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絶対に負けられない闘いがそこにはある―Fircas side

絶対に負けられない闘いがそこにはある―斗真斗外伝

作者: フィーカス

 八城さんの小説、「絶対に負けられない闘いがそこにはある」の登場人物、原口斗真斗を主人公としたサイドストーリーです。本編だけでもわかるようにストーリーは構成していますが、本編をきっちり読まずとも、八城さんの「絶対に負けられない~」は是非とも読んでもらいたいと思います。

 私のページのお気に入りに登録していますので、そちらからお読みください。

「敗者は速やかに去りな」


 牛乳プリン争奪戦、あの屈辱の日からもう数日が経過していた。

 顔を真っ赤にしながら席に戻ったあの日の屈辱は、忘れたくても忘れようがない。

 あの場に残ったのは兵藤徹也ヒョウドウテツヤ、そして斎藤夜騎士サイトウナイト。あの二人に僕はしてやられたのだ。ジャンケンという名の、心理戦の敗北。

 その悔しさをバネに、あの二人の攻略法を考えた。そして、この勝利の方程式を編み出したのだ。

 待っていろ、徹也、そして夜騎士!今、トマトは真っ赤に燃えている!


 放課後の校庭はかすかな夕焼け色に染まり、何人かの児童がサッカーや野球といった遊びを楽しんでいる。しかし、完全下校時刻を知らせるチャイムが鳴れば、その賑やかな声さえも聞こえなくなるのだろう。

 そんな中、その一生徒である原口斗真斗ハラグチトマトは、授業が終わると校庭で遊ぶ児童の輪に加わらず、すぐさま家路につくことを選択した。

 今日はとある事情により、空腹状態であった。そのため、早く家に帰っておやつを口にしたいと思っていたのだ。

 五月を過ぎた夕方の空気は、まだ昼の熱を帯びたままとはいえ、ひとたび風が吹くとその冷たさが半そで姿の体に直に伝わり肌寒く感じる。なんとももどかしい季節である。

 校庭で取れたたくさんの野菜を片手に、校門へと向かう。今日はちょうど彼が所属する園芸部の収穫の日だった。小学校での園芸部で野菜を育てるというのは、比較的珍しいのではないだろうか。

 途中、時間を確認すると、太陽の光が時計に反射して斗真斗の目を襲う。思わず目を片手で覆い、反射光が来ない位置まで移動する。

「もうこんな時間か……」

 時刻は既に夕方の五時。園芸部で遅くなったとはいえ、少々おやつには遅い時間か。帰った頃には夕食になっているかもしれない。

 そんなことを考えながら、かけている眼鏡のズレを右中指で修正し、再び校門への道を急ぐ。

 が、校門の前には、見慣れた五人の男子が立っていた。

「よう、斗真斗。待っていたぜ」

 声をかけたのは斎藤夜騎士だ。履き崩したジーパンに黒いベルトが光り、オシャレなTシャツをうまく着こなしている。まったく、小学四年生だというのに、こんなにオシャレして登校する意味は一体何なのだろうか。

 そしてその隣には腕を組んだ兵藤徹也の姿。熱い性格そのままの普段着はかまわないが、真っ赤なTシャツはいかがなものだろうと思ってしまう。

 さらにその後には、短髪で短パンの大柄な小学生、牧田邦弘マキタクニヒロがよくわからない闘志を燃やしている。どこかの漫画に出てくるガキ大将のようだ。

 邦弘の隣で冷めた目でこちらを見ている小柄な少年は、国見翔クニミショウか。伸びた髪が左目を覆い隠しており、白黒のモノトーンのTシャツとズボン、さらにシンプルなデザインのスニーカーがどうにも印象を薄く感じさせる。もっと小学生らしいアクティブな格好をすればよいのに。

 最後に、何が嬉しかったのかやたらはしゃいでいる、小学生なのにアフロヘアーに緑色のTシャツ、青い短パンという謎アクティブな格好をしているのは早川玩駄無ハヤカワガンダムである。こちらはもう少しおとなしくしてもらいたい。

 ここに集まっている五人は、単なる小学四年生ではない。四年三組の中でも、様々な功績により、「二つ名」を持つことが許されている五人である。

 牧田邦弘はドッヂボールでの高いヒット率を誇り、その右腕の力から「豪腕の邦弘」と呼ばれている。国見翔は三組の中でも五十メートル走最速を誇り、「神速の翔」という異名を持つ。早川玩駄無は、見た目とは裏腹の機動力に定評を持ち、名前も相まって「機動戦士の玩駄無」と言われている。そして、三組でも特に強力な男子が、「無敗騎士のナイト」の二つ名を持つ斎藤夜騎士。勉強やスポーツ、ありとあらゆるもので多くの功績を挙げたが、特にジャンケンに関しては滅法強い。相手になるのは、兵藤徹也くらいといわれているほどだ。

(で、その兵藤徹也にも二つ名があったはずだが、何だったかな……)

 斗真斗は徹也の顔を見ながら二つ名を思い出そうとしたが、思い出せなかった。

 とにもかくにも、これらの名を馳せたメンバーにはもう一つの共通点がある。数日前、おたふく風邪で欠席した安藤の分の牛乳プリン争奪戦という、教室で繰り広げられた戦争に参加したメンバーでもある。

 争奪戦では最終的に徹也と夜騎士の一騎打ちとなり、壮絶な心理戦の後、夜騎士がその試合を勝利で収めた。

「さて、放課後の校門でこれらのメンバーがそろった。ということは、分かるよな」

 夜騎士が冷たく、だが重く熱い口調で斗真斗に告げる。

「そうだ。斗真斗、もちろん参加するよな?」

 今度は徹夜が鋭い視線を向けながら口にする。

 だが、今日は既に空腹状態でそれどころではなかった斗真斗は、非生産的なこの争いを拒否しようと考えていた。

「悪いですね、僕は今日用事があるので、先に帰らせていただきます」

 下校する何人かの児童に混ざるように、校門を通り過ぎようとする。

 だが、夜騎士の横を通り過ぎようとした時、冷たい空気が斗真斗の耳を貫いた。

「逃げるのか?」

 夜騎士の言葉に、足を止める斗真斗。たった一言なのに、全身に緊張のようなものが走った気がする。

「まあ、いいじゃないか。帰りたいっていう奴には帰らせておけば」

 今度は徹夜が冷たく言い放つ。

「おい斗真斗、あの日の屈辱を忘れたとは言わせないぞ!リベンジしたいとは思わないのか!」

 熱く語るのは邦弘だ。もちろんあの日とは、牛乳プリン争奪戦の日だ。邦弘も斗真斗と同じく、夜騎士の策略によって参加後即敗戦の苦汁をなめさせられた一人だったのだ。

 なるほど、そのまま簡単に帰るわけにはいかない、というわけですか……

 口元をにやりとさせ、斗真斗は五人のほうに目をやる。

「いいでしょう。仮にも僕は赤い彗星のような斗真斗という二つ名を持っています。あの日のリベンジ戦、受けて立ちます!」

 斗真斗の快諾に、他の五人も闘志を見せる。こうして、牛乳プリン争奪戦のリベンジマッチが開始されることとなった。


 校門から少し通学路を進み、人の邪魔にならない広場に斗真斗を含む六人は集まった。

 ここからしばらくは、六人の通学路が同じである。そして、下校のときに行う勝負といえば、小学生では定番のものである。

「ランドセル運びジャンケン」。勝者はしばらくの間、重い荷物を運ぶことから解放され、敗者は勝者のランドセルの重みを一身に受ける羽目になる。

 正確には全員が全員ランドセルというわけではない。玩駄無や翔は小学四年生では珍しくない手提げ袋で登校してきている。ランドセルというものは比較的大容量であり、かつ肩に背負うことで両手の自由を確保、さらに丈夫な素材で長持ちするという機能的に優れたものである伝統的なアイテムだが、高学年になるにつれて「子供っぽいから」などという理由で手提げ袋に変える児童も少なくは無い。もちろん、それだけ荷物を持っていかないという前提はあるが。

 さて、一人分でも小学生にとってはそこそこの重さはある。それを六人分運ぶともなると、小学生にはかなりの重労働である。

 敗者はたったの一人。だが、負ければ明日は筋肉痛は必須。勝者と敗者にはそれだけの差がある勝負。勝負を受けるからには、是が非でも勝たなければならない。

 ドサッ、ドサッ、ズドン。参加者は自分の荷物を広場の片隅に置き、気休め程度だが荷物の重みからの解放の時を迎える。一瞬の平和な時間。だが勝負終了後は、勝者の楽園と、敗者の地獄という別世界へと変貌していくだろう。

「さてと、準備はいいようだな」

 夜騎士が全員に確認を取る。この場にいる全員が、運命を賭けた手に力を込めていた。

 そして、その全員が全員、前回の牛乳プリン争奪戦のときのことを思い出していた。

 あの時、「最初はグー」の切り出しを行ったのは、今場を仕切っている夜騎士だ。そして、主導権を握られたまま、一瞬で一度に四人もの敗退者が出た。

 つまり、「最初はグー」の切り出しを行ったものが、まずこの第一回戦の主導権を握ることが出来る。六人もいるからアイコの仕切りなおしは難しいかもしれないが、とにかく自分が主導権を握ることだ。

 しかし、そのタイミングが難しい。へんなタイミングで切り出せば、待ったがかかるなどして、主導権をうまく握れなくなる。

 この思考に至るまで、参加者全員ものの数秒もかからない。その間に吹き去る風の冷たさなど、気に留める暇もなく集中していた。

 が、その風が吹き止んだ瞬間、


「最初はあああぁぁぁぁぁ!?」


 またしても第一声は夜騎士。誰もが切り出すタイミングをうかがっていたスキを突き、大声で夜騎士がうなる。

 これでは前回の牛乳プリン争奪戦と同じである。このまま行けば、夜騎士の策略にはまるに違いない。

 この夜騎士の主導権を流す方法として、残った五人のうち四人は、「パーを出す」という策に打って出た。つまり、この「最初はグー」というタイミングあわせにパーを出し、しらけさせることによってリセットしようということだ。

 だが、それは通用しなかった。四人が同じ結論に達し、パーを出したとき、夜騎士と徹也の二人だけは、その想像を斜め上に突っ走るまさかの「チョキ」を出していた。チョキとパー。四年三組の担任谷川の裁定もあり、パーを出した四人は敗戦を認めるしかなかった。

 つまり、同じ作戦は使えない。担任の谷川は居ないが、同じようにパーを出し、夜騎士や他の人間がチョキを出したなら、物言いもつけられず即座に敗退となるだろう。ならば、たとえ負けても物言いが出来るグーを出すという選択肢もある。

 だが、そもそもパーを出したのは、「場をしらけさせてリセットさせる」という目的の下で行った作戦だ。グーを出す、ということは、夜騎士主導権のままこのジャンケンを進行することを認めることだ。全員グーを出せば、物言いなどつける暇もなく、ジャンケンは進行する。そうなれば、勝ち目は自然と薄くなるというものだ。

 ……となれば、出す手は一つしかない。夜騎士の第一声が発せられてから、手を出すまでのわずか一瞬、恐らく一秒とかかっていないだろう。斗真斗だけでなく、二つ名がつけられた歴戦のつわものたちは、小学生とは思えない判断能力を駆使し、同様の結論に至っていた。

 そうなれば、あとは実行するのみ。握り締めた拳を、わずか二本ばかり伸ばし、いざ、決戦の場へ。


「「「チョキ!」」」


 数秒後、六人の輪の中心には、六本の腕、そして勝負を決定する手が出されていた。

 先ほどの結論に達した参加者のうち、三人の手はチョキ。前回の牛乳プリン争奪戦を知っているものならば、この光景は驚きはすれど感心も覚えるだろう。だが普通のジャンケンしか知らない一般人が見れば、明らかに異様な光景だ。

 チョキを出した三人は邦弘、翔、玩駄無。前回の愚考を改め、そしてたどり着いた結論に従った彼らは、場に出ている残りの三つの手を見て愕然とした。

 夜騎士と徹也の手は、その策を上回るまさかのグー。夜騎士は最初からこれを狙っていたのだろうが、徹也は恐らく出された結論と、前回の夜騎士の策がひっかかり、すんでのところで伸ばしかけた指を折り曲げたのだ。

 チョキを出した三人の脳裏に前回の戦いがフラッシュバックする。これでは、前回の結末と同じになってしまう。

「くっ、まさか……こんなことに……」

 グーはチョキに勝つ。小学生なら誰でも知っている常識に、二本の指をまっすぐに突き出した邦弘の手は震えていた。その手を見ながらにやりと邦弘のほうを見る夜騎士。

「フッ、まず一回戦の勝者は決定……」

「あーいこーでぇぇぇぇ!!?」

 夜騎士の勝利宣言を打ち消すかのように、突然のアイコ宣言がなされる。

 何、アイコだと?待て、グーとチョキで勝負は決したのではないのか?

 この宣言に対し、残りのメンバーの頭は混乱する。

 落ち着け、まずはこのジャンケンで出す手を考えるんだ。物言いは、その後でも問題ない。もしこのジャンケンが成立するともなれば、このジャンケンに勝たなければいけない。

 何を出す?チョキか?いや、同じ手は出せない。ならばパーか?だがグーを出した人間が手を変えてくるかもしれない。となればグーか?いやこれも……

 完全に混乱する参加者。方針も定まらぬまま、勝負の手がまだかまだかと脳からの指令を待つ。


「ショ!!」


 考えが追いつかぬまま、勝負の手は六人の輪の中心に出揃った。

 邦弘、翔、玩駄無の手は先ほどと同じチョキ、夜騎士と徹也が同じく先ほどと同じグーだった。

 そして、残った斗真斗の手、その右手は固く握り締められていた。

 チョキが三人、グーが三人。グー側の勝ちである。

 勝負は決したものの、六人の手はしばらく固まったままである。

「……一回戦の敗者が決定しましたね」

 太陽光に眼鏡をキラリと輝かせながら、静寂な広場に斗真斗が言い放った。先ほどのアイコ宣言は、まぎれもなく斗真斗のものだった。

「……どういうことだ?説明しろ!斗真斗!」

 その言葉を発端に声を発したのは、チョキを出していた邦弘だ。

「それはどういう意味ですか?」

「どういう意味ですか?じゃねーよ!何だよアイコって!」

 先ほどのジャンケンがアイコだったことに納得していない様子の邦弘。それを見て、くくっと斗真斗は口元を緩ませながら答える。

「あれ、さっきの手、明らかにアイコでしたよ?ちゃんと全員の手、見てましたか?」

 最初のジャンケン、グーとチョキの勝負だったはず。ならばそれで決着したのではないのか?

 よく思い出す。邦弘はチョキ、翔と玩駄無も同じくチョキ。それに対して、夜騎士と徹也の手はグーだった。

 ……まてよ、ならば斗真斗の手は何だったのだ?さらに思い出す。六人の輪に出されたのは、チョキが三つ。グーが二つ。そして――

 パー。そう、一つだけ、パーがあったのだ。夜騎士に勝つことばかりに意識が行き、回りの手が見えていなかったのだ。夜騎士に負けたから、この勝負は終わったと思い込んでいた。

 しかし、前回の戦いを考えれば、パーを出す等という命知らずな行為はできるはずが無い。ここはチョキ。負けたものならチョキ、あるいはグーを出す。パーなんて出せたものではない。それを振り切ってのパー。こいつは負けることが怖くないのだろうか?そんな、ここにいる全員が当然たどり着いただろう結論に従うという思考そのものも、斗真斗のパーを見逃した要因のひとつといえるだろう。

「三人以上のジャンケン勝負の場合、異なる三つの手が出されたならば、その勝負はアイコとなり、ジャンケンをし直す。小学生なら誰でも知っていることでしょう?僕はそれに従って、アイコ宣言をしただけですよ」

 当然でしょ、という顔をしながら、負けた三人の顔を斗真斗は順々に眺める。その三人は、悔しそうな顔を浮かべたまま動かない。

 斗真斗にとって、最初の手でパーを出したのには二つの理由があった。前回の牛乳プリン争奪戦の経緯から、斗真斗もチョキを出すのがベストだと判断した。が、よく考えると、チョキを出したからと言ってそれで勝てるかどうか分からない。運悪く自分だけチョキを出し、他の全員がグーを出したならば、勝敗の裁定を覆す間もなく自分だけが敗退してしまう。

 ならば、チョキを出すと判断したメンバーに対してグーを出すことはどうだろう。恐らく、これで勝つ確率はある程度あっただろう。が、ここで重要なのは何だったか。この勝負に勝つことだっただろうか。

 この「パー」や「チョキ」を出すという異常事態に至った経緯。それは「主導権のリセット」である。夜騎士の手にある主導権を、どうにかしてリセットするためのパーやチョキだったのだ。牛乳プリン争奪戦でパーを出す結論に至ったのは、場をしらけさせるためである。だが、場をしらけさせるのは、主導権をリセットし、自分が主導権を得るための行為だ。

 つまり、最終的に主導権を自分のものにするために、できるかわからない仮初かりそめの勝利を目指してはならない。誰にも出せないだろう、そしてグーとチョキの勝負に、悟られぬように水を差すパーを出す。そしてアイコ宣言を繰り出すことによって自分が主導権を握る。そのためのパーだったのだ。

「とにかく、勝者は俺、徹也、そして斗真斗。敗者は邦弘、翔、玩駄無だな」

 全員が出していた手を引っ込めると、夜騎士が勝敗の決定を改めて確認した。それを受けて、邦弘も納得せざるを得ないという顔で夜騎士を見る。


 こうしてランドセル運びジャンケンの一回戦の勝敗が決したわけだが、斗真斗には気にかかることがあった。

 先ほどの不意打ちアイコ。だが、一回戦終了後の態度といい、アイコ宣言の後に出した手に迷いがなかったことといい、夜騎士はこのアイコを知っていた節がある。同様のことは、徹也にも言えた。

 チョキを出した三人は、少なからず出す手に迷いが見えた。が、徹也と夜騎士はまっすぐに、自分の決めた手を出していたのだ。

 なるほど、歴戦のジャンケン勝負を勝ち抜いてきた強者はこれほどの揺さぶりをかけても動じない、ということか。ライバルとしては申し分ない実力の持ち主だ。

「さて、とりあえず勝者と敗者は決定したわけだが……」

 突如、夜騎士が声を発した。この後は敗者同士で更なる敗者を決める勝負になるはずだ。一体何があるというのだろうか?

「斗真斗よ。さっきの勝負は見事だった。あんなのを見せられては、俺としてはお前との決着をつけずにはいられないわけだが……」

 勝者の愉悦として、ゆっくりと敗者同士の醜い争いを見物していようとしていたのに、決着とはどういうことだろうか?

「そこでだ。このランドセル運びジャンケン、通常なら最後まで負けたものが運ぶことになっているのだが、今回はルールを変更しよう」

 突然の提案。驚いて眼鏡までずり落ちる勢いだ。

「すなわち、今回だけは敗者ではなく、最後まで勝ち残ったものが敗者の荷物を運ぶ、ということにしたい。どうだ?」

 なるほど、そういうことか。今回の勝者は夜騎士、徹也、そして斗真斗。この三人でランドセル運びジャンケン頂上決戦をしようということか。

「徹也、おまえはかまわないよな?」

「ああ、問題ない。俺も、斗真斗と夜騎士、お前らとはいずれ勝負をつけたいと思っていたところだ」

 夜騎士の誘いに、徹也もあっさりと承諾する。

「さて、後は斗真斗お前だけだが……」

 辞退すれば、重い荷物運びから解放される。それは、確定していることだ。

 が、もともとこの二人にはリベンジを誓っていた。そのチャンスが、今こうしてあるわけだ。これを逃す手は無い。

「そうですか。いいでしょう。受けて立ちます、徹也、そして夜騎士!勝負です!」

 意を決し、左手中指で眼鏡を直しながら、右手で徹也と夜騎士を指差す斗真斗。夕焼けに照らされたあたりの雑草が風に揺れる。さながら、この三人の戦いを見守る観戦者のようにすれる草の音が耳に伝わってきた。

「ま、まて、じゃあ負けた俺たちはどうなるんだ!?」

 やり取りを見ながら、邦弘は敗者への処遇を問う。

「フン、敗者はそこで強者たちの熱い勝負を見届けてるんだな。まあ、面倒なら自分の荷物を持ってさっさと帰るっていうのもありだがな」

 そういって、夜騎士は敗者の弁を切り捨てる。集まる三人の勝者の前に、邦弘たちは周辺の雑草同様、その戦いを見守るしかなかった。


 勝者が敗者の荷物を全て持つという異様なルールとなったランドセル運びジャンケン。敗者の証であった参戦者の荷物は、勝利の栄光へと変わった。その栄光を手にするために、広場の中央には一回戦の勝者三人が対峙する。

「お、おい、この勝負どうなっちまうんだ?」

 邦弘が対峙した三人を見て、何故か動揺する。本来なら自分達の命運を決する場だったのだが、今はその決戦の場の外。自分の戦いを、自分が見ているようなそんな錯覚に陥る。

「……原口君は、強いよ……」

 ぼそり、と声が聞こえる。声の主は隣にいた翔だ。左目を覆い隠す前髪が風によって揺れる。右目だけで見た光景と、両目で見る戦いの世界は、彼の目にはどう映っているのだろうか。

「斗真斗がか?でも、前のときは俺たちと一緒に敗退したぜ?」

「たしかに、あの時は完全に斎藤君の策にやられていたね。でも、彼は今回はそんな斎藤君の策を見破ってあそこに立っている。多分、あの敗戦から対策を考えていたんだと思うよ」

 まっすぐに対峙の場を見据えながら、翔は淡々と語る。だが、その言葉には見えない重みがあるようにも感じた。

「……翔、この勝負、どう見る?」

 翔の言葉を聴き、邦弘にも緊張が走る。

「分からないな。お互いジャンケンでは百戦錬磨を誇る兵藤君と斎藤君。そして知識を得ることには人一倍努力を惜しまない原口君。もしあのジャンケン勝負の強敵に原口君が勝つとしたら、あの二人の攻略法を考えているに違いない」

「攻略法って……一体何だよ!?」

 翔のあやふやな回答に、邦弘の声に力が入る。翔はゆっくりと目を閉じ、何かを考えているような素振りをした。

「……それが分かっていれば、僕はここはいないと思うけどね」

 ふぅっ、と深い息をする翔。そうだな、と邦弘も再び決戦の場に目をやることにした。

「なあなあ、おいら達はもう荷物運ばなくていいんだな。だったら、とりあえずここらへんで遊んどくんだな」

 邦弘と翔は思った。……玩駄無よ。一人でなにかやっているのはいいが、ひとまず静かにしてくれないだろうか?


 日は徐々に傾き、夕焼けの赤も色濃くなっていく。まるで、広場の中央三人の闘志の炎が、周囲で燃え盛っているようだ。

 同じく夕日に照らされる雑草たちは、風に揺らされながらヒートアップしているように見える。もしこれが西部劇の射撃戦なら、タンブルウィードなる草がころころと転がっていることだろう。さすがに日本のちょっとした広場にそんなものはないが、代わりに誰が捨てたとも分からない空き缶がころころと転がっている。石に当たったのか、カンッという甲高い音が当たりに響き渡る。

 茜色に満ちた静寂の中で、首輪をつけられ散歩をしている犬が、何かに向かって吠えている。が、それすらも戦士達を鼓舞する応援歌のように聞こえる。

「……俺はグーを出すぜ」

 ジャンケン勝負は心理戦でもある。まず夜騎士は、その心理戦に優位に立つための言葉を発した。

 子供たちがよくやる、予告先発のような宣言戦略。前回の牛乳プリン争奪戦でも、夜騎士は同じ戦略を取っていた。

 恐らく、夜騎士自身、この二人に同じことが通用するはずはないだろうと考えていることだろう。様子見、と見たほうがいいだろうか。

「またか。まあ、好きにしなよ」

 徹夜は前回と同様、宣言返しなどせず、夜騎士の宣言をスルーすることを決め込んだ。最初に宣言をしたのは相手のほう。ならば、それに乗っかることは愚の骨頂だろう。

「そうですか。じゃあ僕は――」

 と、ここで斗真斗が切り出す。まさか、宣言返しをする気ではないだろうか?

「夜騎士、もし君が次のジャンケンでグーを出さなかったら、勝負の後に君を殴るよ」

 とんでも発言がなされた。グーを出させるための強硬手段か。

「ははは、冗談はよせ。宣言戦略だって立派な戦略だ。だというのに出さなかったらなんたらなんて約束、させるわけないだろう。俺はグーを出すと宣言しただけだが、その宣言どおりに俺がグーを出すかどうか。それを見極めるのがお前たちがやるべきことだろ。なのに、宣言したことを強制させるなんてことは、ジャンケンという名の心理戦を愚弄しているのか?そんな取り決めなんて無効に決まっている。もしお前が殴ってきたら、俺も遠慮なく殴り返すからな」

 普段は冷静な夜騎士も、斗真斗の言葉に熱くなっているようだ。その反応を、斗真斗は見逃さない。

「もちろん冗談ですよ。さて、あまり長引かせてもギャラリーが退屈でしょうから、そろそろ始めましょうか」

 その一言で、夜騎士、徹也共にジャンケンの構えを見せる。もはやお互いを警戒しているようにしか見えない。

 吹き続ける風、それが徐々に収まり、そして止んだ瞬間。

「ジャン!」

「「ケン!」」

 ジャンケンを始める掛け声が響き渡った。タイミングあわせの「最初はグー」など、この真剣勝負に不要。それを察し、三人はそれぞれの考えの下に勝負手を出す。

 思い切って振り上げた手。その三人の手が、赤い空気を切り裂き、戦場に向かう。ほぼ同時、同じ動作。恐らく違うのは、振り下ろされた先にある手の形。途中経過など意味を成さない。三人の目は、手が出揃う最終決戦場に向いている。

「「「ポンッ!」」」

 掛け声と同時に、出揃う三人の手。その結果を、戦場の三人、そして外にいる三人が見つめる。

 夜騎士、グー。

 徹也、チョキ。

 そして、最後に斗真斗が出した手それは、なんとパー。この勝負はアイコである。

「……アイコか。」

 ちっ、と夜騎士は舌打ちをしながら呟いた。


「アイコ、か。なるべくしてなった、というようなアイコだね」

 この状況を、翔は静かに分析する。

「なるべくしてなった?一体何故だ?」

 ふと呟いた翔の一言が気になる邦弘。

「それぞれ考えていることを整理すれば、なんとなく分かるよ」

 そう言われても、邦弘には一体何のことか分からない。

「まず兵藤君。前回、斎藤君のグーを出す宣言を受け、パーを出していたよね。ただ、同じ手を出しても勝てるかどうかは分からない。斎藤君は前回パーを出していたし、原口君は斎藤君の宣言を受けて、グーに勝てるパーを出すかもしれない。そうなると、チョキを出せば両方に勝つ可能性が出てくる。だからチョキを出したんだと思うよ」

 ふむふむ、と相槌を打つ邦弘。

「斎藤君だけど、原口君のグーを出さなかったら殴る宣言、多分あれが効いていると思うんだ。はったりとはいえ、斎藤君は恐らく原口君のことを詳しく知らない。もしかしたらすごくキレやすいキャラで、本気で殴ってくるかもしれない。殴り返すと言い張っても、やっぱり小学生、殴られるのが怖かったんだろうね。だから、宣言どおりのグーを出した。もしかしたら、最悪アイコにもっていけるという彼の確信もあったかもしれないけど」

「じゃあ、斗真斗はどうなるのさ?」

「原口君の場合は単純。自分で言ったはったりで、斎藤君の出す手を制限した。だったら、それを利用しない手はない。原口君は斎藤君があまり喧嘩慣れしてないというのを知っていたんじゃないかな。だから、グーに勝つパーを出した。とりあえず斎藤君には勝つわけだし出し、兵藤君が何を出しても最低アイコになるからね」

 翔が語り終えた頃、わずかな風が左目を隠している翔の前髪を揺らす。理路整然とこの状況を説明する翔に、邦弘はぽかーんとしていた。

「何でこれだけの情報で、そこまで推理できるんだ?」

「いや、状況みたら分かるんじゃない?」

 わかるか!と内心思ったのだが、説明を聞いてくると自分でもこのアイコの状況が理解できる気がしてくるから不思議だ。

「……しかし、今日のお前はよくしゃべるな」

「そうかな。普段からよくしゃべってると思うけど」

 翔は冷めすぎているといってもいいくらい冷静で、クラス内でもあまりしゃべることがなかった。邦弘と一緒のときでも、大抵は聞き役に徹している。その翔がこれだけしゃべるということは、よほどこの勝負の行方が気になるようだ。

「ともかく、あの二人は原口君を侮らないことだね。でないと、あっさりと敗北するかもしれない」

「…そろそろ本気の勝負が始まるってことか」

「まあ、さっきの宣言戦略は、様子見って言ってもいいかもしれないね。次の勝負から、兵藤君、斎藤君も本気を出すんじゃないかな」

 次の勝負からは片時も目を離さなせない。そのような雰囲気が、しんと静まり返った広場に漂う。風は止み、周囲の雑草すら動かない。涼しくなる空気を感じる肌も、勝負を見届けるかのように、温度の感知能力を放棄しているようだ。

「なんか、みんなすごいんだな。翔君はすごい解説してるし、夜騎士君はぐろうとか難しい単語使ってるし、なんでそんなに頭が回るのか不思議なんだな」

 ……玩駄無よ。この真剣勝負の張り詰めた空気にくだらない疑問を投げかけて、勝負を愚弄する気か。さっさと頭を回して空気を読むが良い。全員がそう思っていた。


 アイコとなった戦場は、一旦仕切りなおしとなった。通常、アイコになった場合は続けて勝負を行うのだが、ここは真剣勝負。一度手を引き上げ、次なる一手の戦略を考える時間が与えられる。

 そしてアイコになって数秒後。全員が次に出す手を決めたと思われるタイミングだった。

「アイ!」

「「コで!!」」

 三者共に、再び構えた手を上げ、自分の選んだ手を戦場に投げ出そうとする。

 ……が、ここである異変が起こる。徹也の顔が歪み、変顔を炸裂させた。当然のことながら、ただ相手を笑わせるような、そんな変顔ではない。口は突き出され、見下す角度で目が見開かれ、鼻の穴は広がっていた。この顔を見た一般的な小学生の脳から発せられる命令は「そいつを殴れ」ということだろう。

 殴りたくなる顔。これこそ、徹也のもっている、「相手を必ず殺す技」と書いて必殺技である。

 殴りたくなる、ということはその手はグーとなる。すなわち、それに勝つパーを出せば必勝である。

 この必殺技は、牛乳プリン争奪戦にて、対夜騎士用に考えられた技である。夜、風呂場で鏡を見ては、どうすれば殴りたくなるような顔になるかを日夜研究した結果の賜物である。

 惜しくもこの技は夜騎士にぎりぎり耐えられてしまったが、それは夜騎士の熱い心の中にも冷静な判断能力があったからだ。その判断能力を持ってしても、握られた拳をかろうじて開くのが限界だった。

 ましてや、一度披露しているとはいえ、相手は夜騎士ほどの強靭な精神力、判断能力など持ち合わせていない斗真斗だ。間違いなく、この顔をみれば斗真斗はグーを出すだろう。

 そして、徹也だけならまだしも、なんと夜騎士まで同様に変顔を披露して見せた。夜騎士の口は突き出され、見下す角度で目が見開かれ、鼻の穴は広がっている。徹也ほど圧倒的に殴りたい顔ではないものの、小学生が殴りたいと思う衝動を与えるには十分すぎるほどの変顔である。

 小学生には驚異的な支配力を持つ変顔。しかも、今回は二つ。W変顔である。徹也と夜騎士は考えた。斗真斗は強敵だ。三人ともなるとこのままアイコが続くかもしれない。ならば、必殺技が効く相手を先に潰しておこう。

 偶然か必然か、示し合わせたような合体技。「必ず殺す技」どころか、「必ず殲滅させる技」ともいえるレベルだろう。徹也と夜騎士の変顔は、問答無用に斗真斗の方に向けられていた。

「「「ショツ!!」」」

 斗真斗のグーは必然。徹也と夜騎士は確信していた。当然、徹也と夜騎士の出した手はパー。必勝のパーである。

 これで、最後に残ったのは徹也と夜騎士。因縁のライバル対決となる。

 ――はずだった。

 変顔のまま、出された三つの手を見る。開かれた手。それが、なんと三つ。

 ありえない。ありえるはずが無い、パー三つ。少なくとも、徹也と夜騎士にとっては想定外の斗真斗のパー。

「ば……かな……」

 徹也は思わぬアイコに、広げた右手を震わせていた。夜騎士にいたっては、もはや開いた口がふさがらないほどの放心状態。

 負けた……耐えられた……?会心の変顔。調子が悪かったわけではない。小学生が見れば、間違いなく殴りたくなる顔。それが、通用していない。

 夕焼けに照らされ、もみじのように開かれた手は、しばらくの間戦場に投げられたままとなっていた。


「やはり、兵藤君と斎藤君は、原口君を侮っていたようだね。変顔さえ使えば勝てる相手だと思ってる」

 静まり返った空気と同様、翔は静かに口を開いた。

「ん、あれはあれだ。一度見ていたから、耐性がついてたんじゃないのか?」

 邦弘が遠くから徹也と夜騎士の変顔を見ながら翔に尋ねる。

「遠くから見るのと間近で見るのでは大違いだよ。僕も牧田君も、あの場にいたら間違いなくグーを出していただろうね」

 同じく遠くから徹也と夜騎士の変顔を見て、翔は邦弘に返す。翔自身も、あの顔を見ていたら殴りたい衝動に刈られたのだろう。右手がしっかりと握られている。

「そうか。しかし、だったら何故斗真斗はパーを出せたんだ?」

「牧田君が言った事は半分正解だよ」

 遠くで徹也と夜騎士の変顔が解除されると、翔は握っていた拳を開いた。

「原口君は、牛乳プリン争奪戦の兵藤君と斎藤君の対決を見ていた。もちろん、お互い変顔を使うというのも知っていたはずだよね。もし知らなかったら、多分さっきの勝負は原口君の一人負けだったろう。でも、見ていたから対策を打てたのさ」

 そう言って翔が斗真斗の方を見ると、夕日が眼鏡に当たって光っているように見えた。反射光が眩しい。

「対策?」

「そう。といっても、対策っていうほどじゃないんだけどね。もちろん、あの変顔を直接見たなら、グーを出すのは必然だっただろうけど」

 そういって、握り締めた右手を突きつける翔。

「じゃあ、一体どうしたっていうんだ?」

「原口君の視線を見れば、一目瞭然だよ」

「視線?……あっ!」

 翔に言われ、斗真斗の視線を追う邦弘。その視線は、まっすぐに出された手に向かっていた。

 見ていれば、グーを強制されることは必然。だが、斗真斗はそんな変顔を見ずに、手が出される戦場だけを見ていたのだ。いかに変顔といえど、見なければまるで気にならない。

「これが対策ってやつか。まさかこんな方法で回避するとはな。しかも、変顔されるのを知っているかのように……」

「いやいや、原口君は一回戦のときからずっと手だけを見ていたよ。変顔がいつくるかなんて、分からないわけだからね」

「な……一回戦からかよ。すごい奴だな」

 斗真斗の完璧な対策に、思わず感心する邦弘。眩しい夕日のせいか、斗真斗が輝いているようにすら見えた。

「しかし、さっきの勝負で兵藤君たちは多分気が付いただろうね。原口君の癖に」

「へ、癖?」

「そう。僕もずっとみんなの動きを見ていたんだけどさ。やっぱり原口君にはあの癖があるみたいだね。遠くからだと良く分かるよ」

 空は茜色から、徐々に闇の青に色づいていく。日が落ちるのは早いものだ。そして太陽のぬくもりを失うと同時に、久々に吹く風が肌を突き刺す。

「原口君、君は気が付いているかどうか分からないけど、それを知らないと次の勝負、必ず負けるよ」

「もう、なんだか良く分からないけどおなか減ったんだな。そろそろ勝負ついてほしいんだな」

 翔の呟きの上から、玩駄無がおなかを叩きながら騒ぎ立てる。

 ……玩駄無よ、もし君があの戦場にいるなら、迷うことなくパーを出せばいい。相手は必ずグーを出す。そうすれば、確実に君の勝ちだ。ただし、最後には肉体的痛みを伴う勝利だけどな。翔と邦弘ははしゃぐ玩駄無を見ながら心の中でそう思った。


 停止した時間が動き出すように、ようやくのことで、三人は出した手を引っ込めた。

「まったく、君たちは口や顔でジャンケンをしているのですか?ジャンケンは手でするものですよ。手で。この手と、頭を使って勝負するんです。そんな変顔や宣言戦略なんてジャンケンに必要ないじゃないですか」

 徹也と夜騎士の作戦を全否定するがごとく話したてる斗真斗。その言葉に、徹也と夜騎士はぐうの音も出ない。

 斗真斗は先ほどの勝負、チョキを出して勝利することもできた。そろそろ変顔を出すだろうと、内心思っていたからだ。だが、単なる勝利よりも、このアイコには大きな意味があった。

 原口斗真斗は侮ってよい相手ではない。そう思わせることだ。いつまでも、あの時負けた斗真斗ではない。考え抜かれた徹也と夜騎士の戦略。それを徹底的に潰しての勝利。それことが、斗真斗のリベンジ達成そのものである。

「お遊びはここまでです。そろそろ本気を出しましょう」

 左中指で眼鏡のズレを治すと、斗真斗は徹也、夜騎士に向かって指差す。

「期は熟しました。そして、僕自身もね!」

 空の色は、昼間とは違う青色を示す。藍色に近いだろうか。しかし、その青い空の下で、斗真斗の顔は真っ赤になっているように見えた。それは、沈みかけた夕日のせいなのか、自身が発している熱のせいなのかは良く分からない。

 そんな斗真斗を尻目に、夜騎士は徹也の顔を見る。

(徹也、気が付いているか?)

 徹也も、夜騎士の顔を見返す。

(ああ、やはりそうか。一回戦のときから斗真斗の手を見ていたが……)

 同時にうなずく、徹也と夜騎士。

「二人して作戦会議ですか……まあ、いいですよ。しかし、次で決着をつけましょうか」

 そういうと、斗真斗はジャンケンの構えをする。それを見て、徹也と夜騎士も身構える。

 夜道に電灯が灯り、暗かった空間に光が差す。その光は広場まで届かないが、なんとか勝負の手は見えている。

「アイ!」

「「コで!!」」

 夜に近い夕方の広場に響き渡る三人の声。空を見渡せば、闇にはまだ遠い色の中で、その三人の戦いを見守る観戦者のように星が一つ、また一つと輝き始めていた。

 限りなく透明に近い闇色の空気を、三人の右手が鋭く振り払い切り裂く。一度引っ込めた手が、勢い良く天に上げられる。

 斗真斗が手を挙げた瞬間だった。徹也と夜騎士は、斗真斗の振り上げられた右手に注目した。

 その手の形は、パー。

 それを見て、すかさず中指と人差し指だけを伸ばす徹也と夜騎士。

 夜騎士はずっと、ジャンケンで対戦した相手の行動を見ていた。

 ジャンケンをするときの顔、手の行動、どの行動をしたときに何の手を出したか。

 その積み重ねを繰り返し、今のような圧倒的な勝率を誇るようになったのだ。

 徹也も、夜騎士ほどではないが、相手に何か癖がないかということを観察していた。

 そうして見つけた、原口斗真斗のジャンケンの時の癖。

 手を振り上げたときに出していた手を、下ろすまで変えない。

 つまり、手を振り上げたときにパーならば、その手は戦場でもパーのままである。

 すなわち、今チョキを出せば、斗真斗に対しては必勝ということになる。

 戦場にはいないが、翔もそれを分かっていた。遠くから見たほうが、振り上げたときの手の形が分かりやすい。

 確かに、手を挙げている時間というのはそう長くない。が、一瞬でもその手の形が分かればいいのだ。伸びている指の数は五本か、二本か、ゼロか。三本や四本、あるいは一本に見えても、パーかチョキかくらいの判断は可能である。

 とりあえず、この場は斗真斗は沈める。後は、残った二人で決勝戦だ。

 徹也と夜騎士はちらりとお互いを見る。次は負けない。徹也は改めてそう思うと、すぐさま斗真斗の右手に注目した。

 闇を切り裂き、三人の右手が振り下ろされる。これで勝負が決する。

 が、ここでハプニングが起こった。振り下ろされると思われた斗真斗の右手は、あろうことか眼鏡に向かっているではないか。

 まさか、右手じゃない、つまりパーではないだと?

 勢い良く振り下ろされる、チョキを形作った右手が止まらない。徹也と夜騎士の右手は、重力に逆らえず戦場に向かった。


 徹也、チョキ。

 夜騎士、チョキ。

 斗真斗がパーを出すと目論んでのチョキ。もし斗真斗が目論みどおりパーを出したならば、次はこの二人の対決となる。

 おそるおそる戦場を見る。斗真斗の出した手。勝負を決める手。

 戦場には、斗真斗の左手が差し出されていた。右手は、ずれた眼鏡を修正している。

 その勝負の左手。それはしっかりと握り締められていた。

 チョキ二人にグー一人。斗真斗の一人勝ちとなった。

「僕の勝ち、だね」

 考えつくした戦略をくつがえされ、動くことが出来ない徹也と夜騎士。勝利が確定すると、斗真斗は握り締めていた左手の拳を、ゆっくりと開き、徹也と夜騎士に握手を求めた。

「君たちとの勝負、楽しかったよ。おかげでリベンジが果たせた。また、勝負しようよ」

 その言葉を聴き、我に返る徹也と夜騎士。開かれた手を見て、まず徹也の右手のすべてを切り裂くはさみを、すべてをやさしく包み込む紙へと変化させ、斗真斗の左手を握った。握りにくいのはご愛嬌か。

「あ、ああ、こっちこそ、熱い勝負だったな」

 続いて、眼鏡にあてていた右手を、斗真斗は夜騎士に差し出す。夜騎士も、出していたはさみを引っ込め、握手に応じる。

「たった一回の勝負から、俺たちの戦略を崩すとはな。今回は完敗だ」

 握られた二つの手。吹き進む夜風が、熱くなった広場をやさしく冷ましていき、再び雑草たちがゆっくりと揺らめく。


「それにしても、すごい勝負だったな」

「まさか、原口君は自分の癖を知っていて、それを利用するなんてね」

 邦弘も翔も、今回の熱い勝負には感動すら覚えていた。

 たった三回のジャンケン。それなのに、もう時間が経つのも忘れて夢中になってしまった。もはや、一種のスポーツではないかと錯覚するほどだ。

「あの敗戦から、原口君がここまで対策を立てていたなんてね。なんと言うか、ジャンケンというものを見直したくなったね」

 ゆっくりと、天を仰ぐ翔。薄い藍色の空が、熱い体を冷ましていく。そんな気がした。

「ジャンケンは単なる運だけの勝負じゃない。人を知り、人を観察することで、自分が出すべき道を切り開いていく。そうやって、人の心の奥深くまで潜っていった人が、最終的な勝者になるんだろうね」

 勝つための戦略や統計、そういうものもあるだろう。けれども、対戦するのは人だ。人の心をよく見て、相手の動きを見ること。そして、それらを考慮して、最終的に判断する力。すべてを備えてこそ、驚異的な勝率を叩きだせるのだろう。

「さて、みんなのところに行こうか。……ところで、原口君は、何か一つ重要なことを忘れているんじゃないかな?」

 重要なこと、といわれ、そういえば何か忘れてるような気がした邦弘は、それが何だったか思い出そうとする。が、なかなか思い出せない。

「重要なこと?一体何だ?」

「牧田君、君もか。まあ、あの熱い勝負を見ていたら、きっと忘れてしまうんだろうね」

 そういうと、翔は自分の荷物を置いた場所へ歩いていった。


 熱い戦いも終わり、戦場にいた三人も、荷物を取りに戻っていく。

「斗真斗、俺はお前を見くびっていたようだな。だが、次はこうは行かないからな」

 夜騎士は歩きながら斗真斗に話しかける。真剣だった顔は、もう既に緩みきっている。

「徹也と俺、ジャンケンでは無敵を誇っていた俺たちをやぶった。それは誇れることだと思う」

 確かに、徹也と夜騎士、二人は四年三組の中でも驚異的なジャンケンの勝率を誇る。勝てる相手はほとんどいなかった。

「だから、今日はお前にこいつを任せられるな」

 夜騎士は、置いてあった自分のランドセルを、斗真斗に向かって放り投げた。あわててそれをキャッチする斗真斗。

「え、こ、これは……」

「大切なランドセルだ。途中まで、よろしく頼むな」

「な、何を言ってるんですか?今日の勝者は僕で……」

「最初に言ったじゃないか。今日は最後まで勝ちあがった者が、敗者の荷物を持つランドセル運びジャンケンだと」

 勝負に夢中になって忘れているかもしれないが、この勝負は夜騎士の言うとおり、勝った人が荷物を運ぶという取り決めがなされている。つまり、今回は斗真斗が全員分の荷物を運ぶわけだ。

「え、ちょ、ちょっと、そんな……」

「おいおい、そういう反応はないだろ。例えば夜騎士、お前ならどうする?」

 徹夜は自分のランドセルを、夜騎士のほうに放り投げる。すばやく、落とさないよう丁寧に夜騎士はそのランドセルはキャッチする。

「今日はお前にそのランドセル、任せたぜ、夜騎士」

「ああ、任せな。お前たちの荷物、この夜騎士がしっかりと目的地まで運んでやる」

 徹也のランドセルをしっかり持ち、通学路に戻る。振りをする夜騎士。

「……っていう風になるはずだが?」

 振り返り、持っていたランドセルを夜騎士は丁寧に地面に置く。

「いやいや、おかしいですよそれは」

「じゃあ翔、お前ならどうだ?」

 徹也は置かれたランドセルを翔のほうに放り投げる。一瞬驚いたが、翔はうまくランドセルをキャッチする。

「……こんな僕でいいのかい?大切な荷物なんでしょ?」

「今日はお前が勝者だ。だから、お前に託すんだよ」

「そう。じゃあ、僕が責任持って、目的地まで持っていくよ」

 夜騎士と同じく、ランドセルをしっかり持って通学路に戻る。振りをする翔。

「……っていう風になるだろ。翔だってしっかりやってるじゃないか」

 翔が戻ってくると、徹夜はランドセルを受け取り、それを斗真斗の手に渡す。

「じゃあ、場所は分かるよな。後は頼んだ」

 徹也と夜騎士は、ゆっくりと通学路へ戻った。

「おう、斗真斗、俺のランドセルも頼んだぜ!」

 邦弘も続いて、ランドセルを斗真斗の足元に置いた。

「原口君、僕の荷物、お願いね」

 翔も自分の手提げ袋をそっと斗真斗の足元に置き、邦弘の後をついていった。

「だな、おいらの荷物も頼んだんだな」

 自分の手提げ袋を振り回しながら、乱暴に斗真斗の足元に置き、玩駄無はるんるんと通学路へ向かった。

 後に残されたのは、大量の荷物と、原口斗真斗。冷たい風が吹き、揺れる雑草たちがいらないエールを送る。

 斗真斗はなんとか荷物を持とうとする。背中にランドセル一つ、腹側に一つ、両肩にむりやり一つずつ、自分の荷物と翔、玩駄無の手提げ袋を両手に。

 自分の荷物はそんなに多くなく、翔の手提げもあまり荷物が入っていなかったのか、意外と軽かった。

 ……が、玩駄無の手提げだけ鉄アレイかダンベルでも入っているのではないかと思うほど、重かったのだ。

「な、が、玩駄無よ、一体何を入れているのだ!?」

 中身を確認することも出来ず、よたよたと広場を出て通学路へ向かう。

「まったく、何でこんなことに……」

 荷物の重さに加え、おなかがぐぅっと鳴る。合流場所まで徒歩十分ほど。なんとか、そこまでたどり着けば……

「あ。原口君……」

 背後から嫌な声が聞こえた。だが、ぎりぎりで抱えているランドセルたちのせいで振り向くことは出来ない。

 すたすたと足音が聞こえる。その足音は近くまで来ると、するりと横を通り過ぎていった。

 その正体は、同じクラスの吉永雪子よしながゆきこだった。雪子は大量のよもぎクリームパンを抱え、さらに口にもくわえている。

「あ、あの、原口君、今日はありがとうね。おかげで助かったよ。ランドセル運び、大変そうだね。じゃ、じゃあ私、もう帰らないと行けないから」

 そういうと、軽やかな足取りで雪子は通学路の先の闇に消えた。

 そうだ。今日一日空腹状態なのはあの女、雪子のせいだ。大切なよもぎクリームパンを……。

 荷物を運ばないといけない苦行に追い討ちをかけた一言により、精神的に大ダメージを負った斗真斗。

 なんとかポジティブに考えようとする。もうすぐ夕食。今日は大好物のカレーかな、きっと。

 

 見上げた夜空に、流れ星が一つ流れた。

 「絶対に負けられない~」のキャラクターって、いろいろな話が作れるんです。構想だけは、各キャラクター考えています。是非とも他のキャラクターについても書いて見たいですね。

 もし、「このキャラクターのストーリーを作って欲しい!」というものがありましたら、感想などに書いていただければと思います。

 同様の話として、最後にちょこっとだけ出てきた吉永雪子のサイドストーリー、「絶対に負けられない闘いの裏には女の策略がある」も、よろしくお願いします。

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参考小説:絶対に負けられな闘いがそこにはある(原作:八城)
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