獅子蒼天の牙
リリィが作ってくれた隙は一瞬で、黒い影を通り抜けるための風穴も大きなものではなかった。しかしその一瞬のタイミングで、確実に向こうへと抜ける穴に体を滑り込ませ、モネは影から距離を取って見せた。彼女自身の速度もさることながら、リリィとの連携、また彼女独特の勘の良さはさすがだと――クロードは、モネに抱えられて上空へと凄まじい速度で飛翔しながら思った。
吹きずさぶ風の音は長くは続かない。気付けば分厚い雲を超えて、クロード達は太陽へと近づいていた。照らす日の光がいつもより暖かく感じるのは気温そのものが低いからだろう。本来なら寒さに凍え、空気の薄さに息もできないような高度だが、苦しくもなんともないのは、モネが魔法によって体温や呼吸の程度を調節しているからだ。体温はともかく、呼吸に関しては一体どんな魔法で対策をしているのか気になるところではあったが、そんなことを悠長に聞いている暇はなさそうだ。
雲を越え、しばらく飛翔してようやくモネは速度を緩め、停止した。すでに竜種が飛べる限界高度を優に超えている。もう誰も自分たちを追いかけてくることはできないだろう。
そうして動きを止めて初めてクロードは自分が酷く恥ずかしい体勢をしていることに気がついた。モネの腕はこちらの腰に当てられ、また彼女の最高速度に内心怯えていたのか自分の腕はモネの首に回され正面から抱き合っているような格好になってしまっている。抱き合うだけならまだしも、体勢的に男女の役が逆なのがいただけない。
騎士に守られる男子学生っていうのは我ながら痛々しいな……。
それでも今更離れるのはモネに失礼だと思ったし、なにより下手に手を離せばまた落下芸でも見せかねない。
落ちたり飛んだり吹き飛ばされたり、今日は凄い激しい日だなぁ……。
「ねえ、クロ」
すると、モネが真剣な表情でこちらをまっすぐに見つめていた。彼女に抱かれているような今の体勢もあって、クロードは妙に緊張して頬を赤らめながら返事をする。
「えっと、何かな姉さん……」
「その、リリィのことなのですけれど」
途端、熱くなった頭が急激に冷やされる。その名を聞いて冷静になれた。落ち着きを取り戻した思考の中で、モネの言いたいことをクロードは瞬時に理解する。
だから、その先は自分で語った。
「『振り返るな。そこにあたしたちはいない』。それって、自分たちは後ろにいない。前にいるんだって、そういう意味なんだよね」
先に行く仲間に告げるその言葉は、前を向いていろという意味と、そして自分らが決して死なないという意味の言葉でもあった。
「振り返っても、そこには誰もいない。だから前を向く。リリィさんたちはそこにいる。全部、終わったあとに、いつの間にか僕らを追い越して待っていてくれる」
生き急いで死に遅れる。それを信条とする彼らが言ったのだ。振り返るな、と。そこには誰もいないと、そう言った。だから前を向こうと、クロードはそう思うのだ。信じる、なんて綺麗なものではない。ただ彼らがそう言ったのだから、それを当然として受け入れる。
振り返った先には誰もいない。死体が転がっていることもない。彼らは当たり前のように自分たちを追い越して、待っていてくれる。
「だから僕たちも急ごう。前へ、進もう」
彼らが導いてくれたこの道の先へ、生き急ぐ。
それが自分たちにできる最善だ。
「ええ、本当にそうですわ」
モネは満足そうに頷いた。そしてこちらを抱きしめる腕に少しだけ力を込める。
「わたくしも、ようやく覚悟を決めましたわ」
「覚悟……?」
「ええ、覚悟ですわ」
最初は違った覚悟だったのだと、モネは言った。
「オルタナを殺す覚悟。それがわたくしが最初に決めた覚悟。だけどそれは揺らいでしまった。クロのせいですのよ?」
どこか嬉しそうにモネは微笑む。
オルタナを助けるため、彼女に生きていて欲しいから。そのために必死になって、全てを敵に回しても構わないと、戦いを挑んだ少年。
モネはその姿に揺さぶられてしまったのだ。
「そのあとはずっと迷っていましたわ。クロをオルタナのところへ連れて行く。その目的に依存はありませんでしたわ。だけど、わたくしがどうしたいのか。何をすればいいのか。あの子に、何を言ってあげればいいのかわからなかった……わたくしはあの子の願いを叶えることばかり考えて、自分の願いを置いてけぼりにしてしまったから、わからなかった。だけど、クロは違いましたわ。オルタナの望みと自分の望み。決して相容れないはずのそれを、クロは同じところへ届かせようとした。どちらの望みも諦めなかった。そのために戦った! それを見て、わたくしようやくわかりましたのよ? 自分の間違いも、愚かさも……」
もう迷わない、とモネは言う。
「悩む必要なんかなかった。わたくしはただ『好きだよ』って、あの子にそう言ってあげればいいんですわ! だって、最初の覚悟は痛かったけれど、とても辛かったけれど、でも今は全然、ちっとも痛くないんですもの。あの子を助けてあげようって、そう思ったら何も辛いことがなくなったんですわ! 痛みも苦しみも我慢して、あの子の願いを叶えようって、それだけを考えていた時よりも、今はずっと清々しい」
モネは声をあげて笑った。クロードを抱いたまま、その場で踊るようにくるくると回った。
「クロのおかげですわ。クロがわたくしの痛いことを全部取ってくれた! 救ってくれた! 誰かに生きてほしいって、そう願うことは悪いことじゃないんだって教えてくれた! だから――――だから、あの子にも教えてあげましょう? オルタナに教えてあげましょう? あなたは、こんなにも生きることを望まれているんだって、そして救ってあげましょうよ。わたくしにしてくれたみたいに、あの子の痛いことを全部取っちゃうんです」
――それで一緒に、みんなで帰って。
「今度は三人で朝ごはんを食べましょうよ」
「……そうだね」
それはとても〝嬉しい〟ことだろう。幸せなことだろう。クロードが望んだ未来。渇望した光景。それと同じ夢を、ようやくモネは抱くことができたのだ。
「でも、姉さんは朝に弱いから、ちゃんと起きられるかな?」
「クロが起こしてくれればいいんです。キスとかで」
「いや、そこは普通に起こすよ……」
変わらぬやり取りがなんだかおかしくって、二人して笑った。全ての憂いを捨て、迷いを断ち切ったモネの本当に楽しそうに笑った。まるで、この先には嬉しいことしかないんだと、そう信じて疑わない人のように。
「さあ、行きましょう。わたくしたちの願いのため、望む先へと」
「うん。そのために、背中を押してくれる人もいるしね」
誰の願いも、自分の願いでさえも諦めない。例え異なる思いであっても、いずれ全てを同じところへ届かせるため、誰もが望んだ未来へと至るため、二人はようやく初めの一歩を踏み出した。
前へ、前へ。
望む、その先へと。
「雲が、邪魔ですわね」
下を覗いてモネが言った。浮遊城の頂上よりも高い位置にいるはずだが、分厚い雲に隠されてその全貌を見ることができない。モネが無造作に腕を振るうと、炎が視界の一面に広がり凄まじい熱風を生み出した。その風によって吹き飛ばされるよりも先に、雲は熱によって蒸発し消えていく。そうして、障害が消え開けた視界の向こうには空を飛ぶ黄金の城が広がっていた。
上空から見下ろしてみて、クロードもモネも初めて浮遊城の全貌を視界に収める。世界中の城や、この世のあらゆる建築物を一つにまとめてみせたように見える。その全てが黄金の色をして、太陽の光を反射させて輝かしい光を放っている。
「こうして見てみると、城というよりも一つの都市のようですわね……」
モネの呟きにクロードも頷きを作る。確かに王都の半分はあるという面積に作られた建造物の群は黄金の城というよりも、黄金の都市と呼ぶにふさわしいかもしれない。だが、都市というには建物同士は密着しすぎている。ちょっとした広場もなければ、人が通るための道もない。城ではなく、都市というのは正解かもしれないが、どちらにしてもとても人が住めるような場所には見えなかった。
「姉さん、見て! あれ、十番隊の艦隊だ!」
遠く遠く、豆粒程度の小ささでしかなかったが、いくつかの艦隊と、砲撃の爆発が視認できた。それらに降り注ぐ光の雨の存在も一緒にだ。
浮遊城の攻撃も止んでいない。だが、艦隊からの砲撃も健在だった。艦も九つ、全て確認できる。リリィを乗せていた旗艦の姿だけは見ることはできなかったが、二人ともそれをわざわざ口にしたり、きっと大丈夫だと、そんなことを言葉にすることもなかった。
どちらも信じていたのだ。リリィがこんなところで死んだりしないことを。
「反応型障壁は充分展開されている……。これなら、いけますわ」
モネの周囲にルーンが集束する。その発行体にクロードはモネと一緒に包まれてしまったように感じた。幼い頃、彼女に見せてもらったあの綺麗な光景が一瞬だけ頭をよぎった。
モネが詠唱を開始する。展開型障壁を破るために、最大の魔法をぶつけるつもりなのだ。
「火、火、重ねて炎! 蒼天の紅! 朱は蒼に、蒼は朱に! 蒼は獅子に! 獅子は蒼に! 神よ、世界よ。我もまた御身の一部であるのなら、獅子の身もまたその一部である。全は一、一は全。獅子の身は世界となり、蒼天は獅子の身を覆い尽くす!」
集束されたルーンの発行体が一斉にはじけた。モネの全身から炎をが吹き出す。彼女に抱かれたクロードはその炎を浴びたが、燃やされることも熱を感じることもなかった。モネが何か別の手段を使って守ってくれているのだろうか。徐々に彼女の体から噴き出る炎は勢いを増すが、しかしその内に量は減り、炎となっていた髪も蒼さを失くし、いつもの銀髪へと戻ってしまう。
精霊化していた体を元に戻したのか……?
彼女の体を構成するのに余分だったルーンは全て炎となって、噴き出てしまったのだ。それはまるでその身に宿した蒼天を解放するかのようで……気付けばその体から離れた蒼き炎は彼女の頭上で巨大な球体を形成していた。
「なんて大きさだ……」
思わず呟く。彼女の体に収められていた炎は太陽と見間違えそうなほどに巨大だった。それだけの火力が先程までの彼女を構成していたのだ。まさに【獅子身中の蒼天】。青騎士はその身に天を納めていたのだ。
だがその天は解放された。世界を覆い尽くさんとする蒼天は今彼女の頭上で燃え盛る星となっている。
「神よ、我が理を用いて、御身の理を砕くことを許したまえ。願わくばその深き慈悲のもと、我らに道を明け渡したまえ!」
球体が形を変える。炎がかたどったのは獅子の顔面。燃え盛るたてがみと鋭い牙。あらゆる理を砕く顎を持つ蒼き獅子。
「【獅子蒼天の牙】!」
巨大な獅子の顎が展開型障壁に食らいつかんとする。だがその時、浮遊城の方からまばゆい光が生まれた。光の矢だ。こちらの存在を察知したのだろう。艦隊を襲っているものと同一のそれが獅子の顎を迎撃しようと降り〝上がった〟。しかし、あらゆる理を砕くその顎は全てを貫く牙を持って、その道を阻むものを噛み砕く。それは光さえも同様で、獅子の顎に矢は飲み込まれその理を砕かれていく。
それでも全く効果がないわけではないだろう。しかし、モネの本気を打ち払うためには矢の数が圧倒的に足りていなかった。上空へ打ち上げることのできる発射角を持つ魔法陣の数は真横や、真下へと発射できる数よりも少ないのだ。その巨大さゆえ、上からの急襲を想定できていなかった浮遊城の死角。クロードの提案はその死角を的確に突いたのだ。
牙が到達する。そして障壁が砕け散る。発光する半透明の球体は獅子の顎によって噛み砕かれ、ガラス球が砕けて散っていくように、欠片となって散らばった。音はしなかった。ただ散った欠片がまるで色のついた雪のように舞って、浮遊城の周囲を鮮やかに染めた。
「いやぁったぁあああああああ! やりましたわぁ!」
障壁が砕けたことにテンションがあがったモネはいつの間にか滞空のための魔法も切ってしまったようで、クロードはモネと一緒に頭から自然と自由落下していく。
「これでようやくオルタナのもとへ行けますわ! それもこれもリリィと、そして十番隊のみんなのおかげですわね! これからはリリィの不真面目も隊員さんたちの多少のセクハラも許して差し上げてもいいような、わたくし今はそんな寛大な気分ですわ!」
「え、でもセクハラは許さなくてもいいと…………じゃなくて! 姉さん落ちてる! 落ちてるから!」
「何を言っていますの? むしろわたくし舞いあがっているくらいですわよ!」
「気持ちの問題じゃなくて! 落ちてるんだってば頭からまっすぐに! これまたデジャヴで――――ああ、姉さん前! 前見てぇ!」
へ? とモネが間抜けな返事と共に前を見た瞬間――彼女の視界に広がったのは金色だった。
それは浮遊城の頂上部、最も高い位置にある塔の屋根。そこにクロードたちは頭から直撃したのだった。
+
「いたたた……」
何が起こったのかわからない。ただ思い返せば、随分とテンションが上がってしまっていたことは自覚できた。その結果、滞空のための魔法を切ってしまい、上昇するテンションとは逆に体は重力に従って落ちて行った。
それで、クロに前を向けって言われて……。
前を向いたら金色が視界いっぱいに広がって、次の瞬間には顔面に強い衝撃を受けて一瞬気を失ったのだった。
そして今に至るわけだ。
思い返してみれば、何が起こったのかは明白だった。
普通に落ちて、普通に顔をぶつけたのですわね。
痛む鼻をさすると、鼻血を出していた。ただそれだけで済んだのは瞬間的に防護魔法を発動させたからだろう。危険に対して本能的に行動を起こしたのだ。それでも間に合わなかった部分がこの鼻の痛みということになる。
「というか、戦場で血を流すのってわたくし初めてでしたわ……」
エンシェントドラゴンとの戦いで被弾はしたものの、あれはわかりやすい外傷を生むようなものではなかったので、流血はこれが初めてのはずだ。その初めてが鼻血というのは格好がつかないというか、なんだかなぁという思いだったが、そんなことに気を取られている場合ではないのだということをモネは思い出す。
そもそも、ここはどこなのか。自分が衝突したのが浮遊城のどこかの建物の屋根であることは予想がついた。だがその屋根の上なのか、それともそれを突き破って中にまで侵入してしまったのか。
まず上を向いて、天井があることと不自然な穴が空いていることを確認。どうやら本当に屋根まで突き破ってしまったようだった。それだけの勢いがあったのにも関わらず鼻を強打しただけですんだのは幸いだろう。この場合は実力と言い換えてもいいだろう。
そして周囲を見渡すと、すぐに弟の姿を見つける。彼は自分のすぐ横で立ちすくんだままだった。モネは腰を上げて立ち上がり、クロードに話しかけようとして、止まる。弟が、見たこともない表情をしていたのだ。
それは嬉しさや、悲しさ、達成感や虚しさ。とにかく、色々な感情をごちゃまぜにしてその上から驚愕の色を塗りつけたような、そんな表情。ずっとずっと、探していた。求めていた何かを見つけた時、人はああいう顔をするのだろうと、モネは直感的にそう理解した。
「見つけた」
短い呟き。彼の視線はモネを見ていない。もっと、向こうの、違う場所を見ている。その視線の先へ、モネもまた自分の目を持っていく。
どこまでも続くかのように広がるまばゆいばかりに白い床。どこか厳かな紋様の描かれた黄金の柱の並ぶ巨大な広間のような空間。その最奥の壁は一面が豪奢なステンドグラスになっていた。ガラスだけでなく様々な宝石までもちりばめられ、色とりどりの煌びやかな光を演出するその壁とは対照的に、あまりに質素な木で作られた簡素な椅子がステンドグラスに背を向ける形でおかれている。
彼女はその椅子に全身を投げ出すように座っていた。
「見つけましたわよ、オルタナぁ!」
モネは思わず彼女の名を叫んだ。するとオルタナは伏せていた目を開き、モネをじっと凝視する。そうしてべたつくような笑顔を見せた。
「やっと、来てくれた。遅かったじゃないの。さすがのあんたも苦戦した? でもやっぱり、ここまで辿りついてくれたわね」
よかった、とオルタナは胸をなでおろすように言った。その様子に嘘はない。本心からきっと、そう思っているのだろう。
「ようやく私は死ねるのね」
そう言って、今度はクロードへと視線を向ける。だが、そこで彼女は予想していたものとは随分違った反応を見せた。
「で、一緒にいるのは誰なのかしら?」
「え……?」
思わず、固まる。わからないのだろうか。
忘れてしまった? いや、まさか、そんなことはあり得ませんの。
一緒に逃亡し、契約までした相手をこんな短期間に忘れるはずがない。だが、彼女の言葉が冗談にも聞こえない。それは一体、どういうことか。その疑問を言葉にするよりも先クロードが自ら名乗りを上げた。
「クロード・ルルーだ。まさか、もう忘れちゃったわけじゃないよね?」
オルタナが顔をしかめる。明らかな不機嫌をその顔に浮かべた。
「クロ……? どういうことよ。他の隊長や、騎士団の誰かが来るのならわかる。アルフレッドが来ることだってあるかもしれないと思っていた。でも、クロはおかしいわ。なんであんたなんかがここに来るのよ。あんたみたいな、役立たず。足を引っ張るだけじゃない。ただの邪魔者にしかならないようなあんたが、どうしてここまで来るのよ?」
おかしい、おかしい、と呟きながらオルタナは再びモネへと視線を戻す。
「モネぇ! どういうことよこれはぁ!?」
叫ぶ声。それは怒気と狂気を含んでいる。
「あたし言ったよね? 何度も何度も、あんたにちゃんとちゃんと言って聞かせたわよねぇ!? どうして欲しいのか、伝えたはずよねぇ!? あんたはそれを知っていて、あんただけがそれを知っていて、だからあんたが私を殺しに来てくれるはずでしょう!? それなのにどうしてどうしてクロがいるのよ! あんな足手まといの役立たずの愚図をなんでこの場に連れて来たのよ!?」
足手まとい。
役立たずの愚図。
そんな汚い言葉が、クロードを傷つける言葉がオルタナから発せられたことにモネはショックを受ける。驚いて、そのせいか体が自然と震えてしまう。いやそれだけじゃないだろう。彼女の気迫に、その狂気に圧されたのだ。飲み込まれたのだ。
「ねぇ教えてよ! 早く早く教えなさいよ! どうしてクロがここにいるのよ!? 一体、何を考えてこんな奴を連れてきた! あんたは私を殺してくれるはずでしょう!?」
「わ、わたくしは…………――」
言葉に、詰まる。
伝えたいことがたくさんあった。言いたいことがたくさんあったはずだ。
わたくしたちはあなたを助けに来ましたのよ。あなたが好きだから。それはクロも同じですの。だからクロと一緒に助けに来ましたのよ。クロならきっとあなたを助ける方法を見つけられる。だから一緒に来たんですのよ。ここに来るまでにクロはとってもがんばったんですのよ。クロだけじゃない、クロのためあなたのため、もっと多くの人が道を作ってくれた。だからわたくしたちはここまで来れましたの。わたくしはあなたが好き。クロもあなたが好き。だから生きてください。あなたは多くの人から、とても強く、生きることを望まれていますのよ。
思いは全て心の中で濁流し、滅茶苦茶になってかき回された。頭に浮かんだ言葉は意思疎通のできる状態ではなく、それをどう発していいのかわからず、モネは混乱して――――それでも伝えたくて、何かを言ってあげたくて、モネは決心する。
左手は腰に手を当て、右手はビシッ! と伸ばしてオルタナを指す。半ばのけぞるような体勢になって決めポーズを作った。そうしてポーズによって無理やりに勢いをつけて、とにかく口を開いた。
「あ――――」
「あ?」
「あ、あああああ、あなたなんかにわたくしのクロはわたしませんからねぇえええええええ!」
言い終わるよりも前に、自分が大いに何かを間違えてしまったことにモネは気付いた。




