第2話 少年少女よ、謳歌せよ Ⅱ
翌日、気だるい体を引きづり義之は学園に向かって歩いていた。
「ふわぁ……眠いな……」
「あんた、朝はそれしか言えないの?」
と、隣に並んで歩いていたみなせが呆れた声で言った。
「しかたないだろ、眠いんだから……今なら歩いたまま寝られるぞ」
「それじゃ夢遊病者よ」
灯華のツッコミが入る、「鋭い!」と春樹が笑う。
「まぁ、どっかの痛いヤツよりはマシだろうな」
「んな……いいわよ、義之くんがそう言うのならまずはそのふざけた冗談をぶち壊してあげる!!」
痛い子なことをからかうと痛いネタで返す灯華、ちなみにこの残念な方が本当の灯華である。
「だから灯華……TPOを弁えよう?周りの視線とか視線とか痛いし……」
義之たちを周りの大人、同校生、中学生、小学生の視線が集まる、まるで可哀想な何かを見るような目つきで。
その視線から逃れるため、すたころさっさとその場を4人は退散した。
教室に入り、席に着く。
1時間目は初めての授業、「魔法機能論」の授業だ。
授業の名前からして絶対に難しそうな内容だろう、しかしどんな教師が担当するのかというささやかな興味と楽しみが義之にはあった。
退屈な授業、せめていい教師が担当であってほしいものだ。
SHRが終わり月代香澄教諭が退出、1時間目開始のチャイムが鳴った。
と、同時に教室の引き戸が開き一人の男……いや女にも見える。
中世的な顔立ちで薄い紫の長い髪、腰くらいまである長髪を後ろで縛っている。
髪型と顔立ちで性別の判断がしにくい人相。
「えー初めまして。今日から魔法機能論を担当する代官山つづりです、よろしく。一応性別は男です」
クラスがざわめいた、というのもこの男はこの三原魔導学園の学園長なのだ。
しかし、クラスの全員はつづりの顔を見たことがない、入学式でつづりは式に参加していなかった。
参加しなかった理由は『眠くて眠くて気がついたら日にちが2日進んでいた』という破天荒極まりない理由であった。
式は教頭が学園長の代役として進行したため今日までクラスの生徒はつづりの顔を見たことがなかった。
「では教科書を開いて」
内心不安しかなかった義之だったが授業の進め方は普通でむしろ今まで受けたどの教師の授業よりもわかりやすく、そして楽しみさえ感じた。
時折冗談も交え、クラスの雰囲気を和やかになり手馴れた印象を受ける。
(まぁ、最初は心配だったがまぁ大丈夫か)
安心して、ノートにペンを走らせる。
「よし、じゃあ今日は初回ということで授業はこれで終わりだ。チャイムが鳴るまで自習なりなんなりしててくれ。あ、あまりうるさくするなよー」
20分早く授業を切り上げると、つづりは教室にある教諭共有の机に着いた。
クラスは自由時間となりそこそこ静かに自由な時間が始まった。
「あの先生、なかなかいい先生みたいだね」
前に座っている春樹が振り向いて話しかけてきた。
「始業式に寝坊する教師がどんなのか心配だったけどな」
「それは僕も同感」
と春樹が義之の意見に賛成の旨を返した後、教室のドアが勢いよく開いた。
ガシャンと窓が割れんばかりだった、引き戸を開け岡持ちを持った女の人が入ってきた。
割烹着を着てフキンを頭に巻きどこかの食堂の人だろうか。
見事な赤髪はつづり以上に長くお尻くらいまでありポニーテールだ。
義之の席から女の人の顔は見えなかったがかなりご立腹のようだ。
「テメェつづり!!何授業中に出前頼んでんだよ!!!」
赤髪の女の人が凄まじい剣幕でつづりに詰め寄った。
「いやいや、朝寝坊しちゃってご飯食べてなくてさ。ちゃんとニンニクチャーハン持ってきてくれたかな?」
「作ってやったよ!!いいか!!今回だけだからな!!もう二度と授業中に呼ぶんじゃねーぞ!!」
「はいはい、お代は学長室の上沙からもらってなー」
ダン!ダン!と床を揺らしながら赤髪の女の子は岡持ちを持って教室を出ていく、その後ろ姿を右手をヒラヒラ振ってつづりは見送る。
クラスの全員が茫然自失の中、つづりは何事もなかったかのように届けられた熱々のニンニクチャーハンを頬張り、「あー美味い・・・やっぱ優子の作るニンニクチャーハンは美味いなぁ・・・」と幸福な声を上げた。
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ニンニクの匂いが立ち込める1-Bの教室、それはお昼休みになっても匂いは取れなかった。
2時間目から4時間目の担当教諭はこの匂いの原因を言及し委員長の灯華が事情を説明すると「なるほど、学園長ならやりかねない」と口を揃えた。
4時間目の香澄の話によると代官山学園長はこの学園の建つ敷地の地主であり裏山にある歳納神社の神主でもあるようで、香澄の祖父の慶三郎とも旧知の仲で慶三郎が討伐員育成の学校を作りたいと言った時にこの三原の土地を提供した。
若干30才で大地主で神主、そして三原魔導学園の学園長・・・三足の草鞋を履く青年なのだが、かなり破天荒な性格で1時間目のような珍事をよく起こしているらしい。
そして、彼には養子として1時間目に岡持ちを持って乱入してきた女の人がいるそうで名は優子と言う。
三原市駅前の老舗中華料理店『流来』のオーナーでよくここの職員も出前を頼むらしい。
バイトとして流来で働いていたところ、料理の腕を見込まれ年老いた元オーナーの老夫婦に代わり店を切り盛りしているらしい。
と、香澄は説明してくれた。
「流来のニンニクチャーハンと酢豚がもう絶品で・・・まるで本場の中華を食べているような・・・皆さんも一度足を運んだ方がいいですよ」
と目をキラキラさせながらオススメしてくれた。
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放課後、いつもの面子で帰ろうとした義之だったが……
「英語のミニテスト0点だったのよ!!居残りよ!!バカで悪かったわね!!」
「親戚が遊びに来てるから今日は早めに帰るから」
とみなせは逆ギレし春樹はいつも通りにこやかにそう言って戦線離脱していった。
結果、義之は灯華と二人っきりで帰ることになった。
「そういえば、こうやって2人で帰るのって久しぶりじゃない?」
「そうだな、いつもみなせと春樹いたからな」
中学校以来だろうか、その頃はみなせはテニス部、春樹は手芸部に入っていたので帰宅部だった灯華とはよく帰っていた。
昨日も行った222号線沿いの通りをブラブラしていると、ショーウィンドーの液晶テレビからアニメの予告編を集めた映像が流れている店の前で灯華の足は止まった。
最近できたアニメのグッツを取り扱う専門店で関東圏ではメジャーな店舗だが片田舎の三原市には今までなかった。
新しい層・・・ヲタクたちの娯楽施設がついに三原市にやって来たというわけだ。
「ねぇ義之くん、ここ入っていい?」
「ああ、別にいいけど」
「やった!」
と、子供のような笑顔を見せて足早に店に入っていった。
店舗の中に入るとまず大量のマンガの新刊がズラリと並べられ左の棚にはアニメ関連の雑誌の新刊が並ぶ。
4コママンガ、ラノベ、CD、DVDと順に商品が並び店の奥はR-18なマンガや同人の商品が展開されている。
義之も軽くマンガやラノベは読む方だがここまでの品揃えの店舗は初めてだったので心が少し躍った。
ザっと店の中を見て周り灯華を捜すと奥の同人商品の売り場で何やら考え込んでいた。
どうやら同人の人気シューティングゲームの何かを買おうか買わないか考えているようだ。
「……神は言っている、ここで被弾するべきではないと……」
「財布の中身がピンチなのか?」
「そうなのよね。でも欲しいな……人間性を捧げるしかないかなぁこりゃ……」
「人間性を捧げたら亡者になるぞ」
「おお!!義之くんダーク○○ル知ってるの!?」
「まぁゲームは好きだからな。今は心が折れて放置中だけど」
「そうなんだ、義之くんって『ケッ!!ヲタクなんてクソ食らえだ!!』って思ってるイメージだったからそういうのに興味ないんじゃないかと思ってた」
「どんだけヲタク差別者なんだよ俺は……」
それから悩み、「しょうがない、買うっきゃないか。人を捨てた私の力……見せてあげるわ」とか言いながらレジに向かった。
レジを済ませホクホク顔な灯華と店を出た義之。
「義之くんがヲタクに偏見なくて良かった、変わってないね」
「人の趣味には口出さないだけだ。何をしようとそいつの勝手だろ?」
「なるほど……じゃあ私が痛いネタ全開でも受け止めてくれると?」
「度合いによる、あんまり痛い事言うなら突き放すぞ」
「私の裏コードを発動させると突き放されるってことね」
「なんだよ裏コードって?」
「私の獣化第二形態、人を捨て闘争に特化させた……」
「止めろ、突き放すぞ?」
「ごめんなさい」
まったく、素のままなら普通にいいヤツなのになぜにこうも色々な影響を受けやすいのだろう・・・それだけが義之にとって残念でならない。
通りを抜け、住宅街に差し掛かる。
灯華は駅の近くのマンションに住んでいる。
オートロックとバイオメトリックス(網膜のパターンをを鍵とする)の最新式の防犯設備を持つマンション、そこまで見送りも兼ねて義之は一緒に行くことに、マンションの前で灯華は満面の笑みで
「今日は楽しかった、久しぶりに義之くんとデートできて」
「俺も、久しぶりで楽しかった」
「じゃあ、また明日ね」
「ああ、また明日」
あいさつを交わし、灯華はマンションに入っていった。
時計を見ると5時を回っている、ここから義之の家まで歩いて30分ほど、夕食には間に合う距離だ。
今日の夕食の献立は何かと考えながら義之は踵を返し灯華のマンションを後にした。
(帰ったらモデルのメンテしないとな)
銃のメンテは毎日やっている、武器といえ感覚としては自分の一部のようなものだ。
いつでも万全な状態にしておかないと万が一の事態に陥った場合に銃が使いものにならなければ困る。
ハルファスはいつどこから襲ってくるかわからない、神出鬼没の存在は非常に脅威。
しかしこの三原市は周囲を強力な結界で覆っている、そう簡単にハルファスに侵入はされない。
実際この街のハルファス出現率は他の街に比べて格段に低い、『日本一安全な街』と比喩もされている。
それでも義之は準備は怠らないのはハルファス以上に厄介なものがあるからだ。
魔法が科学技術として確立され大きな恩恵をもたらした、そして魔法は犯罪にも利用されている。
魔法関連の犯罪……魔法犯罪は近年増加の一途を辿っていて魔法犯罪専門の特殊部隊「MAP(魔法対策部隊)」というのが作られたのが最近になってから。
凶悪犯罪こそ起きてはいないがいつ自分が巻き込まれるかわからない。
同じ人間に対して自衛手段として魔法を使う、つくづく義之はバカげていると思っている。
人は手にした力をどんなことにでも利用したがる、そんな考えに腹が立って仕方がない。
魔法でハルファスを倒すただそれだけを義之は信条とし日々スキルアップを図っている。
しかし、これ以上この問題を考えても腹が立つ一方なのでこれ以上考えることを止め帰路を目指した。
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家に着くと綾音が出迎えた。
「よっきーおかえりー」
「ただいま。よっきー?」
「『義之』だから『よっきー』今決定しました」
「いや……まぁいいけど」
『俺が年上なのにタメ口かよ!?』ということは義之はあまり意識していない、友達に年下とか年上とかはないと考えているからだ。
綾音と共にリビングのソファに腰掛けるとテーブルの横に見慣れない旅行バッグがあった。
「おかえり義兄さん、今日綾音泊まるから」
「ああ、わか……はぁ?」
キッチンで料理を作っている美奈都の言葉に無意識に承諾しそうになったが今泊まると言ったか?
それはつまり思春期真っ只中の女子中学生が2人に増えるということを意味する……義之とて男の端くれ、そんなピンクな雰囲気に興奮しないわけがない。
「ちょっと待て、なんで泊まるんだ!?」
「いやー美奈都にどうしても泊まってほしいって懇願されちゃって……」
「ウソ言うな。宿題ありすぎて今日中に終わらせないと明日から一週間補修だから綾音から私に宿題教えて欲しいって言ってきたんだろ」
「う……そうです」
「そんなの聞いてないぞ!!」
「うん、お昼休みに決めたからね。大丈夫だよ、よっきーがムラムラしたら私が受け止めるから」
グーっと親指を立ててそう義之に言う綾音、こいつバカな上にオマセなのか?と義之は困惑する。
「いや、それはないな」
「そんな即答しなくてもいいじゃん。ちゃんと部屋は分けるしお風呂の時間も決めるから大丈夫だよ。これなら事故は起きないハズ」
それは義之にしてみればさほど問題ではない、彼がこの両手に花な雰囲気に耐えられるかどうか……それが問題なのだ。
美奈都と一緒に暮らすことが決まった時だって、今までみなせと灯華以外の女の子を知らなかった(興味がなかった)義之にはかなり精神的にキツイ時期があった。
しかし『美奈都は妹だ美奈都は妹だ』と思うことでなんとか慣れたというのに……今度は赤の他人の女の子が乱入するというではないか。
心臓は早鐘を鳴らし冷や汗が出てきた。
しかし……美奈都が少しでも寂しい思いをしないようになるのなら……
そう発想を転換させると自分の事など小さなことだと感じた。
ここはなんとか雰囲気に耐えよう……
「わかった……泊まってけ泥棒!!」
「さっすがよっきー、話が早くて助かるよ」
「助かるのは綾音だけだけど」
カレー鍋をかき混ぜながら美奈都がそう言う。
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夕食後、美奈都はリビングでゲームを始めた。
俺もなんとなくリビングのソファに座り綾音と美奈都のプレイ風景を見ている。
最近発売されたRPGでシリーズモノ、最近はストーリーが微妙になってきて義之はもうプレイを止めたシリーズだが美奈都は大ファンで黙々やっている。
そして、先ほどからダンジョンのボス手前で雑魚敵を倒していそいそとレベル上げに没頭している。
「ねぇ美奈都。さっきからレベル上げばーっかしてるけどここのボスそんなに強いの?」
「いや……なんというかレベルめちゃ上げてボスに余裕で勝ちたくない?」
「ええ!?勝てるか勝てないかくらいのレベルでボスに挑んでそれを倒すのが面白いじゃん!」
「それだと長期戦になるし負けたらヘコみそうだし……」
なるほど、美奈都は準備万端派で綾音はスリル派らしい。
義之は基本的にレベル上げはしないでエンカウントした敵のみ倒してレベルを稼いで進めるタイプなので必然的にクリアレベルは低い。
「よっきーはレベル上げする?」
「俺はしないかな、サクサクストーリー進めたいから」
「ボスを余裕でボッコにするのも楽しいよ」
なんだか一瞬美奈都から黒いオーラが見えたような……気のせいだろう、きっと疲れているんだ。
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再び洗面所でばったり会わないように注意し(早速美奈都が『ただ今美奈都入浴中』という壁掛けボードを洗面所のドアに付けていた)、入浴を済ませ美奈都と綾音と談笑し、綾音の宿題が始まると義之は自室に上がった。
二丁のモデルを分解掃除をし、再び組み立てる。
火力と携行性、取り回しの良さを考えこのモデルがもっともそれらを兼ね備えた銃としてみなせの親戚のブラックスミスに作ってもらった。
次弾装填の度にレバーを回して魔力弾を装填する感覚がたまらなく好きで暇さえあればクルクルと無駄に回している。
それから特にすることもなく、放置に入っていたダーク○○ルをプレイしたがボスに何回も塔の上から突き落とされクリアできず・・・
「これ・・・クリア無理だろ・・・」
再び心をバキバキに折られ、布団に入って寝ることにした。
はい、第2話終了です。
今回は短めですね、ぶっちゃけ話のネタが浮かばない・・・
友達は面白い話書けていいですね、一体どこからネタを掘り出してくるのか。
ここまでは平和な話ですが次回からはちょっと勢いがついていく予定です、お楽しみに。
では~アデューb