表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/54

獅子身中の蒼天

「来ましたわね……」

 クロードが見つめる先、そこには苦い顔で呟くモネがいた。そして、そのまま視線を彼女が向いた方へと移す。

 既にクロード、モネ、リリィ、ぐりぐりの三人と一匹は浮遊城の真横に位置する場所にいた。下に目をやって現在地を確認する余裕はなかったが、もう王都からは外れたところにいるかもしれない。遮られていた太陽はこの場所からは問題なく降り注ぎ、ようやく夜が明けたかのような錯覚を覚えた。眩しい視界に映るのは黄金色に輝く巨大な城。そしてそれを覆い尽くすかの如く大量に羽ばたく竜の軍勢だ。

 大型竜十三頭。中竜三十二。小竜に至っては数えることすら困難なほどに、それぞれの竜の間を埋めるように飛び交っている。

 たった一匹目にしただけでも、書物に記され後代まで語り継がれるほどに今や伝説と化した、古代の知的生命体――――竜種。それが群れをなし軍となり、浮遊城を守護せんと侵入者であるこちらに視線を向けている。

「おいおい、こいつはちょっと、明らかに接近部隊の時よりも数が増えてないかい」

 そう言って困り顔をするリリィ。接近部隊と竜の軍勢の攻防は一瞬だったためあまりよく観察できていたわけではないのだが、しかし彼女の言うとおり明らかに今いる竜の数は度を越していた。

 数だけではない、その種類までも様々だ。赤い鱗を持もの、翼を四枚もつもの、発達した牙が上あごを貫いているもの、一つ目だが異様に大きな眼球を持つもの――――まるで伝説が群れをなしてやってきているかのようだと、クロードはそんな感想を漏らす。

「……一度接近され、警戒を強めたのでしょう。そうでなければ、こちらの戦力が先程よりも強いことを悟られたか。どちらにせよ、兵を集めるだけ集めて傍観しているのはどうしてなんですの?」

 接近部隊との戦闘時、竜たちは〝安全圏〟を超えるまでは兵を集めることさえしなかった。それが今ではこちらが安全圏を超える前に小竜の呼び声によって着々と軍勢が整えられていっている。おかげで安全圏を超える前からモネもリリィも気迫を強めている。

「威嚇、なんじゃないかい?」

 リリィが呟く。

「最初の時は敵だとすら認識されていなかった。だから、近づくまでは何も起こらなかった。だが、今は敵だと認識された。だから兵を集めて準備と同時に威嚇している。それ以上近づいたら、容赦はしないよってね」

 ただの想像だけど、と最後に付け足してリリィは肩を竦めた。想像にしては中々現実的な線を言っていると、クロードは思うのだが、どうなのだろうか。ただどちらにしても。

「安全圏を超えたら襲ってくることには変わりありませんよね……」

 その言葉にモネが頷く。

「ええ、それに敵の数が目に見えてわかる今の方が対応もしやすいですわ」

「でも姉さん、現在進行形で相手は増えてるんだけど……」

 気付けば大型竜が一匹増え、中竜も数えたくないほどになっていた。だがモネはそんなことでたじろいだりはしなかった。

「とにかくいっぱいいる。それだけわかれば充分ですわ」

 得意げな、その笑顔にクロードは自分の不安までも吹き飛ばされるような思いだった。彼女がいる。ただそれだけのことで、一体それだけの兵士や国民が救われているのか。その堂々とした立ち振る舞いに思わず目をそらしたくなったけれど、それでも必死に彼女を見つめた。

「……クロ坊、離れるよ」

 リリィが小さな声で語りかけてくる。彼女の横顔から、すぐでも戦闘が始まるのだと感じ取ったのか、手綱を翻らせモネから少し距離を取る。

「あの子の本気に巻き込まれたらたまったもんじゃない。何より、邪魔しちゃあいけないね。こういう機会はなかなかないんだ」

 モネの本気など、自分も数えるほどしか見たことがないとリリィは語る。

「目に焼き付けておくといいさ。あの子が最強たる所以をね」

 言いながら、ちらりと竜の軍勢に視線を向けて……直後リリィはまた困ったような顔をして笑った。

「ま、そんな余裕もあたしらにはないかもだけど」

 リリィは竜の軍勢に向けていた視線を少しだけ自分の後ろに回した。もうそこにはリリィとクロードの姿はない。二人は既にモネから距離を取っていた。

 特別、リリィに離れるように指示していたわけではない。こちらの高揚を悟ったのか、はたまた彼女らしい野生の勘か……。

 どちらにせよ、ありがたい気遣いですわ。

 円卓でも語ったことだが、この竜たちを相手にモネでさえも手加減している余裕はない。周囲の誰かを巻き込んでしまうかも、そういう懸念があれば無意識にでも剣は鈍るものだ。その点、相方としてはリリィは的確だったろう。彼女と一緒ならばクロードも安全だろうと、そう思える。

 だから、自分は、己の役目を果たすまで。

 竜を退け、道を作る。

 クロードが、弟が、大好きな人のもとへと至る道を。

 届かぬ高みへ至るため――――今、最強の騎士が動く。

「行きますわよ」

 誰ともなく囁いて、モネは〝舞った〟。最初は軽いステップ。徐々に動きは大きく、剣を持ったままの腕を振り背を反らし、動きを作る。決して早くはなく、しかし遅くもない。一つ一つの動作を刻みつけるように、そして流れるようにモネは舞う。

 舞踏術式。

 古来より舞は神への奉納としての意味を持っていた。舞の動作はそのまま術式足り得るのだ。手を振り、回り、体を折り曲げることで全身を使って術式を刻んでいく。

「――――火、火、重ねて炎――――」

 その中で動きを止めることなく、モネはまるで歌うように呟く。己が舞に合わせて言語化した術式を歌っていく。合わせていくのだ。

「――――蒼天の紅――――我が身は蒼き獅子、王の獅子――――我が髪は蒼きたてがみ、王のたてがみ――――」

 合わせていくのは言葉だけではない。彼女の振う剣の切っ先が円を描き複雑な図形を描き上げていく。舞のためのステップが、足の運びが、彼女の動く軌道そのものが意味のある形となって空間に浮かびあがる。

「――――朱は蒼に――――蒼は朱に――――蒼天は世界を焦がす――――世界を焦がすは蒼き色――――神を焦がすは朱の色――――」

 モネの周囲に幾重にも重ね、繋げた魔法陣や術式が描かれていく。彼女が舞うごとに、言葉を紡ぐごとに、刻みつける術式もまた増えていく。

 舞踏、言葉、図形式。異なる形態の術式を同時に展開し魔法の効果を高めるその手法は多重展開術式と呼ばれる。隊長格ともなれば当然のように取得している技術だが、モネがそれを見せることは殆どない。世界に愛され、ちょっとした術式ですら大魔術に発展してしまう彼女の特性では多重展開術式は効果が大きすぎるのだ。

 普段は自ら封印している術式。その枷を解く。いや、解かれるのは自分だとモネはそう思う。

 だって、こんなにも心地よい……!

 歌い、踊り、刻みつける。

 青騎士は全てを解放する。

「――――神よ、御身を焦がす無礼を許したまえ――――今! 獅子はその身を蒼天に変える!」

 瞬間、モネの長い銀の髪が火を噴いた。蒼き炎が彼女の髪を燃やした。いや、彼女の髪が蒼い炎に姿を変えたのだ。モネはその美しい髪を炎に変えた。それだけじゃない、彼女の周囲の全てが火を噴き燃えている。風が、塵が、空気が、世界が、彼女の蒼き炎によって焦がされていく。

 温度差によるものか、彼女の体がまるで実態のない炎のように揺らめいた。

「…………来る」

 竜たちが雄たけびを上げる。大型竜の大地を震わす咆哮。それに混じるように小竜たちが耳障りな金切り声をあげた。未だ安全圏からは出ていない。だが既に彼らはこちらに向かって全軍を突撃させた。例え離れていようと、モネが充分な脅威であり倒さなければならないものなのだと判断したのだろう。それが防衛機能によるものなのか、竜の本能なのかはわからない。モネにとってはどちらでもよいものだった。

「来なさいデカいだけで能無しの蜥蜴め! 身の程を教えて差し上げますわ!」

 彼女にしては下品な言葉で罵って、そしてそのまま飛んだ。能無しの蜥蜴どもに向かって真っすぐに飛翔する。炎となった髪が翼のようにはためき彼女の加速をサポートする。竜を前にしてあまりに小さな彼女の体はあっという間に竜の軍勢にのみ込まれた。

 それをどんな言葉で表せばいいのか、クロードにはわからなかった。ただ唖然とした表情で固まったまま、言葉を忘れて自らの姉の戦闘を見ていた。

「あれが……王国最強の騎士の戦い……」

 あれが、などと言ったが彼女の戦いの半分もクロードは理解できていなかった。何が起こっているのかわからない。モネがその腕をふるう度に噴き出す炎が竜の首を焼き切った。炎と化した髪を振り乱す度に幾体もの竜が身を焼かれ、翼を焼かれ、落ちていく。数え切れないほどの竜が火を吹き、雷をその身に宿し、モネへと襲い来る。爪が、牙が、巨体がモネへと振りあげられる。だがそのどれもが彼女の体を捕らえられずにいるのだ。まるで炎が揺らめくように、風になびくように彼女の体は全ての攻撃をかわしていく。そうして縦横無尽に竜の軍勢の中で暴れまわる。

 その姿はまるで踊っているようで、クロードは何より先にまず見とれてしまう。きっとそれも彼女の戦いへの理解を阻害している一つの要因だろう。

「凄い……」

 結局、口から出るのはそんな単純な言葉だけだった。そうとしか言いようがない。それ以外に、言葉が見つからないのだ。

「凄い、けど……」

 あれはいったいどんな魔法なのだろう?

 多重展開術式。モネが扱うにはあまりにも強力に過ぎる術式だ。その結果発動されたあの魔法がなんなのか、クロードにはわからなかった。彼女の戦闘そのものが理解できないのだから当然ではあるのだが。

「あれは精霊魔法さ」

 クロードの疑問にリリィが答えた。

「人間の体ってのも、ルーンでできている。あの長ったらしい多重展開術式は色んな効果があるんだけどね、まあざっくり言うとあれでモネは自分の体のルーンを炎に変換して、その炎で体を再構築したんだ」

 体を炎に変換し、その炎でまた体を作る。

「それって、結局もとに戻ってませんか?」

「それが違うんだよ。結果じゃなく、過程。プロセスの問題さ。人の体が炎になるだけなら、それは消失でしかない。だけど炎が人になったら? そいつは新たな生命の誕生と言えるだろう?」

 リリィの言わんとすることがわからず、クロードは首をかしげる。それをおかしそうに見つめながらリリィは話を続けた。

「炎や、それに限らず水や風、土みたいな意思や命を持たないものが集合し、一つの生命としての形を作る。そういう現象を聞いたことがないかい? アルケミアの授業でもやったりするんじゃないかい?」

 意思なきものが意思を持ち、生命としての形を得る。その結果生まれる生命体。それがなんなのか、クロードには確かに覚えがあった。

「精霊、ですか? え、じゃあ姉さんの術式ってまさか……!?」

「ご名答。そしてそのまさかだよ。モネのあれは一時的だが自分の体をそのまま精霊化する精霊魔法だ。その名も【獅子身中の蒼天】。あいつらしい、というかあいつにしか使えない笑っちまうほど強力な魔法さ」

 そう言いながら本当に苦笑するリリィの視線の先では、モネが次々と竜を討ち落としていく。

「今のあいつにとっては炎は自分の体そのものだ。蒼き炎を文字通り意のままにあやつる精霊化……普通ならあっという間にルーンが枯渇して体ごと消滅しちまう。炎で作った実体を保持したまま、さらに攻撃に転ずるだけのルーンを集められるのはモネくらいのもんさ。だからあれはあいつだけが使える切り札ってところかね」

 特に群衆相手には強いんだと、リリィは語った。

 自分の体を精霊と化し、集束させたルーンをそのまま自分の体――炎へと変えて戦う。小手先の魔術を排し、ただ圧倒的な〝火力〟を持って敵を討つ。

 その姿はまさに青騎士。王国最強の騎士の名にふさわしき魔法だ。

「やっぱり、凄い……」

 リリィからモネが使った魔法の概要を聞き、少しだけだが彼女の戦いも見えるようになってきたというのに、クロードの口からでる言葉は変わらなかった。

 ただただ圧倒された。言葉を忘れるほどに、モネの戦いは凄まじく、同時に美しかった。

「見とれてる場合じゃないよ、クロ坊!」

 リリィに渇を入れられ、クロードの意識はようやく現実と馴染みはじめた。まるで夢から覚めたようだと思いながら、周囲を見渡し、リリィの言葉の意味を知る。

 いかに精霊化した今のモネといえど、全ての竜を同時に相手し打ち倒すのは無理な話だった。向かってくるもの、目に見えるものはきっと彼女の前では灰へと変わるだけの蜥蜴でしかないのだろう。だがモネには立ち向かわず、彼女の視界にも入らなかったものたちがいた。群れからはぐれた小竜や中竜たちの何匹かがこちらに向かって飛翔してきていたのだ。

「撃ち漏らしだね。ま、さすがにあの数相手は物理的に無理があるか」

「でも、姉さんが相手をしている数に比べたら大したことないですよ」

「ははは、言うねぇクロ坊! 頼りにしてるよ!」

 冗談ではなく本気のような口調で言って、リリィは腰から剣を抜く。幅広のカトラス。海賊を思わせるその剣を高々と掲げ、彼女は手綱を鳴らす。

「さあ、行くよ! おこぼれの掃除はあたしたちの仕事だ!」

 剣をふるい、炎を噴かせ、目に映る敵をただ焦がしていく。

 こんな感覚はいつぶりだろうと、モネは思う。彼女の戦いはいつも味方を傷つけないように細心の注意を払いながら行われた。それは殆ど精神労働に近かった。想定されたことであり、大抵は相手側の不備が問題だが、それでも自分の力が味方を傷つけてしまった時は憂鬱な気分になる。それが何よりも嫌で、必死に避けようとするあまり、モネにとって戦場は頑張って手加減をする場所になっていった。

 だが今は違う。本気で戦わなければ勝てない相手がいる。気を抜けばこちらが喉元を食いちぎられてしまう緊張感。いつも自分が抱えている躊躇いとは全く違うもの。

 空気が冷たい。

 自分の体が熱を持っているからだ。

 今、この身は炎によってできている。

 心地よい。

 戦場が、命のやり取りが、こんなにも心地よい。

 口元がニヤ付くのを自覚していると、目の前にいた竜が変わった動きを見せた。大きく発達した牙が上顎を貫いている妙な竜だ。突き抜けた牙は雷を帯びて発光している。それをモネに向かって叩きつけようと頭をめちゃくちゃに振り回してきたが、当たらない。炎の推進力でモネは右へ左へと自在に身を翻して避けていく。

 もうすでに大型竜は五体倒している。最初の一振りで一体。その次に振り乱した炎の髪が二体を焼いた。焼いた二体はそれだけで無力化できたわけではなかったので、炎の推進力で加速させた蹴りで首の骨を砕いてやった。次の一体はとても素早かったが目に見えぬほどではなかったのであっという間に切り刻んでしまった。五体目は酷く鈍重で、その代わりに異様に硬い鱗を持っていた。だが何度か炎をぶつけてやったらその内に動かなくなって落ちて行った。そのあたりでさすがに竜たちもモネの存在が〝ヤバい〟ということに気付いたのか、統率された動きを見せ始めた。

 死を恐れぬ竜の軍勢。

 最初、モネは彼らには意識がなく、だから命を捨てるだけの特攻をしかけてくるのだと思っていた。だがその考えは少し改めなければならないかもしれない。彼ら個人には意識はない。だが彼らを統率する大元がいるはずだった。

「また、ですわね」

 剣をふるう。その瞬間に炎となった髪から腕へ、そして腕から剣へと蒼き炎は移っていき、さらにその過程で爆発的に膨れ上がる。そうしてできるのは手元から切っ先へ、切っ先からその向こうへと伸びる炎の剣だ。何も難しい操作ではない。ただ炎を束ね、薄く刃のように伸ばしただけのもの。ただそれだけでもモネの体――炎が放つ熱量によって対象を焼き切る剣になりえた。

 それを振う。ここまでの工程はほんの一瞬。今までは術式によって操作し、その力の方向を決定づけていた蒼き炎。しかし精霊化した今ではモネ自身の意のままに動いた。背後から近づく中竜たちの気配もあったので炎の髪を同時に振るい、そちらも牽制しておく。

 牙の竜めがけて一直線に振り下ろされる炎の剣。だが、剣と牙の竜の間に一瞬にして壁ができた。

 モネがまた、と言ったのはまさにそれのことだった。

 壁は小竜たちが折り重なることでできていた。肉の壁と言うにふさわしいそれはモネの炎を受けて灰と化して消えさる。壁が守れるのは全てではない。だが間にそれが挟まることによって、剣の威力は確実に削がれる。結果、牙の竜に剣は届くもそれは内まで焼くことのできない一撃となり、竜種特有の爬虫類にも似た鱗に遮られてしまう。最初はやみくもに飛び込んでくるだけだった小竜たちはいつしかそうやって大型竜を守る動きを見せるようになっていった。

 竜たちが連携を見せ始めていますわ……!

 竜たちの連携。統率されたその動きは、意識のない本能だけの生物には行えないだろう。個人に意識はなく、だが全てを統括する一つの大きな意思。確実にそれは存在している。

 ま、実はそんなに深く考える必要はないのかもしれませんけど。

 きっと、その大きな意思というのは防衛機能のことだからだ。オルタナの防衛機能がただ危険を回避するだけのものではないことをモネは知っていた。危険に対し、最適に近い行動を取る。その行動の強制こそが防衛機能。それによって竜の行動が定められているのなら、命を顧みない行動も、モネに対する連携も説明がつく。

 防衛機能にとってはオルタナ本体の安全が最優先。竜はあくまでも駒でしかない。だから使い捨てられる。しかしその戦法が聞かない相手が現れた。今、防衛機能が直面しているのはきっとこのステージだ。

 この戦場において、モネが意識しているのは大型竜だけだった。小竜や中竜にいたっては倒した数すら把握していない。それは単純に数が多すぎて数えられないというもの勿論あるが、それだけでなく、モネにとって大型以下の竜種は物の数にすら入らない雑魚でしかなかったからだ。中竜ならまだしも、小竜に至ってはどれだけ彼らの牙が首元へと届いたとしてもモネは傷一つつかないだろう。

 だから防衛機能は諦めた。小竜によってモネを倒すことを諦めた。むしろ小竜たちはその圧倒的な数を活かして、肉盾や目くらましとして活用することにした。その応用は正しい、とモネは思う。

「だけど、そんなものに意味はありませんわ」

 【獅子身中の蒼天】はまだ三回しか使ったことのない魔法だった。だが、それは決して使い慣れていないという意味ではない。強すぎて、使う場所がなかった。ただそれだけのこと。

 精霊化した今の自分なら、肉壁など意味も介さない。そういう自負がモネにはあった。

 自らの自負に答えるため、モネは動く。肉壁に遮られ、その向こうへ届く攻撃が弱体化してしまうのは力が足りていないから。足りない力を補うため、モネは攻撃の種類を変えた。

 両手に持った剣を重ねる。そしてそこに炎を纏わす。イメージは槍。それも棒術としての特性をもつものではなく、突撃用の巨大な鉄の塊のような槍のイメージ。それを炎でかたどった。ただ薄く伸ばすだけだった炎の剣と違い、根元から先端にかけて徐々に細くなる、より現実の武器に近づいた形状に炎をコントロールする。

「はあああ!」

 掛け声とともにそれを突きだす。炎の推進力を使った全身による突撃。小竜たちが先程のように集まって、壁となり牙の竜を守ろうとするが――

「無駄ですわ」

 槍の形にかたどられた炎は肉壁を貫くと、その勢いを殆ど殺さないまま牙の竜の胸をも貫いたのだ。

 剣による線の攻撃ではなく、槍による点の攻撃。小竜の壁にぶつかる部分が少ない分、彼らを貫いたとしても勢いのロスは抑えられる。さらに一点に攻撃を集中させることで単純な威力の強化とした。

「「「「グルルルルルラアアアア」」」」

 咆哮。空気を震わし、大地を轟かすそれは牙の竜が発したものだ。

 炎の槍によるその一撃は竜を殺す必殺には成り得なかった。首を落とし体を切断する剣とは違い、槍としての一撃は牙の竜の胸を貫いただけだ。体内に心臓、その他の臓器をいくつも持つという竜種にとって、その一撃は致命傷にはならなかった。しかしモネに焦る様子はない。その身が発する熱とは裏腹に冷ややかな視線で牙の竜を見つめる。

「そうお鳴きにならないでくださいな。どうせ、もう助かりませんわ」

 瞬間、牙の竜の体が蒼い炎に包まれた。槍の形をしていた炎がその形状を解き、揺らめく火炎として牙の竜を燃やし始めたのだ。その炎は体の表面だけでなく、貫かれた胸からも侵入し、牙の竜を内から焼き殺す。

「「「「グ、ルルルル、アァ……」」」」

 声は次第に苦痛を訴えるものになり、覇気を失くしていく。体を滅茶苦茶に振い、身を焦がす炎を振り払おうとするが、炎は消えない。

「ですから、無駄ですわ。わたくしの発する炎には全て青の属性が付加してありますの。その特性は静寂と停滞。青い炎は決して他に燃え移らない代わりに、わたくしの意思なくして消えることもありませんのよ?」

 呪いにも似た炎だと、モネは語る

 一度、その身に浴びてしまえば決して消えない。死の瞬間まで身を焦がす蒼の炎。

「―――無駄ですわ」

 三度目の言葉。そこでとうとう牙の竜は力を失って、下へと落ちて行った。力を失った竜や死んだ竜は下へと落ちる過程でルーンの光と共に消滅していく。先程から何度も見た光景だった。

 後始末がいらないというのは助かりますけど……。

 だが、どうにも倒した気がしないのは仕方のないことなのだろうか。なんだか幻影と戦っている気分だと、モネは漏らす。

 そんな文句を言っている間にも、竜の軍勢はモネを噛み殺さんと向かってくる。気付けば周囲を中竜と小竜の大群に囲まれている。モネにしてみればものの数にも入らないが、彼らが集まるせいで視界が遮られ、その向こうを見ることができなくなっている。

 思わず、舌打ち。瞬間、中竜の群れの中から一匹がモネへと飛び出す。それは今まで確認してきたどの中竜とも違う形状をしていた。体は細く、弓矢のように尖っている。羽は短いがそれを支える胸筋だけが嘘みたいに発達している。ともすれば小竜に見間違うほどに華奢な体をしていたが、その体の形状のおかげか異様な速度を持ってしてモネへと迫る。それこそまるで、矢のような速さだ。

 他の誰かが見れば、回避は不可能だと思ったことだろう。例え王国最強であっても避けきれないと。そう思わせるだけの速さを矢の竜は持っていた。

 だがモネから余裕は消えない。自分こそが王国一の騎士であるという自負は、常に彼女を想像の上へと至らせる。

 不意に、彼女の体が揺れた。まるで煙のように輪郭が曖昧になったのだ。そこに矢の竜が突っ込む。すると、モネの体は風に揺れる蝋燭の火のように揺らめいて、矢の竜の突撃をかわした。――いや、見たままのことを言えば矢の竜がモネを通過した。そう言うべきだった。揺らめく彼女の体を矢の竜の一撃は捉えられなかったのだ。

 その回避はモネの意図したものだ。彼女は一瞬だけ、自分の体を炎に〝戻した〟。火へと変換し、その火を持って作り上げた実体を解除し、ただの炎に一瞬だけ回帰した。結果、実体を失くし炎となったモネの体は竜の攻撃を受け流した。燃え盛る火に突っ込んだとしても、火を消すことはできないように、その一瞬だけはモネの体を傷つけることはできないのだ。

 敵の攻撃に合わせた瞬間的な回避。先程のクロードの視界の中でモネの姿が揺らめいて見えていたのはこの回避の瞬間だった。

 ――そして、燃え盛る炎に自ら突っ込めばどうなるのか、その結果は明白だ。

「「ぐぎああああ!」」

 矢の竜はその身を蒼い炎で燃やされていた。自ら炎に飛び込んで、その炎を浴びたのだ。それは当然の結末だ。矢の竜の体の形状ではきっと自分一人で飛翔することはできないだろう。翼が小さすぎるのだ。ここまでも誰かの体にしがみ付いてきたのだろうが、火を浴びて力を失くした竜は何かを掴むこともできずに落ちて行った。

「まったく、微妙に嗜好を凝らしてきますのね」

 いちいち対応するのも面倒だと、モネはこぼす。

「それに、回りが見えないのも嫌ですわ」

 竜に囲まれたこの状況は、妙な圧迫感があった。

「…………もういいから、全部燃えなさい!」

 首を振う。〝ぐるんぐるん〟と頭を回せば炎となった髪も振り乱れた。、それは次第に渦を巻き大きさを増し、巨大な熱風の嵐となってモネへと群がる竜の大群を襲う。

「「「ぎぎぎぎぎぎああぎあああああ」」」

「「「「いぎかああああああえああああああああ」」」」

「「ぐぐぐぐぐぐぐかがががあがが」」

 苦痛を訴える声がまるで一つの音楽のように鳴った。炎の嵐の中、竜たちの悲痛な叫び声が響く。その様はまさに阿鼻叫喚と呼んで遜色ないだろう。自分が起こした結果ながら、その凄惨さにモネは思わず苦い顔。今更になって嵐の勢いを弱めたが、そのころにはもうモネを取り囲んでいた竜たちの姿はどこにもない。風に乗って舞う塵が彼らがそこにいた最期の証拠かもしれない。

 塵の向こう。その先にはさらなる竜が待ち構えていた。

 大型竜。単眼だが、異様に発達した眼球を持つ、気味の悪い竜だった。眼球が大きすぎるため、顔がとても小さく見え、口は魚のような形をしている。それでいて体は通常の竜種と大差ないというのもまた、気味の悪さを際立てていた。

 その目玉の竜の巨大な眼球が妙な光を帯びていた。徐々に徐々にその光は光度を増していく。モネは本能で危険を察知して、竜の視界から外れるように大きく動いた。瞬間、モネが先程までいた場所に一線の光が走る。モネの後方で襲撃の機会をうかがっていた竜に光は直撃。その体を貫いた。

「攻撃力を持った光線ですの!?」

 光の魔術で、そういうものを見たことがあった。光の速度で対象を射貫く強力な魔法だ。目玉の竜がその眼球から発したものは、その魔法と酷似している。

 今しがた起きた現象に驚きながら、目玉の竜に視線を戻す。すると、その巨大な眼球が再び発光を始めている。モネは即座に首を上に、太陽を見て、また目玉の竜を見て、理解した。

「太陽光を集めていますのね……」

 目玉の竜がいる位置は、今の時間帯における太陽のほぼ真下。そして徐々に発光していく眼球。眼球はレンズのような構造を持つのだと、いつかどこかで聞いたことがあった。きっとあの竜の眼球は太陽の光を集めて、魔術的な強化を付加した上で発射できるような構造をしているのだろう。

 なかなか、ユニークな竜種ですわ。

 先程の牙の竜も面白い種だと思ったが、目玉の竜は数段上で面白い。時々、リリィから外海の奇妙な生物についての話を聞くが、きっと彼女が旅をする海の向こうはこんな不思議な生物で溢れているのだろう。

 まだ見たこともない外の世界に思いを馳せながら、モネは炎の髪を翼のようにはためかせて加速。あっという間に、目玉の竜の眼前に移動した。

「そんなにお目々が大きいと、弱点丸出しじゃありません?」

 言って、無造作に剣を目玉の中心に突き立てた。目玉の竜が痛みに声を上げるよりも早く、炎が眼球と、その先の体を内から燃やす。ついに一言も声をあげる間もなく、目玉の竜は灰となって風に吹き飛ばされた。

「これで六――いえ、七体ですわね」

 呟くその先、あと何体の竜が残っているのかを確認しようとしたが……途中で数えるのを諦めた。こうしている間にも竜の巣からは大型竜、中竜、小竜とが溢れだし、無制限に数を増やしている。

「とにかくいっぱい、ですわ」

 そう言って、口元に笑みを浮かべながら、モネは再び剣を構えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ