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精霊樹の守り人  作者: Anzu
第三章 交錯する思惑
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『  』

 懐かしい夢を見た。


 眩しい太陽の下、幼い自分が楽しそうに笑みを浮かべ、穏やかに笑う両親と手を繋いで歩いている夢を。


 まだ世間知らずで純粋だった自分に、両親は様々な事を教えてくれた。

 精霊、魔法、騎士、物語、知識。

 良い事も、悪い事も、二人は分け隔てなく伝え、この世界は素晴らしいものでもあると断言した。

 そして、何が間違っていて何が正しいのか、自分の目で見て判断しないさいとも。


 小さな幸せも大きな不幸せも、今の自分を構成している大事な過去。

 その過去を忘れる事は無くても、思い出す事もなかったのに、何故今になって思い出したのか。


 理由は、きっとあるようでないのだろう。

 ただ、感傷的になっていただけ。


「――――リーン」


 ただ、最後の別れを告げたかった、だけ。


「――ねぇ、ちょっと」


 もう二度と――過去を省みない為に。


「――ああ、もう! 起きなさい、アイリーン!」


 だから、少し黙っていて欲しい。


 魔力で動く馬車の振動と麗らかな日差しの中、心地良い微睡みから強制的に覚醒させられたリンは、起こした相手――いつもの普段着らしい、桃色のワンピース姿の――ルルリエをじろりと睨み付けた。


「……何だ、騒々しい」

「……騒々しい、ですって?」


 ぴくっと、額と口元を若干引きつらせてルルリエは静かに怒りを堪え、


「……貴方、後で覚えておきなさいよ」

「……それで、一体俺に何の用だ」

「……そういう所が、更にムカつく……!」


 今度は歯を食いしばって、必死に罵声を飲み込む。


 その様子を、隣でうたた寝をしているエリーゼの髪を梳かしながらアルはどこか呆れた風に見詰め、


「……私達の今後について、よ」


 ルルリエは溜息を吐きながら、そう告げた。


 リン達が王都から脱出して、およそ三日。

 セラの言葉に従って街道を少し逸れた先にある森林を進み、事前に用意しておいたという馬車に乗り込んだ一同は、“守り人”の襲撃に警戒しながらも順調に北へと向かっていた。

 一先ずの目的地は、王都からおよそ百キロ先に存在する第二の首都、通称“学問都市”と呼ばれている、大陸最大の国立図書館が存在している街である。


 だが、それとは別に話し合いたいというルルリエの顔は真剣で、


「……各地を経由して、最終的には『エルフの里』を目指す。……それ以外に、何があると言うんだ?」

「まぁ、今すぐに急を要する訳ではないけど……でも、絶対に話し合っていけなければいけない事、あるでしょ?」


 ルルリエの言葉に、思い当たる節があるリンは、興味なさげに窓の外を見詰めていた視線を改めてルルリエへと向ける。


 言いたい事に見当はついている。だが、自分からそれを話すつもりはないリンと、リンの口から直接言わせたいルルリエの二人は互いに真正面から視線を合わせて決して逸らす事は無く、


「ふふ、まだまだ子供ね、二人とも」

「だな。少年を相手にするのなら、ある程度大らかな心を持たないと」


 その様子を、フィアとカインは微笑ましそうに眺めていた。


 カインはともかく、いつの間にか自然に混ざっていたフィアに、最初はリン達も警戒と驚きを隠せなかった。


 だが、


『え、だって貴方達、ノイン君と合流するのでしょう? だったら、丁度いいじゃない。乗せてくれたら、その分の働きはちゃんとするわよ? ……それに、お店、潰れちゃったしね……』


 どこか遠い目で告げたフィアに同情の眼差しが集中し、流される形で彼女は同行する事となった。

 リンも、フィアには色々と借りがあったので、表だって反対する事は出来なかった。


 そんなこんなで、なし崩し的にフィアを加えた一行は進んでおり、


「だ、だめです! あ、あの、ケンカは、やめてください!」


 険悪な雰囲気を感じ取ったガーネットは、小さい手を必死に伸ばして止めようとする。

 にやにやと生暖かく見守る大人と自分に出来る事を精一杯やっている子供。


 今更ながらに、ルルリエはガーネットの前で嫌な思いをさせてしまったかと後悔し、


「……はぁ。私が言いたいのは、アイリーン……貴方が、人間を止めたいのかって事」


 この言葉も子供の前では言う事ではなかったかと、言った後にルルリエは顔を顰め、


「……幾ら俺が復讐に取り付かれているとはいえ、お前達みたいになるつもりはない」


 ――既に、俺は半分人間ではないしな。

 その言葉は飲み込み、リンは素っ気なく告げる。


 そんなリンの態度に益々ルルリエのイラつくは増していくのだが、改めるつもりは全くないリンと意外と短気なルルリエの溝は埋まる事はないのだろう。


 笑いを堪える気などないフィアとカインは遠慮なく笑い、微睡みから少し覚醒したエリーゼはぼうっと馬車の中を見回す。


「……そういえば、先輩は~、どこに行ったの~?」

「……少し、寄り道をしてから合流するそうだ」

「ふぅ~ん……じゃあ、アル君~、着いたら起こしてね~」


 そう言って、エリーゼは猫のように大きく伸びをしてから再び丸まり、


「……相変わらずだな、エリーゼ」


 アルはそんなエリーゼをほっとした様子で見詰める。

 ルルリエもまた、呆れた様子ながらに笑みを浮かべて彼女を見詰め、


「さて、と。ノイン君は、今どこにいるのかしら?」

「先輩の話では、私達が学問都市に着く頃合いに向こうも到着するそうですよ……えっと、フィアさん?」

「フィアでいいわ。私、普通の一般人だもの」


 そうどこか悪戯っぽく笑うフィアに、カインは嘘吐けと肩を竦め、


「……いえ、フィアは普通の一般人です」


 窓の外から、突如としてセラの声が響き渡る。


 リン達が一斉に視線を向けると、屋根の上にいつの間にか飛び移っていたらしいセラは窓を伝って馬車の中へと入り、


「あら、セラじゃない。お久しぶり~、元気にしてた~?」

「そちらこそ、お変わりないようで」


 フィアが笑顔で手を振るのに、セラは無表情で淡々と答え、


「ああ。用事とやらは、終わったのか?」

「……ええ。少し、挨拶をしてきただけですから」


 カインの言葉に、セラはどこか戸惑った様子で応じた。


 その事にリンは人間らしさと感じるも、すぐにセラは元に戻り、


「予め、ガーネットには馬車の中で待機していて貰ったので何とかなりましたが、『エルフの里』に戻ったら、今度は王都に残してきた二人を連れてこなければいけません」

「……となると、先輩、今度はリオネスも呼ぶ事になるのか?」

「……いえ。アル達の戦力なら“黒翼”とも対等に戦えますが……もう少し、確実性が欲しいですね」

「……それは、ハーノイン・ゴールディの二の舞を防ぐ為に、か?」


 禁忌に手を染めたハーノインは、代償として自分自身と弟妹達を“精霊樹”へと捧げる事となった。

 リリーとアスベルもまたハーノインと同じ“精霊樹”の道具だからこその確実性なのかというリンの疑問にセラは迷わず肯定し、


「……何を犠牲にしてでも、誰かが生き返る事を望む……俺には、理解出来ません」

「……セラ先輩は、意外と分かってると思いますけどね」


 ルルリエは、眠そうに欠伸をしながら返す。

 彼女は目を擦りながらまるで当たり前のようにアルの肩に頭を預け、


「それじゃあ、アル。私の分もよろしくね」

「……俺は、お前達の目覚まし代わりじゃないんだが」


 アルの言葉は聞かず、ルルリエはそのまま目を瞑って数秒で夢の世界へと旅立ち、


「はは、仲がいいな、君達は」

「ええ。とっても微笑ましいわ、ねえカイン君」


 いつの間にか眠っていたガーネットをゆっくりと膝の上に寝かせ、フィアはリンへと視線を移す。


「エミリアちゃんなら、ローズちゃんが責任を持って面倒を見るそうよ。ふふ、それにしても本当にエミリアちゃんは凄いわね。少なくない敵対心を持っていたローズちゃんですら、味方に引き込むのだから」

「……昔から、エミリアはそうだったからな」


 こちらがどれだけ敵愾心や警戒心を抱いていても、エミリアは容易く交わして心に入り込む。不快感が起こらないように注意しながらも、決して好意を押し付ける事無く、ただ当たり前のように好感を抱かせる。

 あの太陽のような眩しい笑顔の前では、嘘や誤魔化しは意味をなさないのだ。


 そんなエミリアに、リンは僅かな笑みを浮かべ、


「……でも、ちょっと意地が悪かったんじゃないの?」

「ん? 何の事だ、フィア?」

「カイン君と同じ状況の再現、といえばすぐに分かるわよね?」

「……あー、うん、まぁ、なんだ……人それぞれというか、少年らしい選択だと私は思う」

「……やはり、理解出来ません」


 三者三様の反応に、リンはきつい眼差しで関係ないだろうと無言で伝え、


「……俺はただ、自分がしたいようにしただけだ」


 どうせ、もう二度と会う事なんてないのだろうから。


 そんな小さな呟きは、あえて聞かなかった事にした彼等の表情が、リンの気持ちを代弁しているようだった。







 まだまだ梅雨の季節である事を示すかのように、雨は止む事無く降り注ぐ。

 その中を、エミリアは傘も差さず、そして行く当てもなく歩いていた。


「……どう、して……」


 頭の中を、ぐるぐると何度も同じ言葉が回っては、強引に塗り潰された答えを探して再びぐるぐると頭が回り、余計に虚しさと悲しみが到来する。

 自分でも制御出来ない感情に、エミリアは歯を食いしばって必死に堪え、


「……エミリア?」

「傘も差さずに、どうしたの?」


 そんな声を掛けられて顔を上げれば、偶々通りがかったのであろう、仲良く一つの傘で雨を凌いでいるイーニャとイーミャの姿がそこにはあった。

 エミリアの沈んだ表情とその姿に、二人は驚いた様子で暫く立ち止まっていたものの、すぐに今度は慌てた様子でエミリアに駆け寄り、懐からハンカチと折り畳み傘を取り出して甲斐甲斐しく彼女の世話を焼く。


 そんな双子の優しさと、気を使って事情を聴かずにいてくれる事に――到頭エミリアの、涙腺は崩壊した。

 突然、ぼろぼろと涙を流し始めたエミリアに、益々双子は慌て、


「……思い出したの」


 ぽつりと、呟かれたその言葉に双子は目を見開いた。


「エミリア、それって……!」

「全部……アイリーン先輩の事も!?」


 例え忘れてしまっていても、再び思い出は積み重ねる事が出来る。けれど、やはり思い出してくれた方が嬉しいとイーニャとイーミャは期待を込めてエミリアを見上げ、しかし様子が可笑しい事に気付く。


 思い出したのに、どうして泣いているのか。


 どうして、そんなに悲しそうなのか。


 何故、笑わないのか。


 二人の嫌な予感は、的中する。


 エミリアはらしくない笑みを浮かべ、


「……あの時は、本当に驚いたんだよ? 嫌な予感がして、急いで駆け付けてみたら酷い有り様で……でもさ、あたしに出来る事なんて何もなくて……悔しかった」

「エミ、リ、ア……?」

「……王都が襲撃された時も、結局、あたしは足を引っ張る事しか出来なくて……自分で選んだ答えが間違ってたなんて、あたし馬鹿みたいって思った」

「……どうしたの、エミリア……?」

「あたしね、イーニャ、イーミャ……本当は、止めたかったの」


 エミリアは曇り空が広がる空を見上げ、


「間違ってる、こんなのは絶対間違ってるって……止めたかった。普通に学校に通って、友達とお喋りして、偶には喧嘩とかして……普通に、皆で笑い合っていけたら、絶対にそっちの方が幸せだって」


 でもね、


「……知ってたから。どうして、そんな普通が選べないのか。あたし、知ってたんだよ? だから、何も言えなかった……そんな事、言う資格なんてあたしにはなかったから。だから、せめて見守ろうって……あたしだけは、ずっと味方でいようって……」


 エミリアは、





「――そう、思ってるのに!!」





 目に大量の涙を浮かべ、彼女は大声で叫ぶ。

 あまりにも悲しくて残酷な現実に、まるで逆らいたくても逆らいきれない『  』のように。

 感情が抑えきれず、ただただエミリアはその想いを吐き出す。


「どうして!? どうしてあたしは覚えていないの!? 分からない、分からないの、イーニャ、イーミャ! 思い出したよ、あたしは記憶を取り戻した……でも、一つだけ、真っ黒に塗り潰されてるの!!」


 いつだってエミリアの中心に居て、エミリアが行動を起こす理由はそこにあって、


「あたしは、ただ笑っていて欲しかった……それが、あたしの隣でなくても構わなかったの。ただ、そんな事を忘れて、普通に生きて欲しかった……それだけの、筈だったのに……!」


 エミリアの全てだった、その人は、


「名前も、顔も、声も! 全部、全部が真っ黒で強引に塗り潰されていて……そこに居た事を覚えているのに、何を話したのか……誰だったのか、それだけが、分からないの……! ……どうして、どうしてなの……!?」


 何故、そんな事になっているのか、エミリアには分かっていた。

 エミリアが同じ気持ちを抱いていたように、その人もまた同じ気持ちだったのだと。

 だから、その通りにした。

 もう、エミリアの人生まで巻き込まないように。


 あの悲劇を二度と引き起こさない為の、永遠の別れを選んだのだと。


 その選択は、エミリアにとって想像を絶する程の痛みと絶望を生むと同時に、生きる理由すら奪う事になるというのは――恐らく、分かっていたのだろう。

 それでも、迷わなかったのだ。

 これが、最良の選択でエミリアの為になると。


 それを全部分かっていて――気力で立っている事は、もう出来なかった。

 膝から崩れ落ち、エミリアは顔を両手で覆い有りっ丈の声量で泣き叫んだ。

 その傍に、イーニャとイーミャは静かに寄り添い、今にも崩れそうなエミリアの心を少しだけ支えてくれた。


「――会いたいよ、『  』……!!」







「その選択は、本当に正しかったのか……彼って、結構不器用なんだね」


 崩れ落ちた外壁は、『王都騎士団』が総出で修理に当たっていた。


 その光景と、一人の少女が泣き崩れる様を同時に眺めていた人物――背中から色鮮やかな紅蓮の翼を伸ばし、無数の“微精霊”達に囲まれながら穏やかな顔付きで“紅蓮の翼”は呟いた。


 その手に仮面を掴み、羽織っていた外套を外した彼は、『エルフ族』にも劣らない聴力と視力で全てを見聞きする。


 別の場所では、その行く末に死を選んだハーノインを弔う兄と姉、上司の姿があり、また別の場所では、“風紀委員”であったローズが“守り人”の襲撃がないかどうかを警戒しながら見回りをしている。


 それぞれの考えを信じ、突き進む人間の姿を“紅蓮の翼”は微笑ましげに見詰め、


「……やっぱり、たかが人形一つに執着するイセリアの言う通りに行動するなんて、僕らしくなかったね。それに、“黒翼”と一緒に行動させるなんて……彼女も嫌われたものだよ」


 ねぇ、皆。


 彼の呟きに同意するように“微精霊”は彼の周囲を飛び交い、


「それに、あの“黒翼”が命令を遂行出来なくてどういった反応を見せるのか……楽しみだよ」


 膝の上に肘を付いて頬杖を付き、あくまでも“紅蓮の翼”は穏やかな笑みを崩す事無く告げる。


「わざと引いて上げたんだから、彼等にはしっかりと護衛して欲しいな……どうせ、大した手間がかかる訳でもないんだから。一度くらい、見過ごして上げた方がいいよね?」


 彼の言葉に、少し大きな存在を持つ“微精霊”は首を傾げて疑問を浮かべ、


「……そっか。君は、優しいんだね」


 そんな“微精霊”を、優しい笑みで見詰める。


「でも、僕は君みたいに優しい訳ではないから。僕は“守り人”……悪逆非道の限りを尽くす、悪の化身だよ。その末路は、正義による断罪と処刑……でも、今ではそれもいいかなって思うんだ」


 “微精霊”は一斉に周囲を飛び交って、自虐的な考えを否定して良い所を述べる。

 自分の言葉に一喜一憂する彼等に、“紅蓮の翼”は楽しそうに笑い、


「ありがとう、皆。でも、いいんだよ。僕の事は、僕が一番分かってる……僕は、ううん、“精霊樹の守り人”は、皆殺しにされるべきなんだ。彼等は、生きていてはいけない。存在するだけで悪……周りを毒牙に掛ける。どこまでも救いようが無くて、自分勝手で愚かで醜い存在だよ」



 だから、是非とも彼等には頑張ってほしいんだ――僕達を殺す為に。



 破滅願望でもなく、かといって冗談でもなく、どこか他人事のように告げる彼に、ある“微精霊”が駆け寄って耳打ちし、


「……嫌だな。そんなんじゃないよ。僕はただ、事実を言っただけ。あ、勿論、死ぬつもりもないよ?… …だから、安心して、皆」


 心配そうな様子を見せる“微精霊”に、





「――結末が訪れない物語なんて、それこそ夢物語だから」





 “紅蓮の翼”は、人間味のある表情で告げたのだった。

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