042 エピローグ
スタンピードは、街に被害を出すことなく終結した。
私の活躍は、新聞で大々的に取り上げられた。
また、戦闘に参加した勇者や冒険者の口コミでも評判が広まった。
それに伴い、王国中で、筋肉の重要性が評価された。
子爵領の筋肉的躍進もあって、各貴族は筋肉を重視するようになった。
魔法も大事だが、それ以上に筋肉が大事だ――。
何でも魔法で解決しようとせず、まずは筋肉的解決を試みる。
それが難しい場合にだけ、補助的に魔法を使う。
そうした考えが、王国全土で一般的になった。
冒険者に限らず、誰もが日常的に筋トレをする。
筋肉、パワー、マッスル!
筋トレ施設も急増し、バーベルとダンベルは売り切れ続出!
そんな「筋肉の黄金時代」が到来したのだ。
だが、全員が幸せになったわけではない。
筋肉が重要視されたことで、割を食った組織がいた。
聖務庁ならびに光環正教だ。
本来、筋肉と魔法は、相反する存在ではない。
しかし、魔法を至上とする聖務庁は、筋肉を不要と断じていた。
私の活躍を快く思わない光環正教の意向も影響していたのだろう。
何にせよ、聖務庁の権力は失墜した。
行政院とのパワーバランスが覆り、好き勝手にはできなくなった。
推し進めていた中央集権政策も、中止を余儀なくされた。
ラグナスたち〈ブラッディ・ナイトメアーズ〉にも変化があった。
フィオナがパーティーからの脱退を表明したのだ。
それを理由に、多くの企業がスポンサー契約を打ち切った。
そして、私はというと――。
「ミレイユ・アードラー、貴殿をグレンデルの人間国宝に認定する」
アルノー子爵から謎の称号を授与された。
さらに、〈筋肉応援団〉とグレンデル自治評議会は優先契約を締結した。
契約内容は、セルマの商会連盟と同じものだ。
ただ、自治評議会が特定のギルドと優先契約を結ぶのは、今回が初となる。
つまり、目に見える形で、〈筋肉応援団〉を特別扱いしている。
〈筋肉応援団〉を、グレンデルの公的機関だと思い込む者も出るだろう。
もっとも、そう思わせるのがアルノーの狙いだ。
以前、打診を断ったとき、彼はこう告げていた。
『こちらも諦めるつもりはない。我々の利害は一致している以上、何かしらの良い着地点を見出せるはずだ。どういう形なら貴殿に納得してもらえるかを検討し、改めて提案させていただくよ』
人間国宝やギルドの優先契約こそ、アルノーの見出した着地点というわけだ。
こちらに断る余地がなく、実に巧みでしたたかなやり方だと思った。
子爵という地位にいるだけあって、頭の筋肉が発達しているのだろう。
◇
その日、私とリリナは荷造りをしていた。
「ようやくこの埃臭い場所ともおさらばですね!」
リリナは声を弾ませて上機嫌だ。
「ひどい言い草ですね。私は名残惜しい気持ちでいっぱいですよ」
「いつでも来られるからいいじゃないですか! 今後は筋トレ施設として稼働するんですから!」
今回、〈筋肉応援団〉の事務所を引っ越すことにした。
移転場所はグレンデルの一等地だ。
ここよりも遥かに大きくて立派な建物である。
引っ越しは、アルノーに提案されたからだ。
「グレンデルの象徴たるギルドに相応しい場所へ移動してはどうか」と。
その口ぶりから察するに強制だった。
なので、私も「仕方ありませんね」と承諾した。
そのときにリリナが交渉してくれて、新拠点の家賃は無料になった。
「今でこそ大きなギルドになりましたが、最初の頃は不安だったんですよね。団長は営業活動をしてくれないし、お客さんも来ないし……」
「誰も来なかったのは最初の二・三日だけですよ。カイが来てからは繁盛したじゃありませんか」
「そうでしたっけ? 一週間くらい閑古鳥が鳴いていた気がしますよ」
「私よりも若いのに記憶力に問題がありますね。やはり――」
「頭の筋肉が不足しているんですよね? わかりますよ!」
「成長しましたね」と私は笑う。
しゃべりながら作業をしていると、ギルドの扉が開いた。
「よう、筋肉女! 筋肉相談ってのをやってくれよ!」
現れたのはグレイドだ。
「ラグナスならともかく、あなたが来るとは意外ですね」
「スタンピードのときにお前との差を思い知ったからな。今のままじゃだめだと思って、本格的に筋肉を鍛えることにしたんだ」
「それは殊勝な心がけですが、堂々と筋トレをして大丈夫なのですか? 聖務庁が怒るのでは?」
「関係ねーよ! 〈ブラッディ・ナイトメアーズ〉は解散したからな!」
「ええええええええええええええ!」
大袈裟なくらいに驚いたのはリリナだ。
私は「ほう」とだけ言った。
「フィオナが抜けたのは知ってるか?」
「はい」
「そのあと、聖務庁が追加で三人の聖女を派遣するって言い出したんだ。クラリスも含めたら聖女四人体制だ。それだけいりゃあ、回復でごり押しできるだろってさ」
「贅沢ですね。たしかに、戦闘員四人に対して聖女も四人なら、回復でごり押しできそうです」
「だがよ、そんな状況で活躍してもダサいだろ? 新聞でも馬鹿にされるに違いねぇ」
「ですね」
「だからといって、クラリスだけじゃどうにもならねぇ。聖女を一人だけ増やしたとしても、フィオナの二の舞になるのが目に見えている。要するに、俺たちにはSランクでいられるだけの実力がなかったってことだ」
「ようやく気づきましたか」
「悔しいけどな。それで、ラグナスがパーティーの解散を提案して、満場一致で決定した。だから、俺はもう自由に筋トレできるってわけだ」
「なるほど」
「知っていると思うが、俺はもともと、魔法よりも筋肉を大事にしている。戦士だからな。だから筋肉派になることにも抵抗がない。で、お前は『筋肉は平等』って考えだろ?」
「はい」
「そういうわけだから、俺の筋肉相談にも付き合ってもらうぜ!」
なんとも自分勝手な言い草だ。
実にグレイドらしくて、思わず笑ってしまう。
「それはかまいませんが、その前に謝罪してもらいましょう」
「謝罪だぁ?」
グレイドは私を睨んだ。
「あなたは私を追放する際、『お前の筋肉講座は暑苦しいんだよ! 聖女は黙って回復だけしてりゃいいんだよ!』と言いました」
「言ったっけ?」
「はい、言いました。私はこれでも根に持つ性格でして、実は今でもそのことを怒っています。ですから、頭を下げて過去の非礼を詫びるなら、筋肉相談に応じてあげます」
「…………」
グレイドは拳を握り、力を込めた。
少しの間、動きを止めた後、ふっと力を抜いた。
「……悪かったよ。すまなかった」
グレイドが頭を下げる。
「許してあげましょう。ですが、今は引っ越しの準備をしています。あなたも手伝いなさい」
「この……!」
「文句があるなら力比べで決めようではありませんか」
「なっ……!」
「ノアールに絡むときの口癖ですよね? どうしました?」
「……いや、何でもない。チッ、どうして元Sランクの俺が引っ越しの手伝いなんざしなきゃいけねぇんだ」
文句を言いつつも、グレイドは作業を手伝い始めた。
「あの、グレイドさんって、今はフリーですよね?」
リリナが手を止めて尋ねた。
「そうだが?」
「じゃあ、〈筋肉応援団〉の専属メンバーになりませんか?」
「はぁ!? この俺に筋肉女の下で働けっていうのか!? ふざけるなよ!」
グレイドが声を荒らげる。
私も「正気ですか」とリリナを見た。
「だって、グレイドさん……働かないとお金のやりくりが厳しいんじゃないですか? 今までと同じ生活水準を維持するにはたくさんのお金が必要になりますよ? 安い依頼じゃとてもやっていけないんじゃ?」
「ま、まあ……たしかにこのままだと金欠になるが……」
「だったら〈筋肉応援団〉がオススメですよ! きちんと働けば、それに見合った額が稼げますから!」
「だめですよ、リリナ。グレイドは短気で粗暴ですし、過去の言動から察するに女性を蔑視する傾向があります。そんな彼に栄えある〈筋肉応援団〉のギルドメンバーが務まるわけがありません」
「おい、待てよ、筋肉女。それじゃあ、まるで俺がお前のところのギルドメンバーより劣っているみたいじゃねぇか」
「みたいではなく、劣っていると明言しているのです」
「てめぇ! そこまで言うなら証明してやるよ! 俺のほうが優秀だってことをな! てめぇの筋肉が詰まった脳みそでもわかるくらいに活躍してやらぁ!」
「やりましたね、団長! 優秀なメンバーが増えましたよ!」
リリナが手を叩いて声を弾ませる。
「私はそんなことを望んでいるわけではないのですが……」
「いいや、俺はもう〈筋肉応援団〉に入ると決めた! お前に拒否権はねぇ!」
こうして、グレイドは強引に〈筋肉応援団〉のメンバーになった。
「団長、ついにかつての敵を仲間にしましたよ!」
「リリナ、あなた、もはやブレーキが効かなくなっていますね」
「えへへ。それで、団長、これからどうしますか? 〈筋肉応援団〉の知名度と筋肉の万能性は、すでに王国中の知るところですよ! 新たな目標を決めないと!」
「それなら決まっています。他の国にも筋肉理論を浸透させるのです」
昨今、どこの国も魔法に依存している。
そうした国々でも、筋肉の万能性を証明したい。
「だったら、これからも頑張らないといけませんね!」
「もちろんです」
世界中が筋肉で染まるその日まで、私の筋肉的行進は続く――。
これにて完結となります!
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