そこの私、目が回る
どうする・・・どうする・・・
私が学校を終えてからどうやって『斉藤葵』から『青井さくら』になる・・・
先に映画館に行く?
けど、学校から映画館へのバスの時間を考えると・・・メイクを落とすのと着替えるタイミングと時間が・・・どうする私・・・!!
そしてついにホームルームが終わり、放課後になった。
現在時刻は午後4時20分。映画の上映時刻は5時30分。
そこで私は2日間夜を徹して練った作戦通りに動いた。
私はすぐさまバッグを持つと、急いで校舎を駆け、校門を抜けていった。
目指すはバス停留所。
ここから映画館がある総合施設まで30分ほどでつく。
放課後真っ先にそこへ向かうバスが来るのは4時35分。鉢合わせする可能性が非常に高い。
そこで、まず、総合施設ではなく、そのほぼ中間地点にあるローカル線の駅行きのバスに乗る。そのバスの出発時刻は4時30分・・・!
私が停留所に来たときまさにバスが来た。
そしてバスに乗り込む。
バスに乗っている間に友紀にメールで少し遅れる旨を伝える。
そして4時55分に駅に到着。
私は、駅の中にあるロッカーの一番端を鍵で開けた。
昨日私はバッグと友紀と共に買ったワンピースをロッカーにしまっておいた。
そしてそれをとると、急いでトイレに入り、着替える。
次に簡単メイク落としで素顔に戻る。
現在時刻は5時10分。
私は急いで再びロッカーに荷物を取り込み、ローカル線で総合施設のすぐ近くにある駅に向かう。
ここから3つ目でつく。電車の中で私は手鏡で軽くメイクを済ませる。
着いた。
現在時刻は5時23分。ここから走れば、間に合う・・・!!
「あ、来た来た!こっちこっちー!!」
制服姿の3人が見え、私は足を止めた。
「ご、ごめんなさい。時間ぎりぎり、よね・・・?」
「大丈夫。それより、すごい汗だが、大丈夫か?」
祐君がハンカチを渡してくれ、私はそれを制止する。
「大丈夫、大丈夫!それより、智也君も、久しぶり・・・!」
「久しぶりですね。来てくれて嬉しいです。これがチケットで自分のおごりっすよ!」
「い、いいよ!悪いし、とにかく、映画が始まっちゃうから行こう!」
あれ・・・私・・・
私は空手を習っていた。
その際に走り込みもやったし、筋トレもしていた。
だから体力にはそこそこ自信があった。
けれど・・・
映画が始まって20分。
私の呼吸はまだ整わなかった。それどころか、気持ち悪い。
私は席を立ち、通路に沿って出口に向かった。
そして出口の一歩手前、私はめまいがして、つまずいて膝をついた。
そっか。
私、高校でろくに運動してなかったから、なまってたんだ。
今日、走りまくりだったし。
映画の音がどこか遠くに感じられる。
ヤバい。目が回る。
「斎藤さん、大丈夫か??」
ひそめられた声で私の肩を支えたのは、柏木智也だった。
「離して。私は大丈夫だから」
「いいから、立てるか?」
「いいって・・・」
けれど、私は情けなくも座り込んだままだった。
すると、柏木は私の背中に手をまわし、私を立たせた。
「あっ・・・」
けれど、反抗する気力がなかった。
「はい、これお茶」
私は椅子の上でうなだれていた。
背もたれに深く腰掛ける姿勢が非常に楽。けれど、まだ元気はなかった。
「・・・ありがとう、お金を・・・」
「いらないから。それより、今は休んで」
柏木は、お茶を渡すと、私の横に腰掛けた。
「別にいいわよ、戻ってて。私なんかに付き合わなくて。休んだら戻るから」
「いや、俺も疲れてさ。俺あんまり映画とか見ないから慣れてなくて、少しここにいるわ」
「・・・好きにしなさい」
私はゆっくりと目を閉じた。
「葵・・・?大丈夫?」
私が目を開けると、祐と友紀が心配そうにのぞき込んできていた。
「あれ・・・映画・・・」
「映画はさっき終わった。ついさっきまで智也もいたんだけど、なんか家の用事があるかなんかで帰っちゃったんだよね」
「そっか・・・私は、とにかく大丈・・・・」
そのとき、私は何か嫌な予感がよぎった。
私は、重大なミスをしてしまったのではないか。
けれど、その場でその事実に気付けることはなかった。
翌日、私はいつものように荷物をまとめて教室を出る。
部活前の喧騒の中、階段を下り、下駄箱につく。
「やぁ、斉藤さん!」
聞き覚えのある、もはや昼休みおなじみとなった彼の声が聞こえる。
私は相手にも聞こえるほど大きな音でため息をついた。
「・・・あんた部活じゃないの?早く行かなくていいの?」
「おう、今日は休みにしてもらった!たまには休みたいんだよ」
確かに彼は制服姿でバッグを背中に背負っている。
部活を休みにしたのはわかったとして・・・
「それで、なんでここにいるの」
「ああ、ちょっと話がしたくてさ。この後どこかでお茶しない?」
「はぁ?何言ってんの」
意味がわからない。なんでこんな不細工な女と一緒にいたいと思うわけ!?
とんだ物好きね。
私は彼を避けて校門にずしずし歩く。
振り返る。
彼はぴったりくっついてきた。
「やめてよ!これ以上やるとストーカーです!って叫ぶわよ」
「ひどいなぁ・・・俺は理由を聞きたいだけだって!」
「理由?理由って何よ?」
私は足を止め、彼も止めた。
彼は私を見ている。
「もう本当のこと言ってくれてもいいんじゃない?」
えっ・・・
私は目を見開いた。
また、嫌な予感がした。
「ね、青井さくらさん?」
私は青ざめた。
ばれた。私の正体がばれた。
学校で1年間ばれなかった変装が、たった1週間ほどでばれた。
どうして・・・
私は昨日から断続的に感じている嫌な予感の正体に気付いた。
私は、昨日の映画で、「青井さくら」を演じることを忘れたのだ。
あまりの体調の悪さに、私は無意識のうちに「斎藤葵」として接していたのだ。
私の・・・バカ。
「じゃ、ついてきてくれよな!」
彼はニコッと笑って校門を出て行く。
・・・ついていく、しかない・・・
私は何とか足を動かして彼についていった。