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032 ラミレスの証言

「私は聖務庁の監察官、イグナートだ。ちょうど今、〈筋肉応援団〉について調査をしていた。詳しい話を聞かせてもらえるか?」


 イグナートが言った。

 無表情だが、彼が何を考えているかはわかる。

「願ってもない展開だ」と思っているに違いない。


 しかし、それは私も同じだった。


「そうですね。私も詳しい事情をお聞かせ願いたいです。当ギルドの人間が本当にひどい仕事ぶりだったのであれば、担当者を処罰するとともに、相応の賠償金もお支払いいたします」


「本当だろうな!?」


 男の態度が、「賠償金」という言葉で軟化した。


「もちろんです。立ち話もなんですから、こちらへどうぞ」


 私は奥に設けてある応接スペースへ案内した。

 細長いローテーブルを挟むようにソファが設置されている。

 私と男は向かい合うソファに座り、イグナートは――。


「どうしたのですか? イグナート監察官」


「私の座る場所がない」


 ――などと言い、立っていた。


「どちらかの隣に座ればいいではありませんか。ソファは三人掛けですよ?」


「断る。そうだな、私はこのイスに座らせてもらおう」


 イグナートは私のデスクからイスを持ってきた。

 それに座ると、当然のような顔で仕切り始めた。


「では、そなたの話を聞かせてもらおう。〈筋肉応援団〉のメンバーがいかに酷かったか、つまびらかに話すがいい」


「お、おう……!」


 イグナートに気圧されつつも、男が話し始めた。

 曰く、男は港町ミラードの漁師らしい。

 名はラミレスという。


 姉御肌のサラ・クリスティがいることで有名な町だ。

 彼女を助けた一件は、〈筋肉応援団〉のいい宣伝になった。

 ラミレスも、それを聞きつけてうちに依頼したらしい。

 依頼内容は、彼が漁獲した魚の輸送だ。


「俺が扱っている魚は『ナイーブ・フィッシュ』だ。ただ運べばいいってもんじゃねぇんだよ!」


 ナイーブ・フィッシュは総称だ。

 捕まったと認識するだけでショック死する繊細な魚種を指す。

 魔物で喩えるなら、マンドラゴラのような存在だ。


 そのため、輸送する際には細心の注意が求められる。

 魚が眠っている間に漁獲し、起こさないよう慎重に運ばねばならない。


 もちろん、〈筋肉応援団〉ではそうした輸送依頼も引き受けている。

 任務にあたっては、筋肉魔法の〈マッスル・ワーク〉と〈マッスル・バランス〉を必ずかける決まりだ。


「事情はよくわかりました。では、担当者カードをご提示ください」


「担当者カードぉ?」


 男が首を傾げる。


「ミレイユ、担当者カードとは何だ?」


 イグナートが口を挟む。


「当ギルドの依頼を受ける冒険者は、依頼人に担当者カードを渡す決まりになっています。カードの右上には九桁の数字が振ってあり、その数字と担当者名を照合することで、依頼を受けたのが当ギルドの者か判別できます」


「最近よく聞く模倣ギルド対策か」


「はい。それと、当ギルドが受けていない依頼について、虚偽のクレームを入れて賠償金をせしめようとする詐欺行為を防ぐ狙いもあります」


「おいおい、待てよ! 俺の依頼を受けた冒険者は、そんなカードを出してこなかったぞ!」


「それはあり得ません。担当者カードはギルド協会と共同開発したものであり、依頼人と担当冒険者の両方にとって必要なものだからです」


「どういうことだ?」


 イグナートが首を傾げる。


「〈筋肉応援団〉に依頼をする際、依頼人はギルド協会に多額の保証金を預けます。担当者カードは、その保証金を引き出すのに必要です。そして冒険者側も、依頼人が保証金を引き出さない限り、報酬を得られない仕組みになっています」


「そこまで作り込まれているのか……」


「もちろん、偽造や紛失といったあらゆるトラブルを想定した仕組みになっております」


「で、でも、俺は本当にそんなカードを受け取っていないぞ……!」


 ラミレスが動揺している。

 ここに来たばかりのときにあった威勢は、すでに失われていた。


「であれば、考えられる可能性は二つです。ラミレスさんが虚偽のクレームを入れているか、もしくは当ギルドになりすました悪質な業者に騙されたか、です」


「それを見極める方法は?」


 イグナートが目を細めて私を見る。


「普段であれば、いずれにせよ当ギルドには関係ありませんので、ここで話は終了となります――」


 何ヶ月も前から、〈筋肉応援団〉はギルド協会経由の依頼しか受けないようにしている。

 そうしなければ、ここに多くの依頼者が詰めかけてきてパンクしてしまうからだ。

 また、ギルド協会を経由することによって、今回のような詐欺被害を防ぐことができる。


 これは周知の事実であり、ギルド協会を経由していれば騙されることはなかった。

 したがって、ラミレスの被害は自業自得であり、頭の筋肉が不足していたと言える。


「――ですが、今回はイグナート監察官もいらっしゃいますし、頭の筋肉を働かせて、さらに詳しく調べてみましょう」


 私はイグナートに向かって微笑みかけたあと、ぎろりとラミレスを睨んだ。


「ラミレスさん、私の目を見て質問に答えてください。瞬きしてもいいですが、視線を外すことは許しません。もし外した場合、あなたが詐欺目的で苦情を入れてきたと断定します。いいですね?」


「あ、ああ、わかった! 俺は詐欺なんかしていねぇ! ただ、ギルド協会を通してもいなかったが……」


 ラミレスが泣きそうな声で言う。


「あなたの発言が本当かどうかは、あなたの目を見て判断します」


 私は筋肉魔法〈マッスル・フォーカス〉を自分にかけた。

 目の筋肉が強化され、猛禽類のごとき視力が手に入る。

 これで、通常ではわからない微かな動きも捉えられるようになった。


「まずは簡単な質問からいきましょう。ラミレスさん、あなたの性別は男ですね?」


「はぁ?」


「いいから答えなさい」


「そ、そうだよ、男だ」


「年齢は?」


「57……いや、56かも」


「職業は?」


「漁師だ」


 三つの回答をした際、ラミレスの目は同じ動きをしていた。

 やや曖昧な年齢のときですら、目の動き自体に変わりはない。

 つまり、その動きこそが本当のことを話しているパターンだ。


 嘘をつけば違う動きをする。

 試してみよう。


「ラミレスさん、適当に嘘をついてください」


「嘘をつく?」


「はい。何でもいいので、嘘をついてください」


「じゃ、じゃあ、俺は……女だ!」


 ラミレスの目が違うパターンの動きを見せた。

 黒目が一瞬だけ大きくなったのだ。


「もう一度。今度は別の嘘をついてください」


「別の嘘……。女と酒には興味がねぇ!」


 またしても黒目が一瞬だけ大きくなった。

 これで確定だ。


「では、私の質問に対して正直に答えてください」


 そう前置きしてから私は言った。


「ラミレスさん、あなたがここへ来たのは、ギルド協会を通さずに依頼した相手――自称〈筋肉応援団〉の仕事ぶりが、ひどかったからですか?」


「そうだ」


 ラミレスの黒目は大きくならなかった。

 つまり――。


「イグナートさん、どうやらラミレスさんは、悪質な模倣ギルドに騙されたようです」


 ラミレスは被害者だ。

 ギルド協会に支払う手数料をケチった結果、どこぞの悪党に食い物にされたのだ。


「そうか。……で、〈筋肉応援団〉としてはどうするつもりだ? 第二、第三のラミレスが今もどこかで生まれているかもしれないぞ」


「どうにかするのは私の仕事の範疇ではありませんが、筋肉の万能性を証明するために悪党を懲らしめるとしましょう」


 私は巷に蔓延る模倣ギルドを一つ、潰すことにした。


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