039 開戦
「フィオナさん、どうかされましたか? 久闊を叙するほどの間柄ではないはずですが」
私は驚いた目でフィオナを見た。
彼女が私に話しかけてくるのは異例のことだ。
他のメンバーとは違い、〈ブラッディ・ナイトメアーズ〉が無名だった頃から、彼女だけは私のことを疎んでいた。
「ミレイユ、あなたから見て今の私はどう?」
「どう……というのは?」
「言葉のとおりよ。思うがままに答えなさい」
「質問の意図がよくわかりませんが、前に会ったとき……つまり、私の追放が決まった日に比べて、ずいぶんとげっそりした印象を受けます。ラグナスたちは気づいていないようですが、過労で倒れるのも時間の問題でしょう。今も少し意識が朦朧としているのではありませんか?」
「……さすがね。そのとおりよ。そんな私を見て、スカッとした?」
「いいえ、何も感じません」
「どうして? あなたを追放していなければ、こんなことにはなっていないわ。あなただってわかっているでしょ? それなのに、どうして何も感じないの?」
「私は過去に執着しませんし、地位や名誉にも興味がありませんから。むしろ、どうしてそのような質問をされるのですか?」
「それは……」
フィオナの目が泳ぐ。
「もしかして、私のことが羨ましいのですか?」
「――!」
どうやら図星だったようだ。
「羨ましいなら、フィオナさんも冒険者支援ギルドを立ち上げたらいかがですか? もはや〈ブラッディ・ナイトメアーズ〉に残っている意味もないでしょう」
「そんなこと、できないわよ……。パーティーを抜けるなんて言ったら、聖務庁が黙っていないわ」
「聖務庁など、どうでもいいじゃないですか。あなたの献身的な姿勢には、私の筋肉も感服していますが、だからといって自分を犠牲にする必要はありません。自分の人生なのですから、したいようにするべきです」
「……ミレイユ、あなたはいつもそうね。他人のことなど気にせず、自分のことばかり考えている。そんなあなたが、私は嫌いよ」
「私はフィオナさんのことが、どちらかと言えば好きですよ。少なからず尊敬していますから」
「なっ……!?」
「おっしゃるとおり、私は自分勝手です。フィオナさんはその反対で、自己犠牲を厭わず、他人のことばかり考えていますよね。その姿は立派だと思います」
「嘘よ。そんなこと、全然思っていないくせに」
「本当ですよ。八方美人で、表面上だけいい人ぶる人間は多くいますが、あなたは違います。その証拠を一つ挙げましょう」
「証拠?」
「リリナ・フェルという女を覚えていますよね?」
「ええ、覚えているわ。ギルド協会の新人さんね」
「もしあなたがただの八方美人なら、リリナのことなど忘れているはずです。しかし、あなたはしっかり覚えている。リリナだけでなく、他の人間のことも」
「……仮にそうだとして、私のことを好きだというのは嘘でしょ。あなたが〈ブラッディ・ナイトメアーズ〉にいた頃、誰よりもあなたを嫌っていたのが私なんだから」
「フィオナさん、あなたが私を嫌っているのは、私が光環正教の教義に反する人間だからでしょう? それは宗教上の理由であり、仕方のないものです。だから、私は何とも思っていませんよ」
「…………」
「さて、話はこのくらいにしておきましょう。私は移動せねばなりません」
私はフィオナに背を向けた。
「それではフィオナさん、機会があればまたお話ししましょう」
そのまま歩き始めたが、すぐにフィオナが呼び止めてきた。
「待って、ミレイユ」
「まだ何か?」
「もし私がパーティーを抜けて冒険者支援ギルドを立ち上げたら、上手くいくと思う?」
「それはわかりませんが、少なくとも後悔することはないでしょう」
「でも、ラグナスたちには恨まれるだろうし、あなたと違って聖女でもいられなくなるわ。ただの回復術士に落ちて、冒険者を支援することに、それだけの価値があるの?」
「あると思いますよ。フィオナさん、あなたはそこまでボロボロになっても、なお光環正教の教義を信じていますよね?」
「もちろん。癒やしは神意であり、回復は慈悲の最高形よ」
「ならば、ギルド経営はやり甲斐があると思いますよ」
「どういう意味?」
「ご存じのとおり、我が〈筋肉応援団〉の功績によって、最近は筋肉を再評価する風向きが強まっています。そうした風潮にNOを突きつけることができますよ。宗教的に認められない私に対して、真っ向から勝負を仕掛けられるわけです」
「そういうことね」
「今のままでは、そう遠くないうちに聖務庁と行政院のパワーバランスが逆転するでしょう。すでに筋肉の万能性は誰もが認めるところですからね。しかし、あなたであれば、筋肉旋風を止めることができるかもしれません」
「まあ、私が〈ブラッディ・ナイトメアーズ〉を抜けることはないけどね」
「フィオナさんの人生ですから、思うようにすればいいでしょう。ただ、もしよければ、いつかグレンデルへ遊びに来てください」
「私と仲良くしたいの?」
フィオナが笑う。
「いいえ。かつて王都であなたの世話になったリリナが、今は私のもとで働いています。彼女があなたと会いたがっているので、一度、会ってあげてください。今では優秀な受付嬢に成長しましたよ」
「そう、覚えておくわ」
私はうなずき、歩き出した。
◇
ヌーベルダーク側の野営地は、猛スピードで設営された。
森から約一キロの地点に、木の柵で囲われたテントの群れが出来上がっていた。
私、レオン、ペンネの三人は、柵の内側から森を眺めていた。
「師よ、森から魔物が出てきているぞ」
「戦いのときが迫ってきましたね」
異常増殖した魔物が、外からでも見えるほどになっていた。
まだ戦力を増強している最中のようで、攻めてくる気配は見られない。
だが、いつ攻めてきてもおかしくない雰囲気だった。
「ミレイユ団長、こっちに来る前、フィオナと何を話していたの?」
ペンネがペンと手帳を持って取材してくる。
「ただの雑談ですよ」
「その内容が知りたいんだってば!」
「フィオナさんに聞けばよかったじゃないですか」
「フィオナに聞いても教えてくれなかったの!」
「なら、私も秘密です」
「えー、つれないなぁ! 聖女同士の密談なんて記事になりそうなのに!」
ペンネは相変わらずだ。
いや、いつもより気合が入っている。
そのせいで、普段より鬱陶しく感じた。
悪い気はしないが。
「いましたね、ミレイユ・アードラー!」
話していると、背後から名前を呼ばれた。
「今日はやけに後ろから声をかけられますね」
そう言いながら振り返ると、私は驚いた。
「あなたは……光環正教のシスター・マルガではありませんか」
「ちゃんと覚えていらっしゃったのね。お久しぶりですわ、ミレイユ」
「ええ、お久しぶりです。でも、どうしてシスターがここに?」
「回復術士として、この戦いに加勢するよう指示を受けて参りました」
「筋肉旋風を止めるために、回復旋風を巻き起こそうという考えですね」
「上の方針は知りません。とにかく、私は光環正教の回復術士として戦いに参加します。そして、あなたと一緒に行動しますわ!」
「私と一緒に?」
「もちろん私だってあなたと一緒など御免被りたいところですが、そういう決定なので仕方ありませんわ! 私が回復して差し上げますから、存分に野蛮な筋肉で戦いなさい!」
口ではそのように言っているマルガだが、表情は嬉しそうだ。
「私一人なら回復など不要ですが、ストーカーのレオンには必要になるかもしれません。シスター、あなたの申し出を受け入れましょう」
「よろしい! では、チーム・マルガ、出陣ですわ!」
マルガが森を指した。
すると、それに反応したかのように魔物が動き出した。
数千、いや、一万を超える敵が迫ってくる。
「え? もしかして、私のせい!?」
「そんなわけないでしょう、偶然です」
周囲も騒がしくなる。
「魔物が攻めてくるぞ!」
「全軍、出撃だ!」
皆が野営地を出て迎撃する。
ついに、魔物との大規模戦闘が幕を開けた。
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