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029 重要文化財を守れ

「お前らはグレンデルの! それに関所の門が……! おい、この門は国の重要文化財だぞ!」


 カイが押し潰されそうなこの状況で、オルドは難癖をつけてきた。

 こんな時でも、悪い意味でぶれない男である。


「その重要文化財を守っているんでしょうが!」


「なぁにぃ!? 貴様、誰に向かってそんな口を利いておる!」


 オルドが私に詰め寄ろうとするが、すかさずヴァイスが止めた。


「ここは貴殿の管轄外だ! 控えてもらおう!」


「ぐぬぬ……!」


 オルドは駄々をこねずに従った。

 法や規則を盾に戦う彼にとって、「管轄外」という事実は痛かったようだ。


「ミレイユ団長! 助けてください! もう無理です!」


 カイの全身が赤くなり、汗が噴き出ている。


「よく頑張りましたね、カイ。あとは私に任せなさい!」


 私はカイの横に寄ると、左手で門を支えた。


「あれ? 急に重さが消えた……?」


 カイが驚いている。


「言ったでしょう? 『あとは私に任せなさい』と。カイ、あなたも避難するのです」


「ですが、団長一人では……!」


「何を言っているのですか? この門扉はたかだか数トンです。この程度なら片手でも余裕ですよ」


 私は左手で門を支えたまま振り返り、ヴァイスを見た。


「ヴァイスさん、この門を脇の石壁にかけようと思いますが、それで問題ありませんか?」


「あ、ああ、そうしてくれ……」


 ヴァイスが驚愕の眼差しを私に向ける。

 筋肉の底力に驚いているのだろう。


「わかりました」


 私は左手で門を持ち上げ、そのまま街道の端へ移動し、石壁に立てかけた。


「おいおい、あの巨大な門扉を片手で運んだぞ」


「あんな華奢な体のどこにそんな力があるんだ?」


「あれが噂の筋肉聖女か」


「すごすぎる。筋肉を極めればあんなことが可能になるのか」


 皆が私の筋肉を絶賛している。

 カイは「団長はすげーや!」と目を輝かせていた。


「どうにか事故を防げましたね」


 私は軽く肩を回し、凝りをほぐす。

 なかなかの高負荷トレーニングになった。


「おい、貴様……」


 オルドが大股で近づいてくる。


「先に言っておきますが、あの門が壊れたのはメンテナンスを怠っていたからです。私たちのせいではありません」


「そんなことはどうでもいい」


 オルドは私の全身を素早く見た後、眉間に皺を作った。


「本当に筋肉だけでさっきのようなことが可能なのか? それとも筋肉魔法とやらの力か?」


 予想外の質問だった。

 どうやらオルドは、筋肉に興味を持ったようだ。


「筋肉だけで可能です。それと、筋肉魔法は筋肉を最大限に活用するための魔法です。一般的な魔法と違い、無から有を生み出すことはできません」


「そうか」


 それ以上、オルドは筋肉について言及しなかった。

 けなさなかったというのが、彼にとっては最大の賛辞なのだろう。


「オルド監査官、私たちグレンデルの人間が重要文化財の門を守り、人々を救いました。救われた者の中には隣国の行商人も含まれています。その意味がお分かりですね?」


 私はニヤリと笑って尋ねた。


「……ふんっ。恩着せがましいことを言いよりおって。今回の件は見なかったことにしておく」


 オルドは踵を返し、関所の奥へと戻っていく。

 その背中からは、以前のような敵意は感じられなかった。


「やれやれ、素直じゃありませんね」


「でも、筋肉の素晴らしさに気づいた感じでしたよ! それでいいじゃないですか!」


 カイが声を弾ませる。


「そうですね。私の目的はあくまでも筋肉の万能性を証明することですから」


 助けられた旅人たちが、口々に感謝の言葉を述べながら集まってくる。

 関所の門は落ちたが、筋肉に対する信頼は上がるのだった。


 ◇


 グレンデル自治評議会が主催する、都市条例に関する公聴会。

 普段は市民に開かれた温かい議論の場だが、今日は静寂と緊張に支配されていた。


 円形劇場型の議場、その中央にある演壇に、一人の男が立っている。

 聖務庁の監察官――イグナート・レオンハルトだ。

 聖務庁から派遣された法の番人は、議員席と傍聴席を一瞥し、淡々と口を開いた。


「本題に入る。先日の公開実演により、グレンデルにおける〈筋肉応援団〉……ひいてはミレイユの筋肉理論が、直ちに人体を害するものではないことは確認した。私はその場で、『懸念が払拭された』と認めた」


 私は胸を張った。

 大胸筋も「そうだ、そうだ」と震えている。


 だが、イグナートの言葉には続きがあった。


「しかし――確認されたのは『ミレイユの運用』に過ぎない。現在、多くの都市において、身体強化魔法を謳う粗悪な施術や〈筋肉応援団〉の模倣が増えている」


 私は小さく「たしかに」とうなずいた。

 〈筋肉応援団〉を模倣するギルドが他所の都市に出現しているのは事実だ。

 その中には〈筋肉応援団〉の元メンバーを自称する者もいる。


「こうした事態を重く見た王国政府は、身体強化魔法の使用を原則禁止とし、認可を受けた者にのみ使用許可を与える方向で検討している」


 議場がどよめいた。

 私が認可を受けられる可能性はかなり低い。

 イグナートが来ている時点で、聖務庁絡みであることが明らかだからだ。


 話が進めば、認可について判断する組織が聖務庁になることは目に見えている。

 そして、聖務庁が私に認可を与えることはないだろう。

 つまり、他所の問題にかこつけて筋肉を排除しようとしている。


「ちょっと! それって筋肉魔法を規制するための方便でしょ!」


 商会連盟代表のセルマが、たまらず立ち上がる。


「そうだそうだ! ミレイユ団長のおかげで高品質な物流を維持できているんだぞ! 現場を混乱させる気か!」


 ドーグが怒鳴る。


「筋肉弾圧、絶対反対!」


 バルドも叫んだ。


「「「反対!」」」


 門下生たちも騒ぎ立てる。

 イグナートはため息をつき、右手を挙げて皆を黙らせた。


「諸君が私を敵視する気持ちはわかるが、人の話は最後まで聞くものだ」


「どういうことよ?」とセルマ。


「王国政府がその気になれば、法整備は一方的に可能だ。わざわざここへ来ているのは、政府としてもグレンデルの意思を尊重していることを意味する」


 イグナートの発言は、残念ながら正論だ。

 ただ、それは聖務庁がこちらに配慮した、という意味ではない。

 〈筋肉応援団〉の実績を考慮して、反論の機会を与えるべきだと判断したのだろう。

 それだけ私たちの活動が高く評価されているということだ。


 王国政府内には、私たちを支持する組織も存在している。

 一枚岩ではないのだ。


「ここで筋肉魔法の使い手である聖女ミレイユの意見を聞きたい――ミレイユ・アードラー、そなたはどう考える?」


 イグナートの目が私に向く。

 同時に、その場にいる全員が私を見た。


「あわわわわ……!」


 なぜか焦っているのは、右隣に座っているリリナだ。


「うっ……! すごい視線だ……!」


 左隣のカイも動揺している。


 筋肉不足の二人を嘆かわしく思いつつ、私はイグナートに答えた。


「現状の『身体強化魔法の使用を原則禁止とする案』は、あまりにも強引すぎます」


 皆が「そうだ、そうだ!」と叫ぶ。

 しかし、私の発言には続きがあった。


「ただ、何かしらの法規制が必要であることもたしかです」

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