弟と親友
以前から、ガードが固いと周りから評判だった祐君。
なのに、どういう風の吹き回しか。
同じクラスの川崎杏と付き合い始めたのだ。
祐君がいつもと同じ表情で、食事のとき、急に「彼女が出来た」と言ってきたときは、思わず箸を落とした。
川崎さんのことはよく知らないが、普通に可愛い女子だったと思う。
けれど、祐君が惹かれる特別な何かがあるとは思えなかった。というより、そもそも祐君が恋愛に興味があったとは・・・
一応数分だけ早生まれのお姉さんとしては本来喜ぶべきなのだろう。
正直言って喜べるはずがない。
いや、別にいいですけど!けど、いきなりすぎじゃないですか⁉もうちょっと事前に相談してくれてもいいんじゃないかな⁉
けどまあ、それはおせっかいすぎるよね・・・祐君だって年頃の男子なわけだし、恋ぐらい・・・
明日の土曜日は、そんな憂さ晴らしに友紀が買い物に連れて行ってくれる。
今までの買い物は無理やりが多かったが、今回は私の希望が大きい。
なぜなら祐君はその日、彼女とデートをするらしいから。
家に一人だったら発狂しそう!
ここまで家にいたくないのはすごく久しぶり。
ストーカーが出始めた頃は、外にこそ行きたくなかったのだが。
けど、空手を習って、ストーカー対策の護身術を身に着けてからは、外を出歩くくらいなら問題なくなった。
友紀も一緒だし、安心できる。
翌日の朝。
駅前の噴水で待ち合わせ。
「やっほー葵、待った?」
今日は銀のネックレスとネイビーXグリーンのワンピースを着こなす友紀が通りの向こうから現れた。
その日の気分で彼女の装いは変わる。今日は至って普通の服装だ。
「遅い・・・10分遅刻。遅れるならちゃんとメールしてよ」
時間にルーズなのが友紀。長い付き合いで、もうすっかり慣れた。何度注意しても直さないから仕方がないけど。
「ごめんごめん!それで、今日は何人からだった?」
「・・・・・・2人よ。もう・・・」
ここでの二人と言うのは、友紀を待っていた間に私に声かけてきた男性の人数だ。友紀は外出時にいつも確認し、からかってくる。
休日に外出するときは軽くメイクするだけだ。
ナンパされる原因はスッとしている鼻だろうか。
それともうっすら青い目だろうか。
とにかくほとんどが母親譲り。
父親譲りはおそらく健康だろう。
「で、結局今日は何するの?」
目的地は3個隣の駅にあるショッピングモール。
けれどわかるのはそれだけ。
友紀が「買い物に行こう!」と誘うとき、いつも詳しくは教えてくれない。
それがたまに恐ろしいこともある。先月は危うくコスプレをさせられるところだった・・・
「葵さ~たまにはもっと可愛い服でもいいじゃん!外出のときぐらいさ~だから今日は服!」
外出のときの私の服装はお世辞にも可愛いとは言えない。
あまり目立ちたくないからパーカーを愛用している。
今日の服装は黒のジーンズに白いTシャツとねずみ色のパーカー、そして黒革のリュック。
ただでさえ地味な服なのに声をかけられるのだ。可愛い服にでもなったら・・・
別に自分が美人だと自負しているわけではない。ただ・・・周りがそういう評価を下すのだ。
「いや、可愛い服じゃダメなのよ・・・」
「そんなことないって!アンタは磨けば大物になる!ほらほら、私に任せて!とびっきりのを選んであげる」
「だからそれがダメなのに・・・」
私は強引に手を引っ張られた。
けれど親友の提案を無下に断ることも出来ない。
この買い物も親友なりの私への励ましなんだろう。
その励ましは私には眩しすぎた。
「わ、私・・・こんなの、ムリ・・・こんなに、薄いの・・・」
親友のチョイスはレースタンクシフォンマキシワンピースのピンク、そして長袖デニムシャツだ。
はっきり言って可愛すぎる。店頭のチラシのモデルさんもこのワンピを着ていた。
露出多そう・・・絶対透けてる。レースの花柄は可愛いけど。
でもそれじゃダメなの!
「いいじゃん、いいじゃん!まずは着てみないとね!」
そう言って試着室に無理やり放り込まれる。
こんなの・・・恥ずかしい・・・けど、きっと友紀は着替えるまでここから出させてくれないだろう。
着るしかないか・・・
私は大きく溜息をつき、パーカーを脱ぎだす。
「まだ~?」
「も、もう少し・・!」
「じれったいな~えいっ!」
友紀がカーテンを全開にする。
着替えこそ終わっていたが、うまく着れている自信はなかった。
小さいときはかなりの頻度で、仕事だと割り切って可愛い服を着ていたはずなのに。
今では可愛い服を着て鏡に映る自分が新鮮でたまらない。
「いいっー!実にいいっ!やっぱり私の目にくるいはなかったよ!」
親友の評価は置いておくとして、店内にいる客の何人かも私を見てくるのはあんまりいい気持ちはしない。
けど・・・
可愛い。
いや、私のことじゃなくて、このコーディネートがね。
その後友紀に勧められるまま、赤のベルトも合わせた。
まるで自分が自分でないみたいだった。
鏡の中の少女は心なしか嬉々としていた。
私は軽くくるりとその場で回る。
ピンクの布地は軽くて、それに伴って動きが軽やかになる。
長袖のデニムのおかげで気にしていた露出はない。
親友は私の性格を考えて、いい服を選んでくれたのだ。
今まで友紀が服を買いにいこうと言ってもいろいろな理由をつけて断っていた。
最初は過去のトラウマを配慮してくれたのだろうが、高2になってからは誘いの頻度が多くなった。
私は友紀がチョイスした服をバッチリ購入した。
ベルトは「親友へのプレゼントだから!」と贈ってくれた。
出費もまあまあだったが、気分は悪くなかった。
「明日の外出はそれを着てくるように!」というのは親友からの指令。
そう、明日の午後も外出。
しかも明日は祐君も加えた3人で近場の遊園地に行く。
祐君の転入を歓迎するのが目的。
今まで、小テスト、統一模試、実力テストで忙しく、大した歓迎が出来なかった。
10日前に実力テストが終わったこの自由な時間で、小学校からずっと仲良しの3人で遊ぶと決めたのだ。
彼女が1週間前に出来た祐君にとって、他の女子と一緒にいることはまずいのかもしれない。
けれど、彼女が出来るずっと前からあった企画だ。祐君も快く賛成してくれた。
私たちはその後も店を見て回った。
やはり休日なので学生も多い。そしてカップルも。
あるカップルとすれ違った。
男性のほうが、女性のほうに気付かれないように、横目で私をちらちら見た。彼氏、横の女の子に悪いから・・・
過去にもこういうことが多々あった。
特に中学。それがきっかけで喧嘩に発展し、私は何度も巻き込まれた。
私は何もしていないのに、女子の反感を買ってしまった。
私があのメイクを始めたきっかけは、女子との紛争を避けるためでもある。
むしろストーカーよりも大きな原因かもしれない。
一通り回って、モールの一角のカフェで落ち着く。
私はアイスコーヒーを、親友はカフェオレをすする。息をついて騒々しい外に視線を移す。
またカップルが通りを歩いて行った。
今頃祐君はどうしているだろうか。
今日のデートは隣町でショッピングらしいし。
彼女と一緒の祐君は、満面の笑みを浮かべたりするのだろうか。
そう思うと、嘆息がしきりに洩れる。
ふと、親友に頬をつつかれる。
「もう~今、祐のこと考えてたでしょ?」
親友は何でもお見通しなのだ。私は控えめに首肯する。
「いくら弟に彼女が出来たからって落ち込みすぎ!ブラコンなのはわかるけどさ~」
「落ち込んでないよ。それにブラコンじゃないし!けど・・・あの祐君が大人になっていくんだなぁって・・・」
「そうね・・・ずっと、私たち3人で仲良しだったわけだし・・・祐も・・・彼女なんて・・・」
友紀も目を伏せた。
祐君は自分のやりたいスポーツをやり、人気者でも全然苦じゃなさそうにこの1ヶ月を過ごしていた。
口数が多いわけでも、表情が豊かなわけでもない。それは昔と変わらない。
小学校の頃は私の後ろに隠れるような小心者だったのに、今では見違えるほど堂々としている。
それに引き換え、自分は注目されることを恐れ、こそこそと狭い空間に身を潜めている。
好んでいる生活ではあるが、辛いときもある。
双子であっても、祐君と私は似ていなかった。
「・・・って暗い、暗い!・・・とにかく、今日は憂さ晴らし!祐のことは置いといて今はじゃんじゃん買い物しよ!」
「うん。そうね」
親友はいつだってポジティブだった。私も親友の前では笑顔でいられる。
結局今日はかなりの買い物をしてしまった。
友紀チョイスの服のほか、化粧品、サンダルなど結構な出費。
ただでさえメイク代が貯金を圧迫しているのに。
明日の遊園地代には差し支えないが、本の購入費などを節約しなければいけない。
私と祐君は叔母の家に住まわしてもらっている。
ご飯は基本私が作り、時々叔母さんが作ってくれる。
30前半、女優だった母と姉妹であり、やはり美人。しかしバリバリのキャリアウーマン。
独り身にも関わらず一軒家を持っているところから、かなりのやり手であることが伺える。
帰宅時間は日によってまちまちだが、いつも遅め。
叔母さんからお小遣いをもらうのだが、さすがに抜かりはない。
成績によってお小遣いの量が決まる。
実力テストは手ごたえがあったので、1週間後に期待ができそうだ。
ちなみに祐君も勉強はまあまあできる。
今日の夕食はから揚げとポテトサラダ。
叔母さんの分もラップして冷蔵庫に入れる。
帰ってくるのは夜の8時以降だから、あと1時間弱か。
食事中に「今日のデートはどうだった?」と聞く。
「まあまあだったよ」との感想。
祐君がまあまあと言うのなら楽しかったのだろう。うん。
そして私は今日のショッピングの報告をする。
結構可愛い服買ったんだよ!とも伝えておく。
祐君は普通に驚いて、「明日着るの?」と聞いてきた。
「うん。だから明日のお楽しみね」
友紀と祐君の前では素の私でいられる。
そして祐君と一緒だと、どこか安心できる自分がいる。
いつの間にか頼りになる男の子になっちゃって・・・
心の底で感心した。
翌日の午前。
私はグロメイクをする時ぐらいに気合を入れて準備する。
昨日買った服と新品のクロスウェッジサンダルはもちろん、バッグは去年の誕生日に叔母さんがくれたお気に入りのハンドバッグにする。
友紀からもらったグロスも使い、髪も少し巻いてみた。
あと友紀とお揃いのイルカのネックレスもつける。
慣れないオシャレで少し不安になり、友紀にビデオ通話でチェックしてもらう。
「変じゃないかな?」
『すごくいいじゃない‼』
大丈夫かな・・・
扉にノックがかかり、祐君が入ってきた。
黒のジャケット、下はストライプの入った白のT-シャツ、そして黒ジーンズだった。
私は祐君に服の感想を求める。
「どうかな・・・?」
祐君は微笑んだ。
「すごくいいね」
「本当っ⁉よかった変じゃなくて」
『変なはずないって。この私が選んだんだから!じゃ、私もすぐ準備するから後でね~』
とは言いつつも、準備にかなり時間がかかるんだろうな。
友紀はまだ駅前にはいないだろうなと思いながら階段を降りて、玄関に向かう。
それにしても祐君が笑顔で褒めてくれた。
素直に嬉しい。
遅れてくると思った友紀は意外にも私たちより早くにいた。珍しいこともあるものだ。
紺のジャケットの中は白のブラウス。赤いチェックのミニスカートにヒール。
嬉しいことに友紀もイルカのネックレスをつけてきている。
友紀の服を見て、持っている服が多様だなと改めて感じている。
「今日は早いね。珍しい」
「今日は午後からだから寝坊しませんよっ!祐、久しぶり!一緒に出かけるのは中学ぶりだね。どう?今日の服」
「久しぶり。友紀もすごくいいと思うよ。昨日は葵の買い物に付き合ってくれてありがとう」
「へへへ・・・ありがとっ!ううん、いいってことよ。やっぱ葵は可愛いんだから生かさないとねっ!」
私はため息をつく。
友紀のおかげというか、せいというか、いつもの2倍近くの視線をすでに浴びた気がする。いや、祐君と友紀との外出で張り切りすぎた私が悪いのか・・・
来る途中、「あのカップル二人とも美形」と道行く人に囁かれた。
私たち、姉弟なんですが。
「それじゃ、行こー!」
友紀に手を引っ張られる私のあとに祐君が続いてきた。