040 筋肉無双
「よく見ると、強い魔物ばっかりじゃないか」
「ミノタウロスにケンタウロス、それにあっちはオークガーディアン……どれもBランク以上の冒険者が戦う敵だ」
「それが約一万体も……。こっちの戦力は約400だが、本当に大丈夫なのか……」
迫り来る魔物の軍団を見て、付近の冒険者たちが怖じ気づいた。
公爵領で活動する勇者パーティーも不安そうだ。
「落ち着きなさい。まずは私が数を減らします。残った敵は弓矢と攻撃魔法で削り、最後に近接戦で対処すれば問題ありません」
私は先頭に立ち、皆に告げた。
「あの女……誰だ? 見た目は聖女っぽいが」
「もしかして、彼女が噂のミレイユなんじゃないか?」
「ああ、あの筋肉聖女の!」
冒険者たちがざわついている。
私の顔を知らないといった反応が、懐かしく感じた。
グレンデルでは、もはや小さな子供ですら私を知っている。
「はい、私が筋肉聖女のミレイユです。筋肉で対処しますから、私に従ってください。そうすればあの程度の敵、楽勝です」
私は振り返り、レオンに指示を出す。
「レオン、あなたはシスターを守るようにしてください」
「承知した」
レオンは剣を抜き、真剣な顔でうなずいた。
「では、始めますよ!」
「始めるって……ミレイユ、あなた、何をなさいますの!?」
マルガは胸に手を当て、不安そうに言った。
「決まっているでしょう。筋肉で敵を殲滅するのです!」
私は助走をつけると――。
「筋肉魔法〈マッスル・ブースト〉!」
自分に魔法をかけてフルパワーを引き出し――。
「ふんッ!」
――体を時計回りに回転させ、右手の手刀を横一閃に振るった。
超高速で振るった腕から放たれた風の刃が、前方の魔物たちを襲う。
「「「グギャアアアアアアアアアア!」」」
風の刃が大量の魔物をまとめて真っ二つにした。
目測だが、今の一撃で敵戦力の六割を削ることができた。
「これで残りは半分を切りましたね」
私は右肩をゆっくりと回しながら言った。
「まじかよ……」
「嘘だろ……」
「一瞬で数千体を倒したぞ……」
背後で、冒険者たちが驚いている。
魔物の軍勢も、驚きのあまり動きが止まっていた。
「相手が隙を見せていますね。これなら……!」
もう一度、先ほどと同じく手刀で風の刃をお見舞いする。
「「「グギャアアアアアアアアアア!」」」
地上の魔物が全滅した。
「ふぅ」
私は一息つき、右腕を揉む。
「一万の軍勢が一瞬で全滅した……」
「俺たちの出番がなかったんだが……」
「筋肉を極めるとあんなことが可能になるのか……」
「俺、今日から筋肉派に転向する……」
皆は私の筋肉に見とれている。
「ちょっと、ミレイユ! これでは遠路はるばるやってきた意味がないではありませんの!」
マルガが何やら言い出した。
「安心してください、シスター。敵はまだいます」
「え?」
私は前方の地面に目を向けた。
モコモコと土を盛り上げながら、大量の魔物が迫ってきている。
「私が倒したのは地上の魔物だけです。地中の敵は生きていますよ」
「ゴッッブゥウウウウウウ!」
私や冒険者たちの足元から大量の魔物が現れた。
モールゴブリン――地中からの奇襲を得意とする敵だ。
「えいっ!」
私は自分に襲いかかってきたゴブリンを蹴飛ばした。
他の冒険者も、慣れた様子で対応している。
モールゴブリンは、森の中で遭遇すると厄介な敵だ。
しかし、ここのような開けた場所ではそうでもない。
戦闘力自体は低いため、返り討ちにするのは容易だった。
だが、それは冒険者や勇者に限った話だ。
「きゃあ!」
戦闘経験のないシスター・マルガは対応できなかった。
足元から襲ってくるゴブリンを見て悲鳴を上げ、尻餅をついた。
「筋肉騎士剣術、一の型〈マッスル・スピア〉!」
即座にレオンが対処した。
騎士剣術を昇華させた独自の筋肉騎士剣術でゴブリンを突き刺した。
電光石火の剣捌きによって、ゴブリンは瞬殺だった。
「大丈夫か? お嬢さん」
レオンがマルガに手を差し伸べる。
「あ……はい、大丈夫です、レオン様……!」
マルガの目にハートが浮かぶ。
彼女は両手でレオンの手を包むように握り、離さない。
どうやら一目惚れしてしまったようだ。
「うっひょー! ミレイユ団長、今日も半端ない! さっきの活躍、ばっちりキャメラに収めておいたから!」
ペンネは上機嫌でカメラをカシャカシャ鳴らしている。
ここでもやはり「カメラ」ではなく「キャメラ」と発音していた。
何にせよ、これでこちらの戦いはひとまず一段落だ。
「ミレイユ殿!」
一人の男が駆け寄ってきた。
三十代半ばと思しき男で、顔に見覚えがある。
作戦会議に参加していた、公爵領代表の勇者だ。
「自分は公爵家に仕えている勇者、セルジオ・マルコスと申します。このたびの活躍、お見事でした! 貴殿のおかげで、誰一人としてけが人を出さずに済みました!」
セルジオが深々と頭を下げる。
「いえ、私は自分の仕事をしただけですから」
「ミレイユ殿のおかげで、こちらの戦闘は終わったものの、王都側はまだ戦いが続いているものと思われます。我々も救援に向かうべきではないでしょうか?」
「そうですね……」
私は少し考えてから答えた。
「救援には私が一人で向かいます」
「なんと!?」
「森の色が元に戻っていないため、スタンピード自体はまだ終わっていません。いつまた魔物の軍勢がこちらに押し寄せてくるかわからないので、ヌーベルダーク側の戦力も残しておく必要があります」
「たしかに……」
「ですから、セルジオさんや公爵領の方々はここに残ってください。その方が、公爵閣下も安心されると思いますので」
「承知いたしました。では、足の速い馬を用意いたします。それを使って救援に向かってください」
「いえ、自分の足が走ります。馬よりも私のほうが速いので」
「なんと……! それは失礼しました」
私は「お気になさらず」と、軽く手を挙げた。
「それではミレイユ殿、貴殿の健闘をお祈りいたします。それと、この戦いが終わったら、ぜひとも筋トレについてお教えください。貴殿の戦いぶりを見て、筋肉の重要性に気づきました」
「わかりました。筋トレは地味であり、地道な努力が必要です。嫌になるかもしれませんが、決して諦めないでくださいね」
私は微笑みかけると、視線をレオンに移した。
「レオン、あなたはここに残りなさい」
「師よ、私も同行させていただきたい」
「いえ、それは許しません。あなたが同行すれば、シスターもついてくることになります。シスターを危険にさらすわけにはいきません。あなたは騎士として、筋肉の限りを尽くしてシスターを守るのです」
「……承知した」
「ミレイユ……」
マルガが何やら言いたげな顔で私を見る。
「どうかしましたか? シスター」
「その……あなたってすごいのね。み、認めてあげますわ」
私は「ふっ」と笑った。
「すごいのは私ではなく筋肉です。光環正教と敵対する気はありませんが、回復よりも筋肉のほうが優秀ですよ、シスター」
「それは認められませんが、筋肉も大事であることはわかりました」
「成長しましたね。では、レオンのことをよろしく頼みますよ」
「もちろんですわ! ああ、レオン様……!」
マルガはレオンの腕に抱きついてニコニコしている。
思ったよりも積極的なタイプみたいだ。
レオンは私に同行できないせいで不満そうにしていた。
「それでは皆さん、またあとで会いましょう!」
私は両脚に力を入れて、全力で駆け出した。
王都側の野営地までは馬で数時間の距離だが、数分で到着した。
まずは少し離れたところから戦闘の様子を眺める。
「救援に駆けつけたのは正解でしたね」
ヌーベルダーク側と違い、惨憺たる有様だった。
二万を超える魔物の軍勢を捌ききれず、全滅寸前まで追い詰められていたのだ。
1月11日頃より、第3話が別作品のものになっていました。
別作品の第3話を更新しようとして、誤って本作の第3話に適用したことが原因です。
現在はすでに修正対応が済んでおります。
ご迷惑をおかけし、申し訳ございませんでした。













