愚かな過ち③
その問いに答える事は、きっと出来ない。してはいけない。それでも……気付いたら私は、心に鍵をかけて仕舞い込んでいた感情を呟いていた。
「……本当に、レオは不思議だね」
知らなかった。彼がそんな思いを抱いていたなんて。
知らなかった。私が、彼が変わる切っ掛けになっていたなんて。
そう、私は……何も知らなかった。知っているようで何も知らなかったんだ。私がずっと憧れていた……尊敬していた彼も、ずっと悩んで苦しんで……それでも、それ等を乗り越えて今の彼が居る。そんなちっぽけで凄く大きな事を。
……本当に、彼は不思議な人。
私とは違って……どこまでも、真っ直ぐな人。
「レオは……本当に変わってるね。自分の筋を通して、迷わない……私と違って、一度決めた信念を貫き通すんだもん……本当に、レオは不思議な人……出会った時と、何も変わらない」
私なんかとは、違う。
いつまでもうじうじと考え込んで、自分が犯した罪に後悔して涙を流す事しか出来ない……私とは。
間違っていると気付きながら、ただ言い訳ばかりを繰り返して逃げていた……私とは。
……妙に、頬が冷たい。目尻から透明な何かが溢れている気がする。……もしかして私……泣いてるの? 私にそんな資格なんて……ないのに。
でも、一度開けてしまったら……言葉は、止まらなかった。
ずっと隠していた……私の“本音”は。
「……本当は、私だって恐いよ。……死ぬのは恐い。でも、私はこんな思いを皆にさせてきた……ただ“巫女”だから……そんな理由で、皆を犠牲にして……ずっと、後悔してた」
後悔して後悔して後悔して、
「ずっと後悔してた! 平気で笑う事なんて出来なかった! 他人の幸せを奪った私が幸せになる権利なんてない……ずっとそう思ってた。だから私は……今までの分を、償わなきゃいけない。例えそれが自己満足でも……私は、私には――」
――“助けて”なんて言葉を言う資格なんて無い。どれだけ恐怖で凍えようとも、その一言だけは口にしてはいけない。
だって、都合がいいでしょう? 私は散々“助け”を無視してきたというのに、今度は自分の番だと思ったら掌を返すように助けを求めるなんて。そんな自分勝手な言葉、絶対に……してはいけない。
だから、私は閉じ篭った。誰でもいい、誰かに声を掛けられたら……私は、『助けて』と言ってしまっただろうから。
それが、どんなに自分勝手で都合がいい安っぽい物だとしても。その選択がどんな悲劇を生もうとも……私は、恐怖に捉われて視野狭窄に陥っているだろうから、そんな簡単な事実に気が付かなくなる。
そしてまた後悔するんだ。そんな未来を分かっているから……隠していたのに。
「……死ぬのは恐いよ。すごく、すごく恐い。……でも、私は……償わなきゃ。もう、私は誰かを犠牲にしたくない。どんな偽善を並べ立てても……私は、もう我慢出来ない。だから私は……自分の罪を償う為に、自己満足だけど……皆を助ける為に――ここに、居るの」
――それが、私の本当の気持ち。
ずっと隠してきた……心からの思い。
墓場まで持ち込むつもりだったのに……彼にかかれば、気持ちを暴くのですら簡単なのかな。
私の声が無くなれば、広場はさっきとは違う静寂さに包まれた。
まるで時が止まったかのような気分になる中、
「……そっか。それがローラの気持ちなんだね。うん、良かった。ローラの気持ちが聞けて、本当に良かったよ」
目の前に居る彼が、微笑んだ気がした。
いつもと全く変わらない、穏やかで優しい笑みを浮かべて――、
「――これで僕も、心置きなく“精霊樹”に逆らう事が出来るよ」
「……えっ……?」
――彼らしい、自分の信念を貫いた言葉を。在ろう事か、村長様と“虹の翼”の前で、至極当然のように言い放った。
「……何を、言っているの……?」
信じられない。先程の暴露などとは比べ物にならないほど呆然とした私は、
「――“精霊樹”に、逆らう……? そんな事……出来る訳が……」
「出来るよ。僕なら、絶対に」
そんな彼の力強い断言に私は自然と俯いていた顔を上げた。
包帯に隠れて何も見えなかったけど、それでも太陽の陽射から陰を生み出すそのシルエットからは、
「それが、皆の最後のお願いでもあるしね」
揺らぐ事の無い、彼の闘志が燃え盛っていた。絶対に成し遂げるという、気迫の笑みが。
私と同じように呆然としていた村長様は、
「……レオ、貴様は……」
彼の言葉を何度も呟く事で漸く自体を飲み込み、
「貴様は何を言っている! “精霊樹”に逆らう? そんな事をさせる訳には行かない!!」
明らかな怒気を含んだその声と共に村長様は下ろしていた短剣を構え、
「――――森羅万象を司る炎の精霊よ」
村長様が走り出すより早く、彼の凛とした詠唱が響いた。
その一節は、七年前に一度だけ聞いた……“召喚術”の一節。
彼の生き様を、信念を、心の奥底で燻る感情を、そして決意を表す……偉大なる、魂を持つ“大精霊”が一人。
「怒り狂う灼熱に飲まれろ、地獄の焦土と化す荒野を歩け、全ては我が鋼の意志! 具現せよ、『大精霊イフリート』!!」
彼を中心に、炎の渦が天へと昇った。
確かな熱さを感じるのに、火傷などしない温かみを持つ熱風が私を包み込み、
「――灼熱に燃える炎の力よ、今こそ出でて全てを紅蓮に燃やし尽くせ! 『プロミネンス・ツヴァイ・イフリート』ッ!!」
聞いた事の無い“術”の“詠唱”を唱え――“魔術”とも“精霊術”とも“召喚術”とも違う、圧倒的な魔力が彼から具現した『イフリート』に流れ込むのを感じた。
これ程の強大な“何か”を発動させる為には、それ相応の魔力が必要になる。だというのに……彼は今、一般的な魔力保有量の数十倍は軽く越える量を『イフリート』へと送っている。
一体どこにそんな魔力を保有していたというのか……吹き荒ぶ熱風に混じって、微精霊達が彼に力を分け与えているのも同時に感じた。
多分、この莫大な量の半分以上は微精霊達の助力のお陰なんだろう。でも、それでも……、
「……は、あっはっはっは! まさか、人の身の分際で“魔法”を行使するか! 随分と古い術式を使うな――この、化け物め」
殺気が、拮抗する。
太陽が降臨し、全てを焦土へと変える為に力を振るう。
そんな煌きの中で、村長様の高らかな笑い声が舞台の始まりを告げる。
私の許容範囲を軽く越える……もう、次元が違う戦いだった。“魔法”が何となく最上級の“魔術”だというのは分かったけれど、“魔法”と“魔術”、“精霊術”と何が違うのかもう訳が分からないし……村長様の狂ったような笑い声が、私の体を硬直させ、
「……頼むよ、『イフリート』」
彼の言葉で、大精霊は力を振るった。
具現した時とは比べ物にならない灼熱を纏った風が更に吹き荒れ、高温の火の粉を周囲に撒き散らして、吼える。
言葉にならない、けれども意思の篭った“精霊”の魂を。
袴の鈴がけたたましく鳴り響き、
「こっちだよ!」
私の手は彼によって取られ、そのまま走る。
途中で何かを拾う素振りがあったから、多分彼が現れた方角へと走っているのは分かった。
でも何がなんだか分からなくなった私はとにかく我武者羅に足を動かし、
「――レオ、逃げすつもりは無い」
村長様の聞いた事の無い声が私達に向かって投げかけられ、
「成程。“精霊樹”様に逆らえるだけの意思と力を持った人間か」
不自然な程、風に遮られる事無く聴こえた“虹の翼”の独り言は、
「――道理で、“黒翼”が気に入る訳だ」
気になる言葉を聴き返すことなどは当然出来ず、私と彼は広場から逃げ出し只管走った。
前回に引き続き、ちょっとだけ“魔術”について説明を。
基本的に、“魔術”とは人の身では決して起こせない超常現象を“精霊”の力を借りて起こす為のものです。
“魔法陣”が起こしたい現象、“詠唱”が力を借りる為の会話、“魔力”が対価と考えてもらえれば分かり易いですか?
“精霊術”とは、この中の“詠唱”と“魔力”だけで術を行使する事で、要は『炎の弾丸を生み出したいからよろしく』みたいな、会話だけで超常現象を起こす事です。これが出来るのは、精霊と一心同体になる位仲の良い人か存在そのものが精霊の“守り人”位です。
んで、“魔法”とは一体何なのかですが、詳しい説明は第1章の中でします。
一言で説明するなら、チート。これで察して下さい。
ちなみに、村長様もチートです。ローラ? 彼女は普通です。あくまで、普通です。これ重要。