壊れかけの日常
大変長らくお待たせいたしました・・・改めて1話を書き直しました!内容と設定に多少の変化がありますので、前の1話を見てくださった方も読んでいただけたら嬉しいです!
とある男子生徒がB組で女子高生について語っているのを耳にした。
「プリクラに騙されるな!あれは詐欺なんだ!そもそも、いまどきの女子高生って完璧にメイクして本当の自分を隠してるだろ?美人だ~って思っても付き合って、素顔を見たらマジブス!こんなこと日常茶飯事だし!要するに化けてるんだよ、あいつらは・・・」
まるで自らの実体験を語るように声を大にして言う。周りの女子からの嫌悪の視線には気づいていないのだろうか。
確かに彼が言うことはもっとも。
周りの様子はまさにそうだった。
頬にファンデーション、つけまつげ、マスカラ、パーマ。
ブランド物、ピアス、指輪を身に着ける女子たち。
それらを簡単に一言で表すなら、「きらきら」している女子がクラスにいた。
実際のところ、見た目は綺麗。
しかし、女子だからこそ知っている。
それらの大部分は彼女たちが身に着ける装飾品、嗜みである化粧により相乗効果をもたらされた結果なのだ。
体育の水泳なんかの後だったら、余計頷ける。
そして私はそれを見て思う。
やはり女は自分を偽っている。
もっとも、私も例外ではない。
けれど強いて言うならば、彼の見解とは180度違うのだが。
あ、別に自分に自信を持っているわけではないけどね。
今日もいつも通り、男子は有象無象にじゃれあっていて、女子は何個もの集団に分かれている。
男子は総じて仲が良さそう。注意深く見れば、細かく分類できるのだろう。けれどその境目は曖昧で女の私にはよくわからない。ま、興味はないが。
その点女子は見ていて非常にわかりやすい。
一際華やかで外見に気を使っている女子たち。
穏やかで中性的な女子たち。
そして私のような『それ以外』だ。
私は『それ以外』と表現するも、実際はかなり細かく分けられるのではないかと思う。おそらく『それ以外』に属していなければあまり見分けがつかないだろう。
アイドルなどの共通の趣味を持った集まり、同じ中学校出身の集まり、そして私のような一人ぼっち。
『それ以外』に共通するのは華やかな『イマドキ』女子とは一定の距離を置くということ。どうも近くにそういう集団がいると萎縮してしまう。これがスクールカーストというやつなのだろう。
私は女子とまったく話さない。当然男子とも話さない、話せない。いや、別に話そうとも思わないけど。
そもそも私のような不細工な女子に男子は興味を持たないのだ。
私の存在は誰にも気にされない。私はここにいるのが申し訳なく、空気になろうと努力している。
1年生の頃の私はちゃんと空気でいられたのだ。
今でも大抵の人は無視するので、ある意味毎日平穏だ。
私はこの平穏を望んでいたし、今も好んでいる。
けれど、2年生になって私の存在は石になってしまった。
空気よりも意識される存在、それが石だ。
平穏な生活の中にも、たまに雑音が混じるようになってしまった。
「ねぇねぇ、さっきのF組のバスケでさ、斉藤君がシュート決めてぎりぎりで勝ったんだって!」
「うっわぁー本当、斉藤君ってスポーツ万能!しかもイケメンって!はぁーかっこいいな~」
「でもこの間彼女できたんでしょ?でも、斉藤君たぶん押しに負けたんだと思う。杏ちゃん、そりゃぁ、アタック半端なかったもん」
斉藤祐。
F組にこの春から来た転校生。
スポーツ万能の上に爽やかクールのイケメン。そりゃ、女子にもてますよ。私が所属するB組にも彼の支持者は多い。
だから彼の話は女子の話題にしょっちゅう上がる。
女子はイケメンに弱いのだ。彼以外にもたくさんのイケメンたちの名前が挙がる。
その中でもフレッシュマンの斉藤祐は一線を画している。
そして彼の話の行き着く先はいつも同じ。
「・・・けどさ、やっぱり不思議よね。血が繋がっていて、弟がイケメンなのにね・・・」
「・・・双子なのにねぇ。神様って残酷。斉藤さんも少し分けてもらえたらよかったのにね~・・・」
「・・・聞こえてるんじゃない?可哀想だよ!仕方がないじゃない・・・」
はい、聞こえてますよ・・・ひそひそ話ならもう少し徹底してほしいところ。けど、まあ、いい。とにかくそうなんです。
斉藤祐は私、斉藤葵の双子の弟なのです。
そう、自慢の弟。
けれど私は・・・
髪は多くて、表情が暗い。
似合っていないフレームが大きめの黒縁めがね。
頬にシミが多数。
肌は不健康に見えるほどの白さ。
胸もほぼ平ら。
スカートは一番長くしている。
男子の誰かが私を喪女と影で言っていた。
辞書で調べても出てこず、パソコンで調べるとそれは納得がいく言葉が並べられていた。
けど、私はネガティブ思考ではないとは思う。
まあ、根暗と呼ばれるのは確かにあるかもしれない。
教室の隅で本を一人でひっそりと読んでいる人は、おそらく根暗と呼ばれてしまうのだろう。
私は本を読むのが結構好き。
他人が私のことをどう呼ぼうと、教室で自由に読むのは実に心地よく、やめられない。
周りの雑音を気にせず、自分のやりたいことだけに集中できる。それが読書だ。
もっとも、周りに人が集まりだすと雑音は嫌でも耳に入ってしまう。
耐え切れない場合はトイレに逃げ込む。個室に入って息をつく。
やっぱ私は無理だな・・・ああいう空間にいるのって。
終了のチャイムが鳴り響く。
今日も特に何もないすばらしい一日だった。この日常の繰り返し。そして帰宅の途につく。
今日の献立はどうしよう。無難にチャーハンでいいかな。
弟の祐君は今頃サッカー部の練習。
小さい頃からサッカーを習っているし、彼の十八番スポーツでもある。
一度帰り際に部活中の彼を見たことがあった。
ただでさえかっこいいと評判のサッカー部。グラウンドの端には大勢のギャラリーがいた。
彼の追っかけの存在を知ったのはその時が初めて。
人気者なのね、祐君。
道中、駅前のスーパーで材料の買い物をする。少し遠回りになるが、最近、はまっているポイント集めのため、仕方がない。目指せ、5000円分商品券!
家に帰ったらすぐチャーハンを作り、彼の帰りを待とう。
あ、祐君のために牛乳も買っておかなければならなかった。
育ち盛りの男の子って色々消費が早いから大変。
私が家に戻ったとき祐君はもうすでに帰っていて、シャワーを浴び終わった直後のようだった。
「おかえり」
タオルで髪を拭く彼に話しかけた。
「・・・ただいま。早くメイク落としなよ。今日は結構お腹すいてるし、早く食べたい」
「はいはい」
祐君はため息をついて、すぐにリビングに行ってしまう。
彼も1ヶ月で慣れたはずなのだが、この顔の時はちょっとそっけない気がする。
私は洗面台に立つ。
いちいち面倒なのはメイクを落とすのにも結構手間がかかること。
けど、平穏を手に入れるため仕方がないのだ。我慢する。
ウィッグを外し、メガネも家用に変え、描いたシミも洗い落とす。
制服を脱ぎ、さらしをとる。1年経った今では慣れたものの、変身道具の中で、さらしが一番煩わしい。常に圧迫されている気がする。これを外すときはかなり開放的な気持ちになる。
水泳の時間は成績に関わる以外のときはなんとなく理由をつけて見学をする。別に女の子の日を理由に休む人も結構いるから目立ちはしない。
ブラをつけ、部屋着に着替え、顔を洗う。
朝に長時間かけてつくったメイクもあっさり落とされる。
夕食は祐君と二人一緒。
いつも私たち双子を住まわせてくれている叔母は仕事で帰宅は遅め。
けれど、寂しくはない。
祐君との談笑は毎日楽しいのだ。
「今日の体育のバスケ、すごかったらしいじゃない」
祐君は普段からとてもクール。
私には時折微笑を見せてくれる。
そして彼の話を聞くのが私の日課。
「葵さ。高1の間、本当にずっとあのグロメイクで学校行ってたの?」
グロメイクというのは祐君がつけた私の変身メイクのこと。私にとってはそんなに嫌いな顔ではないのだが、祐君にはなかなか受け入れがたいらしい。
「そうよ」
「平穏な生活を望むのはわかるけどさ。葵、美人なんだから、普通にすればいいのに」
それじゃダメだからだよ・・・
私は自分が学校で目立たないようにするため、朝5時に起きて念入りにメイクしている。
祐君の言葉を借りればグロメイクだ。別にグロくはないと思うのだけど。
私はこの顔で学校に通う。いわば偽りの顔。
肌を白く見せ、女の敵であるシミをわざと描き、メガネも自分に似合わないやつを選んでかけている。
この偽りの顔で高校生活を過ごして早1年が経った。素顔を知っている人はいないんじゃないかな。
母や叔母もメイクの事実を知ってはいる。黙認してくれているのは、かつてのストーカー事件を考えてのことだろう。
私の容姿はモデルと少しだけ女優をしていた母親譲りだった。祐君も同様だ。
母がモデルをしていたことから、私も一時期雑誌モデルをやっていた時があった。
あまり人前に出るのは好きではなかった。注目されるのは居心地が悪い。けれど、母の希望で私は働いていた。
お小遣いも増えるということでしぶしぶ了承した。
けれど、それは『仕事』でしかなかった。
悪質なストーカーが出始め、1年くらいでやめた。
そのストーカーに最終的には干していた洗濯物を荒らされ、私自身も襲われかけた。
恐ろしかった。あの時は必死に逃げ、大事には至らなかった。
けれど、それ以来男性に対して恐怖を感じる。
私が空手教室に通わされたのも、きっとストーカーの存在が影響していたのだろう。その恐怖から必死に稽古に励んだのも事実で、今やそこらの男子と戦っても負けないはず。けれど、力は強くなろうとも、心は強くなれた気がしない。
今思うと、あの時モデルを続けていたら、私の運命はどうなっていたのだろう。
母のようにモデルとして人気になって女優になっていただろうか。
私にはきっと耐えられない。
あんな思いをするのは、もう二度とごめんだ。
モデルをやめた後、母は何度も私に頭を下げてきた。
母もこんな早々に実害を加えるような悪質なストーカーが出るとは思っていなかったのだ。
祐君の提案には本心から答えた。
「無理よ。学校で素顔なんて見せられない」
「わざわざそんな顔にしなくても。葵は素のままが一番いいから」
「祐君にしか見せないよ。あと友紀も、か・・・」
中村友紀は私の唯一の友達であり、親友である。
私たちの関係は岐阜に住んでいた頃、小学生の時から始まる。
友紀と私は色々なことで正反対。
スポーツ好きで明るく活発な少女。
けど、一番心が許せる女の子だ。誰よりも信頼できる。
友紀の家は近所で、祐も含めた三人でよく遊んだ。
私がモデルの仕事を始めても、私の元を去らなかった唯一の親友だ。
空手も共に習い、互いに磨き合っていた。
まさか、地元から遠く離れた同じ高校に進学してくれるとは思わなかった。
友紀の祖父母の喫茶店が千葉にあったというのは偶然。
けれど、高校ではまったく話さない。それは私が彼女にお願いしたことだ。
男女問わずにフレンドリーな彼女と話すと彼女の周りの女子たちも集まってくる。
それに伴って男子も・・・
そう考えると嫌だった。
彼女は私の過去を知っていたし、渋々了承してくれた。
けど、その条件として休みの日は大抵友紀と過ごすことになっていた。
友紀と一緒にいるときはもちろんグロメイクなどせず、素顔、もしくは軽いメイクをする。
ただそういうときは周りから好奇の視線を集めてしまう。
祐君と楽しく話をして、家で共に過ごす。それで満足だった。
高2になりたての頃、まさか岐阜から祐君が転校してくるとは思っていなかった。
理由はなんだったんだろう。親と喧嘩したって言っていたけど、詳しい話は教えてもらっていない。親にもまだ聞いていない。
私たちは小さい時から仲の良い双子の姉弟で、二人で遊びに行くことも多々あった。もっとも当時は私が祐君を無理やり引っ張っていた気もするけど・・・
普段あまり感情が顔に出ない祐君が当時の状況をどう思っていたのかはわからない。
あれから10年ほど経った今は、特に気にもしていない様子だ。なら、私も気にせず祐君と日々を過ごす。昔は気にしなくていい!今が楽しければ。
そう思っていた。
でも・・・
そんな日常が1週間前から崩れた。
祐君に彼女が出来たのだ。