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神様の思召すまま  作者: 輝血鬼灯
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4.命削る絆

 月の民の少年シェイと、成り行きで彼に同行することになった青年貴族ラウズフィールは、オアシスの町へ辿り着いた。

 ここはシェイにとって旅の中間地点だった。この町を抜け、次の砂漠を越えたところに月の民がいつも家畜と織物を奉納する神殿がある。

「この町に来るのも久しぶりだな」

「ラウズフィール、あんたここに来た事あるのか?」

「うん。私は結構世界中あちこち行ってるからね」

「青とか紫の大陸も?」

「いや、さすがにそこまでは……緋色の大陸と中央大陸の一部だけ」

 シェイにとっては初めて来た町なのだが、ラウズフィールはそうではないらしい。癪な話だが、こんな奴でも町の様子を知ってると言われると安心するものである。

「……あんた、まだ僕の旅について来る気?」

「え? いけないのかい? 私は行く宛もないし、金だけはあるから同行させてもらおうと思ってるんだけど。というか同行するけど」

 人の意見を聞き入れる素振りを見せながら実はまったく聞く気のないラウズフィールは、どうやらまだここでさよならとは言わないらしい。

「はぁ……。まぁ別に僕の財布が痛むわけじゃないからいいけど。それならこの町を案内してよね。僕は初めて来たんだから」

「はいはい、お姫様。なんなりと」

 ふざけて人のことを「お姫様」などと呼ぶラウズフィールに蹴りを一発お見舞いし、シェイは町の中を歩きだした。

「どこへ行くんだい?」

「知り合いに会いに行くんだ。神殿へ納める毛織物の絨毯を作っている人で、僕の幼馴染み」

「君と幼馴染ということは、大層若いんだね。それに女性か」

「まだ女の子って言ってないのに、なんでわかったんだ?」

 シェイはラウズフィールが顔も見た事ないはずの幼馴染みの性別を言い当てたことに驚いた。

「絨毯作りは基本的に女性の仕事だろう。それも若いならば、店の主や関係者じゃなく直接絨毯を紡いでいる職人なんだろう? 高級な絨毯の細かい目を拾うのは、未婚の若い娘の作業と相場は決まっている」

「そうなの?」

「そう。そういえばこの町は絨毯作りが盛んだったって思い出してね」

 懐かしげに町の様子を見渡すラウズフィールの横顔を見つめながら、シェイは荷車を押す。

 神殿に納める荷だからこれだけは奪われてはいけない。その安全と懐かしい幼馴染の再会を兼ねて、今日はこの町に住んでいる月の民のところに泊まらせてもらう手筈になっているのだ。

「ディナ、元気にしてるかな」

 町の住人に幼馴染の家までの道を尋ね、二人は歩きだした。


 ◆◆◆◆◆


「シェイ、久しぶりね」

 幼馴染とは言うが、実際ディナはシェイよりもラウズフィールに近い年頃だった。シェイにとっては、昔近所に住んでいたお姉さんなのである。

 町の中でも中心よりやや外れた区画にシェイの幼馴染ディナの家はあった。この辺りは比較的貧しい者の住む一角のようである。月の民は多民族と交わらずに過ごすことが多く、当然金もさほど持ってはいない。

 ディナは一族の中では珍しく、この町へと出稼ぎに来ている月の民だった。彼女の父母が亡くなり妹と二人きりになると、村の中では彼女たち姉妹を養えず、集落に近いこの村へ出稼ぎに来ることが決まったのである。

「今年はあなたが運送の当番なの?」

「そうなんだけど、本当言うと違うんだ。それが……」

 シェイが近日中にこちらへ向かうということは、連絡用の鳥が飛ばされているのでディナも知っている。けれど詳しい事情までは知らされていなかったようで、シェイは一から説明した。

 数年ぶりの再会なので話したいことはいろいろあるのだが、まずは事情説明からだ。積る話はそのあとですればいい。

 シェイはディナに、長である父と村の占い婆から言われたことを話した。ヴェインと長の座を巡っていること、村には帰らなくてもいいという言葉。そして運命に出会うだろうという予言。

「運命?」

「笑っちゃうでしょ? 一体何のことだって話だよね」

「あら、でも素敵じゃない。シェイはそれで、何か運命に出会ったの?」

「出会うわけが――」

 面白がる様子のディナの言葉をシェイが否定する前に、もう一つ別の声が二人の会話に割り込んだ。

「はぁい!」

「……げ」

「私がシェイ君の運命の相手、ラウズフィール=フェルドゥートでぇす!」

 砂漠の町の扉などあってないようなものだ。四角い入り口に軽くかけてあるだけの布を無造作に払いのけ、ラウズフィールがずかずかとディナの家に入り込んできた。

 彼は彼でこの町の知り合いに会いに行くと言っていたはずなのだが、何故。

「なんでこっちに来るんだよ! 知り合いのとこに泊まるはずだったんじゃないのか?!」

「ははは。やだなシェイ君。私は知人に会いに行くとは言ったが、向こうに泊めてもらうなんてことは一言も口にしていないよ」

 我が物顔の傍若無人に入り込んできたラウズフィールは、シェイの傍にいる女性ディナに目を向けると挨拶をする。

「初めまして、お嬢さん。私はラウズフィール。シェイ君の前世より定められた運命の恋人です」

 挨拶?

「ってか、定められてねぇよ!」

 ネリアに対する演技としての前世恋人ごっこは終わったはずだというのに、この男は何故かまだシェイのことを前世からの恋人だと言い張るのである。

 ディナはぱちぱちと目を瞬かせた後、にっこり笑顔で挨拶を返した。

「初めまして。私は月の民のディナ。シェイの幼馴染です」

 ラウズフィールの不審すぎる自己紹介をさらりと流せる分、彼女はシェイより大人だったようだ。

「ディナ、この不審者の変態に関しては気にしなくていいからね!」

「まぁ、シェイ。でも今日は二人でこの家に泊まるのでしょう」

「こんな奴は追い出していいよ! こいつは村の人間でもなんでもないし、旅の途中でたまたま一緒になっただけなんだから!」

 目的地も行く宛もないから同行させてくれというラウズフィールがついて来ることを、シェイは確かに許した。しかしそれは野宿の間だけだ。町に自分も知り合いがいて、何より唸るほど金のある男を苦労している幼馴染の家に泊めるはずがない。

 それもディナは女性なのだ。シェイだってほとんど弟のようなものだから宿泊を許されたが、もう少しディナと年齢が近かったら長も彼女の家に泊めてもらえとは言わなかっただろう。

「酷いな、シェイ君。君と私の仲だろう?」

「どんな仲だよ! 僕とあんたの間に何があったって言うんだよ!」

 断じてラウズフィールとの間には何もない。男同士だと言うのにラウズフィールがこの態度のせいで、シェイはこれまでろくに心を落ちつける暇もなかった。ネリアの件で前世の恋人発言はどうやら冗談らしいとわかったのだが、その後もラウズフィールはちゃっかりとシェイの旅に同行し、事あるごとにシェイにちょっかいをかけてくるのだ。そろそろ平穏が欲しい。

「大丈夫よ、シェイ。この家も狭いけど、あなたたち二人くらいなら――」

 シェイがあまりにも怒り煮えたぎっているので家主のディナが仲裁に入ろうとした。しかし彼女は、台詞の途中で突然蹲り腰を折った。続けて激しく咳き込む。

「ディナ?!」

「おい、どうした?」

「ごほっ……だい、じょうぶ」

 そう言う彼女の手で押さえた口の端から、赤い血が零れるのが見えた。

「ディナッ!」

 シェイが再び声をかけた時には、ディナは意識を失っていた。

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