第6話 番外編 もう一組の少年少女
桃歌が義之に挑戦状を叩きつけてから2日が経った。
朝の通学路、三原環状線に沿った春光町3丁目のバス停に明るい茶髪で若干目付きが悪い、桐原翼という男子生徒がいた。
今朝、やけに機嫌のいい父親がいつも以上にニコニコしていて驚いた。
朝食時に話を聞くと例の連続殺人犯を逮捕したと話してくれた。
それには翼も喜んだ、父親の仕事が成功したのは嬉しいことだがそれ以上に夕方6時帰宅の厳戒令がこれで解除されるのが何より嬉しい。
遊びたい盛りの男子高校生にとって厳戒令ほどキツイものはない。
と、いうわけで今日から放課後遊べると考えると普段なら絶対に感じることのない清清しさに胸が躍った。
そう年甲斐もなくしみじみしていると突然視界が真っ暗になった。
「だ~れだ?」
背後から目隠し、この背中にぽよんぽよんと当たる自己主張の足りない柔らかな感触とこんな子供じみたことをするやつを考えると……
「う~ん、空?」
「えへへ、当たり♪」
目隠しが取られ、翼が振り向くと肩にかからない程度に切り揃えられた黒髪で控えめな印象を受ける彼の幼馴染の刈羽空が立っていた。
「やっぱり、小さいおっぱいでわかった」
「ほわぁ!?ようちゃんセクハラだよ!?」
と、残念な胸を両手で隠し顔を真っ赤にする空。
昔、「翼」という漢字を間違って「よう」と読んだことで「ようちゃん」というのが空が翼を呼ぶ時の愛称になった。
「まぁ気にすんな。ほら『貧乳はステータスだ、希少価値だ!』って言うだろ?」
「そんな格言聞いたことないよ……」
励ましたつもりがさらに落ち込ませたようだ、空も半泣き状態だったのでさすがに翼も焦った。
「ごめん、その……小さくても気にすんな!!って遠まわしに言いたかっただけで……」
「もういいよ!どうせ私貧乳だもん!!」
今度は拗ねてしまったようだ、朝から下手なことを言ったばかりに空の機嫌を損ねてしまった。
そんな微妙な空気を読んだかのようにバスが到着した。
翼と空は真向かい同士のご近所、家族ぐるみの長い付き合いだ。
2人の住む春光町は学園から離れたところにあるためバス通学が許可されている。
学園は生徒のために路線を買い上げ、財力に物を言わせたこの特別な路線『第三学園都市線』は朝の通勤・通学ラッシュになるとかなり混む。
三原市の田園地帯から春光町を通り三原市を横断、バス停を通過する度に学生が増え学園に着くころには寿司詰め状態だ。
いつもの最後尾の席を翼と空は陣取り、ゆらゆらバスに揺られる。
「いつも思うけど、この路線のバスって乗る人多いよね」
いつの間にか機嫌を直した空がそう翼に話しかけた。
「地方から通う奴の足だもんな、そりゃ混むわな。てか機嫌直ったのか?」
「私も高校生だもん。男の子がえっちなことに興味深々なのは仕方ないと思ってるよ、だからいつまでも怒ってるのも大人気ないと思って」
と、言い馴れないR-18な言葉を恥じらいながら真顔でいう空。
「理解があって助かるぜ。じゃあこれからは空にたくさんセクハラしても怒らないんだな?」
「そ、それは困るよ!!常識の範囲内だよ!?」
「わかってるって、空はからかい甲斐があって面白いな」
「もう!!ようちゃんのいじわる!!」
青春真っ盛りな2人を乗せた第三学園都市線はそれから30分、順路を回り定刻通りに三原魔導学園のバス停留所謙バスセンターに到着した。
時刻は午前8時、付属大学のキャンパスを抜け三原山の麓にある高等部に着いたのは午前8時30分過ぎ。
玄関で上履きに履き替え2階の廊下に出ると翼と空の教室の1年C組のドアの前に小さなダークレッドの髪色の女子生徒が仁王立ちしていた。
身長は小学6年生くらい、制服を着ていなければ間違いなく小学生に間違われる容姿の彼女は永瀬柚子莉、C組の委員長だ。
「待ってたよ、桐原翼!!」
翼の姿を見るや否や小動物のような素早さで彼に詰め寄ってきた。
「昨日の掃除当番サボったんだって?ダメじゃんちゃんと決められたことやらないと!!」
頭の両サイドにお団子状にまとめた髪型、そのお団子の間から湯気が見えそうなほどに怒っている。
「あちゃー、朝から委員長にバレちまったか……」
顔を背け「うわー朝からうるさいのに捕まっちまった」と内心悪態を吐く翼、柚子莉は委員長として非常に生真面目に任務を実行する生徒なのでサボりという行為は非常に許しがたくこうやって追求される。
「ようちゃんサボりはダメだよ。ちゃんとやらないと」
空も柚子莉の2人にサボりを言及され、少し鬱陶しさを感じ始める翼。
「今日も元気だな委員長は。今朝もちゃんと身長伸ばすために牛乳飲んだのか?」
と、お小言の報復として柚子莉が気にしている身長についてからかう翼、すると湯気を立てていた頭は爆発し顔を真っ赤にしてさらに怒る。
「小さい言うな!!翼が掃除をサボったことと僕の身長が低いのとは関係ないじゃん!!」
憤慨する柚子莉、その真っ赤顔を見て先ほどのお小言に対する報復心を満たし満足げに翼は柚子莉の頭に手を置き、子供をなだめるような感覚でポンポンと撫でた。
「わかったって。来週はサボらずに掃除してやっから機嫌直せって」
「僕を子供扱いするなぁーーー!!!!」
両腕を振り回し柚子莉は再度憤慨するも予鈴が鳴り翼は「じゃあな委員長。早くしないとHR始まっちまうぞ?」とさわやかに席に着いた。
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午前中の授業を終え、生徒たちが楽しみにしているお昼休みになった。
翼が鞄から弁当を取り出すと、金髪の男子生徒が近くにあった机を翼の机にくっつけて座る。
「いやーお昼やお昼や。お昼は学生にとっての大きな楽しみやからなぁー」
と、胡散臭い関西弁を話すのは伊原和也、翼や空、桃歌のパーティの一員で翼が高校で知り合った友達の一人。
「だな、つまんねー勉強の中にあるオアシスだよな」
「翼例え上手いやん!勉強に疲れた心を癒す至福の瞬間やな」
「何の話してるの?」
空がお弁当を持ち翼の真正面に近くにあった机をくっつけ座る。
「お昼がどれほど学生にとって重要なのかを語ってたんだよ」
「そうそう、このひと時がたまらん!!」
「唯一気が休める時間だもんね。そういえば桃歌ちゃんは?」
「そいえば朝から見てへんな、病欠かいな?」
「あんまアイツのこと知らねーけど、今まで休んだことってなかった気がするぞ」
パーティリーダーの桃歌は少し奇抜な生徒、それなりに勉強もできるが姿を見ないのは初めてだ。
翼も空も、和也も高校に入学してから知り合ったため彼女のことをよく知らないのが正直なところ。
「それがホンマやったら帰りにお見舞いにでもいこか?」
「そうだね、私メールしてみるよ」
と、携帯電話を取り出した瞬間、廊下から教室に桃歌が入ってきた。
「おはよう、みんな揃ってるわね」
朗らかに、そう翼たちにあいさつをする桃歌。
「おはようじゃねーよ。今までどこに行ってたんだよ?」
「今度戦うチームの偵察よ。今日半日で色々情報が集まったわ」
「今朝から昼の今までやってたん?気合入ってるやないの」
「戦うなら情報を集め、戦略を練り勝利しないと。それで放課後に作戦会議を開きたいの」
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放課後、翼たちは桃歌に連れられ学園の校門を出てすぐのところに位置する喫茶店「ばんかむ」に入った。
入り口からすぐの壁に大きな柱時計があり、かなりの年代物のようだがちゃんと時間を刻んでいる。
店内に充満するコーヒーの香り、古い蓄音機からジャズが流れ昔ながらの喫茶店をという趣だがそれゆえか翼は居心地の良さを感じた。
「いらっしゃいませ」と笑顔がかわいい明るい印象の桜色の髪で短めのツインテールの女性が翼たちをボックス席に案内した。
「えらいええ雰囲気の喫茶店やね」
「そうでしょ?先月オープンしたばかりでどのメニューも美味しいのよ。ここ一月通い詰めて全メニュー制覇したから保障できるわ」
ドヤ顔でそう翼たちにアピールする桃歌、そういえ最近少しぽっちゃりしてきたように翼は感じていたがそれはこの店のメニューを制覇したからか……と内心納得する。
「桃歌ちゃんお金持ちなんだね」
「俺や空のこづかいじゃ毎日喫茶店なんか通えないぜ」
「そりゃ実家お寺やから仕送りがえらい額なんやきっと」
桃歌は隣町の市川市にある桃法寺というお寺の一人娘、かなりの檀家を抱えているらしくのお金持ちとの噂。
市川市から通うと運賃も高く時間もかかるので彼女は付属大学に隣接しているの寮に住んでいる。
5棟の寮の内1つが男女共有の寮1つずつ、男子寮と女子寮が2つづつ、彼女は最も高等科に近い女子寮『月片荘』の2階214号室を借りている。
和也の話を「まぁ、それなりにもらってるわ」とさらりと聞き流しメニューを翼たちに見せた。
「私、抹茶ラテにしよっと」
「じゃあウチはココアにしよ」
「俺は紅茶だな」
注文が決まると桃歌は店員を呼んだ、席に案内してくれた女性とは別の清楚で落ち着きのある雰囲気で綺麗な腰くらいまである黒髪の女性がやってきた。
「抹茶ラテとココア、それと紅茶といつものやつ」
桃歌の注文を聞き、「かしこまりました」と黒髪の女性は厨房の方へ向かった。
「桃歌ちゃんかっこいい……私、こういうお店で『いつものやつ』って注文するの初めて見たよ」
空は桃歌に感動の眼差しを向ける、一月も通ってれば常連の好みもわかってくるんだなと翼は思った。
「ここはね、さっきの黒髪の子とツインテの子、それと厨房にいるマスターの三人で切り盛りしてるのよ」
と、桃歌はばんかむの説明を始めた。
マスターの名前は智原真奈美、ツインテールの女性が鈴本まなか、黒髪の女性が野々村穂波で3人とも20代前半で三原魔導学園付属大学を卒業後に就職したが数年で辞めこの喫茶店を開いたらしい。
なんでも、マスターの真奈美が喫茶店を開きたいと小さいころから夢を持ち続けていて、3人で協力してそれを実現したとのこと。
桃歌がばんかむの成り立ちを説明し終えるころに各々の注文を特徴的なツインテールカールの女性が運んできた。
「いらっしゃい、妙法寺さん。それとお友達の方々もいらっしゃい」
柔和な笑みを浮かべ、非常に落ち着いた物腰の美人であった、この店のマスターの智原真奈美に翼と和也は見惚れ息を呑んだ。
空も彼女を見て呆然としている、女性の目から見ても美人なのだろう。
注文を配り真奈美は隣のボックス席に座った、翼と和也は思いがけない美人の登場にドギマギしながら紅茶とココアをすすった。
桃歌の『いつもの』はウィンナーコーヒーであった、甘党なのは知っていたが生クリームがとぐろを巻くコーヒーを見て軽く胸焼けに襲われる翼。
彼も甘いものは好きだがコーヒーと生クリームの組み合わせは好きではない、そもそもコーヒーや紅茶は何も加えないのが一番で砂糖やクリームを加えるのは邪道だと思っている。
しかし、この紅茶……すごく美味しい……茶葉の香りもさることながら口に含んだ時の芳醇な香りと味、今までこんなに美味しい紅茶は飲んだことはないほど衝撃的な紅茶だ。
「いつも来てくれてありがとう。それに今日はお友達も連れてきてくれて」
「こんなにおいしいお店が学校のまん前にあるんだもの、布教しないわけにはいかないでしょ?」
「そう言ってもらえると嬉しいわ。学生の方にもコーヒーとか飲んでもらいたくてこの場所にお店を開いたんだけど、まだあまり来てくれないのよね」
「すごく美味しいのに……」
翼が素直な感想を漏らす、それを聞いて真奈美が微笑んだ。
「ふふ、紅茶を淹れるのは得意なのよ。昔からよく鈴本さんと野々村さんに淹れてたの」
「ワイ、このお店のこと広めるで!こんないいお店を知らないヤツがかわいそうや!!」
「ありがとう、じゃあ私仕事に戻るけどゆっくりしていってね」
と、柔らかな笑みをたたえ真奈美は厨房に戻っていった。
「……反則だよ……」
ボソリと空が目に涙を浮かべてつぶやいた。
「真奈美さん……おっぱい大きすぎるよ……」
飲み物の感想はともかく空の視界に真奈美が入った時、まず最初に彼女が目にし驚愕したのが真奈美のバストであった。
ファミレスチックな制服(まなかも穂波もそう)だが大きく張り出した胸、スタイルもよく女性的な身体のラインも相まってことさら大きく見えた。
「お前……さっきはそれで驚いてたのか」
「まぁ……そこまで悩まなくてもええんちゃう?大きいと色々苦労するって聞いたで?」
「確かに女としては無いよりあった方がいいけれど、空ちゃんは今のままでもいいと思うわよ?
女の子のラインで出るトコは出てるし引っ込んでるところは引っ込んでるし」
「そうかな……」
「そうだそうだ。もう気にするな、な?」
和也と桃歌のフォローを聞き、どうにか立ち直ったようだ。
そこまで小さいのがコンプレックスなのかと紅茶を飲みながら翼はこれからはあまり胸のことでからかうのはよそうと思った。
「さて、本題に入るわよ。私が今日までに集めた情報をまとめたものがこれよ」
とプリントの束を配った、中身は1-B Eチームについてだった。
Eチームのメンバーの武器や戦術、どのような戦い方が効果的かをまとめてありわずか2日でここまで調べ上げたことに翼は驚いた。
「よく数日でここまで調べたな」
「言ったでしょ?勝負なら勝つって」
ここから翼たち1ーC Gチームは次のような作戦を立てた。
まずチーム分けだが普段のタッグの組み合わせ……翼×空、和也×桃歌ではなく翼×桃歌、和也×桃歌と普段とは違う組み合わせにした。
桃歌の読みでは向こうのチームはこちらが普段通りの編成で来ると思っているはずだからその裏をかこうというのだ。
ちなみに、違う組み合わせでも連携を取れるので問題はない。
桃歌と翼ならば遠距離の義之は翼が相手をし、みなせは桃歌が引き受ける。
空はサポートに徹し和也が春樹と灯華を相手にする、和也にはかなりの負担だが多人数戦が得意、それに空には『奥の手』がある。
戦術を確認している内に翼はあまり気がすすまなかったのだが興味が湧いてくるのを感じた。
こうして、作戦会議は終わり4人がばんかむを出ると夕日が沈みかけていた。
はい、第6話終了です。
今回は番外編ということで翼たちにスポットを当てました。
それにしても、翼と空の会話は作りやすくて好きです。
こんな素晴らしいキャラクターを作った佑人さんに脱帽ですね。
次回からはバトル回が始まります、わっちはバトル回は短くなってしまうのでちょっと長く書けるように頑張ってみます。
それでは、あでゅー(>ω<)/