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精霊樹の守り人  作者: Anzu
第0章 小さな村の大きな悲劇
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愚かな過ち②

「レオ、貴様がどうしてここに……いや、一体何をしている!!」


 思わぬ乱入者に対し、真っ先に声を張り上げたのは村長様だった。

 村長様は隠し持っていた短刀を抜いたらしく、金属が滑る音が波紋のように広がり、


「貴様! この場を何だと心得る! 神聖なる儀式の場に、何故現れた、理由を述べろ!!」


 まるで仇敵に接するかの如き殺気を放ち、彼に問い掛ける村長様。

 彼は、


「……申し訳ありません、村長様。“巫女”様の儀式に乱入した事は責務は……負います」


 どこか感情の篭らない声音で言葉を並べ、


「……ですが、どうしても……“巫女”様に、お話したい事が御座います。この村の運命を決める、僕一人の判断では決して定めてはならない……重要な、案件です」

「重要な、案件……? っ、まさか、“あの事”か!?」


 “あの事”が何の事か、私には分からないけれど……どうやら、それは彼と村長様の間では大きな問題みたいで、


「レオ……貴様にそのような権利は無いと言った筈だ。それを忘れたか?」

「いえ。ただ僕は……“皆”との約束を果たしに来ただけです。それが、何か都合の悪い事だとでも仰るのですか?」

「ああ、そうだ! 貴様がここに居る事自体全てが都合が悪い! もう一度言う、レオ。今すぐこの場を立ち去れ。さもなければ、私は貴様を斬る。そして……貴様に、権利など存在しない」


 ……一体、二人は何を言い争っているの……?

 感情の篭らない冷たい声と有りっ丈の感情が込められた声が響き渡り、


「――村長様、何を勘違いしておられるのですか?」


 ……ああ、彼は……彼が、勝った。

 微かに“虹の翼”が息を飲む音が聞こえた。そう、いつもの穏やかな彼らしくないこの表面が冷たくて……奥底に侮蔑の感情を隠した彼の表情は、笑みを浮かべているにも拘らずに……とてつもなく、恐怖を感じるのだ。見下されていると分かっているのに、反感を抱けない。僅かにでも逆らえば――次の瞬間どうなるのか、痛いほど感覚的に判っているから。

 そして、この冷笑を浮かべて感情を押し殺す彼には……誰も、勝てない。それが、どんな悪鬼羅刹も平然と行える村長様であろうと。

 七年前のあの対立でさえそんな表情を微塵も出さなかった彼がこの本性を曝け出す時は……彼なりの優しさの表れ。

 暴力に訴える事無く穏便に済ませてやろうという、無言の勝利宣言なのだから。

 今の私には、彼や村長様の表情は全く分からないけど……でも、見える。聞いているだけでも凍えそうな空気が村長様を支配し、戸惑っている構図が。


「……レオ、貴様は……ッ」

「村長様。今、僕がお願い申し上げている事は、村長様のお時間を頂く事です。幾ら“巫女”様と云えど、“貢ぎ物”として捧げられた以上……そこに居るのはただの“捧げ物”。権力どころか、人権すらも持たない物に、一体何が出来ると思っていらっしゃるのですか?」


 彼の口から出た“物”という言葉に、今度こそ完全に村長様は呑まれた。まさか、彼が私の事をそういうとは思っていなかったんだろう。私も、彼がそういうとは……思ってなかった。

 ズキンッと僅かに痛む心に、だけどどうして彼が私と話したがっているのか……疑問に思った。


「……改めて、村長様にお願い申し上げます。どうか、僕に貴女様のお時間を頂けないでしょうか。どうしても……“巫女”様に伝えたい事が御座います」


 早朝の冷たい空気が、場に支配していた雰囲気をも包み込んだ。


「……し、しかし……」


 精神的に襲い掛かる無言の圧力の中、村長様は声無き声で小さく異論を呟き、


「――いいだろう」


 今まで傍観を決め込んでいた“虹の翼”が、この争いに勝敗を上げた。


「貴様が一週間前に“精霊の住まう森”で多数の“守り人”に引けを取らなかった人間だな。……たかが人間と侮っていたが、『イフリート』の加護を持つ“精霊の寵愛者”ならば、あの程度蹴散らす事は簡単であったか。――貴様、名は何と申す?」

「……“トラヴィス”の家名を受け継いでいた、レオと申します」

「……レオ・トラヴィス……あの“トラヴィス”から、まさか“精霊の寵愛者”が生まれるとはな」


 どこか面白味を帯びた言葉を呟いた“虹の翼”は、


「……貴様のその技術に面して“五分”の猶予を与えよう。ただし、その刃物はそこに置いてゆけ」

「……寛大なる対処、感謝致します」


 相変わらず淡々とした声音で彼は言い、鞘に収められた二刀が静かに重ねられる音が響いた。

 ――そして、


「……やっと、話が出来るようだね」


 彼は私の目の前でそう話し掛けた。

 先程までの冷笑や冷徹さなど微塵の感じさせない、全くいつもの彼に戻って。

 対して、私の顔は強張った。……会いたかったけど、会いたくなかった、そんな彼を前にして……何を口にすべきが、どんな表情を浮かべればいいのか、分からなかったから。

 そんな私だけど、彼は全く気付かない振りをして、


「……村長に言ったね? 僕を社に近づけるなって……お陰で、少し訊きたい事が在っただけなのに一週間も待たされたよ」


 声音からでも判断出来た。いつも通り、穏やかで優しい笑みを浮かべて……純粋に本音を言っているのだろうって。

 だけど、今は……彼のそんな声、聞きたく無かった。

 だから私は、出来るだけで平坦で興味の無い声を作って、明らかな拒絶を込めて言う。


「……何を、聞きに来たんですか?」


 出会った当初のような、警戒心を露にした声。どんなに察しが悪くても……ううん、彼なら、今の態度で私が彼と話したくないって絶対に気付く。

 なのに、彼はそんな私の“フリ”を見抜いているのか、


「後悔していないのかい?」


 私がずっと自分に言い聞かせ続けた――それを、真っ向から打ち破る言葉を放った。


「これが最善の策、“巫女”ローラ……彼女一人の犠牲で村は救われる。……本当に、そんな選択に後悔していないのかい?」


 ……私は、答えられなかった。

 ずっとどこかで思っていた、もっと他に良い方法があったんじゃないか、違う選択も出来たんじゃないかって……私は、ずっと考えていたから。

 だって、私は今まで大勢の人達を犠牲にしてきたから。だから、今度は私が犠牲になる番だって。

 この方法が良い、これ以外は駄目だったんだって……そう、ずっと言い聞かせていたのに……、


「ねぇ、ローラ。本当にこれでいいのかい?」


 ……どうして、


「誰かの犠牲で村を救うなんて、そんな方法が正しいって思うのかい? 今まで自分がしてきた事を、今度は自分に当て嵌めて考えてない?」


 ……今になって、こんな言葉を掛けるの?


「これが最善の策だなんて、馬鹿な事……認めているの?」


 ……やっと、こんな時になってやっと決心がついたのに……、


「――答えてよ、ローラ」


 ……どうして、いつもと変わらない優しさで……決まっている答えを言わせようとするの? どうしてそんな事を聞くの? そんな事の為に態々来たって言いたいの!? 

 ……だから、会いたくなかったのに。

 ……レオに会ったら泣き言を言いそうで恐かったから、来ないで欲しかったのに……!

 どうして、どうして……。

 ……結局私は、何も答えられなかった。

 そんな私の様子を見て、彼は静かに笑みを浮かべて、


「――僕は、犠牲によって救われる命があってはいけないと思ってる」


 唐突に話し始めた。


「……僕は故郷を捨てた。“道具”という名の“犠牲”によって繁栄していく民や……己を顧みず、只管過ちを繰り返すだけのどこまでも愚かなあの場所が……僕は心底嫌いだったから、だからあの町から出て行った。大切な弟を置き去りにしたのは、所詮弟も奴等と同じだと思ったからだった」


 どこか寂しさの混じる声でただ言う。


「でもね、それって結局言い訳なんだよ。僕は、ただ自分の思い通りにいかない事が嫌だった。その原因をあの場所や環境……周りの人間に押し付けて、僕の身代わりに“弟”を置いて、僕は逃げた。言い方を変えればね、僕は弟を“犠牲”にしたんだよ。不条理な現実や……僕がこんな風になったのは、全部弟が居たからだって。弟が“異端”だったから、僕も“異端”にされたんだってね」


 自嘲気味に喋る彼に、


「……嘘……」


 私は思わず、返事を返してしまった。

 だって、そんな事……彼は微塵も出してなかった。

 自分とは考えが違うけれど、大切な弟だって……言ってたのに、


「……そんな風に……思っていたの? ……たった一人の、弟だって……笑っていたのに……?」

「……そうだよ。ずっと……弟が周りに認められるようになってから、かな? その頃から……僕は、弟が憎くて憎くて仕方が無かった。僕の行動は間違ってなんか無いのに認められる事は無い。なのに、弟は……何をしても認められる。例え、僕と同じ行動を取ったとしても。そんな理不尽が僕は許せなかった。弟に何一つ責任は無いのに……勝手に弟の所為だって決め付けて、一方的に嫌っていたんだ」


 ……知らなかった。今まで、レオが……そんな思いを抱いていたなんて……。


「馬鹿だよね、僕。本当は周りの環境が悪かっただけなのに……勝手に逆恨みして、弟の好意を利用して……僕が逃げる為の“犠牲”にした。……最も、多分弟は気付いていたけどね。僕が嫌っていた事……憎んでいた事。それでも、心配して送り出してくれた。全部気付いていて……僕を大切に思ってくれていた」

「……いつ、気付いたの? 自分が……間違っていた、事に」

「……そうだね。思い切って言うけど……僕は最初、ローラの事嫌いだったんだよね」


 ……えっ?


「理由は単純で物凄く理不尽だよ。ローラは、僕が持っていない物全てを持っていたから。何をしても認められない苛立ちを他人の所為にする僕とは違って、ローラは純粋に他人を思いやって行動出来る。今だってそうだよ、ローラは村の為に行動している。そんなローラが眩しくて……同時に、墜としてやりたかった。僕が味わった絶望を、味合わせてやりたかった」


 ……本当に、私は……彼の事を、何も……知らなかった。そんな風に思っていたなんて……微塵も気付かなかった。


「あの時はね、本当はこの村の伝承とか悪意とか心底どうでも良かったんだよ。精霊に依存していた僕は『イフリート』の頼みを碌に考えないで引き受けて、それを利用してこの村に来ただけだった。村に滞在する為の小芝居も同じ理由。……まぁ、随分と浅はかな考えだなって振り返ってみると凄い思うよ。この右目も、そういう意味での自業自得だったしね」


 それは納得出来た。私の所為じゃないと言ってくれた裏に、自分への嫌悪からくる物も有ったんだと分かれば。

 けれど、彼は……どうやって、自分の過ちに気付いたの?


「……薄々、気付いてはいたんだ。弟を騙して、精霊に依存して、ローラまで利用しようとして……でもそんな事をして、本当に良いのかって。これじゃあまるで……あの人達と、同じじゃないのかって」

「……レオ……」

「……それに気付かせてくれたのは、ローラ。君だよ」


 ……わた、し……?


「僕とローラは、決定的に違う所が一つだけあった。それが……逃げない事。決められた運命に抗う事はあっても、自分の境遇や柵から現実逃避する事は無かった。諦めて逃げるのを止めるのではなく、それを認めて抗い続ける。その姿を見て、僕は初めて自分が彼等と同じ過ちを犯していた事に気付いた」


 不思議そうな表情をしていたのは、どうやら彼も分かったらしい。

 包帯越しに伝わる彼の温かい笑みに、


「僕はいつのまにか自分すらも“犠牲”にしていた。それは、ローラも同じだった。ローラは、僕なんかとは違って優しい人だ。心から他人を思いやれるからこそ……自分の事は二の次になってしまう」


 彼は自然な動作で私の両手を取り、握った。


「ニーニャも言っていたしね。『ローラはどこまでも自分を犠牲にする。その結果あたし達が悲しむ事になっても……あの子は、それでも自分を犠牲にする』。でも、その犠牲が悲劇しか生まない事を僕は身を持って知っている。だから――僕は、そんな悲劇を繰り返したくない」


 次の言葉までには間があった。

 ゆっくりと、彼は……



「――だから、僕は聞きたいんだ。……君は、どう思っているんだい……ローラ?」

 少しトラヴィスについて説明を。

 まず、レオが生まれ育った南の港町ですが、世界全体の総人口数は少ないので“町”でありながら南方では一番の“都”でもあったりします。『トラヴィス』とはその港町を治める領主……つまり、レオは領主の息子として育てられました。が、その領主=父親の蛮行によって港町全体は精霊=道具という認識で成り立っていたので、“虹の翼”はそんな人間達から“寵愛”される人間が出た事に興味を持った訳です。

 レオも最初は精霊を道具として思っていましたが、まぁ何か切っ掛けがあったんでしょう。段々精霊と一個人としてみるようになり、これが父親達との確執に繋がり、こうしてレオはひねくれていき、人間ではなく精霊に依存していくようになった結果“精霊の寵愛者”として居場所を手に入れたんです。

 レオとは対照的に、弟は相反する二つの意見を間近で見ていたので、レオの考えも分かるけど領主達の考えも分かる、という見解をするようになり、これがまたレオの古傷をぐいぐい抉る訳ですよ。可哀想な立場ですね、弟。

 現段階ではレオと弟の話は考えてませんが、その内書くかもしれませんね。一つ、面白い話を思いついたので。

 ちょっと長くなりましたが、今回はこの辺で。

 最後まで読んでくれて、ありがとうございました。

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