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論争の終わり、忠義の騎士

「リリィ、お前……」

 なんてことだと、頭を抱えたくなる気持ちを抑えながら、アルフレッドは言った。

「お前はクロード側につくってことか」

 彼女の宣言はそのまま、アルフレッドからの離反を意味していた。いや、明確にこちらの味方だったわけではなく、最初から彼女はクロード側に近い立場にいたが、ここにきてリリィははっきりと自分の立ち位置を明言した。

「そうさ。あたしはクロ坊の味方をすることにしたよ。別にいいだろう? 円卓は意見を交わしあう場だ。どっちの意見を支持しようと、それであんたに咎められる筋合いはないはずだよ」

「ああ、そうだな。とやかく言うつもりはねぇよ。お前がそうしたいなら、それでいい。だが同時に残念だとも思うぜ。お前はもっと、現実を見ている奴だと思ったんだがな」

「……現実を見るのも楽しいけどね、現実を作るのもまたおもしろい。坊やの語る夢物語を現実にできたら、そいつはどれだけ楽しいことだろうね」

 言いながら、リリィは指をパチンと二度鳴らした。それが術式だったのか、煙管に詰めた葉煙草に火が付き、彼女は再び煙をくゆらす。

「さて、それじゃあいっちょやったるかね」

「リリィさん……」

 やる気を見せるリリィをクロードは驚いたような、しかしどこか期待するようなまなざしで見つめていた。リリィの動きは彼にとっては予想外だったが、しかし期待していたことでもあったのだろう。事態はアルフレッドに対し不利な方向に徐々に進行しつつある。

 一番恐れていたことが始まっちまたな。

 アルフレッド側、もしくは中立の立場にあったもの達の心変わり。クロードが望んだ動きであり、アルフレッドが望まなかったことだ。

 リリィはクロードに向けて安心しろとでも言うようにウインクをして見せる。

「まずメリットが一つ。それはあたしがクロードの味方をするってこと、そのものだ。この国の最終決定権は国王様、あんたのものだ。だけどその決定の過程には必ずこの円卓が関わってくる。なんにせよ、この円卓の会議は国の決定に欠かせないもの。ここに呼ばれるものは国の意見の一部を背負っているってことさ。その一人であるあたしの支持だ。これは国の一部がクロードを支持したってことになるはずさ」

 確認を求めるようにリリィはアルフレッドに煙管を突きだす。

「少し極論な気もするが、まあ間違ってはいないな」

「ははっ、随分曖昧な物言いだね。あんたらしくもない。いや、いいさ。慎重になる気持ちもわかるからね」

 彼女は紫煙を吐き出しながら続けた。

「そしてもう一つのメリットがある。こいつはあんたが語ったことでもあるんだよ、国王様」

「俺様が語ったこと?」

「あたしはその場にいなかったけどね。あとで報告の時に聞いたのさ。あんたはクロ坊とアルマ=カルマのお城ちゃんが捕まっちまってすぐの臨時会議において言ったらしいじゃないか。アルマ=カルマを国のための力にしようとね」

「…………」

 まさかあの時の言葉を持ち出されるとは思っていなかった。だがその内心の驚愕は決して外には漏らさない。リリィと論争をした経験はないが、普段の彼女の態度から絡め手が得意であることはなんとなく予想がついた。不用意な発言は控えた方がいい。

「あたしが主張するのはその時のあんたの意見そのままのことさ。あれはクロ坊のアルマ=カルマの力を最大限に引き出す才能があってこその意見だった。今のあの浮遊城だって、直接的ではなくてもクロ坊のその才能が関わっている可能性はあるんじゃないかい? アルマ=カルマのお嬢ちゃんの救出すれば、浮遊城がこの国の力になる。考えてごらんよ。ただ上空に居座っているだけでこの国を滅ぼしかけているあれが、逆に味方になるんだ。これ以上に心強いものはないだろう?」

 リリィの主張はアルフレッドが予想した通りのものだった。もう少し変化を出してくると身構えていたが、意外とそんなこともない。こちらも用意していたセリフをそのままに返す。

「主張としては間違っちゃいないが、少し現実味に欠けるな。まず、クロードがあの浮遊城をコントロールできたとして、あれを使うだけのルーンはどこから調達するつもりだ? クロードはまともな魔法の発動もままならないほど微量なルーンしか束ねられない。必然的にルーンは外部供給に頼ることになるが、そのあてはあるのか?」

 こちらも捻りのない常套の反論だ。一体どんな返しが来るのだろうか。そう思いながら待っていたが、リリィはすぐには返事を出さなかった。それどころか煙管をくわえたまま目を閉じ、何かを考え込むようにしている。そしてゆっくりとした動作で目を開き煙を吐き出して一言。

「まいった、お手上げだ」

 異常に諦めが早かった。普段なら派手にリアクションを取って椅子から転げ落ちてやるところだったが、さすがにこの空気の中でそれはできなかったのでグッと堪える。

 いやいや、そこはまだ諦めんなよ! お手上げ早すぎるだろ!

「ちょ、リリィさん!? いくらなんでも諦め早すぎませんか!?」

 クロードが同じことを思っていた。そーだそーだ言ってやれ、とアルフレッドは静かに応援。

「いや、あの王様中々やる男だよ。あたしの想像の遥か上を行ったね!」

 お前、俺様とクロードの論争中絶対寝てただろ……。

「リリィさん絶対途中寝てましたよね!」

 再びツッコミが被る。というより、ここにいる全員がきっと同じことを思っていただろう。何より恐ろしいのはリリィはきっと冗談で言っているわけじゃないというところだ。

 本当にあの主張で勝てると思っていたんだろうなぁ……。

 ため息を吐きたくなるのをなんとか抑えていると、円卓に嘲笑が響いた。

「ふん。他愛もない。所詮はその程度か海賊め」

 ジャン・ジャックの嘲るのと同時に、多少の怒りのようなものを感じさせるような言葉。リリィはそれを受けていつものように、にやりと笑いながら返す。

「ははは、手厳しいねぇ。あんたも王様も。どうにもこうにもあたしは理屈やら何やらを考えるのが苦手なようだよ。口喧嘩なら得意なんだけど」

「喧嘩して、勝てばよいと思っていないだけマシか。だが、所詮まともにアルケミアも出ていない賊風情にはそれが限界だ」

「言うねぇ。だったら、あんたはそれ以上のものを見せてくれるってのかい?」

「無論だ。そのために私は声を上げたのだから」

 一瞬、アルフレッドの思考が停止する。だがすぐに回復した頭は二人のやり取りの意味を理解し、驚きが口をついて言葉を出した。

「おいおい待てよジャック! なら、お前も……」

 正直、困惑していた。そんなアルフレッドを真っ直ぐに見つめ、ジャン・ジャックは言う。

「申し訳ありません、国王様。しかし、私は私の信じる正義のため、今ここであなたに反旗を翻す」

 そうして騎士は宣言した。

「ジャン・ジャックはこれより、クロード・ルルーを支持するものとします」

 まずい……こいつはまずいってもんだぜ……。

 状況はアルフレッドにとって思わしくない方向へ動きつつある。いや、動きはとうに始まっていてようやく流れが起き始めたと言うべきか。

 先程までは清流のように漂っていただけのものが、一気にクロードの側へと流れだした。

「ジャン・ジャックさん……?」

 ただ、そのことにクロード自身も驚いているのか、ジャン・ジャックにかける声は震えていた。

「君にも、謝らないといけないな……クロード君」

 ジャン・ジャックが初めて親しみを持ってクロードの名を呼んだ。

「驚かせてしまったようだ。無理もない。私は君を殺そうとしていたのだから」

「いえ、それはいいんです!」

 この期に及んでまるでジャン・ジャックを庇うかのようにクロードは言った。あれは仕方のないことだったのだと。

「だから、それは別に……」

「そう言ってくれるとありがたいが、同時に心苦しいな。多少でも嫌味を言われた方が気分は軽かったろう」

 そう言って苦笑するジャン・ジャック。打って変わった態度の彼を訝しんだリリィが煙管を向けた。

「どういうことだい、副隊長さん。随分態度が丸くなったじゃないか」

「私とて、誰彼かまわず敵意を振りまいているわけではないのだ。きちんと、相手は選ぶ」

「おやおや、つまりあたしは選ばれたってことかい。そいつは光栄だ」

 リリィの飄々とした態度に苛立ったのか、ジャン・ジャックは眉をピクピクさせた。たがすぐにわざとらしく咳払いをして体勢を立て直すとクロードに向き直る。

「だから、確かに私は最初、君を疑っていた。敵ではないかと、そうではなくてもこの国に害をなす者ではないかと……そしてそれは君が青騎士殿に吹き飛ばされたあとに、またここへ戻ってきたときも同じだった。聞こえのいい言葉で我を通し、君はアルマ=カルマの力を取り戻したいだけなのではないかと」

 だから聞いていた。

 ジャン・ジャックはそう言った。

「君と、そして国王様の論争を。お互いの意見のぶつかり合いを。そしてそこで確信した。ようやく信じることができた。君は確かに、あの少女を救いたがっている。彼女を好きになってしまったという、その言葉が真実であったのだと、ようやく私は信じられたのだ」

「ジャン・ジャックさん、僕は……」

 何かを言おうとしたクロードを制するように彼は言う。

「ジャンでいい。そう呼んでくれ。今から私は君の味方だ」

「ジャン……さん? どうして、なんですか?」

「どうして、とは?」

「いえ、僕の想いが本当なのだと、そう信じてもらえたのはよかったと、そう思うんです。だけどそれでもあなたが僕の味方をする理由にはならないじゃないですか」

 ジャン・ジャックはクロードの語った想いが本当なのだと知った。だがそれで、彼がクロードの味方をする理由にはならない。それではただ、気持ちを知っただけだとクロードは言う。

「どうして、ジャンさんは僕の味方をしてくれるんですか?」

「…………君の想いに胸を打たれた、そんな青臭い感情が全くないわけではないのだが……それだけでもない。ただ、どちらにせよとてもシンプルな理由だ。大のために小を切り捨てる。それが国として、正しい選択になる場合もある。そこでどんな感情が生まれようとも、救われた命の数には変えられない」

 だがな、とジャン・ジャックはそこで少しだけ間を置いて、まるで自分に囁きかけるように言った。

「大も小も救えるのなら、それが一番いいに決まっている。守り、救う。それが騎士の在るべき姿であり、私の信じる正義の形だ。最大を守るために最善を尽くす。ただそれだけのことだ」

 それだけだった。ジャン・ジャックはそのあまりにも真っ直ぐな正義を掲げ、使えるべき国の王に振り向いた。彼は何も言わない。こちらの言葉を待っているのか。先手を譲るつもりなのか、あるいは……。

 様々な考えが頭をよぎったが、難しいことは考えないことにした。彼もまたリリィほどではないだろうが、討論に慣れ親しんでいるわけじゃない。むしろ誠実で厳格な騎士の理想像とも言うべき彼は言葉の上の争いには不向きなように思えた。だからアルフレッドは正攻法で……相手の一番弱い部分を突く。

「……お前も、俺様を裏切るのか」

 本心ではない。彼は彼の信じる正義を貫いただけだ。そのことを責めたくはない。もとよりこの場は互いの意見を出し合う場。王に契合するだけの部下などつまらないだけだ。だが今はそうも言っていられないのだ。例え本心にない嘘八百を並べ立てることになろうとも、彼を否定しなくては。

 それはアルフレッドが信じる正義のためだ。

「裏切りではございません」

 ジャン・ジャックが落ち着いた様子で返す。

「私はあくまでも、国のためを思って行動しています。あなたに誓った忠誠に偽りはありません」

「だが、お前は今俺様の意向に反している。クロードを勝手に殺そうとした時もそうだ。お前の忠義とやらは、俺様を困らせてばかりだぜ」

「それを言われると私としても反論のできないところでありますな……」

 そう言って、ジャン・ジャックは口を閉じた。同時に何かを考えるように目を閉じる。堂々と思考の時間を取っている。そんな余裕を与えてやるつもりはアルフレッドにはない。

「反論ができない、ということはお前は俺様を裏切ったってことでいいんだな?」

 無理矢理に抑えつける。やや強引な手だ。常人ならこれだけで苛立ちを覚え思考が悪くなる。ジャン・ジャックはどうでるのかと構えると、意外にも彼は落ち着いていた。

「それは違います。確かに私は現行の国の方針には逆らっています。だがそれは、国を思ってのことです」

「それをどう証明するつもりだ」

「利点を提示しましょう。クロード・ルルーを浮遊城へと連れていくことにより発生するこの国への大きな利点を」

 利点だと……?

 クロードを連れていくことによる国の利点。リリィの言った、アルマ=カルマの武力転用以外に何かあるというのか。

「正しくは、アルマ=カルマ救出による利点ですが」

「俺様やリリィの意見以外に、何かあるっていうのか」

「本質的にはそれと何ら変わりはありません」

 変わらない?

 首をかしげるアルフレッドにジャン・ジャックは続ける。

「アルマ=カルマの武力転用。人型術式の能力を十全に発揮できるクロード・ルルーによるアルマ=カルマの使用は無限の可能性を持っていると言えるでしょう」

「無限、ってのはちょっと言い過ぎじゃないのか。確かにオルタナの秘めた力ってのはとんでもないものだが、その分ルーンを大量に消費するものであることは封剣を盗み出したことからも明らかだ」

 とてもじゃないが実用できるものではない。

「あまりに夢見がちな妄想だと、俺様は判断する」

「ならば、私はそれ以上の夢を見せましょう」

 ジャン・ジャックの以外な返答にアルフレッドは窮する。

「クロード・ルルーはアルマ=カルマの力を十全に発揮する。このことに異論はありませんね?」

「まだ不確定ではあるが、概ねその通りではあるんじゃないか?」

「そう仰られるのであれば、私は一つの疑問を抱かざるを得ない。……何故、力を運用する対象の例として語られるのが浮遊城……オードランが隠し通していたあの少女だけなのですか」

「……どういうことだよ」

「何故、アルマ=カルマが他にいる可能性を語らないのです」

「…………」

 アルフレッドは言葉を失う。人型術式アルマ=カルマがまだ他にも存在している可能性――言われてみれば確かに、それは考えるべきパターンのように思えた。

「かつての大戦の中、アルマ=カルマ各国にばらまかれ、大きな戦果を残した。誰にでも使え、かつ強力な術式であった人型術式の存在は、あの大戦の中で一つの力のファクターとなった。黄金城によって敗戦を決定づけられた我が国が一番身をもって知っているはずです。人型術式は強い力となることを」

 そこで一旦言葉を切り、ジャン・ジャックはクロードの名を呼んだ。

「クロード君。君なら知っているんじゃないか? 大戦中に使用されたアルマ=カルマの総数をだ」

「……正確な数はわかりませんが。公式記録に残っているだけでも二十はくだりません。民間等の非公式な記録の中の供述では五十通りの力が出てきますが……中では同一の力であると考えられるものも多く――――」

 待て、とそこでアルフレッドはクロードの説明を遮った。

「ご託はいい。お前は大戦中の人型術式は最低でもいくつあったと考えてる」

「三十二。僕が現時点で確信を得ている数はそれだけです。あくまで、資料をあさった結果、ということにはなりますが……」

 自信なさげな口調だが、ここにいる人間たちはクロード・ルルーがただの落ちこぼれではないと既に知っている。三十二という数字が限りなく正解に近い数であることは予想できた。

「大戦から三百年。決して短い年月ではありません。アルマ=カルマは不老ではありますが不死ではない。防衛機能を兼ね備えていたとしても、死んでしまうことはあるはず。一体何人が今日まで生き残っているか、それは私にはわかりかねます。ですが、決して少なくない数がこの大陸の中で現存していると考えます」

「どうしてそう言える。理由を教えろ」

「一つは防衛機能の存在。そしてもう一つはこの国がしてきたことを考えればわかることであります」

「なんだと?」

「決して、オードランを侮辱するわけではありません。しかしこの国がしたように、アルマ=カルマを閉じ込めたように……他の国もまた秘密裏にアルマ=カルマを保有しているのではないか、と私は考えます」

 人型術式、という存在自体、半ばおとぎ話のように語られる類のものだ。当時、どの国がどんな力を持ったものをどれだけ保有していたか……それを正確に記すような記録はない。どの国でもアルマ=カルマは軍事機密として扱われ、実際に戦場で目にする以外に他国の所有するそれらの情報を得ることはできなかった。

 そんな曖昧な存在だったからこそ、終戦後もその存在がおおっぴらに公表されることはなく、静かに人々の記憶からは忘れられていった。

 いや、そうじゃないのか……。

 どの国も触れようとしなかったのは、オードランのようにアルマ=カルマを隠し持っていたから。あるいはその居場所を知っていたから。だから何も言わなかった。下手に追求され他の国の手に渡ったり、もしくは廃棄されることを恐れたのだと考えれば…………。

 一番身近な例がまさにこの国だった。

「他国もまた、オードランのようにアルマ=カルマを隠し持っている。そうでなくても、居場所を知っている場合もあり得ると……そう、考えるわけか」

「はい。私が提示する利点とは、そこでございます。クロード・ルルーという契約者に期待できる戦力は浮遊城のそれだけではなく、かつて大戦さなかで使われていたアルマ=カルマ全ての力です。現存するアルマ=カルマを集め、彼と契約をさせることができれば……」

「青騎士を超えることができる、か?」

 最強は二人もいらない。それがモネの主張だった。それを繰り返すが、ジャン・ジャックは首を横に振った。

「そうとは言いません。ですが、彼自身の戦闘への適応、その才能も合わせれば青騎士殿とはまた違ったベクトルの強さを手にすることができるのではないかと主張いたします」

 青騎士の持つ唯一の弱点は扱う魔法が強力すぎること。彼女は広域殲滅型の魔法しか使えない。その強さのために場面によっては彼女が活躍することができない戦場もあったのだ。

 モネとは違う戦場で戦えるもう一つの最強。

「夢物語でしかないことはわかっています。ですが、目指すだけの価値のある夢だと私は思うのです」

「価値ねぇ……」

 怪訝そうな表情を作って見せるが、その価値を疑うつもりはアルフレッドにはなかった。三百年前の大戦時、この国を敗戦に追い込んだ黄金の城だけじゃない。各国が秘密裏に振った力が、さらにそれを上回るスペックで運用できる可能性――それはたしかに目指すだけの価値ある夢だ。

「確かに価値はあるだろう」

 内心の興奮を悟られないように、アルフレッドは声を抑える。

「だがな、やっぱりお前の言うとおりそれは夢物語だ」

 価値はある。だが彼の語る夢には穴があった。

「それにな、だったら別に今ここでオルタナを救う必要はないんじゃねぇのか」

 その言葉に、ジャン・ジャックはすぐには反論しなかった。いや、できなかったのだろう。

 やっぱりそこまで頭は回っていなかったか。

「アルマ=カルマとクロードの契約。それによって得られる大きな武力。そいつは確かに魅力的だぜ。だがそれなら、浮遊城が非常に扱いづらい術式であることに変わりはないだろう? クロード自身がルーンを収集できず、外部からの供給に頼らざるを得ない状況にも変わりはない。なら、浮遊城はいらない。今ここで無理を通して彼女を助けずとも、お前が言うように各国には、それこそこの国だってまだアルマ=カルマが残っている可能性はあるんだ。今回の件は安全に終わらせて、あとでゆっくり他の人型術式を探した方がいいんじゃないのか?」

 ジャン・ジャックが押し黙る。まだ彼は若く、基本的には騎士としての戦闘を任務としている。

 リリィほどの馬鹿ではないが、こういう口論は苦手だろうよ。

 さてここからどうするのかと、クロードに視線を向けようとしたその時だった。

「んん?」

 と、首を捻り疑問に声を漏らした人物がいた。兵士団長のカーネル・クレマンだ。彼が頭を掻きながら何度か不思議そうに声を漏らす。

「どうしたよ、クレマン。何か気になることでもあるのか?」

「ああ、いえ」

 彼は苦笑しながら答える。

「どうにも私は馬鹿者ですからなぁ、そんな私の疑問などを述べてもいいのかどうかわかりませんが……ただ一つ気になってしまいまして。人型術式は三百年もの間姿をくらましていたのですよね? 世間の眼に触れることなく」

 アルマ=カルマは普通の人間と殆ど変らぬ容姿と性能を持っている。だが一つだけ決定的に違う部分があった。不老であることだ。それだけは露見してはならぬことだ。

「しかし今に至るまでこの国では人型術式の話を聞かない。つまり、言い方はあれですが彼らはかくれんぼの天才みたいなものでしょう。それを見つけるのはその、なんというか……骨の折れることなのでは?」

 三百年のかくれんぼ。未だに見つからない彼らをいかにして見つけるのか。

 人手を割くのは難しい。今は兵士も騎士もいくら居ても足りないのが現状だ。仮に人を集めたとして、それで見つけられるのかも怪しいところだ。

「だから――」

 声はクロードのものだった。

「――だから、オルタナは救うべきなんです」

 だから……? 今、こいつはだからと言ったのか?

 直感的に理解した。短い時間だが、クロードと論争を交わしたアルフレッドだからこそわかった。クロードはこの展開までも予測していたのだと。

 自分が発言をするべき機会をじっと待っていたのだと。

「国王様、あなたはジャンさんの主張を夢物語だと言った。しかし、それは同時に価値あるものだとも。その夢は叶える努力をするに値する目標だと言った」

 だが、その夢には障害があった。

 それは兵士団長が語ったようなことなのだと、クロードは言う。

「その障害を越えるためには、オルタナの存在は必要不可欠です」

「わからねぇな。オルタナがいたら、一体何が変わるってんだ」

「国王様が昨日仰ったことですよ。オルタナを世間へと公表する。アルマ=カルマの存在を公にするんです」

「オルタナの公表……他国への牽制か!?」

 他の国がオードランと同じように人型術式を隠し持っていたとして、オードランが先にその存在を公表すれば、その情報は他国へも瞬く間に届くだろう。そうなれば、間違いなく動きがある。

「オードラン国が人型術式を欲しているのだとわかれば、他国からすれば自分たちが所有する人型術式を交渉の材料として使える可能性が出てきます。この国のようにアルマ=カルマを持て余していたのだとすればなおさら、秘密裏にでも話をつけてくるはずです」

 持て余して、半ば放置されていたのだとすれば、他国は喜んでそれを交渉の武器として使ってくるはずだった。それは現状、均衡状態にあって動きのない三国間の情勢を動かすためのファクターとしては充分すぎるもの。

「そして、それだけじゃない。国民の中でアルマ=カルマが未だ現存しているのだと知れ渡れば、隠れていたはずの他のアルマ=カルマも姿を現わさざるを得なくなる。不老である以上、どこかに足はつくはずですから。今まで向くことのなかった視線も必ずそこへ至るはずです」

 兵士や騎士を使わず。国の労力を最小限にしてアルマ=カルマを見つけ出すことができる。

「オルタナの公表を起爆剤にして、アルマ=カルマ全てを表舞台に無理やりに引っ張りだすことができる。それは彼女を救いだす何よりのメリットになりえます!」

 ジャン・ジャックに可能性を語らせた。

 そして兵士団長には現実的な問題を語らせる。

 そこでようやく、自分がその問題の解決策を語る。

 誰が何を言うかまではさすがにわかってはいなかっただろう。だが、論争がこの流れを得ることは予想していた。いや、それをコントロールしていたとみるべきか。

 どちらにせよ、クロードの口調はまるであらかじめ定められた台本を読むようになめらかで、アルフレッドでさえも口を挟む余裕がなかったほどだった。

「ああ、なるほど」

 クロードの主張に一番に反応を見せたのはリリィだった。彼女は手を叩きながら、こちらを向いて笑って見せる。

「だったら、国王様。お嬢ちゃんは救うべきだ。何しろ、クロ坊の言う起爆剤に彼女は適任だ」

「どういうことだ、ローラン殿」

 聞き返すのはジャン・ジャック。リリィは益々笑顔になりながら答えた。

「見てくれの問題だよ。あたしはあのお嬢ちゃんを一度しか見ていないけれど、一度見れば充分さ。あんな美少女は中々いない。おまけに金髪。そしてあの子は赤が似合うんだ。モネと並べて金髪銀髪、そこに黒髪のクロ坊が入ればインパクトとしては十二分。国民からの受けの良さはあたしが保障するよ」

「見てくれ、そんなものが関わってくるのか?」

 不服そうに語るジャン・ジャック。そんな彼にリリィは「わかってないねぇ」と小馬鹿にしたように告げた。

「人間、先に気にするのは見た目さ。見てくれってのは受け入れてもらうには案外重要なものなんだよ。これでも自分で店を持つ商人のはしくれみたいなところがあるからね。お客の焚き付けかたは心得ているつもりだよ」

 クロードとオルタナ、そこにモネが加わって、三人が並んでいる。

 その様子を想像して、アルフレッドは少しだけ笑いそうになってしまった。自然と三人ともが笑顔でいたからだ。あまりにも幸せな未来だと、そう思ってしまったからだった。

「国王様……」

 そう言って、クロードは途端に自信をなくしたように俯いた。

「もう、僕から主張できることはありません……多分これ以上は、出てきません」

 全て出し切ったのだと、クロードは言った。

 オルタナを助けることの正当性を説き、そしてそのメリットも説いた。白黒はっきりつける前にとにかく自分を連れて行け、という主張。それら全てがアルフレッドの想像を超えた論法によって叩きつけられた。節々に未熟さが残るものの、こちらは完全に翻弄されてばかりだった。

 論争として完全にクロードの勝ちだった。にも関わらず、クロードは未だに不安げな様子を見せる。それもそのはずだった。まず論争をするに当たって、最大のアドバンテージをアルフレッドは抱えているのだ。クロードにとっては今までの全てを無に帰してしまうほどの大きなハンデ。それは――

 俺様がこの国の王であること、だよな。

 オードラン国における最終決定権は現国王であるアルフレッドが持っている。だからどんなに論争においてクロードが活躍しようと、どれだけ利点を主張しようと……アルフレッドが駄目だと言ったら駄目なのだ。王が首を縦に振らなければ、全てが否定されてしまう。

 この勝負、アルフレッドがその気になれば絶対に負けはない。嫌だ、と一言言えばそれだけで勝ちなのだ。ただ、王として在るべき姿でいなければならないという意思はある。それでもこの論争がアルフレッドに圧倒的に有利であることに変わりはない。

 負けようと思わなければ、負けない。これはそういう勝負なのだから。

「全て出し切った、と。もう我々にできることはない。それでいいんだな、クロード君」

 ジャン・ジャックの問いかけにクロードは頷く。

「はい……。ジャンさんとリリィさんには本当に感謝しています。それになんというか、二人を利用するみたいになってしまったのはすいません。謝らせてください」

「いや、いい。私としても望んだ結果だ」

「そうさ、あんたはよくやったよ。あとはまあ……神のみぞ知るじゃなく、王のみぞ知るってところかね」

 そう言ってリリィはアルフレッドを見つめる。どうしてかその視線から逃げるように目をそらしてしまった。後ろめたいことがあったわけではない。ただ、彼らの姿がとても眩しく感じてしまったのだ。

 リリィだけじゃない。ジャン・ジャックもクロードもアルフレッドを見つめている。皆、王の言葉を待っている。だがアルフレッドは何も言わなかった。ここにきて、どうするべきか。どうしたらいいのか、わからなくなってしまったのだ。

 そんな王の様子に気づいたのか、それとも押し黙る姿を見て別の何かを感じ取ったのか、ジャン・ジャックが一人静かに動きを見せた。彼は何も言わずに数歩下がると、驚くべき行動を見せた。

 床に膝をつき、手をつき、頭をつき、とった姿勢は城門前でクロードが見せたものと同じ土下座。騎士が頭を下げる。それもあろうことか、地に伏す形で。その光景に円卓の誰もが言葉を失い、呼吸をすることも忘れた。一瞬、永遠に続くかと思われるような静寂が会議室を満たした。

「じゃ、ジャンさん!」

 クロードが焦ったように叫ぶが、ジャン・ジャックは頭を上げることもしなかった。地に顔を付けたその状態のまま答える。

「いいんだ。君は全てを出し切った。私に出せるものも最早何もない。ならば最後にできることといえば、頭を下げることくらいだ。情けないが、もう私に思いつくのはこれくらいでね」

 言葉尻は自嘲するようなものだったが、しかしそのはっきりとした口調に憂いは感じられない。

「ただお堅くとまるだけが騎士の誇りじゃない。獅子の心は常に正しき場所へ向いている。私はただ、私の正義に従い、少しでも多くの命を救うために最善を選んだ。それだけだ。だからクロード君。君が気にすることじゃあない」

 ですが、とまだ何か言おうとしたクロードを遮るように、リリィもまた立ち上がった。

「仕方ないね。副隊長さんにそんな漢を見せられちゃあ、あたしも動かないわけにはいかないねぇ」

「私は私自身の正義に従ったまでだ。強要するつもりはない」

「だったらあたしはあたしのやりたいことに従うまでさ。それにね、やっぱ仕方ないさ。こっちの手札を出し切っちまったんだ。あとはもう、頭を下げてお願いするしかないさね」

 言って、彼女もまたなんてこともなさそうにジャン・ジャックの隣で地に伏して頭を下げた。クロードはもう何も言わずに、それに続いた。

 この光景を前に何と言えばいいのか、アルフレッドにはわからなかった。国を代表する騎士団の隊長と副隊長。そしてアルケミアの生徒。その三人が王を前にして頭を下げている。中々、見れる光景ではない。騎士団隊長ともなれば王といえども簡単にへりくだることはないし、アルフレッドは堅苦しい付き合いが苦手だった。いつもなら、頭をあげろと怒るところだ。

 だが今だけは、そういう風な怒り方をするべきではないと思った。彼らは、彼らの信念に従って地に伏しているのだから。守るべきもののため、誇りを持った土下座の姿勢。それは彼らの覚悟の姿勢だ。

 三人の土下座を見て、兵士団長は困ったようにきょろきょろとしていた。逆に、ネルバはなんとも愉快そうに笑っていた。

「ほっほっほ、こうなったらわしも一緒に頭を下げたほうがいいかのう」

「……やめてくれ、ネル婆さんにまで土下座されたら、いよいよもって俺様が悪役じみちまう」

 その内、自分の後ろに控える二人ですらも頭を下げ始めるんじゃないかとさえ思えてきた。

 畜生、イライラしやがる。なんでこんなに気がたっているんだ。

 なんだかわからない苛立ちがアルフレッドの内に渦巻く。その理由のわからなさが、より苛立ちを加速させる。今すぐにでも怒鳴り散らしたい気分だった。

「…………アルフレッド」

 名を呼ばれた。この場で、自分をそう呼ぶ人物は一人だけだった。渦巻く感情が爆発しそうになるのを抑えつつ、今度はなんだと彼女の方を向く。そしてアルフレッドは、それ以上何も言えなくなってしまう。

 モネは泣いていた。クロードたちの方をじっと見つめたまま、唇をかみしめて。何かに耐えるように涙を流す彼女の姿を見て、アルフレッドは渦巻いていた感情も言葉も忘れ、馬鹿みたいに口をあけて硬直してしまう。それほど衝撃的だった。今の彼女の涙は今まで見たどの涙とも、違うような気がしたのだ。

「わたくし、今でもオルタナのことは殺してあげるべきだって、きちんとそう思ってますのよ」

 静かに紡がれる言葉まるで独白だ。誰もが彼女の声に耳を傾けた。

「そうすることで、あの子はきっと救われるって、そう思ってますの。――――だけど、でも……それだけじゃありませんの。もうそれだけじゃあ、なくってしまいました。殺してあげるべきだと思いますわ。だけどその前にあの子と話がしたい。少しだけでいいから、言葉を交わしたい。そうして伝えてあげたいんですの。あなたはこんなにも、生きることを望まれていますのよって…………こんなにもあなたのことが大好きで、あなたを救うために頑張ってくれる人がいますのよって、そう伝えてあげたいんですの」

 その結果オルタナが生きたいと言ったならどうするのか。

 その問いは聞くまでもなかった。きっとモネは喜んで救うのだろうと、わかったから。

 そしてそれがどんなに幸せなことなのかも、わかるのだ。

 ――――何故ならそれは、アルフレッドが望んだことでもあるのだから。

「畜生め……」

 わかってるんだよ、俺様だって、わかってるんだ。みんなみんな、救われた方がいいに決まっている。大も小も救えるなら、それが一番いいに決まってる? んなもん当たり前じゃねぇか! 誰だってそいつを望んでんだ! ご都合主義のハッピーエンドをな! 

 誰もかれもが救われる。そんな最後を望んでいる。

 だけど仕方ねぇだろうが! 俺様は王様だから、国を守らなくちゃいけないから、だから仕方ねぇだろ! しょうがねぇだろ! 俺様だってなあ、オルタナに死んでほしくなんかねぇんだよ馬鹿野郎!

 溢れ出る。決して口にはできない本心が、王という仮面の下に隠れた心がモネの涙をきっかけに溢れ出た。あの美しい少女を、ただ自由にしてやりたいと。彼女を救ってあげたいと、そう思った幼い頃の心。それはまだ、ほんの欠片だけ、アルフレッドの中に残っていた。

 だから、だからきっとこんな気持ちも言い訳なのだろうと、アルフレッドは思う。王としての葛藤は責任という言葉から逃げ出したいがための言い訳で、苦しみはその口実のために自分が勝手に作りだした幻想で……自分にとっての〝本当〟は幼い心の欠片、そのものなのだと。アルフレッドはそう思った。

 結局俺様もクロードと同じで、言い訳を並べ立てていただけなのかもな。

 そう思えた。すると心が軽くなった。余計なものが全部剥がれ落ちたような、そんな感触がした。

「全く、てめぇらは揃いも揃って好き勝手言いやがって! わかったよ! そんなに言うんなら勝手にしやがれ!」

 なるべく不服そうに、不機嫌そうに言おうと思ったつもりだった。だが自分でもわかるくらいに声が弾んでいる。今にも口元は緩んで笑顔を作ってしまいそうだ。

 まいったな、これじゃあまるで俺様が喜んでいるみたいじゃねぇか。

「じゃ、じゃあ!」

 クロードが喜びに体を震わせながら顔をあげた。それにますます口角が上がりそうになるのを必死で抑えながら、アルフレッドは続けた。

「ただし、条件は付けさせてもらう。何より優先すべきは国だ。オルタナを助ける可能性を模索するのは鎌わねぇが、どうしてもそれが無理な場合、彼女を殺さなければ国が危ないとなったら――――その時は殺せ。こいつは俺様の、オードラン国王の命令だ。迷ってもいいから、悩んでもいいから、殺せ。それだけだ」

 それだけ言って、返答を待たず手を叩いた。

「おらおら! もういいだろう? 会議は終了だ。さっさと散らばれクソ野郎ども!」

 結局最後まで素直にはなれず、言い訳のようなセリフで円卓会議を締めくくる。

 かっこ悪いにもほどがあるぜ、と落ち込みながらも、まだ笑いそうになってしまっているのは何故なのだろうか。


 城に残っていた兵士と騎士の避難の準備が完了したとの報告が届いたのは、そのすぐあとのことだった。


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