037 スタンピード
その日、グレンデル自治評議会は騒然としていた。
本庁舎の最上階にある会議室に、都市の重鎮たちが集まっていた。
子爵のアルノー、彼の側近フォルク、ギルド協会の支部長ガルン、交易商会連盟の代表セルマ、運送ギルドのドーグ、等々……。
その中には、私も含まれていた。
「すでに知っていると思うが、王都近郊で〈スタンピード〉が発生した」
アルノーが切り出した。
スタンピードとは、凶暴化した魔物が異常発生する現象のことだ。
発生場所次第では、国が傾くレベルの甚大な被害になる。
「聖務庁に対する天罰じゃねーの?」
ドーグが頭の後ろに手を組んで、軽い調子で笑い飛ばす。
「だからといって、このまま見過ごすわけにはいきません。我々も魔物の討伐に協力する必要があるでしょう。王国政府に恩を売るチャンスでもあります」
フォルクの言葉に、アルノーがうなずいた。
「問題は、どの程度の戦力を出せるかということだ。スタンピードは国難だが、その対処に全リソースを割くわけにもいくまい」
「子爵閣下には申し訳ないですが、うちは運送ギルドだ。物資の運搬はできても、討伐隊に参加することはできませんぜ」
「我が交易商会連盟も同じです。支援物資の提供くらいしかできないかと……」
ドーグの意見に、セルマが続く。
「わかっている。貴殿らには後方支援を頼む予定だ。戦力は――」
アルノーは私を一瞥したあと、ガルンを見た。
「――冒険者に頼みたい。ガルン、冒険者ギルドの状況はどうなっている?」
「それが……グレンデルの冒険者ギルドはどこも忙しく、すべての冒険者ギルドに連絡しても、二十人程度しか集まらないかと……」
ガルンが申し訳なさそうに頭を下げる。
「二十人!? たったそれだけですか!?」
フォルクが声を荒げる。
「さすがに二十人はまずい。意図的に人員の派遣を渋り、王都の被害を拡大させたと言われかねない。せめて百人は出せないか? 報酬なら弾む」
「百人は無理です、子爵閣下。お金の問題ではなく、純粋に人手が足りていませんので……」
「人手不足なのか? この都市の冒険者数は増加傾向にあるはずだが?」
「数は増えていますが、それ以上に依頼の数が急増しています。グレンデルは、いわば『筋肉の聖地』ですので……」
「そういうことか」
もはやグレンデルでは、筋肉理論が根付いていた。
この街で「筋肉より回復」などと言う冒険者は一人もいない。
当然、冒険者たちはこぞって筋トレに励んでいる。
その結果、仕事のパフォーマンスが上がり、依頼が増える好循環に入っていた。
だが、今回はその『好循環』が悪い方向に作用してしまったのだ。
「子爵閣下、どうしますか?」
フォルクが不安そうに尋ねる。
「領内の冒険者をかき集めるか。我が領はグレンデル以外に大きな都市を持っていないが、集めればそれなりの数になるだろう」
「閣下、おそらくそれは難しいかと……。周囲の冒険者は、すでにグレンデルで活動しておりますので……」
ガルンが言いにくそうな顔で告げた。
「冒険者を出せない分、物資を出す形にしてはいかがでしょうか? 膨大な量の薬草やポーションを送れば、政府も納得するかと……」
セルマが提案する。
しかし、アルノーは「いや」と一蹴した。
「物資や金をどれだけ出しても、前線で戦う者を渋ったことの言い逃れにはならない」
議論が停滞する。
ここでようやく、私は口を開いた。
「では、私の筋肉で解決しましょう」
「ミレイユ殿の筋肉で?」
「私はSランクの勇者パーティー〈ブラッディ・ナイトメアーズ〉に所属していた聖女であり、立ち上げたギルド〈筋肉応援団〉の功績は誰もが知るところです。私を派遣すれば、仮に頭数が少なかったとしても、グレンデルや子爵閣下が支援を出し惜しみしたようには見えないと思います」
「たしかにそうだが、スタンピードの影響を受けている魔物は凶暴だ。数も多い。貴殿の筋肉だけで解決できるとは思えんが……。それに、万が一、貴殿を失えば、この街の損失は計り知れない」
「ご安心ください。これでも戦いの腕には自信があります。筋肉は嘘をつきません」
「閣下、ここでミレイユ様がご活躍されれば、政治的にも美味しいかと……」
フォルクが耳打ちする。
私は耳の筋肉も発達しているため、一言一句、完璧に聞き取れた。
「フォルクさんの言うとおりですよ、アルノー子爵」
「聞こえていたのですか!?」
フォルクが驚く。
私は「ふふ」と笑みを浮かべた。
「子爵閣下の顔に泥を塗るようなことはいたしません。それに、閣下も私が動くことを期待されているからこそ、この場に私を呼んだのではありませんか?」
アルノーは「ふっ」と笑った。
「鋭い洞察力だ。では、ミレイユ殿にスタンピードの対処をお願いしたい」
「お任せください」
こうして私は、グレンデルの代表としてスタンピードの対応にあたるのだった。
◇
人間対魔物の一大戦争――スタンピード。
それは人同士の戦争と同じく、開戦までには時間がある。
いつ開戦するかを決めるのは人間だ。
魔物の異常増殖が終わり、動き出したときが開戦の合図になる。
その間に、人間側も準備を整える。
「そんなわけで今はまだ静かですが、いずれこの一帯は戦場と化しますよ」
「上等だね! 局に二台しかないカメラを持ってきたし、最高の記事を書いてみせるんだから!」
私とペンネは、グレンデル近郊の野営地に来ていた。
膨大な数のテントが並ぶこの場所が、人間側の拠点だ。
ここに、各地から集められた冒険者や勇者が滞在している。
その数――約三千人。
出入りする物資の輸送業者も含めると、その数はさらに跳ね上がる。
ちょっとした町だ。
遠目には禍々しい紫黒色の森が見える。
普段は深緑のその森が、スタンピードの発生地点だ。
「それにしても、開戦前から荒れていますね」
「聖務庁と行政院のいがみ合いが個人にも及んでいるみたいね」
ペンネと野営地内を見て回る。
至る所で、冒険者と勇者が揉めていた。
「田舎の冒険者がどれほどのものか見物だな。筋肉だっけ? ぷぷっ」
「回復頼みの情けない奴らが偉そうに。せいぜい、聖女様に迷惑をかけないようにな」
「なんだと!?」
「やんのか? おら!」
聞こえてくる会話から、口論の原因を察する。
筋肉を崇拝する「筋肉派」の冒険者と、聖女を擁する「回復派」の勇者が、価値観の違いでいがみ合っているのだ。
「勇者って基本的に冒険者のことを見下しているし、筋肉の力で躍進中の冒険者からしたら、皮肉の一つでも言いたくなるのかな」
「真に筋肉理論を理解していれば、口論なんて避けるものなんですけどね。時間の無駄なので」
勇者と冒険者の違いは、聖女の有無くらいだ。
冒険者として実績を積めば、申請することで勇者になれる。
勇者になると、聖務庁から聖女が派遣される仕組みだ。
その代わり、国のために働かなくてはならない。
膨大な報酬が得られるし、多くの冒険者にとっては名誉なことだ。
「こんな調子で大丈夫なのかしら。なんか魔物と戦う前に同士討ちを起こしそうだけど」
「それは問題ないでしょう。聖務庁……いえ、光環正教がいつになく本気みたいなので」
野営地には、聖女だけではなく修道女も多くいた。
光環正教が派遣した未来の聖女候補たちだ。
「筋肉ブームが本格化する前に、ここで回復の偉大さを見せつけるわけね」
「でしょうね」
そんな話をしている時、グレンデル側の出入口から声が聞こえてきた。
「〈ブラッディ・ナイトメアーズ〉が来るぞ! 王国最強を誇る勇者パーティーのお出ましだ!」
場が騒然とする。
「これこれ! この展開を待っていました! 筋肉聖女と〈ブラッディ・ナイトメアーズ〉の歴史的邂逅!」
ペンネは声を弾ませ、カメラを構えた。
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