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精霊樹の守り人  作者: Anzu
第0章 小さな村の大きな悲劇
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前日談~遥か昔の物語②~

 “精霊樹の巫女”である私にとって、人一人の命は非常に軽い物になってしまった。

 “精霊樹”とその“守り人”達に言われるまま、私は大事な友達を――ニーニャを“貢ぎ物”として捧げてしまった。


 ニーニャの死が軽い物であるかのように、また日常は始まった。

 いつものように、私は子供達の昼食を持って道場を訪れて、いつものように彼と話を交えて、そして帰っていった。

 “巫女”という立場は、誇りに思っている。

 でも、人の命が軽い。それは在ってはならない事の筈なのに、軽いまま、私は従順と従う。

 それは可笑しい。そう思っても、現実は変わらない、変えられない……それが悔しくて、悲しくて、自分自身が情けなくて。

 私は、気が付けばニーニャの家に来ていた。




「……誰か、居ますか?」


 両親に会った所で、彼等の心が癒される訳でもなく、ましてや私は彼等に慰めて欲しいからここに来た訳でもない。

 でも、ニーニャの両親に何かを言って欲しかった。

 私に対する恨みでも、娘を失った悲しみでも、なんでもいいから。


「……おじさん? おばさん?」


 だけど、いつまで経っても二人の姿が見える事は無かった。

 いつもなら、おばさんが急いで玄関に出てきて、笑顔で私を迎い入れて――


「――ローラ? 何をしているんだい?」


 だけど、出てきたのはおばさんではなく、彼だった。


「……レオ、どうしてここに?」

「それはこっちの台詞だよ。こんな時間に……ううん、立ち話もあれだから、上がっていきなよ」


 まるで自分の家であるかのように彼は私を招き入れた。

 そこは白いカーテンが靡く、家族三人が暮らしていた小さいけどとても綺麗な家。ニーニャとおばさんが台所に立って食事の仕度をし、おじさんは相棒である猟銃を丁寧に磨いて、そして家族三人揃って毎日団欒を過ごした場所。

 しかし、そこには誰も居なかった。それ所か、手入れは行き届いていないようで、彼方此方小さな埃を被っている。賑やかだったあの頃の風景とは少し違うその様子に違和感を覚える私に、


「ニーニャが居なくなったあの日から、この家にはもう誰も居ないよ」


 彼は短く真相を告げる。


「ニーニャの両親はニーニャと一緒だから」

「え……それって、どういう事……?」


 妙に慣れた手付きで彼はお茶を注いで私の前に出し、


「“精霊樹”は自分に歯向かう輩が大嫌いみたいでね、ニーニャが生贄にされると知った両親は、長考した結果、“守り人”に逆らった。“守り人”に逆らう事は“精霊樹”に反旗を翻す事と同じ」


 淡々と、固い口調と無表情で、



「――殺されたよ。ニーニャが“巫女”と共に“精霊の住まう森”に行く前日に」



 ……、


「……何、それ……?」

「そのままの意味だよ。蛮族には死を持って制裁を加える。それが彼等のやり方、だから……もう、この家に人は住んでいない。そして、二度と戻ってくる事も無い」

「……でも、ニーニャも、周りの人達も、誰もそんな事……」

「……ニーニャが言わないのは当然だよ。親友に、残酷な真実なんて告げられない。もしてや、責任感が人一倍強いローラには絶対に……周りが気付いていないのは、時間の問題だけどね」


 私は……信じられなかった。

 ニーニャの両親はニーニャそっくりで、人懐っこくて、温厚で、争い事が大っ嫌いで……叱る事は在っても、怒る事も泣く事も無かった。いつもにこにこと笑っていて……そんなおばさんとおじさんが“精霊樹”に逆らった? ニーニャを守る、ただその為に……?

 そんな二人を“精霊樹”は見限って……、


「……殺した、の……? 二人はただニーニャを守りたかっただけなのに……それだけで、彼等は二人を見限った……?」

「……“巫女”であるローラが一番知っている筈だよ。彼等には感情なんて無い。ただ“精霊樹”の言葉に唯々諾々従って……脅威となったら排除する。いつだってそれが“精霊樹”のやり方だ」


 怖い位に冷静に真実だけを語っていた彼は、


「でも、ローラがそれを重荷にする必要は無いよ」


 一転して、優しく穏やかな笑みを浮かべた。


「ニーニャが言ってたよね? ローラはローラに出来る事をやっただけだよ、それに責任を感じたら、私の存在意義がなくなっちゃんよ。……そう、ね」

「……レオ……でも、私は……」

「悩むなって言われてもすぐにはそう出来ないけど、でも……そんな事に時間を費やすのは良くないと思うよ」


 見るだけで心が落ち着くような微笑みを浮かべて彼は言った。


「ローラはローラにしか出来ない……“巫女”の仕事をやって。僕は、ローラのやっている事が間違いだなんて、思っていないから」


 その言葉に、私は救われた。

 今朝からずっと心の中に巣食っていた靄は綺麗に晴れ、同時に最後まで親友で居てくれたニーニャに対しての申し訳なさと、彼女が居なくなってしまった事への悲しみと自分への怒りと、それ以上に彼とニーニャが私を案じてくれていた事が嬉しくて、


「……うん。ごめん、ありがとう……レオ、ニーニャ……」


 私はお茶の入ったコップを掌で包んで、静かに泣いた。


「……ニーニャ、ニーニャ……っ!」


 泣き止むまで、彼はずっと私の傍に居てくれた。



 彼がスキルを編み出し、ニーニャがその一週間後に“貢ぎ物”にされてから、三日。

 変化は唐突だった。



『……今度は村長様を“貢ぎ物”に、ですか』


 “巫女”としての職務を全うしている中、祠に“守り人”はやってきてそう言った。

 相変わらず表情の無い、まるで人形のような“守り人”は一方的に告げて、此方の話などに全く耳を貸さない。その態度に腹が立って仕方が無いが、“巫女”としてやっていくにはどんな事が在っても決して冷静で居続けて、そして感情を殺して置く事。その教えを忠実に守って、


『……それが“精霊樹”様のお望みならば』


 お決り文句を言って、私は両手を組んで頭の上に掲げた。

 すると“守り人”は小さく頷いて“精霊術”によって姿を消した。



「……彼等はそのような事を言ったのか」


 道場にお昼を届けに行く前に、私は今朝起こった出来事を村長様に伝えた。

 すらりと背の高く凛とした表情と鋭い目付きに反して、意外と面倒見が良い二十代の若き女村長は、


「……啓示は?」

「出すようにと」

「まずい状況だな……」


 ブーツの踵を鳴らしながら、腕を組んで思案顔をしている。

 これの何がまずい状況なのか、それは一目瞭然だった。

 この村を起こしたのは、今私の目の前に居る村長様。

 村の第二の信仰と呼ばれる村長様が“貢ぎ物”として捧げられる状況になれば……村人達は、黙ってはいない。

 ただでさえ頻繁になってきた“貢ぎ物”の要求に意味と価値を見出せていない村人は、これを気に大々的な暴動に出るだろう。それは――“精霊樹”に逆らう事で、そんな事をすれば私達は一夜で滅亡する。

 それは村長様の望むことではなく、だが“貢ぎ物”として捧げられる事を疑問に思っている。それは村長様の困惑顔がなによりの証拠だった。


「……まいったな。私が悩む時点で答えが出ているというのに……他の解決策が見出せないとは」

「……今日中に啓示を出さなければ、恐らく明日には村長様が……」

「捧げられる、か……」


 聡明で賢い村長様がこれほど悩むというのも珍しかった。それがこの事態の深刻さで、でも私にはどうにも出来ない事態だった。


「駄目だな、答えは出そうに無い……すまないが、夕方にもう一度訪ねてくれないか」

「村長様でも、判断に困る事態なんですね……分かりました、夕方にもう一度訪れます」


 私はお辞儀をして村長の家を後にし、その背後で、村長様は小さく何かを呟いた気がした。



 いつものようにしなきゃいけない。

 そう思いながら歩いているのに、私の歩みはどこか不自然で、でも彼にだけは心配を掛けまいと懸命に作り笑いを浮かべて私は道場にやってきた。


「あ、ローラ姉ちゃん!」


 私の姿に気付いた子供達は木刀を放り投げながら一目散に駆け寄り、


「今日のお弁当は?」

「お好み焼きと木の実ジュースだよ」


 それぞれガッツポーズをしながら昼食を受け取り、木刀を拾ってまた一目散に駆けて行った。

 そんないつもの元気な様子を眺めて、知らず知らず私は溜息を吐いていた。


「……元気ないね、どうかした?」


 私の無意識の溜息に気付いた彼は声をかけるが、


「……ううん、ちょっと疲れているだけで、特に何も無いよ」

「……そう? ならいいんだけど……」


 そう言って、彼は再び木刀を振り始めた。

 昼食前の素振り百本。

 真っ直ぐ同じ箇所に何度も振り下ろされる木刀を眺めながらも、やっぱり私の心はどこか違う場所にあった。

 “守り人”が告げた村長様の犠牲。その対応に悩む村長様の態度。

 それが、どうしても私の気掛かりで、


「……村長が“貢ぎ物”にされたら、暴動が起きるね」

「うん……村長様も、今回ばかりは結構悩んで……」


 と、私はうっかりと相槌を打ってしまった。それに気付いたのは溜息をもう一度吐いた後で、


「え……? レオ、どうしてそれを……!」


 誤魔化す事も忘れて私は彼に問い掛けた。

 彼は少し息を吐いて、


「やっぱりね……。ローラが相談出来ない悩み事なんて、大体は“巫女”に関わる事だから、多分村長についてじゃないかと思ってね」


 カマをかけてみた……と、いう事みたい。

 つまりはそういう事で、私は彼の策にまんまと引っ掛かってしまった。……こんなこと、彼は知るべきではなかったのに。ううん、知らせなくなかったのに。

 彼の前では、絶対に弱音は吐きたくなかった。それなのに……私の馬鹿、ドジ……。


「……次の“貢ぎ物”は村長じゃないかと僕も思っていたよ。最近の犠牲者を比べてみると、明らかに“精霊樹”に反感を持っている人達ばかり狙って指名しているみたいだったから。なら、村長に相談しに行ったけど、彼女にもどうしようもなくて、それでローラも悩んでいた……違った?」


 一瞬、まだ誤魔化しきれるかどうか私は悩んだけど、


「ううん、全部レオの推測通りだよ」


 私は結局諦めて、大きく溜息を吐いた。


「啓示を出せって言ってたから、村長様の事は村中が知ることになる。でも、村長様が犠牲になるって知ったら、絶対に皆は“精霊樹”に逆らおうとする。村長様はそんな事望んでいないし、だからといって他に出来る事なんてないし……私、分からなくなっちゃって……」

「……確かに、ね。村長の犠牲はこの村に大きな反乱の一石を投じるような物だ。だけど、それを回避する方法は……一つ除いて、それ以外に無い」


 苦々しげな表情で彼が呟いた、残された希望。


「それって、たった一つだけ方法があるって事だよね? それってどんな方法?」


 私はその方法に期待をもって彼に聞いたが、


「……多分、村長はその方法を取らないよ。誰かを犠牲にする事に変わりは無いしね」


 彼にしては珍しい、低い声でそう言い放ち、


「でも、それ以外に方法は……」


 その言葉に引き下がった私に、


「ローラは知らない方がいい。これはそういう方法だから」


 有無を言わせない拒絶を突き付けた。

 最後に振り下ろされた木刀は、いつも以上に鋭い音を道場に響かせ、


「さぁ、僕達もお昼にしようか」


 その言葉が、態度が、彼がもうこの方法について話したくない事を雄弁に物語っていた。

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