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神様の思召すまま  作者: 輝血鬼灯
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6.血砂の覇王

「……本当によろしいのでしょうか? こんなにしていただいて……」

 ディナの借金の件は片付いた。肺の病に関してはゆっくりと治していくしかない。

「それは私がシェイ君欲しさに君をだしにしてこの子を買ったようなもんだから、気にしなくていいよ」

「いや、その理由はどうなんだ」

 予定より一日長く留まったが、ディナの容体も急を要するものではなく安定してきた。シェイは神殿への旅を再開する。

 悔しい話だがシェイは結局ラウズフィールから金を借りることとなった。

「ま、君には砂漠で助けてもらったことや、ネリアとの件に巻き込んだことがあるだろ? これでチャラにしないか?」

「……あんたがそれでいいなら」

 決して安くはないはずの出費を払いつつ、何故かラウズフィールはまだシェイの旅についてくるようだ。

 シェイにはわからない。何故ラウズフィールがこんなにまでしてくれるのかを。彼と自分とは、何の関係もないはずなのに。

「シェイ」

 ディナが呼びかけて来た。シェイと幼馴染の彼女との、恐らくこれが顔を合わせての最後の会話になる。

 ディナを故郷である月の民の集落に戻す代わりに、シェイはもうあの場所へは戻ることはない。これからは自分の力で生きていく。

 大好きな人に生きていてほしいから、大好きな人がいる故郷に……もう、戻らない。

 初恋だった。口にすることは永遠にないけれど。

「ディナ。無理に仕事を辞めさせるような真似してごめんね。でも、絨毯作りはほどほどにしなよ。妹も哀しむ」

「ええ。せっかく助けてもらったんだもの。しばらく養生するわ。あなたも頑張って」

 そしてディナは、一冊の本をシェイに差し出した。

「これは?」

「子供向けの絵本。これならシェイにも読めるでしょう。領主様が昨日持ってきてくださったの。あなたに渡して欲しいって」

「え? いつの間に?」

 シェイたちが領主の館に乗り込んだのは昨日だ。つまりあの騒ぎの後にひっそりと持ってきたということだろうか。

「餞別だそうよ。私も中を読んで驚いたわ」

 それはどこでも普通に売っている薄っぺらい子ども向けの本だそうで、だからディナに渡したのだろう。手紙でもなく絵本が餞別とはわからないが、何か意味があるのだろうか。

「シェイ」

 別れを告げ、荷車を引いて歩きだす幼馴染の姿にディナは声をかける。

「幸せになってね」

 かそけき囁きは風に飲みこまれ、シェイには届かない。けれど彼女の言葉が聞こえていなくとも、彼はきっと大丈夫だろうと思えた。


 ◆◆◆◆◆


 神殿へ辿り着くまでの次の砂漠の道は隊商と一緒にさせてもらうことにした。

「この辺りは盗賊なんかも出る。危険な道のりだ」

「まぁ、私がいれば護衛くらいにはなるしね」

 シェイたちを混ぜてくれた隊商は気のいい連中で、もしも盗賊が出てラウズフィールの言葉通り彼らが護衛を務められれば、金を出してくれるという。そうでなくとも、まぁ助け合って旅をするに越したことはないだろうと。

 シェイの荷車に乗っていた荷物は、隊商の荷物と比べれば微々たるものだからと、一緒に駱駝車に乗せてもらった。おかげでシェイは移動の間、暇を持て余すことになる。

 盗賊に目を光らせる役目もありずっと暇だったというわけでもないが、少なくとも、ディナが領主から餞別だと言って渡されたという絵本を読む暇くらいはあった。

「えーと、『魔王ラウズフィールと悲劇の王女』……え?」


 魔王ラウズフィール


 その言葉に意表を衝かれた。思わず頁を捲るのももどかしく絵本を読み進める。

 そこに書いてあるのは、何百年も前にこの地方を荒らしたという魔王の物語だった。


 ◆◆◆◆◆


 ラウズフィール=ファルドゥートが生まれた時、周囲の人間は軒並み凍りついた。

「ど……どうする?」

「どうするったって、どうしろって言うのよ!」

 ラウズフィール。

 それは数百年前にベラルーダ王国からイシャルー神殿までを含む二つの砂漠地域一帯を荒らしまわった魔王の名前だ。血と殺戮を好み魔族の先鋒に立って派手に人間を殺しまわっていた、最悪の魔王。

 奇しくもその魔王の命日に生まれた子どもである人間の方のラウズフィール=ファルドゥート。彼が生まれた街では神官に子どもたちの運命を占わせる習慣があったので、ラウズフィールもそのさだめを占われた。

 そして街の人々は恐れ慄くことになった。

「この子はかの魔王ラウズフィールの生まれ変わりじゃ」

 父は頭を抱え、母は倒れた。ファルドゥート家はベラルーダ王国でも高位の貴族だが、その第一子が魔王の生まれ変わりなど前代未聞であった。

 魔王の生まれ変わりがそんなにぽんぽん生まれても困るが、とにもかくにもファルドゥート家のラウズフィールは魔王の生まれ変わりであった。それが証拠に、まだ少年と言える年頃から大人たちと共に戦に参加しては人の命を奪うことを喜んだ。

「ラウ!」

「ネリアか。どこか行きなよ」

「何言ってるのよ。私はあなたに会いに来たんだってば」

「私に近づかないでくれ」

「近づくわよ! あなたが嫌だって言っても傍にいるわよ。だって私はあなたの婚約者なんだから!」

 幼い頃、ラウズフィールには自分の感情が自分で制御できなかった。

 人間としての自分がどんなに理性的に振る舞おうとしても、魔王としての魂がその誓いを容易く引き裂く。戦場にいて気がつけば覚えのないたくさんの血に濡れている。敵味方構わずに襲いかかるため、隊の仲間たちにも煙たがられた。

 自分は恐らくファルドゥート家の人間でなければここまで生きながらえることもなかったのだろう。その存在を危険視した街の人々に両親ともども殺されていたはずだ。

 守ってくれる人々を愛おしいと思えば思うほどに彼は家族の傍にはいられなかった。自分を慕ってくれる婚約者のネリアでさえも引き離した。

「ねぇ、ラウ。なんでよ! なんであなたは……いつも私を見てくれないの!?」

 止められないのだ。

 気づけば血を求めている。

 ベラルーダはまだ隣国プグナとの領土問題で揉めていた。小競り合い程度の戦いなら何度も起こしている。

 敵兵を容赦なく殺害する姿から、いつしかラウズフィールは血砂の覇王と呼ばれるようになっていた。魔王の生まれ変わりとしてだけではなく、魔王の魂に浸食されている獣だとして恐れられた。

 このままではいけないとラウズフィールは考えた。殺戮衝動は年々酷くなっている。このままでは、遠からず誰かを傷つける。その時犠牲になるのは、きっと恐らく、ネリアや両親など、彼の一番近くにいる者たちなのだ。

 いよいよ恥も外聞もなく、彼は神官に救いを求めた。魔王の生まれ変わりが神に救いを請うのだ。滑稽だった。けれどなりふり構ってはいられない。教会に訪れ、神官に尋ねる。

 この血の乱行に駆り立てる魂の渇きから逃れる術はないかと。神官は答えた。

「かつて魔王を救った者、その魂の生まれ変わりに会えば、恐らくあなたも救われることだろう」

「魔王を救った者とは?」

「それは有名な絵本の中にあるだろう。姫君じゃ。魔王が唯一愛した、人間の姫君」

 かつての魔王がただ一人愛した少女、彼女を一度は差し出しておきながら後に取り返そうとした王国軍の目の前で、魔王と共に果てた娘。

「同じ時に死んだのだ。シェルシィラ姫の生まれ変わりも、きっとこの世のどこかに生まれ変わっているだろう。それを探すのだ」

「探すって……その、手掛かりは何かないのですか? 名前とか、外見とか」

「それはわからぬ。どの国でも嬰児の未来を占うとは限らない。だが……」

 赤子のうちにその運命を占う習慣など、いまや残っている国の方が少ない。それにラウズフィールの両親は彼に魔王と同じ名を与えたが、シェルシィラの方でもそうするとは限らない。

「あなたは魔王の生まれ変わりだ。きっと会えばわかるだろう」

 神官の言葉を鵜呑みにはできず半信半疑ながら、けれどもはやそれしか救いはないのだとラウズフィールは旅に出た。あてどない、この世界でただ一人の人を探す旅に。

「なんでよ! ラウ! 旅に出るなんて、どうして!」

「私の勝手だよネリア。君はもう、早く別の男を見つけて結婚しな」

「ラウの馬鹿! どうして私たちから離れようとするのよ!」

 引きとめる手を振り払い、共もつけず、ただ自分一人。

 ネリアが追ってきているのは知っていた。けれど追い付かれそうになる旅に振り払って。

 例え運命の相手など見つからずとも、こうして旅を続けていればもう誰も傷つけなくてすむのではないかと思った。

 ラウズフィールが真剣になればなるほど、強い感情を見せれば見せるほどに破壊の性質を持つ魔王の魂はそれを打ち壊していく。物心ついてそれを理解できるような年頃になると、ラウズフィールは一切周囲に本心を見せないようになった。

 でもそれで良かった。自分が一人荒野をさまよえばもう何も失うことはない。両親も魔王の生まれ変わりである彼のことは半ば諦めていたようだし、あとはネリアさえ自分を忘れてくれれば――。

 そんな時だった。

 彼はついに、その相手と出会った。出会ってしまった。彼の中で魂が打ち震えそれをラウズフィールに伝えた。

「ようやく巡り逢えた! 君こそ我が運命の恋人だ!」 

「はぁ?」

 紛れもなく、間違いもなく、正真正銘、それはかつて魔王が愛した姫君の生まれ変わりの“少年”だった。

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