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弟の親友

「俺、祐の親友の柏木智也っす!!学校で結構仲良くやってます!!!すっっっげぇ美人ですねっ!!それで・・・あなたのお名前は?」


「わ、わ・・・私は・・・・」

突如家にやってきた祐君の親友だという柏木智也。

名前は聞いたことがあった。

祐君と同じサッカー部だ。祐君との会話の中でそれなりに出てくることから仲がいいことは確かなんだろう。

いや、今重要なのはそこじゃない。

私は今、未曾有の危機に陥っていた。

この祐君の横にいる柏木智也と玄関で対峙している私はノーメイクの斉藤葵なのだ。

普段過去のトラウマからグロメイクによって不細工に変身して学校を通う私。

メイクをとれば、かつて女優だった母親譲りの整った顔が露になってしまう。

私自身幼いころに雑誌モデルをやり、悪質なストーカーに悩まされたことがあった。

それ以降も小学中学を通して何かと男女関係のトラブルに巻き込まれ、いじめられ、地元から遠く千葉まで逃げなければいけなかった。

そして千葉で素顔を隠しながら1年をひっそり過ごした私。

ごくごく平穏だった私の日常が、今この瞬間に音をなして崩れた。

もう、どうにでもなれ。

私の平和な高校生活は、終わった・・・


「・・・・・・・・あおい・・・です」

無理だ。この期に及んで何かするなんて・・・

男子相手に、しかもわりとイケメン!と話すことなんてめったにないし、声が震える。

言った瞬間に彼の表情が驚きへと変わる。

ああ、ばれる。

そして聞かれる。

なぜ今まで隠していたのか。

そして言われる。

嘘つき、と・・・


「青井さんですかっ!どうも、よろしくです!!」


・・・・?


あれ、まるで初対面・・・いや、実際初対面なのは確かなんだが、それでも、ここまで普


通に済むものだろうか・・・?

・・・もしかして、気付かれてない・・?

斉藤葵と同一人物じゃないと思われてる・・?

「青空の青に井戸の井で青井で、あってますか?」

どうやら彼は「あおい」を苗字と勘違いしているらしい。

これはかなり好都合だ。うまくいけば誤魔化したまま乗り越えられるかも。

「は、はいっ!そ、そうです・・・!」

私は笑顔で対応した。

柏木智也は隣で固まったままの祐君の横腹を小突く。

「おいおい祐!!まさか噂の新しい彼女って青井さんなのか!?」

「え、あ、いや・・・」

祐君はどうやら理解できていないようだ。

私だって危うい。

「あ、あの!私と祐君は、その・・・」

私も言っては見たもののそれからなんていえばいいかわからない。

兄弟はアウト。

じゃあ友達?いや、でもそれじゃ家にいる理由が言えない。

祐君のためにも彼女である事実は否定しなければ・・・!

えっと・・・友達以上で気兼ねなく家に入る関係は・・・うーん・・・

そ、そうか!!

「い、い、従姉っ・・!そう!私たち、親戚なのっ!!だから別に付き合ってるとか、そういうのじゃなくて・・!」

私は祐君にアイコンタクトを送った。

祐君も軽く頷く。

「そ、そういうことだ。玄関じゃなんだからさ。俺の部屋に来いよ」

祐君が柏木智也の手をとる。

「おう!では青井さん!あとで詳しくお話を・・・!」

祐君に連れられながら階段を登っていき、見えなくなった。

それと同時に私はへなへなと廊下に座り込む。

よ、よかった・・・ばれてない、ばれてない・・・

心臓はばくばくいっている。

男子とここまで会話するなんて祐君を除けばいつ振りだろう。

しかも明るく金メッシュがかった髪で、今時のちゃらちゃらしたイケメン男子高校生相手だ。


どうでもいいが、青井という苗字は確かに私の「名前」だった。

私が一時期モデルをしたときの芸名は「青井さくら」だったのだ。

母親が私の名前から派生させて考えてくれたのだ。

なぜさくらが下の名前であるかは至って簡単だ。

小さいときから私の一番好きな花が桜だったからだ。


「ただいま~!」

いつもより早く叔母が帰って来たのはまもなくのことだった。

私は座ったまま低い声で「おかえり・・・」と言った。

「あ、祐君の友達着てるんでしょ?話は聞いてるわ!」

どうやら祐君がメールで報告をしていたようだ。

遠藤真央。

私たちの母親の妹で、年齢は30前半。

やはり母と姉妹であったから、真央さんも美人で、とても30代には見えない。

私たち斉藤姉弟の居候を許してくれた。

独り身にも関わらず一軒家を持っているのは、見た目とは裏腹に彼女がばりばりの実業家であるからであろう。

私たちが居候をするようになってから帰りが早くなった。

「うん・・・だから祐君の部屋で夜ご飯食べてもらおうって・・・」

「えぇー!?私も祐君の友達君とおしゃべりしたい~!だって初めて連れてきたのよ?一緒にご飯たべましょうよ~!」

「えぇー・・・じゃ、私自分の部屋で食べる・・・」

「だーめ!みんな一緒!これは家主命令ですっ!!」

たびたび真央さんが使う家主命令。

突然切り出した居候という負い目があるからこそ家主命令は絶対なのだ。

けど・・・今回だけは勘弁してほしい・・・



「へぇー君が智也君ね!祐君から話は聞いているわよ!あら、ずいぶんイケメンじゃない!!」

「ありがとうございます!お姉さんこそとても美人ですね」

「お姉さんだなんてっ・・!!もうそんな歳じゃないわよ!私ももうずいぶん年取っちゃって~」

結局いつものテーブルで4人がカレーを食べる。

叔母には、私が祐君の幼馴染という設定で事態が進んでいるということはすでに伝えてある。

問題はこの夕食の時間をどう乗り切るか。

今は真央さんと話しているけど、いずれかは私に話しかけるだろう。

一応さっきまで設定の構成を練っていたのだ。どんな質問が来てもある程度なら答えられるはず。

男子と話すのは苦手だけど、私が招いた事態だ。祐君のためにもなんとしてでも乗り越えなければ・・・!

とりあえず常に笑顔を心がけよう。

何か聞かれたらはきはき答えるようにする。

斉藤葵のイメージとまったく真逆のことをすれば誰も同一人物とは思うまい。


夕食を終えるとすぐに彼は話しかけてきた。

完全に私はテーブルを離れる時間を得られなかった。叔母は珍しく食器洗いをしている。

「青井さん、下の名前なんていうの?」

私は想定どおり、自分のことを『青井さくら』と名乗った。

「それで青井さんはどうして祐君の家に?」

やっぱりその質問がくるよね。

「えっと、本当は岐阜に住んでいるのだけど、たまたまこっちに用があって・・・少し泊めてもらってたの!すぐに帰るんだけどね」

「あ、そうなんですか!!それで・・・お二人って本当に付き合ってないのですか!?」

「い、いとこなのに、そんなはずないわよね・・・」

実際は双子の姉弟ですけど。なら、なおさらないけどね!

「そうっすか!!ってことは今フリーって言う風に思っていいんですよねっ?」

あれ、なんか墓穴掘ったかもしれない。

「えっと、まあ、そういうことにはなるけど・・・今別に彼氏募集中とかじゃないから」

「え~青井さん美人なんですからいいじゃないっすか!きっと彼氏になりたいやつ一杯いるんじゃないですか?」

「そ、そんなことー・・・」

この子ぐいぐい来るな・・・

想定はしてたけどうっかりしてたらボロが出そうで怖い。

「あ、記念に写メ撮っていいすか?祐の家に初訪問と青井さんとの出会いということで・・・」

「え、えっと・・・祐君が一緒だというのなら・・・」

「大丈夫っすよ!そのつもりでしたから!はい、ではこっち見てください、はーい!」

祐君の横に携帯を持った智也が近づいた。

私も祐君の横に近づく。

ま、ピースくらいはしておこうかな。

私はうっすら微笑を浮かべてカメラに向かってピースした。


「わぁお!ありがとうございます!いやぁー今日は青井さんに出会えてよかったな~」

私の笑顔が少し引きずったがもちろん智也は気付いていない。

この人、間違いなく私に気がある・・・

自意識過剰だろうか?私にはそう思えないのですが。


でもそういうことを抜きにしたらいい機会かも知れない。

普段の葵では聞くことができないことも今の「青井さくら」なら聞けるだろう。

例えば学校での祐君のこと。


「えっと・・・柏木君だっけ・・?」

「智也でいいっすよ!そっちの方が呼ばれなれてるから!」

「そ、そうなの。じゃあ、えっと、智也君。学校での祐君はどんな感じなの?」

祐君がお茶を飲む手を止める。

「そうですね・・・人気者っすよ!昼休みに祐と一緒にバスケやったりサッカーしたりするときも必ず女子のギャラリー結構集まるし!」

「へぇ・・・でも、それは智也君目当ての子もいるんじゃない?」

「お、その発言は嬉しいですね~青井さんは俺のことかっこいいと思ってくれるんですか?」

いや、当然のことを言ったまでなんだけど・・・

ナルシストで自信家。男子の会話の中心に立つ。

しかしそうであっても小さな気配りも利くし、祐君と同じでスポーツは万能。

女子でも彼のことを悪く言う人は少数だろう。

女子フットサル部に所属している友紀からも、以前彼の話は聞いていた。

友紀たちや女子マネージャーにも優しく面白く、後輩にもフレンドリー。

1年生女子がかなり彼を支持しているという。

「いいと思うわよ」

友紀がいい人と言うのだからいい人なのだろう。

「ありがとうございます!あ、話それたっすね。祐ですね。こいつおかしいんですよ!ラブレター何通ももらっても、告白されてもあんまり嬉しそうじゃないんですよ!!男だったら嬉しいに決まってるじゃないですか!」

へー・・・やっぱ祐君はラブレターとか何通ももらうのね。

家じゃあんまりそういう話はしないから詳しいことは知らなかったけれど。

確かに一般的な男の子ならモテることを喜ぶはずだけど・・・

「智也、もういいじゃないか。俺の話は」

「えぇーこれからが面白い話じゃん!ほら!あのラブレター三昧の日!」

智也の話を総括する。

ある日、祐君は智也と校門付近で会って、一緒に歩いた。

祐君の下駄箱にラブレターが入っていた。

そしてそれを持ちながら教室に向かったら机の中にまたラブレター。

その帰りの下駄箱にもまたラブレターが入っていたそうだ。

しかも3人とも別々の学年であったという話だ。

私は驚いた。

まさか下駄箱にラブレターということが実際に祐君の身に起こっていたとは知らなかった。

しかも1日で3通とは・・・


計らずとも、私は彼との会話を楽しんでいた。

もちろん祐君も会話に混じっているからもあったが、何より話がどこかユーモラスだった。

最初は作り笑いだったけれど後半はほとんど自然な笑いだった。


「青井さんだってモテるでしょ!すっごく可愛いじゃないっすか!付き合ったりとかしないんですか?」

「よく町で声をかけられたりするけど、結構迷惑・・・あんまり嬉しくないわよ」

「やっぱそうなんですかー。え、じゃあ好みのタイプってどんな感じですか?」

「え、えっと・・・うーん・・・誠実で優しい人、かな・・・あんまり考えたことなかったけど・・・」

「へー了解です!参考にします!!」

・・・墓穴掘った・・・

この人、いい人だけど会話のペースもってかれると恐ろしい・・・


「そういえば祐のお姉さんって今日家にいねぇの?」

私は大きく一回震えた。

ついに核心をついてきた。

「と、友達とご飯食べて遅くなるとかメールで言ってた気がするよ~」

「そうなんですか!いや、同じ学校みたいなんですけど、話したことなくて・・・」

いや、むしろ話しかけないで・・・

まあ、普通に信じてくれたみたいで内心ホッとする。

「祐の姉ちゃんって見たことないけど、噂によると全然似てないって・・・本当なのか?」

隣の祐君に聞いてくる。

だが当の本人は不機嫌そうに智也を見た。

「噂ってどんな噂だよ?」

私は険悪な雰囲気を感じ取り、すかさず間に入る。

「そ、そ、そうねっ!あんまり似てないかな~それよりさ!もっと祐君のこと教えてよ!!」

私にはこのぐらいを言うのが精一杯だった。


わりと時間はすぐに過ぎた。

「今日はお邪魔しました!!」

「ああ、気をつけて帰れよ」

「ああ!青井さんも、今日はありがとうございました!楽しかったですよ!」

「ええ、私も楽しかったわ。ありがとう!これからも祐君と仲良くやってあげてください」

「もちろんですよ!あ、そういえばメアドとか聞いてもいいっすか?」

メ、メアド・・・

「ご、ごめん・・・さすがにそれは・・・」

「あ、ああっ!無理ならいいんです!いいんです!!それじゃ青井さんさようなら!祐もじゃあな!」

そして私は玄関の戸を閉める。

私はふぅと息をつく。

「悪い。今日は無理させちゃって・・・」

隣の祐君が言う。

「ううん。確かに疲れたけど、ばれてないみたいだし、大丈夫。それに、悪い奴ってわけじゃないみたいだしね・・・祐君の友達であるわけだし」

実際評判どおりというか、納得はできた。

決して悪いやつではない。

ただ「青井さくら」を演じている間はかなり疲れる。

男子との初会話にしては上出来だと思うが。

ああ、疲れた。

このことを友紀に話そう。

友紀ならびっくりするかな?


私は部屋に戻ると同時にメールを送る。

〔件名:友紀へ 本文:今日大変だった!!私がすっぴんの状態で祐君が柏木智也君連れてきて家で遭遇しちゃった!!一応、従姉っていう設定でなんとか切り抜けたけど・・・でも男子と話すの久しぶりだし、結構疲れた・・はぁ・・・〕

友紀のメールはすぐに返ってくる。

〔件名:なんだって!? 本文:智也来たの!?しかもすっぴんで!?わぁお!もしかして惚れられたりとかした!?笑〕

さすがにそこまでは・・・

でも、わからない。なんだか嫌な予感がする。

〔件名:・・・ 本文:わかんない。ま、もう会うことはないだろうし・・・〕

〔件名:! 本文:へ~脈アリじゃない?笑 何かあれば報告よろしく!〕

友紀のいう『何か』があっては困るんだが・・・

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