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精霊樹の守り人  作者: Anzu
第0章 小さな村の大きな悲劇
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前日談~遥か昔の物語④~

 空気を鋭く裂く音。

 子供達の気合の入った声。

 それに答える――彼の声。


 私はそんな日常が好きだった。

 毎日普通に笑って、食事をして、思いっきり遊んで、思いっきり寝る。何気無い毎日が、私は好きだった。

 だって、この世界はあまりにも理不尽で、傲慢で、誰かに依存する人間が嫌いだったから。

 でも、だからこそそんな世界を薔薇色に染め上げる普通の日常が楽しかった。


 ――でも、もうそんな日常は永遠にやってこない。私の愚かな行いと過ちの所為で……全ては暗闇の中へと堕ちていったから。




『愚かな“巫女”は自分の命欲しさに、自分を助けようとしたレオを身代わりにした』




『そして、彼の命で全てを無かった事にしようとした』




『そんな愚かな“巫女”は逃げる道中“守り人”の手に掛かって哀れな最期を遂げた』




『これが、今日から伝わる新たな歴史だ』




 “黒翼”は一方的に告げるだけ告げて、最後に彼の遺体を奪って去っていった。

 彼女の事だ……きっと、彼の遺体を使って何かをするつもりなのだろう。もしかしたら、例の“守り人”の量産にでも利用するつもりだったのかもしれない。

 でも、私は止める事すら出来なかった。

 放心状態にあった私は、何かを起こす気にもなれず……二日経っても、その場から動けずに居た。




 足音が聞こえてきたのは、乾ききった血に視線を奪われていた時。

 ここ等では見た事の無い動物の白仮面を付けた男女が、森の奥から現れた。

 男女、というより少年少女と形容した方がしっくりくる、線の細い二人だった。

 二人は私と周囲を汚す乾いた血を見て、


「……酷い惨状だ。これを“黒翼”がやったのか?」

「そのようですね。彼女は『イフリート』が人間と手を結ぶと決めたその瞬間から、その人間を必要以上に狙っていたようでしたから」


 仮面を付けた状態でどうやって視界を確保しているのか分からないが、確かにこの惨状を見ているようだ。

 そのまま二人はどこか哀れみを込めた視線を私に投げかけ、


「……“黒翼”が所持する村の“巫女”……お前も、あの女の陰謀に巻き込まれた犠牲者になってしまったのか」

「……止められませんでしたね。途中で“虹色”に阻まれなければ『イフリート』の頼みを叶える事が出来ましたのに……彼を、助ける事が出来なくてすみませんでした」


 どうやら、二人は『イフリート』に頼まれてこんな場所まで来たようだった。

 そうでなければ、今になって人が来る訳が無い。誰も守れない私の所へなんか……二人は、彼を守りたかっただけで、私を守りに来た訳ではないのだから。

 そう、私なんかじゃなくて……彼を。

 ……ううん、もう何も……考えたくない。聴きたくも、ない。

 反応を返さない私に気を悪くした様子も無く少年は、


「……自己紹介が遅れた。俺達は『エルフの里』の者だ」


 ……『エルフの里』……?

 そう名乗った少年に私は漸く顔を動かして、


「……『エルフの里』……『エルフ族』……?」

「ああ、そうだ。外へと出るのは『エルフ族』の者だけ。俺達は……『大精霊イフリート』の声を聞いてここまでやってきたのだが……」


 少年は一瞬気まずい表情を浮かべ、


「……一歩、いや……だいぶ、遅かったようだ。すまない」

「……」

「俺達は、“精霊樹”に対抗する為の力を求めている。精霊を愛し、愛されていたあの青年を助け、そしてお前と共に俺達の故郷へ戻るつもりだった」

「……」

「しかし、途中で“虹色”に進路を阻まれ……足止めをくらってしまった。言い訳をするつもりではないが、奴等の所為で……彼を死なせてしまった」

「……」

「過ぎてしまった事は戻らない。だが……教訓を活かす事は出来る。俺達は、二度と彼やお前のような犠牲者を出したくない。その為に……“精霊樹”打倒を考えている」


 “精霊樹”、打倒……?


「……そんなのは、不可能だよ……」

「……何故、そんな事を?」


 そんな事? 貴方達こそ、貴方達の方がよく分かっている筈だ。

 彼等の強さを、恐怖を、絶望を。圧倒的な支配を続ける彼等に抵抗など……出来はしない事を。

 抗う事がどのような悲劇を生む事を。一番、知っている筈だ。


「……」


 だけど、言葉に出す事はしなかった。だって、私には関係の無い事。死を待つだけの私が今更何を口にしようと無意味。そして、彼等の為に忠告してやるつもりもなかった。


「……俺達は、お前に協力してもらいたい」

「……きょ、う……りょく……?」

「そうだ。お前には才能がある。“巫女”という立場ながら、自然に“精霊”と対等な関係を築き、お前が力を欲した時には“精霊”は進んで力を貸した。お前にもまた、“精霊”を愛し、愛される力がある」

「……そんな、訳が……ない」


 もしも私に力が在ったのなら、私はここに存在していない。

 力が在るなら、私は彼を救えた。ううん、ニーニャだって皆だって“貢ぎ物”なんかにならずに済んだ!

 それが出来ない私は……私には、力なんて、ない。

 持つ資格すら、ない。


「……私、は……何も……出来なかった……」


 助けてくれたのに、助けられなかった。


「……守りたかったのに……守れなかった……」

「……確かに、守れなかったかもしれない。だが、これから同じ運命に遭おうとしている他の者は救えるかもしれない」


 私の乾いた心に静かに水を注ぐように、少年は言った。


「……お前が望むのなら、俺達はお前に力を与えよう。勇気を与えよう。知恵を与えよう。そして……誰かを守る、その為の努力の場を与えよう」


 ……努力の、場。

 そんなの、出来る訳が無い。

 さっきから、何度もそう言っているのに……。


「……出来ない。私に、資格なんて……ない……」

「……ある。お前にも資格はある」


 ……何を根拠に、そんな戯言を言っているの……?


「……お前は、悔やんでいる。力が無かった事を、勇気が無かった事を、知恵が無かった事を、そして……誰かを守る、その為の努力が無かった事を。本当に資格の無い人間は、後悔などしない。憤りなどしない。涙を流す事など……しない」

「……だけど、私、は……私は……」


 何も出来なかった。守る事も助ける事も私が犠牲になる事も!

 そんな私が……生きていていい筈が無い。

 折角彼に守ってもらった命なのに……私が役に立てる事なんて、何一つ存在しない。

 私は、自分の命を彼の命と引き換えにした。

 そんな愚かで醜い私が……、


「……出来ない。私には……力なんて、ない。資格なんて……ない……」

「そんな事は無い。彼は、お前に託した筈だ」


 ……彼は言った。皆の分まで幸せになって、と。

 私に出会えて良かったと言ってくれた。

 でも、私は! そんな彼を見殺しにした!


「……でも、私は……」

「彼の事は、お前が一番よく知っている。どうして彼がそんな事をしたのかも……お前がそれを否定すれば、彼の存在も否定する事になる。お前は、それでいいのか?」


 ……良い訳が、ないよ。

 分かってる、本当は分かっている。

 どうして彼が自ら死を選んだのか。彼は私を守りたかったから守ってくれた。ただそれだけなんだって。

 でも、怖い。怖くて怖くて仕方が無い。

 また同じ過ちを繰り返してしまったらって。それを考えると身が竦んでしまう。


「……分から、ない……私は、どうすれば……いいの?」

「……強くなればいい。もう迷わなくてすむように、強くなればいい。そうすれば、次は必ず守れる。大切な人達を、自分自身を」

「……私に、守れる……の……?」

「ああ。お前が望めば、俺達は必ずお前に機会を与える」

「……本当に……?」


 とっくに枯れきったと思った涙を流して、私は言う。


「……もう、二度と……レオみたいな、ニーニャみたいな……悲劇を生まずに、すむ……? 私に……皆を、守れるの……?」

「お前が望む限り、俺達は協力しよう。そして……お前の願い、『エルフの里』が叶えよう」


 少年は静かに手を差し出して、


「――俺達と共に、戦って欲しい」


 その手と自分の手を見比べて……私は、決意した。

 彼の血と自分の血で汚れた右手で涙を拭い、感じた心と肉体の痛みを二度と忘れないように何度も何度も涙を拭って、私は重い手を動かして、その手を握った。

 今度こそ、私は誓う。

 もう後悔しない、泣かない、逃げたりなんかしない。

 力を、勇気を、知恵を、努力の場を手放さない。今まで守られた分、今度は私が守る。

 少年の仮面に隠れた目を見詰め、私は宣言する。



「――私が、誰かを守り続けられる限り、共に戦わせてください……!」



 それは、自分に向かっての言葉でも在った。

 けれど少年はその事に対しては何も言わず、


「ああ。よろしく頼む」


 もう片方の手で仮面を外して、微笑んだ。

 そして私と少年のやり取りを静かに見守っていた少女も仮面を外し、優雅な笑みを浮かべる。

 語る声は、歓迎の調べ。

 少女は私と少年の握った手の上に自分の手を置いて、私達は踏み出す。





「――ようこそ、同じ悲劇を味わった――『エルフの里』の新たなる同士よ」





                                ~Prologue The End~

 第0章、無事に完結しました。

 絶望の淵に居たローラを救ったのは『エルフの里』の者。彼女は再び抗う事を決意する……でローラとレオの話は終わりです。

 次話は村長が語った歴史を真実として育ったアル十七歳が主人公です。姉であるニーニャとの思い出、そしてローラとレオが居なくなったその後を書いて次に繋げます。


 ここで第0章登場人物達について少々。

 元々、ローラは責任感が強い反面精神面は少々弱いを念頭に置いて書いていましたが、レオはここまで腹黒くはありませんでした。

 イメージは、近所の優しくて何でも出来るかっこいいお兄ちゃん。

 ですが、ローラの精神面が強くなって逞しいお姉ちゃんとなる過程の比較として、ローラとは正反対の強さを持つ人物はどういった性格か……を考えて書いていった結果、裏表のある穏やかで苛烈なレオが出来上がりました。

 ですが、これはある意味良かったのかな……と思います。

 一方、見事などんでん返しを演じてくれた村長=“黒翼”は、最初から最後まで思ったとおりになりました。

 “精霊樹”様絶対主義者。人間は下等生物だと見下す感じがよくある悪役を彷彿とさせるでしょうか? イメージは強すぎる悪役です。

 回想編でしか出て来ないニーニャですが、こっちは頼りになりすぎるお転婆娘です。

 ローラを思うあまり、自分の命を投げ出してでも彼女を守ろうとする優しさがニーニャの長所であり短所……彼女が生きていれば、ローラの結末はまた違ったものになったと思います。

 脇役としてはアル、レオの弟、“虹の翼”……でしょうか?

 それぞれ、子供その1、残念な真面目君、地味に常識人がイメージです。

 一応、三人も物語に絡んでくる立ち位置を予定しています。


 長くなりましたが、次章の予告でも。

 時は経ち数百年位後、“精霊樹”の下位組織“風紀委員”に所属する少年が主人公。中央に位置する学園を舞台に、“風紀委員”と『騎士団』、そして“精霊樹の守り人”が少年を巡って死闘を繰り広げます。

 果たして、少年が選ぶのは希望への道標か、それとも絶望への逃走か……。

 第一章、更新は来年一月を予定しています。お楽しみに。


 ここまで読んでくれてありがとうございました。

 ご意見、ご感想お待ちしております。by Anzu

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