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精霊樹の守り人  作者: Anzu
第0章 小さな村の大きな悲劇
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トラヴィス家の事情

 七年前。とある港町で。


『この恥さらしが!』


 融通の利かない頭の固い父親がそう息子を怒鳴り付ける声が、港町で一番立派な家の中から響き渡った。


『……どうして、私はそんな子に育てた覚えは無いのに……』


 続く声は、悲観的で自分の理想の息子を押し付ける母親が泣き啜る音。


『……兄さん』


 その声は、兄の事を理解していた賢く真面目な弟。彼だけが心配そうに兄を見詰める。

 この腐った家族ごっこを続ける中で、兄の唯一無二の最愛の弟だった。

 そして、


『貴様は、精霊なんかと契約するなど何を考えている! この恥さらしが!』


 その怒声と共に、無表情で自分の親を見詰めていた兄を父親は殴り飛ばした。

 兄の体は木製の棚にぶつかり、棚に乗っていた物が頭上に落ちる。上に乗っていた物の一つである花瓶がぶつかって割れ、破片で切れたらしく額から一筋の血が流れる。

 だが、そんな兄を心配する人物は、弟以外に誰も居なかった。

 近寄ろうとする弟を手で制し、兄は袖で額を拭い立ち上がる。表情は何一つ変えずに。

 いや、その顔は先程よりも鋭利な刃物のように鋭く、冷めた物となっていた。


『……だから、何?』


 そんな父親に毅然とした態度を崩さない兄。兄を纏う殺気は徐々に厚みを帯びていくが、それに気付かない父親は、


『精霊は道具だ! 道具なんかに良いように扱き使われるなど言語同断! それを貴様は……!』

『……だから言ってるだろう。精霊を道具扱いしているから、“精霊樹”は“貢ぎ物”を捧げろと要求し続けている。精霊は道具じゃない。対等な立場で信頼を築かなければ、この街も同じように滅びる』


 過去に何度もそう言い続け、何とか理解させようとしていた兄だが、今回も同じだった。


『いい加減にしろ!!』


 その怒声と共に父親は兄を再び殴りつけ、


『いいか、精霊は道具だ。道具の立場にまで成り下がり、貴様が我が家を滅ぼそうとするなら、もう貴様は息子じゃない! 二度と俺達の前に現れるな!』


 何の躊躇いも無く息子を勘当した。

 それに対して、


『それは清々するね。いい加減こんなやり取りうんざりしていたし、僕は“貢ぎ物”なんかにされるのはゴメンだしね』


 兄はそう吐き捨て、そのまま家を出ようとする。しかし、


『お前、その刀を置いて行きなさい』


 父親の縁切り宣言と共に一瞬で涙を引っ込ませた母親によって止められる。


『それは我が“トラヴィス”家の家宝であり、代々長男に継がせてきた大事な刀。お前が持てるほどの業物では無い』


 他人に言うかのように変わった母親の態度を気にも留めず、兄は大袈裟に言って見せる。


『ああ、すっかり忘れていたよ。そのまま持ち出しでもしたら、僕がその家宝とやらを使って皆殺しにするかもしれないからね。それを、お前達は気にした訳だ』


 兄はいつも肌身離さず提げていた刀を抜いて、母親と父親、二人の顔の横を通過していくように、それぞれ抜き身の刃と鞘を投げつけて返還した。みっともない悲鳴を上げた二人を嘲笑うかのように、


『何だ。やっぱり死ぬのが恐いんじゃないか』


 遠慮無く殺気をぶつけてから、兄は今度こそ家を出て行った。

 心に渦巻く怒りと憎しみが赴くまま、殺気を周囲に放ちながら歩き、徐々にそれが冷えて、最後は虚しさだけが残った。

 兄は小さく溜息を吐いて、


『あーあ、あんなのが僕の両親だなんて……本当、僕って不運だな……いや、僕達、か……』


 先程とは打って変わって、自分らしい穏やかな声音で呟いた。

 父親が言う所の道具を使って繁栄してきた兄の故郷は今日も賑やかだった。

 新鮮な魚が卸され、機織り職人が出来たばかりの服や装飾を売り捌き、その隅で申し訳なさそうに細々と営業する武器商人に、露店を行き交う港町の活気溢れる住人達。

 武器商人が並べる刀を目にした兄は、寂しそうに右腰に差した刀を撫でながら、


『はぁ……あの刀、使い勝手が良かったのに……ごめんね、今までありがとう』


 最後に乱暴な使い方をした事、そして今まで自分の為に頑張ってくれた愛刀に心から謝罪と感謝を述べて、兄は武器商人へと近づいて行った。

 武器商人は最初、珍しい客に戸惑いを露にして、


『あ……いらっしゃいませ』


 何とか愛想笑いを浮かべて応対する。

 血を流す事を禁忌としているこの街では居心地が悪い中、それでも営業をしているこの店に期待を持って近づいた兄だが、店主の情けない笑みを目にして期待を失望に変えた。


『どんな業物をお求めで?』


 店主の言葉に一応愛想笑いは振り撒いておく。


『二刀流剣術……“トラヴィス”流派の独自剣術なんですけど、刀を一本無くしてしまって、新しいのを探しているんです』


 兄の腰に提がっているのは、右腰に一振りの刀。

 それを丁寧に店主に差し出して、


『出来ればそれと同等……無ければ、何とかそれに見劣りしない程度の刀を。威力も切れ味もそこそこで構いませんから』


 店主よりも数十倍人受けの良い愛想笑いを浮かべて、兄はそう言い放つ。

 一方の店主は、珍しい客が言った“トラヴィス”の名と普通の武器より遥かに質が上のその刀で、彼がこの街で悪名高い“掟破りのトラヴィス”だと店主は悟ったのだろう。

 情けない笑みを焦った笑みに変えて刀を受け取り、


『し、少々お待ちください』


 慎重な手付きで刀を鞘から抜き、刀を鑑定していく店主。

 その手付きからあまり慣れていない事を察した兄は、時間が掛かるだろうからのんびりと待つ事に決め、どこで暇つぶしをしようかと軽く後ろを振り向いた。

 と、


『兄さん』


 息を切らした自分の弟がそこには居た。

 弟がそこに居る事に僅かに驚いた表情を見せ、しかし兄はすぐに穏やかで優しい笑みを浮かべて


『どうしたんだい?』


 自分の両親には愛想を尽かしていた兄だが、弟だけは別だった。

 良き兄の理解者でありながら、兄とは別の信念を持った賢い弟。たまに融通の利かないあの父親とそっくりな所もあったが、それでも兄にとっては唯一の肉親。

 いつものように笑みを浮かべて問い掛けた兄は、


『父さんが、兄さんに伝言を。『二度と“トラヴィス”の名を語るな、この恩知らずが』……だって』

『育ててくれと頼んだ覚えは無い……と、そう言って置いてくれるかい?』

『……まぁ、兄さんらしい言葉だな』


 弟は期待通りと言わんばかりに溜息を吐いた。

 苦労人気質の弟に、自分はいつも迷惑を掛けていたと思った兄は、弟の頭に手を置いて撫で、弟に恥ずかしいから止めてくれと跳ね除けられる。

 だが、


『兄さん……この街を、出て行くのか……?』


 悲しげな表情をした弟に、兄もすこし寂しげな表情をして答えを返す。


『当然だよ。戦うことしか能の無い僕にとってこの街は居心地が悪いし、それにあんな奴等にどうこう言われたり陰口叩かれたり……そんな毎日も嫌だったからね。思い切って、北の方に行って見ようと思うんだ』

『こことは違う……精霊信仰が盛んな北の村に?』


 兄は頷き、


『イフリートも僕に、北に行って見てはどうだと助言してくれたから』

『……兄さんは本当に、あの“大精霊”と……それも“火の大精霊イフリート”と契約したんだな』

『うん。契約するまで大変だったけどね……そうだ、ここでイフリートを召喚してみるかい?』

『……いや、興味はあるけどやめておくよ。兄さんはこの街の変わり者だったけど、俺にとっての兄さんは尊敬出来る優しい人だったから……これ以上、兄さんの評判を下げたくは無い。それに、こんな所で“大精霊”を召喚させる訳にはいかないよ、兄さん……』

『うーん、そっか……。でも、真顔でそんな事言ってくれるのは君だけだね。ありがとう』


 弟だけにしか見せない、心からの笑みを浮かべて兄は言う。


『……うん。やっぱり、兄さんは変わってるよ。戦闘バカなのに妙に温厚で優しいし……あ、父さんと母さんは別か』

『あの二人は別だね。両親だと思ったことは無いし、今も昔も僕の肉親は弟だけ。勘当だなんて、いつか起こると思っていたしね』


 それにそもそも縁なんてあったとも思えないけど、と兄は付け足す。

 そんな兄弟二人っきりの会話を楽しんでいると、店主は一本の刀を持ってきた。


中央セントリアで打たれた銘の刀です。お客様の実力では、少々物足りないでしょうが……』


 兄は店主から刀を受け取り、ゆっくりと鞘から抜いていく。

 第一印象は、軽い。あの“トラヴィス”家宝の刀よりも、右腰に下がっていた刀よりも、だ。

 鞘から抜いた刀身は鋼色だが、柄の部分は僅かに深緑が掛かっており、その色から属性は“風”だと見当を付ける。


『確か、炎と相性が良いのは風だったよね?』

『炎使いの兄さんには丁度いいな』


 両手で柄を握り、慣れた手付きで軽く素振りをした後、息を止めて技を一つ繰り出す。


『高雅斬!』


 威力重視で壮絶な威力を誇る奥義。兄が好んで使っていた技は、軽い刀身ではあまり威力は出なかった。だが、風の属性を帯びた石の破片が追い討ちを掛けるかのように飛び散り、


『威力の炎、素早さの風……益々兄さんに丁度いいな』


 兄と同じ事を弟が思っていた事が、購入の決め手となった。

 静かで綺麗に刀を納めた兄は、


『なら、これで。幾らですか?』

『13500ガルドになります』


 思っていたよりも高かったが、悪くは無い買い物だった。

 財布から取り出した金貨で払い、


『ありがとうございました』


 買った刀を左腰に差し、店主から返してもらった刀を右腰に差し、愛しそうに刀を撫でてから弟に振り返った。

 弟は心配だと云わんばかりに、


『……兄さん、気を付けて』

『うん、見送りありがとう。それじゃ、またどこかで会う事が会ったら』


 兄は曇った表情の弟に明るく笑って、足取り軽く忌まわしい街を出て行った。

 その後姿を眩しそうに見送った弟は、晴れた表情を再び曇らせて、


『……本当に、気を付けてくれ。――レオ兄さん……』


 残された弟は、困難ばかり背負わされる兄の身を案じて、暫くそこで立ち止まっていた。

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