなかったというのだろうか。
「なあ、おい。どうすんだよ……この国、滅んじまうぞ。みんな、死んじまうぞ。俺様も、お前らも、オルタナも、みんな死んじまうぞ」
「国王様……」
「なあクロード。これがお前が目指したものなのかよ。これが俺様が信じたものの末路なのかよ。なあ…………」
届くはずのない言葉を、アルフレッドは淡々と口にした。
「これで終わりなのか?」
+
浮遊城の落下。振動する世界を感じながら、クロードは恐れていたことが起こったのだと知る。この巨大な質量を持つ物質がただ空から落ちてくるのだという、あまりにも単純で規格外の攻撃。いや、もはやそれは天災と呼んでもいいかもしれない。まさに悪夢そのものだった。
だがしかし、最悪であるだけにクロードにとって今の状況は最初から予測していたことでもある。だから必要以上に怯えることはなかった。むしろオルタナに手が届いたことで恥ずかしげもなく興奮していた気持ちを落ち着けるための冷や水になったくらいだ。
大丈夫、今の僕は冷静だ。
「オルタナ、これはどういうことなんだ?」
先程、オルタナは自分の胸の中で「ごめんね」と言った。申し訳なさそうに、悲しそうに言ったのだ。彼女は今起こっていることの秘密を知っている。そう判断したクロードは真っ先にオルタナに問うた。
「どうしていきなり、城が落ち始めたんだ?」
オルタナはクロードの冷静そのものの対応に少しだけ驚いていたが、すぐに知っているだけのことを話してくれる。
「なんのことはない。ただ、ルーンが足りなくなったのよ」
封剣が内包しているルーンにも限りがある。無論足りなくなった分はすぐに漂う流動するルーンから収集するが、しかし封剣の収集速度よりもこの城が常時使用しているルーンの方が多いのだという。
「あんたの創造魔法と違って、この城はルーンが切れれば消えてしまうから。こうしてただその姿を維持しているだけでも相当量のルーンを消費しているの」
「そのルーンが足りなくなった……? なら、放っておけばこの城は消えるのか? 例えばその、王都へ落下する前に……」
希望というよりも願望を込めた疑問だったが、オルタナは首を横に振った。
「それはないわ。ルーンが足りなくなってきたからこそ、防衛機能は余計な魔法を切り捨てたの」
「余計な魔法……。じゃあ、切り捨てられた魔法はこの城を浮遊させていた魔法なんだね?」
「そう。防衛機能の暴走も結局は私の身を守るという最も単純なルールに従っている。だから外敵から私を守るための檻であるこの城は消せない。でもルーンは足りなくなっているから、この城を維持しつつ余計な魔法を切り捨てはじめた。最初に切り捨てたのが、浮遊魔法よ。別にわざわざ浮いていなくても、城は城だからね」
いっそ他人事のようにオルタナは呟いていたけれども、声は震えていた。
「もう、どうしようもないわ。こうなってしまった以上、私の意志でもどうにもできない。城は落下して、この国は王都を失い、そして滅びる。もう間に合わない。もう、終わりなの……」
震える声はまるで懺悔するような響きを持っていた。彼女はクロードの腕を掴んで、言う。
「私を殺して。そうすれば城は消える。落下する前にその存在を消し去ることが出来る。だから……」
「嫌だよ」
そこから先を続けようとしたオルタナの言葉を遮って、クロードは力強く告げた。
「まだ君はわかっていないから、だから何度だって言わせてもらう」
何度だって繰り返そう。
「僕は君を殺さない。クロード・ルルーはオルタナを殺さない」
「……でも、そうしないと駄目なのよ! 防衛機能が暴走している以上、私の意志は必要以上に介入できない。この城を浮かすことも消し去ることも私にはできない! もう私が死ぬしかないのよ!」
腕を掴む力が強くなる。言葉と一緒に、彼女の体も震えていた。
「お願い、聞き分けてよ……。ただ私が死にたいがために言っているわけじゃないの。城が落ちたら、クロが死んじゃう……モネも、みんな死んじゃう。防衛機能は落下の衝撃からも私のことを守ってくれるでしょうけど、二人はそうじゃないでしょう!? こんな巨大な物質が落ちた時、中にいた人間がどうなるか、あんたがわからないはずないでしょう!?」
「…………」
「嬉しかったのよ? 好きって言ってくれて、嬉しかった。私もきっと、もうクロの事が好きになっちゃったんだと思う。だから死んで欲しくない。他の誰が犠牲になっても、あんたにだけは死んで欲しくないって、私今そんな風に思ってる」
だから殺して、と彼女は幾度も繰り返した言葉を再び口にする。しかし、そこにあの時のような絶望はない。使命を果たさんとするかのように彼女は強く毅然とした態度で言うのだ。
「私を殺して、クロ。あんたにだったら、殺されてもいい。どうせ死ぬなら、私はクロに殺されたい」
彼女がクロードの手を自分の首へと導いた。どうぞそのまま絞め殺してくださいと言うように。指先が彼女の首へと触れる。白く、細い首。いつか感じた精巧なガラス細工そのもののような繊細さと脆さ。絞め殺すどころか、すぐにでもへし折ることさえできそうだった。
そんなことは、例え死んでもするつもりはない。
「僕は君を殺さない」
もう一度、言った。何度も何度も、彼女がわかるまで言うつもりだ。繰り返すつもりだ。首へと伸ばした手を少し上げて彼女の頬を撫でる。オルタナは裏切られたとでもいうように怒りをあらわに叫んだ。
「ふざけないで! 私は本当に、あんたに死んで欲しくないんだから!」
「その気持ちは嬉しいよ。でも、いくらなんでも諦めが早すぎる」
「え……?」
「まだ、終わっていない」
落下する大地。
回避不可能な天災。
それを前にしてもまだ、終わっていないとクロードは言う。
まだ、諦めていないのだ。
「僕は負けていない。オルタナを、他の全てを救える可能性はまだあるんだ」
頬を撫でていた手は、今度はオルタナの腕を掴んだ。そうして彼女を引っ張って立ち上がる。負けないため、勝つため、前へと進むため、クロードは立ち上がった。
後ろを振り向く。視線の先には信頼すべき姉がいる。
「姉さん!」
呼びかけるだけでクロードの意図を察したモネが天井に開いた穴に向かって簡易な炎の魔法を打ち出した。そして空に向かって離れていく火球を睨むようにして見つめる。
「…………思った通り、まだ落下速度はたいしたことはありませんわ。浮遊魔法も全てが一気になくなったわけではないようですわね」
「浮かせ続けることはできなくなったけど、完全に自然落下の状態にはなっていないんだね」
「それでも時間の問題ですわ。どちらにせよ、残された時間はあまりありませんわよ」
タイムリミットはすぐそこだった。だがそれでも構わない。最後の最後まで、可能性があるのなら足掻き続ける。例えなくたって、可能性を得るために足掻く。決して諦めない。なりふり構わないその泥臭さこそが自分の武器だと信じてクロードは決断する。
彼女を救うための最後の可能性を掴むのだ。
「ま、待ってよ!」
段差を下りてモネの前までやってきたところで、クロードに引っ張られるままだったオルタナが抗議の声を上げる。
「終わってないって、負けてないって、だからといってどうするつもりなのよ!?」
「それはわたくしからも聞きたいことですわね」
意外にもモネがオルタナの質問に同調して更に問う。
「わたくしはクロを信じていますし、きっとどうにかしてくれるのだと思っていますけれど……でも具体的にどうするつもりなんですの?」
どうするつもりか。どうもこうもない。クロードは「オルタナを救うつもり」だ。それは理由であり、同時に具体的な方法でもあった。
「オルタナの世界を明確にする」
それはずっと考えていたことだった。自分の魔法があらゆるものを創造し、無から有を生み出す創造魔法だと知った時から、オルタナの世界が曖昧であると知った時から、ずっとずっと頭の片隅で考えていた可能性。
「オルタナを人間にする。そうすれば、城は消える」
あまりに突飛な意見にオルタナもモネも言葉を失くす。少しだけ早くそれを取り戻したモネが真剣な表情で問い返す。
「それはつまり…………どういうことですの?」
「オルタナの術式を壊す。彼女を人型術式じゃなくする。そうすれば、城はなくなる。そのはずだよね」
「……確かに原理上、術式が壊れれば城は消えるはずですけれど。しかしどうやって術式を壊すつもりなんです? 術式の崩壊……それはつまるところ彼女の死を意味しているのでは?」
「いや、そうでもないよ。他のアルマ=カルマがどうかはわからないけれど、オルタナなら――――いや、タイプ・エルドラドならそれが可能だ」
すなわち人型を保ったまま、術式だけを破壊すること。それがクロードが行おうとしていることだった。
「彼女の世界が曖昧であるということ、これもまたきっと術式を構成する一部分なんだ。人の身に余るほど巨大な魔法を内包するために、人として不完全な肉体を入れ物にした。だったら、その肉体が完全になってしまえば術式は自然と機能しなくなるはずだ」
モネは数秒だけ目を伏せて考えた後、顔を上げる。
「確かに理屈としては納得できますわ。ですが、それをどうやって実現するつもりですの?」
「……そのための創造魔法だ」
空いている方の手を握って、開いてを繰り返す。ここにあるはずの力を確認するように、何度も。
「無から有を作り出す、流動するルーンの固定。それって言いかえれば世界そのものへの変革だろう? 無を有に変えられるのなら、今あるものを、別の存在に書き換えることもできるはずだ」
白いキャンバスに絵を乗せていくように、人型術式という存在そのものを人間に書きかえることができるかもしれない。
「幸い、ここには殆ど無限に等しいルーンを持った王家秘伝のお宝もある」
「あの英雄がやったように、封剣のルーンを利用するつもりですの!? 無茶ですわ! あのリチャードと違ってあなたはちゃんとした人間なのですわよ? 少し触れただけでどうなることか……」
「だけど、自分でルーンを束ねられない僕には、他に方法がない」
やるしかないと、そう告げる。しかしモネは納得がいかないようで、言葉を詰まらせた。
「……できるの?」
そんな中、オルタナが口を開く。
「私は世界を普通に見られるの?」
――――その言葉だけで、覚悟は決まった。オルタナから手を放し、封剣へとクロードは近づく。後ろからモネの制止する声が聞こえたが、無視した。危険な行為だということはわかっている。しかしこれが最後の希望、可能性なのだ。最後まで足掻くため、クロードは封剣の柄を躊躇いなく握り込んだ。
瞬間、クロードの意識は吹き飛んだ。
次に聞こえたのは、必死にこちらを呼ぶ声。音は二つ、モネとオルタナのもの。
「クロ……! クロぉ!」
「大丈夫ですの……!? だから待ちなさいって言ったのに!」
何度も何度も体を揺らされて、ようやく意識がはっきりしてきた。自分が床に寝転がるような形で倒れている姿勢でいることにも気づけた。全身に異様な気だるさを感じながらも、なんとか体を起こす。
「ごめん、どれくらい気を失ってた?」
そう聞くと、オルタナは目を丸くして驚いた。
「どれくらいって、そんな時間なんてたってないわよ。ほんとに一瞬だけ。あんた、封剣に触れた瞬間に気絶しちゃったんだから」
「ああ、そっか……」
自分はあの剣の柄を握った瞬間に意識を失ったのだった。確かにあの柄のつるつるとした感触を手が覚えている。だがそれ以上に、剣に触れた瞬間に感じた全身を内側から犯されるようなあの感覚が、妙に記憶に残っている。今にもまたあの気持ち悪さが蘇ってきそうで体を震わせた。といっても、その感覚だって感じたのはほんの一瞬だけで、そのあと自分はすぐに気を失ってしまったのだが。
多分、あれがルーンが体に無理やり侵入してくる感覚か…………。
「あれ、でもだとしたら僕はどうして助かったんだ?」
「やっぱりそれも、覚えていないんですのね」
モネが呆れたようにため息をつく。
「咄嗟にわたくしがクロを封剣から引きはがしましたのよ。移動魔法を使って、少々乱暴にですけれど」
「あんた、モネが助けてくれなかったら死んでたわよ?」
見れば今の自分は封剣からは離れた位置に倒れていた。ここまでモネが自分を吹き飛ばしたのだろう。ルーンの供給過多によってクロードの肉体がはじけてしまうよりも前に、モネが引き離してくれたのだ。
「ありがとう、姉さん」
「軽率な行動だと、お説教したいところですけれど、そんな時間もありませんわね。結局、創造魔法を使ってオルタナを人にするという策は失敗した、ということですわね?」
「…………そう、だね。失敗だった」
「大体、最初から無理な話なんですのよ。封剣のルーン放出で肉体が壊れるよりも先に創造魔法を発動させる、というのがあなたの考えだったのでしょうけど、いくらなんでもそんな速度で魔法を発動させられるわけがありませんわ」
「……え? 違うよ、姉さん勘違いだ。僕が言った失敗はそういう意味じゃない」
モネは勘違いをしている。クロードは創造魔法を発動できなかったわけじゃない。魔法自体は確かに発動させたはずだった。
「僕はあの時、間違いなく、創造魔法を使っていた」
「まさか、あの一瞬で……?」
驚くモネ。その驚愕の理由がクロードにはよくわからなかったが、とにかく時間がないため話を先に進めた。
「正しくは使おうとした、なんだけどね」
「使おうとした?」
「創造魔法自体は発動させられたはずなんだ。条件は揃っていた。なのに発動しなかった。改変が起こらなかったんだ」
「ちょ、ちょっと待ってくださいな。まずはきちんと整理しましょう」
モネがクロードを止めて、一つずつ確認をしていく。
「えっと、まずクロの創造魔法のことですけれど。これはすなわちクロの頭の中のイメージをそっくりそのまま現実へと持ってくる……という認識でいいんですの?」
「大体はそんな感じ。イメージの再現っていうのが、一番しっくりくる言い方かな」
「なら、今回はオルタナを人間にするというイメージで創造魔法を使おうとしたんですの?」
クロードは頷く。確かにこの時クロードはオルタナを人間にする。彼女の世界を明確にするというイメージで持って創造魔法を発動させようとした。
「しかし、それは発動しなかったと……。それで本来消費されるべきルーンが消費されず、一瞬で体内のルーンの許容量を超えかけて気絶したってことですのね」
「ああ、つまり失敗だ」
過程はどうであれ、オルタナの世界を明確にできなかったことは事実だ。自分は失敗して、死にかけた。
創造魔法では人型術式に干渉することができないのか? このイメージでは駄目なのか? そもそもそんな改変はできないのではないか?
様々な疑問や憶測が頭を埋め尽くす。唯一の可能性、突破口。しかしそれは閉じつつあった。
「くそ! どうしてだ……! どうして何も変わらなかった? なんで発動しなかったんだ……!?」
叫んでみても問題が解決するわけではない。それでも叫ばずにはいられなかった。焦りは行き場のない怒りのような感情となって溢れ出す。
「もう一度、もう一度だ! もう一回やれば何か変わるかも……」
「もう一回、死にかけるつもりなんですの?」
封剣のもとへといこぅとしたクロードの前にモネが立ちふさがる。
「さすがにそれを許すわけにはいきませんわ」
「でも、もうこれしか方法が……」
「試行錯誤を重ねることと、無理だとわかっていることを繰り返すのは全く別物ですわ」
諭すように言いながら、姉は弟の肩に手を置いて揺さぶった。
「しっかりしなさい。まずは落ち着いて考えるんです。クロならきっと別の方法だって思いつくはずですわ」
王国最強の騎士からの信頼。本来なら喜ぶべきそれだが、しかし今のクロードにとっては重しにしかならなかった。
もうすでに考えは巡らせている。いくつものパターンと可能性を吟味し、考えて考えて考えて考えて――――――考えたその果てに、他の可能性は存在しないとわかってしまった。
「駄目だ……これ以上は、何もない」
「そんな弱気なことでどうしますの!」
「だけど、本当に駄目なんだよ!」
思わず、叫ぶ。モネへ当たってもどうしようもないと知りながらも、言葉は強くなってしまった。
そもそも、情報が少なすぎる……。
「僕らは結局、アルマ=カルマに対しても、僕のこの創造魔法に対しても、最も重要な根本的なところの理解はしていない」
ファウストが作った人型術式。
かつての三賢者の一人が使った巨大な魔法。
「それだけの認識しか持てていないのに、この場を切り抜ける鍵はこの二つなんだ」
情報の不足したこの状況では、これ以上他に言い考えは浮かんでこない。別の可能性はどこにもない。
「だったら、もう一回試してみるしかない。もしかしたら、今度は成功するかもしれない!」
モネが揺らぐ。クロードから見え隠れする敗北の色に、高い信頼が故にモネの心は揺らいでしまった。クロードを制止しようと伸ばされていた腕は力なく垂れ下がる。
彼女の横を通り過ぎ、クロードは再び封剣を目指す。もう一度、あの柄を握るため、あの全身の犯される気持ちの悪い感覚が蘇ってくる。それでも構わないと、覚悟を決めたその時だ。
『失敗の理由がわからないままに、同じ操作を繰り返すというのは馬鹿のすることだ』
――――男の声。この場にはいないはずの、男の声が聞こえた。
だが声の方向を探す必要はない。そいつはクロードの目の前にいたからだ。封剣の横にそいつは存在していた。まるでさも当然のように、それはそこに現れたのだ。
『トライアル&エラーとは無策のままに繰り返すことではない。失敗の理由を明確にし、次へと繋げることを言う。君は私ほどの天才ではないにせよ、大馬鹿者のカテゴリでもないと思っていたのだがな』
そいつは黒い影だった。ぼやけた輪郭のような、顔のない影だった。ゆらゆらとゆらめくそいつは声だけは笑いながら自身の存在を語る。
『ごきげんよう、諸君。私はファウスト――――諸君らがいうところの天才魔法師さ』




