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031 手加減知らずの監察官

 翌朝、〈筋肉応援団〉の本部にイグナートがやってきた。


「ようこそ、イグナート監察官」


「挨拶はいい……と言いたいが、一つ質問してもいいか?」


「質問? なんでしょうか?」


 受付カウンターの前で話す。

 カウンターの向こうでは、リリナが何食わぬ顔で事務作業をしていた。


「私の調べによると、〈筋肉応援団〉は右肩上がりで成長しており、その収益はグレンデルでもトップクラスのはずだ」


 私は「はい」と答えた。

 実際、彼の言うとおり我がギルドは急成長を遂げている。

 グレンデルでもトップクラスという表現では物足りないくらいだ。

 もはや王国でも指折りのギルドと言っても過言ではない。


「そんなギルドの本部が、どうしてこのような辺鄙(へんぴ)な場所にある? そもそも、本部しかないというのも気になる」


 イグナートはしかめっ面で二階に目を向ける。

 そこから聞こえてくる筋トレの音が耳障りなのだろう。


「ここが本部なのは、創設場所がここだからです。ありがたいことに仕事には困っておりませんので、お高い一等地に構える必要はございません。支部を設けていないのは、規模の拡大を重視していないからです」


「そのわりにはギルドメンバーを積極的に受け入れているようだが? こちらの調べによると、〈筋肉応援団〉と専属契約を結んでいる冒険者……いわゆる『専属メンバー』の数は350人を超えているはずだ」


「よくご存じですね」


「聖務庁にはあらゆる情報が集まるものだ」


 専属メンバーの数が350人を突破したのは、つい先日のことだ。

 イグナートの情報収集力は、まるで筋肉のように素晴らしい。


「では、ギルドメンバーを受け入れている理由もご存じだと思いますが、念のため説明しますと、筋肉は誰にでも平等だからです」


「規模の拡大には興味ないが、来る者は拒まずということか。だが、それでは本部の負担が増える一方ではないか?」


 リリナが小さな声で「そうなんです」と頷いている。


「ですので、しばらく前から方針を変更し、受ける依頼の量を減らしました。そして、現在は専属メンバーにしか依頼を与えないようにしています」


 主にリリナの負担を減らすための措置だ。

 呑気そうに見える彼女だが、事務能力に関する筋肉は私を凌駕している。

 ギルドメンバーが一桁の時から今日に至るまで、ずっと一人で仕事をこなしているのだ。


「なるほど。じゃあ、今ここにいるメンバーの数が少ない理由は? ここからでは二階に何人いるかわからないが、多くても数十人だろう。一階には我々しかいないのだから、専属メンバーの数に対して少ないように思う」


「理由は三つあります」


「三つも?」


「一つは休暇を取っているからです。筋肉を鍛えるためには休暇も必要なので、メンバーには定期的に温泉で回復するように指示しています」


「筋肉のためということか。二つ目は?」


「任務の最中だからです。当ギルドにはグレンデルの外からやってくる依頼も多く、そうした依頼をこなすには数日を要します」


「他所のギルドでも往々にしてあることだな」


 私は「ですね」と相槌を打ち、三つ目を続けた。


「三つ目は、他の施設で筋トレをしているからです。たしかに当ギルドは本部しかありませんが、専用の筋トレ施設をグレンデルに20件保有しています」


「20件だと……!?」


「はい。そこで筋トレをしているため、ここにはいません」


「なるほど。今ので謎が解けた」


「謎といいますと?」


「〈筋肉応援団〉の蓄えが少ない理由だ。多額の依頼料を稼いでおり、それをきっちりと王国政府に申告し、税金を納めている。人件費も大してかかっていない。なのに、ギルドの貯蓄は異様に少ない。一部の薬草を買い占めていることは知っているが、それだけでは説明がつかず、気になっていた。だが、今の説明で納得した」


「そういうことでしたか。イグナート監察官、少しは手心を加えてくれるかと思いきや、今日も変わらず容赦ないですね」


 私はにやりと笑った。


「それが仕事だからな」


 イグナートは素っ気なく答える。


「団長、今の発言はどういう意味ですか?」


 リリナが尋ねてきた。


「イグナート監察官は、雑談のふりをして〈筋肉応援団〉に“税制上の隙”がないか探っていたのです」


「税制上の隙……?」


「要するに、賄賂などにお金を使っていないかと疑っていた、ということです。付け入る隙があれば、上に報告するつもりだったのでしょう」


「賄賂だなんて……そんなことありませんよ! 団長は筋肉にしか興味がないのですから! 恋愛にだって興味を示さないんですよ!? 人間じゃない可能性を疑うならともかく、賄賂なんて人間くさいことするわけないじゃないですか!」


「リリナ……あなた、日に日に口が悪くなっていますね」


「……ハッ! すみません!」


 リリナは両手を口に当てて目を逸らした。


「前置きが長くなったが、そろそろ視察にを始めようか」


 イグナートが話を進めた。


「わかりました。リリナ、今ある依頼を教えてください」


「今は特別枠の護衛任務しかありませんよー! セルマさんの隊商か、ドーグさんの輸送ですねー! どちらも出発は四時間後で、セルマさんの依頼はガストンさんが担当、ドーグさんの依頼はカイくんが担当です!」


「……とのことです。どちらにしますか?」


 私が尋ねると、イグナートは「任せる」とだけ答えた。


「では、筋肉の素晴らしさを実感しやすいカイの同行を――」


「ここだな! 〈筋肉応援団〉のギルドは!」


 突然、知らない男がやってきた。

 年は五十代前半で、頭にねじり鉢巻きを巻き、髭は剃っている。

 三角筋、上腕二頭筋、大腿筋が立派なのに対し、大胸筋と僧帽筋(そうぼうきん)は貧弱だ。

 筋トレではなく労働によって培ったタイプの筋肉である。

 まず間違いなく漁師だ。


「たしかに、ここが〈筋肉応援団〉のギルド本部ですが、どうかなさいましたか?」


「あんたが聖女ミレイユだな!?」


「そうですが?」


「あんたのところに高い金を払って依頼したのに、ひでぇ仕事ぶりだったぞ! 返金しやがれってんだ!」


 男は受付まで行くと、カウンターを叩いた。

 リリナが「ひぃ!」と驚く。


「〈筋肉応援団〉の仕事ぶりが酷いだと?」


 イグナートがメガネをくいっと上げる。

 私を見る目が険しくなるのを感じた。

 聖務庁の監察官として、私の粗探しをする気だ。

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