ワスレナグサ
綺麗で美しい音色が、俺の耳の中に偶然入った。でも、周りには誰もいなくて、不思議だった。
風に乗って、来たのかな?肌をくすぐる風に音色が響いた。
そして、僕はその音色をたどって元を探した。音色はずっとずっとなっていく。俺を導くように。
たどり着いたそこは、街の端っこにそびえ立つ深い深い森の奥深く。
綺麗で美しく、けれど悲しみと寂しさが混じりあった音色。ヴァイオリンを奏でる男の人を、を天使だって思ってしまった。
俺は見とれてしまった。ほんとうに綺麗だったから。寂しそうだったから。
演奏が終わり、男の人がニコリと俺に微笑んだ。釣られてにこりと笑った。
「ひさしぶり。暾クン。」
「え、?え、どうし、て。俺の名前・・・。」
「ずっと見ていたから。ずっと。」
ストレートにそんな恥ずかしい言葉を言う知らない男の人。微笑んでいるのに目が悲しさでいっぱい。
そう、見えてしょうがなかった。
「おいで、」
白い手が俺を招く。言われるがままついて行くことしかなかった。今、帰ったらダメみたいで・・・。
森の中は薄暗くて葉っぱや枝の間から漏れる太陽の光だけが頼りだった。
男の人は慣れているのかするすると進んでいる。ついて行くのがやっとだった。
進み歩いてから何分経つのだろう。気が付けば額から汗が流れいてた。息も苦しくなり始めた。
その時、男の人が止まった。着いたのだろうか・・・?
男の人がしゃがんで、青い小さな花を指差した。
「暾くん。この花の名前、知ってる?」
「勿忘草・・・?」
「そう。よく知っているね。」
「いえ、好きな花なんで。」
男の人に並んでしゃがんだ。でも、季節外れだ。今は夏に入ったばかりの時期。勿忘草が咲くなんて・・・ありえない。
「ありえないでしょ?でも、君に会いたかった。」
「えっ・・・?」
「あの時助けてくれて、ありがとう。」
かすかに触れた唇。始めてこの時、この人のことがわかった気がした。
それは数年前の春。家の花壇に一輪の勿忘草が咲いた。なんとも小さく、可愛らしかった。
しばらく見ていて、気が付けば雨がパラパラと降ってきた。そして、雷がなった。
このままでは、この花も危ない!って雨が止むまで花をかばった。その日はちょうど親もいなくて、大変だった。
でも、昼から次の日の朝まで続いた。俺は、手放すこともなくただ止むのを待った。
待って待って、いつの間にか寝てしまった。
でも、幸い花は無事だった。本当に、良かったって思った。心から。
でも、数日後には枯れてしまった。それからは、あまり見かけることもなくなった。
その日に、花の名前、花の言葉を調べ上げた。小さいのに似合わない花言葉。そう思った。
「・・・ありえないよ。」
「ううん、僕はあの時、君が助けてくれた、勿忘草。」
そんな瞳をされたら、信じてしまう。そんな顔をされたら拒めなくなる。でも・・・・
あの時見た勿忘草に似てる。人間だけど、花だけど、似てる。似て非になる。
「こうやって、君に姿を見せたのもお礼を言うため。僕みたいな花を助けてくれて。」
そう言ってその花は涙を流した。次の瞬間真っ白になって・・・・目が覚めた。
俺は自分の部屋のベットにいた。体を起こすと、床にポットに入った鈴蘭。
これは一体誰が・・・?
ガチャっと音がして兄が入ってきた。
「あぁ、それ。なんかキレーな男の人が渡してくれって。」
「ふぅん?」
「あ、その花。なかなか面白いぜ。」
「ん?」
「幸福の再会が君に訪れますように。ってね。」
「あ・・・」
鈴蘭に勿忘草の花。
私を忘れないで。幸福な再開を待ち望んで。