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精霊樹の守り人  作者: Anzu
第0章 小さな村の大きな悲劇
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愚かな過ち①

 ――これで良かったんだ。

 何度も何度も自分に言い聞かせ続け――あの日から一週間が経った。

 誰とも会う事無く社に篭り続け……そして、今日が“巫女”としての……私の最期。

 自らを捧げる事が“巫女”としての最期の役目。だから私は、村を……皆を救う為に行くよ。

 そう、後悔なんてしていない……絶対に、して……いない。だって、私は――。




 今日も静かで平和な日常、その幕開けだった。

 “貢ぎ物”として捧げられる人が必ず目に巻き付ける特殊な包帯の所為で、村の状況や皆の様子は分からなかったけれど……それでも、微かな騒音から聴こえる音は私の大好きな“日常”。

 太陽が眩しく輝き、風が慈しみながら流れ、静かだけれど活気に満ちた皆の声は騒がしくも楽しげで……とても温かい。

 精霊に依存するこの世界の中で、それでも今ここに生きている人達は……皆自分達の力で自活し、時に励まし、時に笑い、時に力を借りて……必死に生きている。

 私は、そんな日常が好きで好きで堪らなくて……生きていく事が、嬉しかった。

 けれど、そんな日常も……今日で終わる。

 私は“貢ぎ物”として捧げられ、二度と日常を過ごす事など出来なくなる。でも……やっぱり、後悔なんてしていない。そう……思い込みたいたかった。




「本当にこれでいいのか、ローラ?」


 村人達に悲しい思いをさせまいと望んだ私の願いを叶えてくれた村長は、その日……まだ皆が寝静まっている早朝に、私を迎えに社までやってきてくれた。暫くの間、村長様はずっと黙っていたけど、漸く躊躇いがちながらもそう声を掛け、私はせめて声には出すまいと懸命に動揺を隠した。


「……はい。私の命で村を救えるのだから……後悔なんて、していません」

「……そうか」


 その答えを聞いて村長様は迷いが吹っ切れたのか、まるで壊れ物を扱うかのように繊細で丁寧に私の髪を結わき、最後に綺麗に整えてから……今度は確認するかのように問い掛ける。


「ローラ、本当にいいんだな?」

「……いいんです。だから、村長様は村の事だけ考えていて下さい。それが……私の望みです」

「……そうか……そうなのだな」


 一週間、何度も社の前まで足を運んでは同じ疑問をぶつけていた村長様は、どこか悲しげな雰囲気を漂わせながらも、ふぅ、と溜息を吐き、


「ローラ。……私はこの村を治める村長の立場として誓おう。この犠牲を……いや、過去の過ちはもう二度と繰り返ぬ、と」


 そこに込められた決意に私は頷き、


「……はい。けれど……無理はしないで下さいね、村長様?」

「……ああ、あり難く受け取っておこう」


 本当に小さな笑い声を上げて村長様は私の手を引き、


「さぁ、行こう」


 ずっと閉まっていた扉を開け放った。




 村長様の計らいで“虹の翼”が来るのは正午だと啓示が出されていた。本当は早朝の時間だというのは……私と村長様しか知らない事。

 だから案の定、広場にはまだ誰も来ていなかった。ううん、来てなくて本当に良かった。

 私が“貢ぎ物”になる事を最後まで反対していたアル達や……彼に、悲しい思いをさせなくて済むから。私の中でお別れは……もう、とっくに出来てもいたしね。

 最初に“巫女”として“貢ぎ物”を捧げた時から……或いはずっと前から、私は覚悟していた。

 村を守る為という免罪符を掲げて手を血で汚してきた私の最後が……幸せに終わる事など無いって。

 だから、私はすんなりと納得出来た。本来、“精霊樹の巫女”はそういうモノだから。

 神という存在に等しい“精霊樹”の神託という名の命令を叶える為の駒、それが“精霊樹の巫女”。彼が教えてくれたのは……そんな残酷な運命に位置する哀れな人間の末路。

 ただ鵜呑みにしていても、大人しく従っていても、反旗を翻しても……最後は必ず、“巫女”自身が“生贄”となって全てが無かった事にされるという歴史。

 その真実を伝えてくれた彼は……ニーニャと一緒に、そんな運命にはさせないと言ってくれた。それが……すごく嬉しかった。だから、私はこの結末を選んだの。

 私の世界を……守る為に。

 そんな思いを抱きながら、私は村長様の手に引かれて、袴の裾についた鈴を鳴らしながら一歩ずつ足を進める。

 心地良い鈴の音は、私が一番好きな音であり、ニーニャと親友になった時に彼女がプレゼントしてくれた大切な宝物。二つで一つの対の鈴は……片方は私が、もう片方はニーニャが持っている。離れていても……すぐに居場所が分かるように。守ってあげられるように。そんなニーニャの思いが詰まった……大きく、しかし騒音ではない涼やかな音。チリンッと、そんな音を静寂を破るように響かせて私は歩く。

 しかし、そんな舞台は長くは続かず――突如として、上空から暴風が現れる。

 翼をはためかせる力強い音が鈴の音を越えて響き、


「――あれより、一週間。“精霊樹”様の言伝により“貢ぎ物”を受け取りに参った」


 一週間前と全く同じ“守り人”……“虹の翼”は厳かに告げる。

 村長様は、


「……では、ローラ。別れの時だ」

「はい。……今まで、お世話になりました。どうか、お元気で……村長様」


 最後に村長様は私の手を強く握り――静かに、手を離した。


「……この村の長より、偉大なる“精霊樹”様へ。此度の一件、これにてお許しを願いたい」

「“精霊樹”様の答えは最初から決まっている。これで再び、元に戻る事となろう」


 二人の短い遣り取りはあっという間に終わり……私は足を踏み出した。

 チリンッと。鈴の音は響き、すぐにその音は“虹の翼”の前で途絶える。

 見えないながらも、確かにそこに存在する“虹の翼”に向かって私は跪き、手を上に掲げる事で戦意は無い事を表して……言う。

 “巫女”としての、最後の仕事。その……言葉を。


「――この村の“巫女”、“精霊樹”様の神託により喜んで“貢ぎ物”となりましょう」



 ああ……これで、もう――運命は変えられない。



「……良かろう。これで“精霊樹”様も……納得される」


 “巫女”が自らを捧げる際の定例句に……“虹の翼”は再び翼を羽ばたかせる。

 真正面から襲い掛かる冷たい風に、私の髪や服は激しく乱れる。

 そう、“虹の翼”は一度上空へと飛び立った後……私を“精霊樹”の元へと連れて行く。その後……私は、殺されるのだろう。

 まるで他人事みたいに私はそんな思いを浮かべながら、ただじっと待った。

 気分はまるで……死刑宣告を待つ罪人のよう。私自身、未だに実感は無いんだけど。


 でも……本当に、私は死んじゃうんだね。

 長いようで短かった人生……その中で一番良かったのは、ニーニャと親友になれた事。そして……彼と出会えた事。もし二人が居なかったら……私は、人形のように淡々と“巫女”の職務を全うし……何の罪悪感も無く人を殺していた。それだけじゃない、毎日を何の感慨も無く過ごしていた。

 そんな風にならなかったのは……二人が居てくれたおかげだよ。


 ニーニャ……私は、ニーニャとは親友になれないと思っていた。

 だって、私は――ニーニャの大切なお姉ちゃんを、この手で殺してしまったのだから。

 恨まれて当然だと思っていたのに……ニーニャは、私を許してくれて、親友になってくれた。あの時は本当に嬉しかった。だから……この結末は、当たり前だよね。

 ……後悔は、していない。でも……心の奥底では、死にたくないって思ってる。多分、それはニーニャも抱いた感情だと思う。


 けれど、その思いを封じてこの場に居られるのは……彼、レオのおかげ。


 レオ……私は知っているよ。貴方が、本当は裏表のある人だって。レオはお人好しでとても優しいけど……それは打算があるからこその優しさなんだと。嘘を吐いたり騙したりするのは好きじゃないって言っていたけど……それも、打算的な物なんだって。そうじゃなきゃ、あの時……七年前、わざと私に近付いたり右目に攻撃を受けたりなんかしていない。

 でもね……私は、それでも良かった。

 レオと出会えた事が、今まで無意味に生きてきた人生が華やかな物になった事が……平和な日常を愛する事が出来た事が嬉しかったから。

 だから……レオには感謝している。結局、告白なんて出来なかったし、そんな資格私には無いけど……それでもいい。レオと過ごした日々が、私にとって何物にも換え難い宝物なのだから。


 ……レオ。今までありがとう。レオがここに居るから、私は村を……貴方を守りたい一心で、今ここに立っていられるの。

 本当に、ありがとう……そして、さようなら。レオ。


 風が吹き荒れる轟音の中に、小さく鈴の音が響く。

 まるで別れを惜しむようだ……というのは、都合が良いかな?

 でも……これで、いいんだ。……そうこれで。


「……これで、最後だ」


 風と鈴の中に“虹の翼”の声が混じり、私を包む込むように風が舞う。

 “精霊樹”の元へと、私を連れて行く為に風が浮き上がろうとし――







「――お待ちください、“守り人”様!」







 一週間ぶりに聞いた――会いたくて仕方がなかった彼の声が、“虹の翼”の歩みを止めた。

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