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精霊樹の守り人  作者: Anzu
第0章 小さな村の大きな悲劇
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村に潜む悪意④

「……意外、かな。てっきり、最後に立ちはだかるのは村長だと思ってたんだけど……どうして、僕の居場所が分かったの?」


 動揺を瞬時に押し込め、傍目から見て分かる程硬い表情をしたローラにレオはそう問い掛けた。

 彼女は何かを躊躇うかのように視線を伏せると、


「……“巫女”しか入る事の許されない祠の“祭壇”には、村長様の地下室に繋がる隠し通路の存在を示すメモが残されていました」

「……成程。どう転がっても、結局最後はこうなる運命――ううん、必然だった訳か」


 その言葉で、全てのピースが埋まった。

 “精霊樹”に復讐を誓う西方の民。“精霊信仰”の盛んな北部。そこにほこびる悪意。お飾りの“精霊樹の巫女”と“貢ぎ物”。

 僅か一日の滞在で漸く合点がいったレオは、本当にどうしようもない位に手遅れだった村に対して溜息を吐き、


「……ローラの話、まだ途中だったね。悪いけど、僕の推測に少し付き合ってもらうよ」

「……いいでしょう。これから死に逝く定めの戯言に、少し付き合ってあげましょう」


 ローラが武器を構える事無く、レオの話に耳を傾ける体制を取る。

 その様子に第一関門突破とレオは心の中で呟いてから、


「閉鎖的な北部。発展を望む南部。人と物が集まる中央部。険しく聳える東部。そして、最も豊かで平和だった西部。これがこの大陸『ファングランデ』の五つの地域を的確に指す言葉なのは、君も知ってるよね?」

「……確かに、そのように村長様が仰っていましたが……」

「君は、どうして西部が豊かで平和“だった”のか、疑問に思った事は無いかい?」


 レオの言葉にローラは怪訝そうな表情を浮かべ、


「……西部は、“精霊樹”に対して背徳行為を行い、“守り人”達によって滅ぼされたんでしょう? それが真実なのでは?」

「そうだね。そう伝えられているのは“北部”だけだよ。“精霊信仰”……“精霊樹”を絶対神として崇め、従順に従う信教者が山ほど存在する北部では、西部で起こった残虐な殺戮なんて正しく伝わる訳が無い。真実はね、至極簡単なんだよ」


 周囲の気配を探りながら、


「――西部が持つ数々の技術を略奪する為に“精霊樹”が“守り人”を送り込み、そして西方の民は滅んだ。生き残った僅かな人々は復讐を誓い、恐らく各地に復讐者の一族が散らばった。そして、この村にもその一族は潜り込み、苦労して“精霊樹の巫女”という立場を手に入れた」

「……わ、私が、その一族の娘だと言いたいんですか!?」

「西方の民の大きな特徴が色彩豊かな髪や瞳。君の持つ赤目は、少なくとも南部では一度も見た事の無い色だよ。しかも、血のように濃いルビーとなると、ほぼ間違い無くそうだと確信出来る」


 初めて、ローラは少女らしい幼さの残った戸惑いを浮かべた。

 自分が教わった歴史と違う歴史に、どちらが真実なのか迷い、


「……なら、私のお母さんは……」

「君の母親がどういう経緯で死んだのかは分からないけど、村長の地下室から“巫女”の祠内部に繋がる隠し通路の存在を記したメモが残ってる事が何を意味するか……分かるよね?」

「……た、確かに……分かります。多分、お母さんは“貢ぎ物”の儀式を行った振りをして皆を、逃がした……だから、お母さんは……」


 どうやら母親がどうして死んだのか思い至る節がありそうで、ローラは今にも泣きそうな表情を浮かべ、


「……レオは、どうしてそれを知っているんですか……?」

「僕が知っていたのは、西方の民がそういう民だったって事だけだよ。後は全部ただの推測でしかない

……そして、この村はもう手遅れだ。元凶が永遠に居座る限り、悲劇は生まれ続ける」

「手遅れ……元凶……? 一体、何を言って……」

「その答えは、ローラが知る必要は無いよ」


 レオはローラに自分らしい笑みを見せて、油断無く鞘に置いていた手を握り締めて、


「高雅斬!」


 振り向き様に、背後から忍び寄っていた村長に向かって重い一撃を叩き込んだ。

 威力重視な為、どうしても速さが乗らない剣を村長は軽く避け、


「再び蘇れ、冥界の狭間。『ゼロシャフト』」


 指先だけで陣を描き、レオの眼前に漆黒の球体が生まれて弾けた。

 一気に視界を潰されたレオは、それでも冷静さを失う事無く素早くもう一刀も抜き放ち、


「全てを飲み込む無数の煌き、無限に讃える静寂の是非。『スプラッシュウォール』!!」


 不得意な水属性の上級魔術を発動させ、周囲に渦巻く水流を生み出す。

 レオに近づくには、これを相殺するだけの魔術をぶつけるか、力技で切り裂かなければいけない。


(明らかな時間稼ぎだけど、ローラにはこの術を破る事は出来ない。なら、村長はどうやって対処する!?)


 自身を囮にしつつも、レオは村長の実力を計り損ねていた。

 先程の短い剣戟でも、初速を重きにする速さを持つと分かったが、それ以上は全く見えてこない。

 だからこそ、自分を囮に実力を見る。


(……恐らく、村長こそが元凶だ。そして、“精霊樹”に近い存在でもある。なら、少なくとも“精霊術”を会得している可能性が高い……だから、その“精霊術”を今ここで唱えてもらわないとね)


「打ち鳴らせ轟音、零れ落ちる必殺の剣。『シルフィーローレ』!」


 ローラが唱えた風属性の魔術を唱え、レオの手元で生まれた十を超える刃が水を貫いて無差別に襲い掛かっていく。

 対して、


「……空に放浪せし無数の流星よ、今こそ大地を礼讃する。『メテオドライブ』」


 炎属性最強の上級魔術を“精霊術”として唱え、レオ以上に無差別に隕石と同等の灼熱が襲った。

 レオでさえ、未だに“精霊術”として使うには自信の無い術を軽々と発動させ、しかも一切不安定な要素の無いそれに思わずレオは唇を噛んだ。

 村長の“精霊術”は水を蒸発させ、レオの風の刃を切り裂き、焦った思考を更に揺さぶるかのように村長は余裕に満ちた挑発を述べる。


「……さぁ、どうする?」

「っ……喰えない人だね、村長は」


 何とか視力を取り戻した目で素早く周囲を見渡し、


(……出来れば、これは奥の手にしたかったんだけど、ね……実力差は十分過ぎるよ。例え万全な状態でも、僕には勝てない)


 今のレオでは、実力の本の片鱗しか見せていない彼女には勝てない。痺れが取れてきた指を軽く曲げながら、それを嫌と言う程理解し、


(……悪いけど、生き残る為に……ローラ、君を利用させてもらうよ)


 呆然状態のローラを見遣り、レオは右手の剣を掲げた。

 そして、


「――森羅万象を司る炎の精霊よ。怒り狂う灼熱に飲まれろ、地獄の焦土と化す荒野を歩け、全ては我が鋼の意志! 具現せよ、『大精霊イフリート』!!」


 “精霊術”を遥かに凌駕する“召喚術”を唱え、熱く燃え滾る精霊を具現する。

 レオの足元から炎の渦が上空へと昇り、触れた先から同じ灼熱を飲み込み、


『――――――――――――――――――――ッ!!』


 空気を震わす咆哮を上げ、レオの切り札であり親友である『イフリート』が具現し、全てを無に返した。




(だ、大精霊……それも、裏切りの『イフリート』だと!?)


 橙がかった赤色の炎がレオの片割れで存在を誇張するかのように燃え滾り、肌を焦がす熱風を生み出している。

 そんな光景を目の当たりにした村長は、忌々しさから舌打ちをし、


「厄介な……」


 精霊と匹敵するだけの“精霊術”ではなく、多大なリスクを背負う“召喚術”を使って“大精霊”をこの場に具現させ、しかも魔力を枯渇させる事も精神を擦り減らす事も無く、まるで息をするかのように使いこなしてみせるあまりの化け物っぷりに、村長はどう対抗するべきか悩む羽目になった。

 “精霊術”の最上級として『イフリート』を具現するのならば、村長は水属性の“精霊術”をぶつける事で対抗する事が出来た。だが、『イフリート』の契約者レオが使った“召喚術”は、言葉通り全てを炎に染め上げるだけの力を持った本物の“大精霊”を使役する事だ。当然、術者の力が伴わなければリバウンドとして命を落とす事もあるし、不発して暴走する事もある。それが、正しく完全な状態での具現を成功させ、“精霊術”を消して見せた。


(さて……まさかここで『イフリート』を出してくるとは思わなかったが……私としても、引く訳には行かないな)


 そう、何としてでもレオを“貢ぎ物”として捧げなければならない。

 その為には、村長の本当の力を使う方が最も確実なのだが、


(ローラが居るのが厄介だな……今この村に“巫女”の素質を持つ娘は居ない。代替はないのだ、なら口封じの為に殺す事など出来ない。さて、どうしたものか……)


 横目でローラを見れば、彼女は完全に腰を抜かして地面に座り込んでいる。やはり、まだ未熟な少女にとって目の前の光景は簡単に受け入れる事が出来ないものらしい。

 当然といえば当然の反応に特に返す事無く、村長はもう一つ隠し持っていた短刀を抜き、


「……闇に染め上げる重圧。『グラヴィティ』!」


 重力による圧力を上空に発生させてみるが、『イフリート』の腕の一振りの前にそんなのは無意味だった。

 呆気無く四散した魔術に、


「……忌々しい。レオ、お前一人にここまで苦労させられるとは思っても見なかった」

「それはこっちの台詞だよ。まさか、『イフリート』を具現する羽目になるとはね。……この村に来た当初は、想像すらしてなかったよ」

「ふん。私の方こそ、ローラから陥落にかかるとは思っても見なかったさ。……貴様、ローラに一体どんな戯言を吹き込んだ」


 彼女の表情は、ただ単に目の前の光景に呆然としているものだけではなく、自身の知らない真実に気付かされ打ちのめされた反応だ。

 村長より早くレオと遭遇し、しかも争った形跡が無い所をみればレオがローラに何かを言った事は一目瞭然。

 後は、その内容が何だったのか、だ。

 レオは油断無く二刀を構えながら、


「……貴女は知っているよね、ローラの母親が……代々“巫女”を勤めてきた女性が西方の民出身だという事に。そして、知っていて尚、彼女達を泳がせた。その理由は、一体なんだい?」

「……貴様程頭の回る奴なら、もう既に答えは分かっているのでは無いか? ……きっと、それが間違ってはいるまい」

「やっぱり、ね……なら僕は、友との約束通りこの村を滅ぼすよ」

「くく、出来る物なら……な」


 村長の絶対の自信にレオは一瞬眉を潜め、


「いでよ灼熱の炎、野卑なる蛮行を持って彼の者を貫け。『レイジングショット』!」


 予想通り“精霊術”によって発動した炎の渦が迷わず村長を巻き込もうとし、


「――待って、レオ!!」


 呆然としながらも何かを只管考えていたローラが、思惑通り村長の前に飛び出した。


「ローラ!?」


 思わぬ横槍に彼は『イフリート』を使って渦の軌道を無理矢理逸らし、


「――甘いな、レオ」


 村長は飛び出してきたローラの手を掴み、


「貫け流水。『アクアリーレン』」


 彼女が反射的に伸ばした人差し指に岩をも穿つ水の弾丸を生み出し、ローラの意思とは関係無く弾丸を飛ばした。

 『イフリート』が腕を振るった事によって出来た空白を弾丸は進み、レオがそれに気付いた瞬間には弾丸は分厚い熱気を破って目の前に迫り、


「……な、に……!?」


 眉間を狙って放った筈の弾丸は、レオが僅かに顔を背けた事で違う場所へと吸い込まれるように当たり、何かが潰れる音と共に鮮血を舞わせた。


(……何故? あれを避けられる筈が無いのに……いや、避けられたというのか? そうだ、実際にレオは顔を背け……)


 そこで、村長は強烈な違和感を感じ、


「……避けきれた物を、わざと違う場所に当てたのか……!?」


 今度こそ、村長は人目を憚らずに憎しみを露にした表情を浮かべた。

 レオが一体何を考えてそんな行動を取ったのか、それを必死に考えるも思いつく可能性は無かった。

 目の前でローラが震えているが、そんな物は全く気にせず、ただレオが右目を押えて穏やかな笑みに獰猛さを混ぜて村長を睨む姿だけしか見えなかった。


「……こういうのを、確か卑怯って言うんじゃなかったかな」

「卑怯だと? 目的の為なら手段は選ばない……それが、私の信ずる所。ただそれだけさ」

「そう。なら、僕も……目的の為に、手段は選ばない事にするよ」


 そう言ってレオは、


「ありがとう『イフリート』」


 『イフリート』を送還し、ゆっくりと血に塗れた手で刀を鞘に収めた。

 一体何をするつもりかと構える村長などお構い無しに、レオは無防備に二人に向かって歩を進め、


「取引……しようか、村長?」

「取引、だと?」


 口角を上げて、至極あっさりとした口調で語る。


「このまま戦えば僕は負ける。けれど、貴女も“巫女”を捨ててまで僕に執着する理由は無い筈……だよね?」


 優しげな笑みでローラを見下ろして笑みを浮かべるレオは、恐らく青褪めた表情の彼女を慰めるかのようであり、


(……そういう、事か……)


 漸く、村長は自身が行動を取った結果、レオに交渉するだけの弱みを作ってしまった事に気付いた。

 村長の計画では、少なくとも何らかの関係が生まれた二人を利用し、ローラがレオを殺すという状況を生み出すつもりだった。そしてその計画は上手く行ったのだが、レオを殺し損ねた結果ローラは酷く動揺し、代替の利かない“巫女”としての立場を危うくさせてしまった。

 そこを、今度はレオが利用したのだ。


(だから、あの攻撃を避けなかったのだな……ローラは、無意識の内にレオに向かって攻撃してしまったという私が作った負い目がある。その負い目を利用し、レオは自分の命を買った……ふ、私もまだまだだな)


 レオは自分の実力を過大評価してなどいなかった。このまま戦えば自分が死ぬと認識し、このような状況に持ってこさせた。

 村長は自分が負けたと分かり、自ら短刀を収めた。


「対価は何を要求する」

「この村への移住。流石に右目を潰されちゃったら、傭兵としてやっていけないしね。それに、まだ調べたい事もある。……例えば、“精霊信仰”の事、とかね」

「……ふっ、精々努力する事だな」


 村長は不敵に笑って、レオとローラに背を向けた。

 背後で、ローラが泣き崩れる音が響き、しかしそんな事などに微塵も興味は無かった。

 所詮、ローラは“巫女”としての仮初の存在。自分の少し大事な駒の一つでしかない。

 それよりも、レオがこの村に、自分の目の届く範囲に居る方が重要だ。


(早期決着は望めなかったが、時間を掛けて必ずレオを……『イフリート』共々殺してやる。そう、その為なら手段など選ぶ物か。確実に、確実に、だ)


 村長は村人達には見せない、狂気に満ちた獰猛な笑みを浮かべ、一言呟いた。


「……全ては“精霊樹”様の為に」


 恐らく自分の正体に勘付いただろうレオをどうやって殺してから“精霊樹”に捧げるか、その方法を考えながら彼女は朝霧の中へと消えて行った。

 村長にとって、自身が興したこの村は“ある目的の為の手段”であって、守るべき場所ではなかった。

 村長の正体は結構ベタです。が、ローラから見て格好良い女性像なのに変わりはありません。ただ、ちょ~っとあれなだけで。


 村に潜む悪意、次が後日談的な話でやっと先に進みます。レオとローラの邂逅、レオがどう言った目的を持ってこの村に移住する事に決めたのか……そんな所です。

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