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精霊樹の守り人  作者: Anzu
第0章 小さな村の大きな悲劇
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日常の崩れる音②

 鬱蒼と生い茂る森とはよくある物語の一文だが、“北の森”は正にその言葉通りのどこまでも不気味で先が見えない森だった。……まるで、身も心も全てを取り込んで離さない深く暗い闇のように。

 そう私は思いながら、彼の背中を追いながら一歩ずつ歩いていた。


「……当たり前だけど、誰も居ないね……」

「……こんな所に入るなんて自殺行為に近いから……生きて帰って来た者なんて、居ないんじゃないかな?」


 ……それ、貴方の事だよね?

 そう思いながらも、口に出したら現実となりそうで私は言えなかった。

 代わりに、村では訊けなかった、或いは答えてもらえなかった質問を繰り返した。


「ねぇ、レオ……ここには何が在るの?」

「……“守り人”が本当に“精霊樹”から生まれてくる存在で、僕の推測が正しければ恐らく――」


 その言葉の続きを語らなかったのは、真っ暗な森の中で謎の咆哮が上がったから。人とも獣とも区別がつかない、獲物を狙う……本能が恐怖を訴える声。

 声が響いた辺りを彼は気配を殺して観察し、


「……ローラ、見つからないように気を付けて」

「うん……」


 私は不安から無意識の内に彼の服の裾を掴み、だけどそうと認識出来ずに彼の後を付いて静かに横道に逸れる。

 それと同時に、ゆっくりと漂う人影が見えた。影から窺えるのは、決して幻想的では無いのにどこか神秘的な雰囲気を感じさせる存在で……多分、この感じは“守り人”。

 私と彼の認識は同じだったようで、二人揃って顔を見合わせて、


「……あれは、“守り人”だね……」


 殆ど無声音に近い囁きに頷き、私は空中を漂いながらゆっくり近寄ってくる存在に過剰な位神経を集中させる。

 やがて、木の葉一つ動かさずに現れたのは、暗闇の中でも鮮明に光る白銀の翼を背中に生やした“守り人”だった。ただ、いつも私達人間の前に現れる“守り人”とどこか様子が違う気がした。そう、いつも私の前に現れる“守り人”が人格を持つ人形だとしたら、私の目の前に漂う“守り人”は……精巧に作られた人間、それとも心神喪失した綺麗な人形かな……どちらにしても、怖い事に変わりは無いけれど。

 速度を変えずに進む“守り人”に居場所を知られないように細心の注意を払いながらも、彼は鞘から手を放さずに、


「……目が死んでる……いや、もしかして自意識が無いのかな……ううん、そうみたいだね」


 的確な彼の分析通り、“守り人”の目は虚ろで何も“映っていない”。あれは、ただ“精霊”を求めるだけの……暴虐の限りを尽くす存在、だという事みたい。

 そのままゆっくりと通っていく“守り人”が居なくなってから、私は不安で出せなかった疑問を口に出した。


「……そもそも、“守り人”は“精霊樹”を守る為だけに生み出された存在だと思っていたけど……でも、だったら“精霊樹”がある筈のこの森にもっと大勢の“守り人”が居る筈なのに……今まで一人も見かけなかったのは、少しおかしくない?」

「……僕の港町にも“守り人”は居なかったよ。もちろん、この村にも。……“精霊樹”は反逆を許さない事で有名だ。なら不安要素である反乱物資を始末する為にもっと大勢の“守り人”の姿が確認されている筈だし、ただの見張りもまた同様……これは、“精霊樹”にそう出来ない理由があるのか、もしくはそれだけの数は存在しないのか、だね」


 ここに来て初めて抱いた“守り人”への疑問。

 それを確かめる方法が、この奥にあるんだね……。


「行くよ、ローラ」


 彼が静かに歩を進めていく後ろを、やはり私は服の裾を掴みながら付いて行った。




 何度も緊張しながら“守り人”をやり過ごし、やがて森の中心らしき場所で見えたのはあまりにも小さな祠だった。苔だらけで粗末なそれは、何十年も人の往来が無い事を示す証拠で、あるとされてきた“精霊樹”らしき物は何一つ無かった。それ所か、ここには全く“守り人”が寄り付かないのだ。

 村で習った伝承が確かなら、常に“守り人”達が守護し、中心に大きな大樹が聳え立ち、その周りを精霊達が舞い踊って居る筈なのに……これは、一体どういう事なんだろう?


「……誰も、何もない……」

「うん、祠しかないよね……これは結構古いな、最低でも二十年以上も前の物だよ」

「……面積から考えると、ここが森の中心……なんだけど……本当に、何も無い。祠なんて、伝承には一言も書かれていなかったよ」


 彼は辺りを見渡して、それからもう一度祠に目をやった。

 固い材質で出来た木彫りの祠。軽く爪で苔を落としてみると、意外にもしっかりとした装飾がされている。中に入れられるだけの空間は存在していたので、鍵の付いていなかった扉を開けて中を見てみるも、そこにも何も入っておらず、収穫らしい収穫は無かった。


「中は空洞だし……本当に、ここに秘密が隠されているの?」

「……うーん、この様子だと僕の推測は外れたかな?」

「かなって……そんな簡単に言わないでよ」


 あんな大袈裟でいかにも真実ですって態度で語った割りに、それはあんまりじゃないの?


「それとも、時期や時間が悪かったのかな……でも、一人でも多くの“守り人”を生み出すにはやっぱり人間を喰らう事がここでは効率がいい筈だし……」

「確かにレオが来た頃は“貢ぎ物”を捧げる頻度は高かったけど……でも、それはもう昔の話だよ。ここは辺鄙な場所だから滅多に旅人も来ないし、来たとしても絶対にこの森には近付かない。それは私が断言するよ」

「……となると、やっぱり――」


 彼は何かを話そうとして、森の茂みが僅かに揺れた音に反応し、


「ローラ、隠れて!」


 その言葉に私は慌てて彼の後に続いて身を隠した。

 そのすぐ後から現れたのは……生気の抜けた表情をした“守り人”。絶対に祠に近付こうとしなかった“守り人”が一体どうして……?


「……何をする気なんだ?」


 私達の疑問は、すぐに晴れる事となった。

 祠の前まで危なげな足取りでやってきた“守り人”の輪郭が突如としてぼやけ、光の粒子となった精霊がゆっくりと抜け落ちていくのだ。

 その光景は、


「精霊の枯渇……!」


 まぎれもない“精霊の枯渇”と言われる現象だった。

 村に限らずこの世界には、精霊を力とする道具などが在る。呪いを刻んだ器に精霊を招き、力を貸してもらう……或いは無理矢理力を吸い取り、様々な恩恵や現象を具現させる物だ。呪いの効果や精霊が限界まで弱まると、微かな光の粒となって精霊はゆっくりと天へと昇っていきやがて消滅する。この光景を私達は“精霊の枯渇”と呼んでいるのだ。

 だけど、この場合は少し違った。

 砂が崩れていくように精霊が抜け落ちて、“守り人”はまるで最初から何も無かったかのように存在そのものが消滅した。

 ここまでは、魔法道具と同じ。だけど、次の現象は全く違う。

 “守り人”は消滅した。普通ならそれで現象は止まるのだが、しかし、抜け落ちた精霊は天ではなく祠へと引き寄せられるように集まるのだ。抜け落ちた精霊は祠の中で集まり、一つのより大きな存在へと拡張し……そこで謎の現象は収まった。

 後に残るは、不気味な程静かな夜の音だけ。


「……な、なんだったの、今の……?」


 他に“守り人”が居ないかどうかを確認してから、再び祠の前へと向かう彼に私は当然の疑問をぶつけ、彼は思案しながらも一つの可能性を提示した。


「……多分、再利用、だね。結局存在を保てなかった“守り人”は消滅し、しかし最後の瞬間まで残っていた精霊が祠へと集まり、微精霊達はまた精霊として誕生する。そして精霊達が“守り人”を存在させるまでに存在を大きくした時、恐らく――“守り人”は誕生する」


 それは、私でも納得出来る、至極筋の通る誕生話。

 けれど、


「でも、それだと精霊の数は少しずつ減っていくって事にならない? 抜け落ちた精霊……言い方は悪いけど、残った精霊達が集まっていっているんだから……」

「……だから、それを余所から補っているんだ――“貢ぎ物”という形で」


 私の背中が、今までで一番大きく凍った。

 それは、天敵とも言える“守り人”を……しかも存在を保てるかどうかも分からない“守り人”を補う為だけに、“貢ぎ物”は……皆は捧げられたのと言うの……? もしも、そんな事実を……ううん、可能性だけでも閃いていれば、私は決してそんな愚かな事はしなかったのに……。

 皆を守る為の行動は、皆を苦しめる為の結果を伴っていたなんて。私は……なんて事を……。

 自分の犯した過ちに苦しむ私を、彼は静かに見詰め……、


「……ローラ、あそこ!」


 突然、彼は右斜めの方向へと指を指しながら茂みに隠れ、私もその方向を目で追う。


「あれ、は……“守り人”……!」


 その先で見たのは、同じ“守り人”同士が戦っている所だった。

 “守り人”達は水の“上級精霊術”と風の“上級精霊術”を放ち、二つの巨大な“精霊術”は互いにぶつかり、大きな衝撃を伴って相殺する。

 吹き荒れる暴風を物ともせず、二人の“守り人”は大した反応も見せずにまた“精霊術”を発動させる。

 属性は変わらず、水と風。全てを飲み込む水と全てを切り裂く風が放たれ――今度は水が勝った。

 渦を巻く巨大な水が巨大な風の刃を切り裂き、一つの巨大過ぎる凶器となって“守り人”を真っ二つにした。

 普通なら、あの程度の傷など“守り人”はすぐに再生してしまうのだけれど、同じ“守り人”同士にやられた傷の場合、再生力は利かないようだった。

 先程見た物と同じ消滅が起こり、抜け落ちた精霊はもう一人の“守り人”へと吸収された。

 そして、


「まずい!」


 “守り人”は隠れている私達に向かって、迷う事無く真っ直ぐに“精霊術”を発動した。

 彼は慌てて私を突き飛ばし、水属性の応用である氷属性の大きな礫が先程まで私が隠れていた場所を寸分違わず貫き、


「いでよ灼熱の炎、野卑なる蛮行を持って彼の者を貫け。『レイジングショット』!」


 彼の手から放たれた炎の弾丸は彼を狙った氷の礫に激突した。

 激しい音を立てて氷が融け、


「降り注ぐ万感の陽射。『フレアライン』!」


 続け様に唱えた魔術が彼の手から放射状に放たれ、炎の線が“守り人”を貫き、まるで雨の様に激しくぶつかって燃やした。

 その間に私は油断無く杖を構えながら索敵を行い、周囲に他の“守り人”を確認してから、


「どうするの、レオ!?」

「ローラは逃げて!」

「レオ一人置いて私だけ逃げろって言うの!? そんなの出来る訳無いよ!」


 二人で話しながらも、間髪居れず“守り人”の水の“精霊術”が私に襲いかかる。


「盾となれ、疾風の煌き。『バリア』!」


 その様子を見ながらも余裕を持って魔術を唱え、杖の前に現れた風の障壁に激しい音を立てて水がぶつかり、後方へと飛び散った。


「敵は水の“精霊術”を使うんだよ! 炎の“精霊術”しか使えないレオには不利な状況だって分かっているでしょう!?」

「それでも、二人でいつまでもここに居るより、用事の無い方がさっさと逃げる方が良い!」


 彼は刀を二本とも抜き、


「『二刀・紅蓮剣』!」


 連続二回切りだけで噴出した水の放射を断ち切った。

 相性の面で言えば炎は水に弱い筈なのに、彼は純粋な温度だけで水を焼き切ったのだ。それは、彼にしか出来ない荒業で、


「……凄い……」


 こんな時にも拘らず、私の口からは感嘆の声が漏れた。最初に戦った時に私の最高魔術をあっさりと断ち切った彼の十八番の二刀で、今度はあの時より威力の上がった力技で相性の悪い水を焼き切った……本当に、どこまでも実力の底が見えない人だと思うよ。

 そんな私の思いには当然気付かず、彼は戦いながらも、


「僕は、まだ“精霊樹”が本当に“守り人”を誕生させているのか見ていないから、もう少しここに居る必要がある。だから、ローラは先に……」

「言ったでしょう、レオを置いて私だけ逃げられないって。流石のレオもこの森の“守り人”相手に一人は無茶だよ。だったら、私も一緒に戦った方がいい!」

「……それでも、だよ。ここで争いが起きている事はもう知れ渡ってる。もう少しで他の“守り人”も出て来る筈……それに、これ以上僕の我儘にローラまで付き合わせる訳には行かないよ。ね?」

「でも……」


 納得出来ずにいる私に彼は少しだけ微笑んで、


「……“守り人”の狙いが本当・・に村の殲滅・・なら、今頃村の方も窮地に立たされているかもしれない。村の戦力なんて村長だけだし、もしかしたら……最悪な状況になっている可能性だってある。なら、無駄な所で無駄に戦っているよりも、自分の村を守る方がよっぽど良いよ」


 彼は“守り人”が放った水の弾丸を巧みに捌き、


「……それでも、私は……!」


 尚も引き下がらない私に、彼はいつもの人を安心させる笑みを浮かべて、


「大丈夫、僕が強いのはローラだって知っているでしょ? だから、僕はこんな所で死んだりなんかしない。まだ……遣り残した事もあるから」


 彼は、


「……空に放浪せし無数の流星よ、今こそ大地を礼讃する! 『メテオドライブ』!」


 “精霊術”を唱え、隕石と同等の重さを持つ炎の塊を森に降らせる。

 一つ一つが落下する度に轟音が炸裂し、


「レオ!」

「行って、ローラ!」


 いつの間に接近したのか、背後から現れた“守り人”の攻撃を交わして二刀流で彼は攻撃する。

 華麗な二刀が燃え盛る森の中で鮮明に輝きを放ち、


「ローラ!」


 その力強い促しの言葉に、私は迷いを振り切って森の出口に向かって全力で走った。

 ……絶対に、彼は大丈夫。そう自分に暗示を掛けて。

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