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軽薄な王

 クロードは見知らぬ部屋で目を覚ました。寝起きの不完全な意識が最初に捕らえたのは高い天井だった。簡素な照明からはオレンジ色の光が降り注いでいる。まだはっきりとしない意識の中、自分がベッドで寝ていることに気づく。

 とりあえず体を起こしてみて、素肌に空気が触れる感触を覚えた。上半身が何も着ていない、裸の状態だったのだ。驚いて、かけられていたシーツをめくって下半身も確認してほっと胸を撫で下ろす。さすがに全裸というわけではなかったようだ。身に着けているのは下着だけだったが、何も着ていないよりはよほどましだろう。

「お、ようやくお目覚めかい」

 安心したところに、突然声をかけられた。軽い調子の男の声だ。驚くと同時に警戒しながらクロードはその声の方向に顔を向ける。視線の先には薄茶色の長めの髪をした華奢な体つきの青年が椅子に足を組んで座っていた。袖のない、ラフな格好の服を着ている。妙に人懐っこい笑みを浮かべてこちらを見ていた。

「あ、あの……」

「そんな怯えんなよー。痛いことも怖いこともしないからさー。大丈夫大丈夫、俺様超君の味方だから」

 なんだこの人……。

 よくわからないが、苦手なタイプの人かもしれないとクロードは思った。彼の笑みからは敵意は感じられないけれど、その軽い調子の声はどことなく不信感を煽るようだ。

 しかしこの人、どこかで見たような……。

「体、痛いところはないか? 外傷は頬の切り傷だけだし、疲労軽減の術符で治療もしたから大丈夫だとは思うが」

 青年は椅子から立ち上がり、クロードのいるベッドの脇へとやってくる。警戒してシーツを胸の辺りまで上げるクロードだったが、彼はそんなことはお構いなしにあっという間にシーツを剥ぎ取りクロードの体を診察するかのように見て触って確認する。

 ゆっくりと思考する暇もない。畳み掛けるような彼の行動にクロードはたじろぐが、しかし思考をせずとも脳裏に焼き付いたあの色をクロードは思い出せた。

「オルタナは!?」

 青年の腕を掴み、必死の形相で詰め寄った。

「彼女はどこですか!?」

「…………」

 青年は顔から笑みを消して真剣な表情になりしばらくクロードを見つめ、そして最後にふっと微笑んだ。

「何よりまず彼女の心配か……。オルタナは、いい男と出会えたようだな」

「彼女のことを知っているんですか?」

「まあな。だけど、彼女については心配する必要はない。無事だよ。手荒なことはしていない。俺様が保障しよう」

「それを簡単に信じろと……?」

「そうは言っていない。ただ俺様が彼女の安全を保障すると、宣言したことは忘れないでくれ」

 青年の変わった物言いにクロードが怪訝そうな表情をする。彼はその顔を再び人懐っこい笑みに変えた。

「さて、どこから状況を説明するべきかね。そうそうとりあえずここは城の中だぜ」

「お城……?」

「そう。オードラン国王都の国城さ。ここは使用人のための部屋。余っているところ使っている」

 目立つ調度品もないが、小奇麗にまとまっているこの部屋は確かに城の使用人のための部屋と言った風情だ。

「君とオルタナは路地裏で二人でいるところをモネに発見されここまで連れてこられたんだ。運び込まれてから四時間くらいたったのか。その時点ですでに君は気を失っているようだったから混乱するのも無理はねぇ。だがここはオードラン国の誇る王の城だ。君がこの国の民であれば、理不尽な扱いを受けることはないぜ」

 こちらを安心させようとしているのか、青年ははっきりと大丈夫だと言った。

 よくわからない人であることに変わりはないが、敵意のない笑みは本物のようだ。クロードは少しだけ警戒を和らげる。

「あなたは、この城の使用人なんですか?」

 何気ないクロードの質問に青年は一瞬キョトンとする。そして何が面白かったのか、腹を抱えて笑い出す。

「はっはっはっはっは! いやいや違ぇよ。というか、まだ気づいていなかったのか?」

「へ?」

「君もよく見てるはずだぜ。俺様は――」

 と、青年が何かを言おうとしたその時だ。部屋の扉をノックもなしに開けて誰かが入ってきた。

「アルフレッド。クロはまだ目を覚まさないんですの?」

 鎧を外し、騎士団の制服だけの姿になったモネだ。彼女は部屋に入ってきた瞬間にピタリと動きを止め、視線だけでクロードを一瞥する。

 次の瞬間、クロードは青年が部屋の壁に叩きつけられるのを見た。

 見れば先程まで青年がいた位置にモネがいる。その体勢は姿勢を低くして肩を突きだしたショルダータックルの構え。移動魔法を使い、助走や溜めもなしに体当たりを放ったのだ。瞬間移動じみたモネの移動魔法だ。クロードの目にも何が起こったのかはわからなかったし、当然青年も何が起こったのかわかっていないだろう。お互いが疑問を口にするよりも先に遅れてきた風圧がクロードの髪を乱した。

 ごとん、と鈍い音と共に壁に叩つけられた青年が自然の法則に従い床に落ちた。

「アルフレッド! クロが目を覚ましたら真っ先にわたくしに報告するように言ったはずでは!?」

 モネは明らかな怒りの表情で青年に近づくと胸倉を掴みあげる。先程の衝撃がまだ体に残っているのか、青年は苦しそうに弁明する。

「い、いや違う! 今さっき起きたばっかだから! これから伝えに行こうとしてたんだよ!」

「本当に……?」

 ギロリとモネに睨まれて青年は「ひぃい!」と叫び声をあげた。

「ほんとのほんとに本当だ! 今だよさっきだよ誤差の範囲内だぁ!」

 モネはその顔を少しも穏やかにはしなかったが、一応信じることは信じたのか青年から手を放す。突然降ろされて青年は尻もちをつくが、それを見届けることもなくモネはクロードに駆け寄ってきた。

「クロ! 大丈夫ですか!? 体に異常はありませんか……?」

 打って変わって泣きそうな顔をしたモネがクロードの体が無事かどうか確かめる。先程の青年が行った診察のようなものとは違い、本当にただ心配しているだけのような手つきだった。

 体は大丈夫だと言うと、モネは安堵の表情を見せた。

「で、姉さん。この人と知り合いなの?」

 涙目で腰をさすっている青年に視線を向けながら尋ねると、モネは先程の彼と同じように一瞬だけキョトンとした顔をしてしまう。それを見た青年はまた笑った。

「おもしろいだろ、モネ。そいつ全然気づかないんだぜ」

「何を言っているんですの。そんな恰好でそんな態度で、気づかない方がこの国の民としては正常ですわ」

 二人の言っている意味がわからず首を傾げるクロードに青年は手を差し伸べた。握手を求める動きだ。

「初めまして、クロード・ルルー。俺様の名前はアルフレッド・アドルフ・オードラン。我がオードラン国の王様だぜ」

「は……えぇ!?」

 間抜けな声をあげながら、クロードは驚く。その様子をアルフレッドは面白そうに見つめ、モネは呆れたようにため息をついていた。

「た、確かに言われてみればいつもモニターで見てる国王様の顔だけど……」

 だけどそれにしては態度とか格好とか、あまりにも気さくすぎやしないだろうか。

 王の威厳などを全く感じさせない姿にクロードが言葉を失っていると、モネがため息のような声で説明する。

「この人、公の場では普通なのですけれど、それ以外では基本こんな感じなのですわ。わたくしは魔法学園でこの王様とは色々ありまして。城の内部の人間や学園の同期の中じゃあ有名な話ですわ。国王様は全然国王様じゃないって」

 呆れ顔で告げるモネ。言われた本人であるアルフレッドは特に気にした様子もなくヘラヘラとしていた。

 確かに国王様じゃないなぁ。

「まあ俺様のことはいいだろ。クロード、もう体の方が大丈夫なら、ちょいと来てくれよ。こっちの準備はもうできてんだ」

 アルフレッドは親指で扉の方を指してそう言った。

「準備? 一体なんの準備なんですか」

 尋ねれば、国王は国王らしからぬニヤリとした笑みをたたえて告げた。

「いわゆる一つの軍法会議って奴だ」

 アルフレッドとモネに連れられてやってきたのは城内の大会議室だった。普段ならば騎士団長を含めた騎士団の十隊長と王国兵士団の団長。王やその側近などが集まる王国議会の際に使用される場である。しかし今は騎士団員の不在のため、その議席の半分以上が空席となっている。

 円形の巨大な机に座っているのは国王アルフレッド。右大臣シャーブル。左大臣ネルバ。一番隊副隊長のジャン・ジャック。兵士団長カーネル・クレマンの四人だけ。クロードは机からは少し離れた位置、丁度アルフレッドの視線の正面になる場所で立たされていた。どうしてか王の少し後ろには執事服の初老の男と、メイド姿の眼鏡の女性が佇んでいた。使用人にしては妙に貫禄がある。立ち姿だけでも相応の力を持つものだというのが伝わってくることにクロードが首を傾げていると、隣にいたモネが小声で説明をしてくれた。

「アルフレッドの後ろにいるのは、俗に執事隊、メイド隊、と呼ばれる王国騎士団四番隊と五番隊の隊長ですの。お城のメイドと執事の仕事は勿論、要人警護に特化していて、王の生活の隅から隅までをサポートし守り抜く、れっきとした騎士の一員ですわ」

 円卓に座らないのは、あくまでも執事とメイドという立場であるから。本人たちもそのことに誇りを持っており、アルフレッドが何度勧めても頑なに座らなかったため、王の方が折れたのだという。

 十番隊を筆頭に、騎士団はそれぞれの隊ごとに役割や個性を持っている。特に四番隊と五番隊は王を直接守る仕事故、他のどの隊よりも入隊するのが難しいらしい。

 そのようなことを一通り説明したあとに、モネは円卓に座り、クロードだけが立ったまま残された。そうして一人になってみると、この場にいる全員の視線が自分に集まっていることに気づく。

 まるで裁判だな……。

 実際、そうなのだろう。これはアルマ・カルマ逃亡に手を貸したクロードにかけられた軍事裁判なのだ。

「――――さて、それじゃあ。ここ数日におけるアルマ=カルマ逃亡事件。その関係者とされるクロード・ルルーを対象とした軍法会議を執り行う」

 アルフレッドが低い声で告げる。その顔は真剣そのものだが、言い終えた途端に椅子に深く腰掛け初めてクロードを見たときのような人懐っこい笑みに変わった。

「とまあ、形式上厳かにはじめたわけだけど……そう緊張しなくていいぜ、クロード。軍法会議とは言うが、別に君に罰を与えるためにする会議じゃないんだから」

 かなり身構えていたクロードはいきなり出鼻をくじかれる思いだった。調子が狂うとでも言えばいいのだろうか。どう反応していいのかもわからず黙っていると、右大臣のシャーブルが深い皺の刻まれた額をピクリとさせて口を開いた。

「国王殿。そのような言い方は誤解を招く。あくまでも奴は国に仇なした罪人でありますぞ……大体今回の決定だって私は不服でありますがゆえ――――」

 しゃがれた声でまくしたてるシャーブル。国王はふざけているのかあっかんべーと舌を出しながら耳を塞いでいる。すると、アルフレッドの横に座っていたネルバが軽くチョップをした。

「こらこら国王様。どれだけやかましくても臣下の言葉じゃ。そう無下にするもんじゃないよ」

 まるで聞き分けのない子供をあやすような口調だったが、アルフレッドはニヤつきながらも大人しくなる。それを満足そうに見届けてからネルバはシャーブルに視線を向けた。

「シャーブル殿。確かに彼は罪人ですが、しかし国王様の言うことも真実じゃよ。わしらは彼を虐めるためにあつまったわけではない。それに一度決まったことを蒸し返すのは往生際が悪いというものでしょうよ」

「それは。そうだが……」

 悔しそうにするが、言い返す言葉がないのかシャーブルは口をつぐんでしまう。ネルバはにっこりとした笑みを浮かべて続けた。

「ほっほっほ。まあいいじゃありませんか。双方に得のある話なのですから、怯えさせるだけ無意味ですよ」

 ネルバは左大臣という役職でありながらその見た目は近所のお婆ちゃんとでも称すべき穏やかな微笑を浮かべた老婆だ。対照的にシャーブルは深い皺と真っ白な長いひげのまさに老大臣といった風貌だ。そのためネルバにたしなめられるシャーブルの姿はなんとなく滑稽でクロードが張っていた緊張はあっさり解けてしまった。モネは呆れたように吐息しているし、兵士団長は苦笑しっぱなしだ。

 多くの騎士団隊長がいないとはいえ、随分な軍法会議だとクロードも呆れ顔だった。

「さて、まあこっちの話はこれまでだ」

 アルフレッドが話題を戻す合図のように手を一度軽く叩いた。

「クロード、君が寝ている間に一度五人で話し合ってね。すでに君に告げる内容は決まっているんだ。まあぶっちゃけ、君の罪を許してあげようっていうのが俺様たちの現在の総意だ」

「ゆ、許されるんですか? 僕は……」

 小さな声でなんとか発した言葉をアルフレッドは強く肯定した。

「許すさ。それが王の決定だ。確かに君は魔法学園に通う生徒として、アルマ・カルマという存在、それが一体どんなものなのかを知った上で彼女と行動を共にした。ああ、そういえばまだ君がどうしてオルタナと行動を共にしようとしたのか聞いていなかったな。一体どうしてなんだよ」

「それは……人質に捕られていたから仕方なく……」

「いやいやそうじぇねぇよ。そういう言い訳みたいなのは別にいいんだ。この発言で君の立場が悪くなったりはしないぜ。ただ俺様の個人的な興味だ」

 そこで一旦言葉を切って、アルフレッドはクロードに尋ねた。

「クロード・ルルーはどうして、オルタナと一緒にいようと思ったのさ」

「――――最初は、彼女がアルマ=カルマだとは思えなくて、だからその……知りたくなったんです」

 自分でも曖昧な感情を言葉にしたことでクロードは妙な恥ずかしさを感じた。

「そっかそっか。探究心、いいねぇ。魔法師には必要不可欠な感情だ」

「国王殿。話が逸れてらっしゃいますぞ」

「わーってるよ」

 シャーブルに口を挟まれたアルフレッドは手をひらひらさせながら話を元に戻した。

「それでまあ、君はその個人的な興味でアルマ=カルマを連れ回し、追手から逃げ続けたわけだ。それも、この国最強の騎士様から。そのことは国家に対する反逆と言えなくもない。だけど、そもそもアルマ=カルマの存在を隠していた俺様たち国の方にも責任はあるんだ。国が民に嘘をついていたってことだからな。言い逃れのできない過失だ。俺様超反省」

 反省のポーズを取るアルフレッド。ネルバにチョップされシャーブルに睨まれても笑みは崩さない。そのメンタルは王様級かもしれないとクロードは一人感心した。

「だからまあ、君もいけないことしたし、俺様たちもいけないことをしている。国の力を使えば君の口を封じるのは簡単だがそれだとあまりにも忍びない。だからさ、いけないこと同士で相殺して今回の件はなかったことにしないか?」

 それは現国王から告げられた全てをなかったことにしようという提案だった。お互いの罪を認め、しかし言及しないことで事を済まそうという話だ。

 確かにそれはクロードにとっても国にとっても都合のいい話だった。ここで頷けば、このまま何事もなく家に帰れるのだろう。

 だけど駄目だ。それでは駄目だ。そんな妥協に意味はない。

「なかったことに……しなくていいです」

 絞り出した声にその場にいた誰もが驚いた。クロードは構わずに続けた。

「どんな処罰も受けます。ぼ、僕のことはいいんです。その代わり」

 その、代わりに。

「オルタナを自由にしてやってください」

 誰も予想しなかった展開に一番に声をあげたのはモネだった。

「クロ! あなた何を言って――撤回しなさい! まだ間に合いますわ!」

「間に合わないよ」

 モネの目を見ることはできなかった。それでもクロードは言いきった。

「間に合わないよ……オルタナはもう三百年もここに閉じ込められていたんだ。それは酷いことじゃないか!」

 その場でクロードは跪いて顔を伏せた。

「お願いします国王様。どうか、オルタナを自由にしてやってください!」

 今まで大人しくしていた男の突然の要求に会議室は騒然とする。顔を伏せた状態のため目で見ることは叶わないが、空気だけでも今の緊迫した状況がクロードにも伝わった。

 少しの間を置いてから、アルフレッドが口を開く。

「君と、オルタナは昨日あったばかりだと聞いている。どうして彼女のためにそこまでできるんだ」

「……報われるべきは、救われるべきは彼女だと、そう思うからです」

 少しだけ、空気が変わった。そのことにクロードが気づくと同時にアルフレッドは言った。

「君は勇気ある人なんだな」

「そんなことは、ないです」

 反射的に否定してしまう。

 アルフレッドが苦笑したのがわかった。

「自信がないというのは本当なんだな」

 わかった、とアルフレッドが言った。続けて「だけど」とそう言った。

「この決定を覆すことはできない。今回の件についてはなかったことにする。それが俺様の決定だぜ」

「ま、待ってください!」

 それでは駄目だとクロードが叫ぶ。それを遮るようにアルフレッドが声を大きくした。

「これにてクロード・ルルーを対象とした軍法会議を終了する」

 クロードは絶望しかけたが、しかし王の言葉には続きがあった。

「――――続けて、臨時の王国会議を開始する!」

 王の宣言。それを受けて最初に動いたのはシャーブルだ。

「お待ちください国王殿! そんなものがあるなどと我々は一言も……」

「そりゃ臨時だもん。いま思いついたことだからお前が知ってたらむしろ驚くぜ俺様」

 笑顔を崩さぬまま、アルフレッドは手を上げて見せた。

「はいはいはーい! 俺様はここに提案しまーす! この者クロード・ルルーを人型術式アルマ=カルマ・タイプオルタナティヴの正式な所有者とし、見習い騎士として騎士団に特例入団をさせようぜ?」

 クロードは思わず立ち上がった。それくらいの衝撃だった。

 僕を、騎士にするだって……!?

 それも、オルタナの所有権を認めた上でだ。彼女を所有する権利がクロードのものとなる。それはつまり間接的にだが、彼女の自由を認めるということだ。

 当然それは国としては簡単に容認できる内容ではない。左大臣であるシャーブルは真っ先に否定する。

「そんなこと、認められるわけがない!」

「どうしてだよ。どうして、認められないんだ?」

「言わずとも明白です! それはアルマ=カルマを大衆に晒す結果となるのですぞ!」

 声を荒げるシャーブル。一方ネルバは変わらぬ口調でアルフレッドに尋ねた。

「その提案の真意を問おうかのう国王様よ」

「難しいことは言っちゃいないし、馬鹿なことを言っているつもりもない。俺様はただオードラン国が秘密裏に所有していたアルマ=カルマを、ここらで武力として有効活用しようぜってこった」

 王の言葉は堂々としていた。だがそれを鼻で笑ってシャーブルがクロードを指さした。

「いくらアルマ=カルマが優れた術式でも、所有権をこの男が持っていれば台無しだ! なによりこの男では騎士団員は務まらない。圧倒的に、実力が足りていないではないですか!! これは魔法学園始まって以来の落ちこぼれだと言われている男です。そんな奴が騎士だなんて……!」

「そ、それについては僕からも質問したいです」

 自らを貶めるものの声に同調してクロードはアルフレッドに問いを投げた。

「オルタナを武力として用いたいのであれば、僕よりも適役がいるはずでは? なにより自分が騎士には不適切な人間だということは、僕が一番知っています。ですから、理由を教えてください」

 馬鹿みたいだと、自分でも思った。自分への支持に疑惑を持ち、味方をしようとしてくれた人を問い詰めているのだ。

 馬鹿みたいだと思いながらも、問わずにはいられない。

「僕を支持する明確な理由を教えてください」

 クロードからの疑問。アルフレッドは不審に思うこともなく、むしろよくぞ聞いてくれたと言わんばかりにその笑顔を一層濃くして答えた。

「クロード。君は自分が騎士としては不適切だと言ったな? 厳しいけど、俺様もそう思う。だが騎士としては不適切でも、アルマ=カルマの契約者としてはクロード・ルルーは超適切なんだぜ?」

 そうだろう、とアルフレッドはモネに同意を求めた。彼女は少し戸惑っていたが、すぐに頷きを返す。

「そうですわ。わたくしの弟は確かにアルマ=カルマの契約者として適切な人材であるといえます」

「何を言っているんだ、姉さん。術式の発動に必要なだけのルーンを束ねることもできない僕のどこが適切だっていうんだよ!」

「適切ですわよ。そういう欠点まで踏まえた上で、あなたは優秀な契約者足りえるんですの」

 わたくしの方から説明させていただきます。

 そう言って、モネはその場で立ち上がった。

「わたくしはオルタナ確保のために彼らと一度相対し、戦闘を行っています。その過程でクロ……クロードはオルタナと契約。人型術式を発動させます。そしてクロードは人型術式を三回使用。その三回のどれもが全く別の術式でしたわ」

 言いながら、指を三本立てて見せる。

「一つは光の矢。一つは竜の咢。そして最後に黄金の槍。そのどれもが個人武装としては破格の力を持った術式でしたわ。この事実だけでも、彼が我が王国の武力として有用であると言えます」

 それが当然の事実であるかのごとくモネは告げるが、しかしクロードにはわからない。確かに一つ一つの魔法の威力は凄まじいものだったが、ただそれだけで国の利益となるかは考えにくい。

 クロードが怪訝な表情を見せていることに気づいたアルフレッドが捕捉した。

「この場合問題なのは魔法の威力じゃねぇよ。いや君の場合魔法の威力も凄まじいが、問題は三つの術式を発動させたことなんだ」

「それがどう凄いんですか……?」

「オルタナがこの城に閉じ込められて三百年。その間数えきれないほどの人間が彼女と契約して力を得ようとしたが、君ほどの適合者はいなかった。クロード、君が初めてなのさ。アルマ=カルマの術式を複数引き出した奴は」

「僕が、初めて……」

 にわかには信じがたかった。自分がそんな、誰にもできなかったことをやってのけるなんて。

「ま、待ってください。彼女は代替型タイプオルタナティブ。代替のカルマでしょう? 人によって、その力を変える」

「そう、人によって能力を変える代替としての術式。それは普通、一人一つなんだ。君だけが、その普通から外れた存在なんだぜ?」

 アルフレッドの言葉に頷きながらモネも同意した。

「わたくしがオルタナと契約した際は無い方がマシな魔法が一つだけ発動できただけでしたわ。過去に彼女と契約した人たちも、強弱の差はあれど一人一つという点では共通していましたのよ。それをクロ、あなただけが三つ。それも三つとも十分に実用可能な術式として発動させて見せた。オルタナと契約したあなたは十分に国の武力として騎士として、通用するのですわ」

「だけど、ルーンは……オルタナを十分に使うだけのルーンを僕は束ねられない……」

「それについてはあなたが自ら解決策を見つけたではありませんの。極端な話、わたくしがオルタナにルーンを供給する役を担ってもいいのですわよ?」

 それだけ言って、モネはクロードの返事も待たずにアルフレッドたちに向き直った。

「わたくしの弟、クロード・ルルーはアルマ=カルマの力を強く引き出すことのできる稀有な存在であり、また彼自身が抱える欠点についても既に解決策を彼自身が編み出しています。十分に我が国の力となるはずですわ」

 王国最強の騎士の確証だ、シャーブルは不満げな顔をしているが、信じないわけにはいかないだろう。むしろ信じられないのはクロード自身だ。そんなことはあるはずないと、弱い自分が否定し続ける。

「さてこれで、クロードの実力が適切であるということは証明できたぜ。他に何か聞きたいことはあるかい?」

 するとネルバがゆっくりと手をあげた。

「彼については青騎士の推薦ということもありますし、至らない点も多くはあるじゃろうが、それも見習い騎士としての経験で補って行けるでしょう。しかし、彼についての問題が解決してもまだオルタナの問題が残っておるでしょうよ」

「それはつまり?」

「ええ。彼女がまた今回のことのように逃げ出さないか、この国に仇なす結果を生まないか、その問題でしょうなぁ」

 ゆったりと告げられる反論。それに乗ったシャーブルもその通りだと首を縦に振っている。

「その心配はもっともだな。だが、だからこそ俺様はこの提案をあげたんだぜ」

 いいか、とアルフレッドが身を乗り出す。

「今回、オルタナが逃げ出しだ原因の一旦は俺様にある。それは認めて反省する。だけどそもそも彼女が逃げ出さなければいけない理由はなんだ?」

 その自問のような問いかけの答えは明白だった。

「それは、俺様たちが彼女を縛っていからだ。俺様たちが彼女を『逃げる』という行為が発生するような、そんな選択肢が存在するような場所に置いていたからだ。最初から彼女が自由であれば、逃げる必要なんてなかった。違うか?」

 違うはずがない。それはその通りだ。

 誰も自由からは逃げられない。自由であれば、向かう場所は全て前進なのだから。

「だからもう、彼女を縛るのをやめようと俺様は提案する。鎖で縛りつけるような関係ではなく、騎士団の一員として、この国の民として、手を取り合い共に歩む未来を俺様は提案する。これはそのための一歩なんだ」

 拳を振り上げ、王は言葉を重ねた。

「彼女を自由にしてやろうぜ。それも誰も犠牲にならない、前向きな方法でだ」

 その宣言は王としては幼稚な理想論だ。だがそれを構うことなく彼は宣言した。

 クロードは思う。この人もまた眩しい人だと。

 自分にないものを持っていて、自分にできないことができる人。

 モニター越しにみていた彼と、今目の前にいる王は同一なのだとクロードは今更ながらに確信する。

「それじゃあ早速だが採決を取るぜ。ネル婆さん。まずはあんたの意見を聞かせてくれ」

「そうですなぁ……」

 老婆は一旦言葉を置いて思案しる。

「ま、概ね賛成でよろしいかと。オルタナが逃げ出さないかどうかの理屈は不完全ですが、もし逃げ出したとしても騎士たちがいれば連れ戻すことも可能でしょうて。十分にリターンの効く提案だと判断し、賛成とさせてもらいましょうか」

「さっすがネル婆さん。わかってるなぁ。それじゃ次、兵団長」

 今まで黙っていた兵士団長は苦笑と共に頭を掻く。

「いや何分、私は魔法に関する知識に乏しいですから、アルマ=カルマの重要性についてもわかりかねます。あまり素人意見もしたくありませんし、とりあえず王の意見に賛成しましょう」

「ありがとよ。とりあえずでも支持は支持だ。で、メイド長と執事長は……」

「我々は王の意向に従いましょう。仰せのままに」

 初老の執事が重々しい口調で呟く。メイド長と呼ばれたメイド隊の隊長も異論はないようで、眼を伏せた状態で頭を軽く下げた。そういえば、この会議中に執事が口を開いたのはこれが初めてだなと、クロードは理由もわからず感心してしまった。

 そしてアルフレッドはモネに視線を向けた。それを指名と受け取り、モネも口を開いた。

「わたくしは王の意見に従いますわ。彼女の自由はわたくしの望むところでもありますし」

 アルフレッドは満足そうに頷いて、最後にシャーブルに問いかける。

「最後だ。あんたの意見を聞かせてくれよ」

「……私も現状は賛成です」

 その言葉にクロードは安堵を覚える。が、それはすぐに覆された。

 シャーブルが続けたのだ。

「しかし、今この場で全ての答えを出すわけにはいきませんぞ」

 人懐っこい笑みを一瞬だけ険しくさせて、アルフレッドが再度問いかける。

「それはどういう意味なんだ。まさか議会員全員が揃わなければ結論は出せないとでも言うつもりかよ」

「いえいえまさか。そんなことはありません。もとより騎士団隊長たちなどこの議会に置いては飾りのようなもの。我々大臣格と国王殿がいれば成立します」

 口元にだけ微笑浮かべて、シャーブルが続ける。

「ですから、証明していただきたいのです。我々の目の前で、クロード・ルルーが確かに人型術式を十全に扱えるものかどうかを」

「右大臣! それについては先程わたくしの口から説明をいたしましたわ」

 モネが即座に反論を述べるが、シャーブルは首を横に振る。

「口でなら、なんとでも言えます。無論、王国最強の騎士殿を疑うわけではございませんが、事が事でありますから、最善を尽くすのが当然でしょう。違いますかな?」

「それはそうですが……!」

 シャーブルは国王に体を向ける。

「国王殿。この議題は国の今後を左右する重要な案件です。最善を尽くすためにも、最終的な結論を出す前にクロード・ルルーには証明をしていただくべきかと」

「何を持って、証明とするつもりだ?」

「騎士殿の言う三つの術式の発動を持って、クロードの・ルルーが我が国とって有益な存在であることの証明といたすのです。如何ですかな?」

「…………」

 アルフレッドはしばし思案するように腕を組み目を伏せた。クロードまで含めた誰もが彼の言葉を待ち口をつぐむ。

 今一度椅子に深く腰掛けてから、アルフレッドは言った。

「わかった。ここで議論をかわすよりもよっぽどわかりやすい」

「ええ、そうでしょう。では早速……」

「まさか今からやんのか? クロードもオルタナも、疲労があるはずだぜ」

「そうでしたな。なら、後日……明日の昼ごろということでよいですかな。あまり引き延ばすのも得策ではありませんでしょう」

 アルフレッドが同意する。そこで会議は終了した。明確な終わりは見えなかったが、もう話すことはない。会議の結論は明日に持ち越されたのだ。

「あの、国王様!」

 クロードが呼びかけると、アルフレッドはこちらを向いた。

「なんだ?」

「オルタナはこの城にいるんですよね……少しだけ、会う訳にはいきませんか?」

「なりませんぞ」

 答えたのはシャーブルだった。老大臣はこちらを睨みつけながら強い口調で答えた。

「今日、人型術式に面会することはなりません」

「どうして、ですか?」

 シャーブルの気迫に圧されながら尋ねるが、首を横に振って拒絶される。

「私はお前のために言っているのだぞ。今日人型術式と会うことで、明日の証明に対して談合があったものと疑いを持たれるかもしれないのだ」

 シャーブルの言うことも筋が通っている。しかしオルタナの無事を確認したかったクロードはすぐに頷くことはできずに口を閉ざしてしまう。そんなクロードを見てアルフレッドは口を開いた。

「安心しろ。彼女の安全は俺様が保障すると、そう言っただろう? さっき君が寝ていたベッドよりも上等なものを彼女には用意してある。疲れていたようだったし、今頃ぐっすり寝ているだろうさ」

 クロードは一瞬だけ顔を伏せて、無理やりにぎこちない笑顔作って返した。

「それを聞いて、安心しました」

 二人のやり取りを面白くなさそうな顔で見ていたシャーブルが告げた。

「それでは明日の正午きっかりにクロード・ルルーの証明を行い、それまで結論は保留ということで。この会議は終わりにしましょう」


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