封剣リオンハート
人型術式アルマ=カルマ・代替型。
オルタナ、と呼ばれる少女の形をした術式はクロードや、ジャン・ジャックの予想通りそこにいた。
浮遊城。その内部。黄金に輝く城の群れの中央、巨大な十字架を模した飾りを頂点に持つ最も高い塔のような建物の最上階。そこにオルタナは間違いなく存在していた。
どこまでも続くかのように広がる床。どこか厳かな紋様の描かれた柱の並ぶ巨大な広間のような空間。その最奥の壁は一面が豪奢なステンドグラスになっていた。ガラスだけでなく、様々な宝石をちりばめられた富みの象徴ともいえるその壁とは対照的に、あまりに質素な木で作られた簡素な椅子がステンドグラスに背を向ける形でおかれている。オルタナはその椅子に全身を投げ出すように座っていた。
広い空間。そこで聞こえるのはオルタナの小さな吐息だけだ。寝ている訳ではない。吐息の音も特別大きいわけではない。ただ、そのほかの音がこの空間には全く存在していなかったのだ。だから、彼女の何の変哲もない呼吸音でも響くような音となって空間を満たしていた。
オルタナは目を瞑り、先程見た情景を思い出す。この城に向かい接近を試みる騎士団。そして、それを蹂躙する竜の映像だ。あの一瞬の攻防の時も、オルタナはこの空間にいた。ここには窓がないので、外の様子はオルタナ自身の目では見えない。
ううん。私自身じゃなく、この器の瞳では見えないって言った方が正確ね。
自らの思考を正しながら、オルタナは思い出す。竜に蹂躙される騎士団をだ。
この城そのものが、オルタナの術式によって作られたものだ。いわば、この城はオルタナそのもの。人としての感覚器官はないが、それでも外の様子を疑似的に〝見る〟ことはできた。そしてそれは竜についても同じだ。あれもまた、ここの術式の一つなのだ。彼らの瞳が見たものはオルタナ本体の器に情報として流れ込んでくる。だから思い出せる。自分が傷つけた人間たちの姿を。
でも、駄目ね。あれじゃあ駄目だ。
騎士団がこの城に近づいてくるまでは予想通り。だが、接近部隊の中にはオルタナが期待した人物はいなかった。
あの子がいなければ、意味がない。
そのための布石は打ってある。ならば心配することはない。だがしかし、心配はせずとも待ち遠しかった。膨らむ期待がオルタナの思考を埋め尽くす。ようやくここまで来たのだという喜びが自然と彼女の表情に笑みを作った。
オルタナが目を開ける。彼女の座る椅子のある場所は他の床よりも高く、この空間全体を見渡せるようになっていた。彼女の視線の先は広間の中央。その床に無造作に突き刺さっている《ある物》に向けられた。
それは剣の形をしていたが、武器と呼ぶにはあまりに美しい。柄からその刀身までが一つの水晶のような物質で出来ている。だが水晶にしては透明度が高すぎた。その先にある景色を殆ど歪みなく見通せるほど透明で済んだその剣は、ともすれば周りの景色と同化して見えなくなってしまいそうだ。
剣の周囲には薄い緑色の光がいくつも浮かんでいた。それは空間のルーン濃度が高い時のみに現れる発光体。だがその神秘的とも言える光景を魔術を習うものが視れば、その異常を一目で見抜くだろう。剣の周囲をただよう発光体の大きさや量は、常軌を逸していた。空間のルーン濃度が驚く程――――常識では考えられないほど高いのだ。
封剣リオンハート。
それが、あの剣の名前だった。あれを見る時、オルタナが最初に抱く感情は懐かしさ。そして穏やかなはずの感傷は次第に後悔と憎悪に変わる。ぐっ、と彼女は黙ったまま拳を握りしめた。
三百年前、リチャード・リオン・オードランはあの剣をオルタナに向かって振り上げた。だが、それが振り下ろされることはなかった。国の英雄はオルタナの姿をじっと見つめたあと、剣を納めたのだ。
あの時、剣を納める前に彼は何かを言っていたような気がしたが、その記憶はすでにオルタナの中にはない。ただあれが全ての始まりだったはずだ。今日まで続く後悔の、今日まで続いた痛みの始まり。
だがそれも今日までだ。今日で終わる。明日はこない。三百年前の間違いは、ようやく正される。
「ようやく……か」
そう呟くと同時、オルタナは笑い出した。誰もいない空間で一人、狂ったように、しかし本当に嬉しそうに笑い転げる少女の姿がそこにあった。
+
「封剣リオンハート」
アルフレッドが口にした言葉に、全員の意識が向けられる。クロードも同じように彼の言葉を聞いていたが、聞き覚えのない名前にただ困惑するだけだった。
王は驚く程あっさりジャン・ジャックの言及を認めた。三百年前の大戦の後、手に入ったアルマ=カルマは災厄の日の黄金の城そのものであり、現在王都の頭上を支配している浮遊城と同様のものであると。そして続けて彼は事の真相を話すと言った。シャーブルの不在から、アルマ=カルマの脱走に至る昨夜の真相をだ。
その次に王の口から出た言葉。封剣リオンハート。その名に誰もが首を傾げる。ただ一人右大臣のネルバだけが難しい顔をしたまま虚空を見つめていた。
「いわば、この国のもう一つの秘密だな。考えようによっちゃあ、オルタナの存在よりも強く秘匿されていたものだ」
真っ先に反応を返したのは十番隊隊長のリリィだ。
「今更、この国があたしたちにどんな秘密を隠していようが驚きはしないよ。だけど、その封剣ってやつが一体どう関係してくるのさ」
「昨夜、オルタナが消息を絶つ直前に、あいつは封剣を盗み出している。強奪ってところだな」
その後アルフレッドが語ることに全員が息を呑んだ。それは端的に言ってしまえば、左大臣シャーブルの国家に対する反逆の物語だった。
王の意向に背き、本来ならば今日行われるはずだったクロードとオルタナの力の証明を邪魔立てしようと企てた。その結果、彼は逆にオルタナに脅される形で彼女を《獅子王の間》と呼ばれる場所へ案内した。
「全て、シャーブル本人が語ったことだ。怪我をして、随分憔悴していたようだし、何より自分が不利になる証言が多すぎる。まず、間違いなく真実だろう」
「確かに普通、あの爺さんなら自分が不利になるようなことは決して口にはしないだろうねぇ」
皮肉げに語るリリィだったが、彼女の言葉はあまりこの場の空気を読んだものとは言いがたかった。空気を読んだ上で、これは自分にしか言えないことだと判断したのかもしれないが、しかし会議場の雰囲気は重くなる。
前王の代から王宮に使えていた大臣の反逆。だが。今この場で語られるべきことは他にある。
「封剣リオンハートは、かつてリチャード・リオン・オードランが使っていたとされる剣だ。三百年前の災厄の日、黄金城の城主を打ち取ったのもその剣だと言われている」
続く王の言葉はしかし、どこか頼りないものだった。
「だが、俺様も、俺様の親父も。代々この国を治めてきた王たちも、誰もが封剣がどうしてひた隠しにされるのかを知らないんだ」
封剣が人目につかない場所で守られ続けてきたのは、持ち主であったリチャード・リオン・オードランの命令だったからだという話だった。
「するとつまり、この国は三百年ものあいだ、かつての英雄の言葉に従ってよくわからずその封剣とやらを守ってきたということなのですかな?」
そう言う兵士団長に苦笑を返しながら、アルフレッドは言った。
「かつての英雄の存在は、やっぱ大きかったんだな。彼の言葉は時間を積めば積むほど、むしろ重さを増していった。王族の中じゃあ、殆ど神格化されていたぜ。あれを守らなきゃいけないっていうのは、信仰からくる脅迫のようなものだった」
「だが、盗まれた」
ジャン・ジャックの語調は未だ強い。
「どうして、そんなことに。それほど必死に守られてきたものが、どうしてシャーブル氏一人の命が握られた程度で奪われることになってしまったのです」
「獅子王の間へは城の隠し通路を通る。その先には魔法で鍵の複製と開錠を防護した扉があるだけだ。鍵は三つ。俺と、ネル婆さん。そしてシャーブルの三人がそれぞれ持っていた。だから場所がわかって、鍵さえ手に入れられれば、封剣のもとへたどり着くことは難しくない」
「何か警備や……侵入者を排除する罠はなかったのですか?」
「ない。――――っていうと、管理がずさんなように思うだろうが、でもそうじゃねぇんだよ。封剣のもとへたどり着くことはできるだろう。でもそいつを盗み出すことなんてできないはずなんだ。封剣は決して、人に奪えるものじゃない。それは確かなことのはずだった」
その根拠をジャン・ジャックは求めた。クロードもまたそれを知りたかった。封剣リオンハート。オルタナが盗み出した英雄の剣。それがどうして、人に奪える類いのものでないと断言できるのか、興味があった。
「封剣の素材はルーン結晶だ」
王の言葉に全員が首を傾げる。ただ一人、クロードを除いてだ。クロードの反応を見たアルフレッドはほぅと唸ると笑みを見せた。
「知っているのか、クロード。騎士団隊長ですら知らないことを、お前が」
「いえ、そんな……」
たいしたことではない。知らなくて当たり前だ。それは魔法的な知識とは程遠い、お伽話のようなものだ。クロードもまた、アルケミアの膨大な図書を読みふけっていた時にたまたま目にしただけの知識なのだから。
「しかし驚いたな。確かにアルケミアにはその資料や話の乗った書物はあるが。あの膨大な図書を全て読破しようと端から順番に読んでいかないと見つからないような、そんな知識のはずなんだがな」
「クロ、一体なんなんですの? そのルーン結晶というものは……」
モネに尋ねられたクロードは自然とその場の全員に対しての説明を求められた。声が震えそうになるのを抑えながら、頼りなげに語る。
「ルーンには流動するエネルギーとしての形と、固定化された物質としての形があります」
ここまでは常識。魔法を操るものなら、誰でも知っていることだ。
「本来ルーンとは移ろいゆくものであり、物体を持ちません。それが物質として固定化されるには、別の形をとる必要がある」
それは石であったり木であったり、人であったり。ルーンはこの世に形を与えられる際、それにふさわしい別の物質に姿を変える。これを人為的に行ったものが魔法。魔法と呼ばれる技術だ。ルーンは別の何かに変換されなければ、この世に形を得ることが出来ない。魔術がこのルーンの法則に従うものだとすれば、当然その域をでることはできない。
ルーン結晶とは、その理の外にあるものだ。
「ルーンが、ルーンのままに物質としての形を得たもの。それがルーン結晶です」
「ルーンが、変換を必要とせず形を得るだなんて……」
モネが驚愕を表情に張り付かせた。クロードの説明を聞けば、大抵の魔法師は言葉を詰まらせるだろう。それはどうしたって、ありえないことだからだ。
「そんなことが可能ならば、それは奇跡の模倣などではなく……奇跡そのもの。魔法を超えたものではありませんの!」
「そうだよ、姉さん。だから、ありえないんだ」
ルーン結晶はあくまでも机上の空論。存在しないはずの可能性を学者たちが面白おかしく道楽気分で語っただけのことだ。
「本当に封剣はルーン結晶でできているんですか?」
クロードの問いにアルフレッドは頷きを返した。
「本当だよ。といっても、それが人為的に作られたものなのか、それとも最初から〝そうあった〟ものなのかは俺様にもわからねぇ。封剣はそういう調査もできないような代物だったからな」
ルーンの吸収と、放出。それが封剣の特性なのだとアルフレッドは語る。
「移ろいゆく流動するルーンを封剣は無制限に引き寄せ、自分の内に溜め込んじまうのさ。本当に限りなくだ。だから、あの剣の周りにはいつも発光体が現れていた。封剣の周囲には異常にルーン濃度が高い空間ができているんだ。そしてもう一つの特性の放出。これこそが、封剣が人の手に負えないものである最大の理由だ」
「それは……」
問いかけるモネの先、アルフレッドは自分の右手で何かを掴むような動作を見せた。
「こう、封剣の柄を掴んだとする。すると、掴んだ人間はあっという間に身体に異常を生じるのさ。そしてそれを超えてなお掴み続けると」
そこで言葉を切ったアルフレッドは握りしめた手をパっと開いて見せる。
「そいつは、内側からはじけて死んじまう」
「何故、何故そんなことが……」
困惑するモネ。彼女を視界に収めながら、リリィが驚いたように口走った。
「放出って、おいまさか……!」
王が頷きを作る。
「封剣の放出は、吸収と違い無差別じゃない。指向性を持った放出だ。それも人間に対してな」
他のもの。例えば別の物質。石や、木が封剣に触れたところで何も起きることはない。他の動物も同じように、例え小鳥が気まぐれにその剣の柄に止まったとしても放出は起こらない。だが人間が触った時だけ、放出は行われる。それも触れた人間に対して。
「吸収し続けた、溜めに溜めたルーンが一気に触れた人間の体内に流れ込むんだ。どんな人間にだってキャパシティってもんがある。空気を入れ過ぎた風船が割れるように、人間の体は流れ込む多量のルーンに耐え切れず異常を起こし、やがてはじけ飛ぶ」
「ってことは、封剣は人には扱えない。だから警備もトラップも必要なかったわけか。触った瞬間死んじまうんだったら、秘密が外に漏れないために隠しておくだけで充分だと」
リリィの言葉にアルフレッドは「その通りだ」と返す。だがモネがそこで待ったをかけた。
「リチャード・リオン・オードランはその剣を使った、のですわよね? どうしてかの英雄は人には扱えぬはずの剣を使いこなすことが出来たんですの?」
「悪いな、それも俺様にはわからない。ただ言えることは、英雄以外に封剣に触って無事だった人間はいないってことだけだ。戦争の終結と共に、英雄は封剣を深く地面に突き立てた。そしてそいつを守れと言った」
「それもわかりませんわ。貴重なものだということは理解できますけれど、わざわざ秘匿してまで守る必要があったのですか?」
「わからねぇ。わからないことだらけだ、当時のことは。現存する資料は殆ど、封剣を秘匿するために処分されちまっている。だけど、リチャード・リオン・オードランは何も遊びや冗談で守れと言ったのではないってことは断言できるぜ」
それは確かなのだと、アルフレッドは言う。
「三百年前も、王都はここにあった。場所は変わっていない。だけど、オードラン城の在った場所はほんの少しだが動いている。ずれているんだよ。誤差や設計の都合みたいな理由で見逃されちまいそうな小さなズレだが、問題はそのズレの中心に獅子王の間があることだ。今のオードラン城はまるで、封剣の上に建てられたかのようなんだ。それこそ、守るかのようにな」
「そうまでして、英雄が守ろうとしたものを、オルタナは奪って見せたのですわよね。だけど、どうやって……」
「いや、その答えは簡単なんじゃないのかねぇ」
リリィが腕を組みながら言った。
「あのアルマ=カルマの嬢ちゃんは人じゃあない。あくまでも術式だ。なら、封剣の放出の判定に入ってなくても不思議じゃないよ」
「それは……!」
反射的に、クロードは声を出してしまう。自分の行動に驚きながら、そのあとの言葉を続ける。
「違うと、間違っていると思います……」
語尾は弱くなったが、はっきりと意見は言った。リリィは訝しむような表情をクロードに向ける。
「違うって、なんだいクロ坊。何が違うっていうんだい?」
「ええと、それは」
クロードの反論は殆ど反射だった。それは彼女が人であって欲しいという気持ちの結果か。オルタナはあくまでも術式だというリリィの言葉に、とっさに反論してしまったのだ。だから、口ごもる。上手い言い訳を探すが、しかしそうやって思考する内に根拠はなくても推論に値する情報は揃っていることに気づく。
「アルマ=カルマは天才魔法師ファウストが作り上げた人型術式……。ファウストの言葉を借りて言うのなら、形を変えた芸術作品です」
オルタナの生みの親の言葉でも、彼女を作品と称するのは気がひけたが、なんとか言いきった。
「ファウストはわざわざアルマ=カルマに心を与え、思考の自由すら許しました。自ら傷つくことを許さない防衛機能や、契約機能などの制限を除けば、アルマ=カルマは自由意志を許されます」
それはただ人の形をした術式を作るのだという目標を達成するだけならば、必要のないものだ。つまりファウストにとってアルマ=カルマとは人形ではない。物ではなかった。
「ファウストはアルマ=カルマが人であることに固執しているように、僕は……その、思うんです。あの天才が、そう思って作ったのだったら……」
「封剣でさえも、騙せると。あんたはそう思うってのかい、クロ坊」
首を振って返すと、リリィは少し困った風な顔を見せた。
「まあ、ちょっとあたしの言い方が配慮がなかったのは認めるよ。でもね、あんたの言うことは仮定でしかない。そりゃその通りなら筋は通っているが、はいそうですかと信じられるほど確証があるわけじゃないさ」
「それは、そうですが……」
何も言えなくクロード。そこに助け舟を出したのはアルフレッドだ。
「いや、待てよリリィ。確かにクロードの理屈は証拠の足りないもんだが、だけど正しいかもしれないぜ」
彼は言った。オルタナは封剣の柄に触れて、すぐにその場から姿を消したのだと。封剣とともに、跡形も無くいなくなったのだと。
「そいつは浮遊城が召喚されるのと、殆ど同じタイミングだった。シャーブルの証言からも明らかだ。そもそも、だ。俺様たちはあの浮遊城を生み出したルーンがどこから供給されたものなのかを知らない。あれだけの巨大な城を出現させ、かつ宙を浮かせる術式だ。それ相応のルーンが必ず必要となる。その大量のエネルギーがどこから来たのか」
その出所が、封剣だというのなら、辻褄があうのだ。
「オルタナは封剣の放出の特性を利用して、浮遊城を発動し維持するだけのルーンを集めているとしたら……それなら、オルタナは人でなくてはならない。そうでなければ、放出は発動しない」
「つまり、逆説体にクロ坊の言うことは正しいってことになるんだね。うん、そうかい。それなら納得だ。異論はないよ。むしろそう考えたほうが自然だ」
だがその自然には一つの不自然も混ざっていた。
「だけど、リリィ。アルマ=カルマの術式発動には大きな制限がありますのよ?」
「知ってるよ。あんたから聞いたんじゃないか。契約機能だろ?」
「それだけじゃありません。その時一緒に行言ったではありませんの。アルマ=カルマは自らの意志では術式を発動できない。術式の発動には、契約者の意志が必要なんですの」
そうだ。ここまでの推論ではその問題が解決されていない。オルタナが浮遊城を形作るだけのルーンを手に入れたとして、しかしいかにルーンがあろうと発動の権限のないオルタナ一人では浮遊城は生み出せない。竜の軍勢も、光の矢も、彼女は作りだせないのだ。
しかし現に、浮遊城は王都の頭上に召喚され、空は支配された。それが示すものとは、つまり…………。
――――あれ?
ようやく、クロードは気が付いた。自分が、窮地に立たされているのだということに。
だがもう遅い。疑惑の目は、確かにクロードを射抜いたのだ。
「簡単なことでしょう」
ジャン・ジャックが言う。確かな敵意をこちらへ向けて。
「クロード・ルルー。貴様が許可したのだ。アルマ=カルマに術式の発動を許した! そうとしか考えられない! 貴様は人型術式と共にこの国に牙を剥いたのだ!」
しまった。そう思うと同時に、まずいと焦る。自分がそんなことはしていないのはわかっている。オルタナに術式の発動の許可を出したのはモネとの戦闘の際だけだ。その後は彼女と顔を合わせてすらいないではないか。
わかっている。確信している。だが状況はクロードが犯人だと告げていた。国家を貶める罪人だと訴えていた。何より、まずいと思ったのは自分の中にそれ以外の可能性が浮かばなかったこと。自分ではないとわかっていても、この状況では自分しかあり得なかった。
疑われるべきが自分自身しかいないということが、クロードにはすぐに理解できてしまったのだ。