壁収納
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
収納。
外気との接触を避け、中身を大切に保管するために重視される概念だ。
空気と触れ合うだけでも、たいていのものは劣化してしまう。それを防ぐためには、何かに閉じ込めておくのが効果的。
箱入り娘、などの表現はその最たる例で、どれほど大切にされてきたかをアピールしている。しかし、箱といっても僕たちが手で持てるようなサイズばかりを想像していてはいけないかもしれない。
いつの間にか、でっかい箱が用意されている可能性もあるかもだからね……。
何をいっているのか分からない?
ならば、僕がずっと昔に体験したことのひとつを、話そうかな。
僕たちが以前に住んでいた場所は、人形村と呼ばれていた。
本当はもっと違う名前なんだけど、ここはカモフラージュで人形町をもじらせてもらう。
はじめて来たときから、どことなく妙な印象があったのだけど、あの村は景観をみだりに乱す建物がなかったんだよねえ。
ずっと昔からあると思しき、火の見やぐらくらいかなあ。高い建物といったら。それ以外は高くてもせいぜい3階くらいの高さまで。遠くまで見通せる景色をよく覚えているけれど、住み始めてから2か月ほどして。
「ねえねえ、この村がときどき『囲まれている』のに気づいた?」
時期は夏休みに入って、間もなくだった。
弟と二人で遅い朝ごはんを食べているときに、そう切り出されたんだ?
どういうことか尋ねてみると、弟は半月前から「囲まれる」現象を目にしてきたというんだ。
はじめて見たのは、夜中にトイレへ起きた時のこと。
便座に腰掛けて、ふとトイレの窓を見上げた際、空が黄土色だったというのさ。
これまで晴れているなら黒色がベース。雲が湧いているとしても、白や灰色を中心とした影が広がるところだろう。
しかし、あのような色を弟が見たのははじめてだった。窓などの汚れではない。
空全体が星の見えない、のっぺりとした板らしきものにふさがれていたというのさ。弟が眼をぱちくりさせていると、何度目かのタイミングでいきなり消え去り、弟が想像していた本来の夜空が姿を見せたというんだ。
一度や二度なら、自分の錯覚という線もあっただろう。
けれども、あのときから二日に一度は、あの景色を目の当たりにしていると弟は語った。決まって夜の時間帯とのことで、しかも黄土色の板らしきものは空のみならず、地上にもあらわれているらしいとのこと。
普段なら遠方まで確認できるのに、黄土色の板が壁となって立ちふさがり、景色が途切れてしまうときがあるのだと。ほんの数百メートルという間近でだ。
その日は、兄弟二人だけの夜。
弟に誘われるがまま、夜更かししつつ僕は例の黄土色たちの出現を待ち続けていた。
弟いわく、丑三つ時の前後あたりが一番よく目撃できるという。眠気覚ましもかねて、二人してゲームをしつつ夜更かしをしていったんだ。
弟は時間が近づくと、頻繁に外を気にするようになっていき、いよいよそのタイミングが来ると、僕の肩を叩いてきた。「外を見ろ」ということだ。
いやはや、実際に目にしちゃったら否定のしようがなかった。ほんの数分前まで、遠慮なく広がっていた夜空と遠景がたちまち消え、どでかい板材らしきものに隠されていたのだからね。
弟は以前に黄土色と話していたが、そのときに僕が見たのは、小麦色。やや日焼けした人肌を思わせる色合いだったのさ。
ただでっかい板というだけだったら、視界の一角にデンと突っ立っているのがせいぜいだろう。けれど、それは視界の端から端まで、聞いたとおりの壁となって立ちはだかっていた。上も左右もきっちり覆い隠してだ。
「ね、あの板がなんなのか、探りにいこ?」
僕もちょうど、同じところを考えていたところに、弟からのお誘いだ。
毎日、同じようにだらだらとした過ごし方をしていたところだし、ちょっとした刺激になるかと思ってね。
二人して靴を履き、玄関をそっと開けて例の板壁に近づいていく僕たち。
近づいていっても壁はぴっちり立ちはだかって、左右のどこにも切れ目を見せなかった。そのまま左右にどこまでも歩こうとしたら、やはり同じように壁が見えてくるのだろうか。
空に関しても同じだ。同色の板らしきものにすき間なく閉ざされている。それを見て、僕は「収納されているみたいだ」と察したんだよ。
仕組みも原因も分からないが、僕たちは今この時、中へ閉じ込められているのだ、と。
弟はというと、壁の前で物思いにふけっていた僕よりも先へ行く。家からここまで、数百メートルほどでたいした距離を歩いたとはいえない。
疲れた様子もなく、この壁は何なのか。その向こうはどうなっているのか……確かめたい好奇心だったのだと思う。
けれども、弟が手を伸ばして触れようとしたとたん。
壁が一瞬で消え失せた。
動いたのではなく、照明のスイッチを切り替えたかのように、ぱっとなくなったんだ。
上も左右も、いつも通りの風景が戻ってきたものの、僕は背中へいっぺんに鳥肌が立った。
壁が消えるのに、ひと呼吸遅れて。さっと、飛び去った一羽のカラスらしき影があったんだ。やつは、弟の真ん前にいるかたちだったよ。
とっさにカラスと判断したものの、こちらに背を向けて飛び去る頭は、三つに分かれているように見えた。夜の暗がりの中だったから自信は持てないが、ヘビなどの身体とは異なり、三又のフォークを思わせるようにそれぞれの首がピンと突っ立っていたんだよ。
そして弟はというと、固まって動かなかった。声をかけても反応がなく、叩いた肩は鉄のように硬い。その体も石のごとき重さで、背負うのも危うく、肩を貸しながら引きずる形になったよ。
目は見開かれたまま、まばたきをしない。幸い、手でまぶたを動かすことはできたから閉じてあげたものの、身体の硬さと意識は、次の日の朝を迎えるまでそのままだったよ。
にわかに柔らかくなった体とともに、眼を覚ました弟だけど、あの板の向こうにいた三つ首カラスについては、よくわからないとのこと。
ただ板が消えてから今まで、自分はこれまでの人生をもう一度体験しているかのような夢を見ていた……と話してくれたよ。
それからも板に囲まれる景色は何度か見たけど、あの時ほど長いことはもう訪れず、誰かに声をかけた時にはすでに元通りになっていることの繰り返しだ。
ただ、あの三つ首カラスを僕たち人間に遭わせたくない、誰かのしわざかな……なんて考えたりするよ。




