028 ミレイユの追放理由
「ミレイユを追放した理由は複合的なものだ。嫉妬などの個人的な感情が含まれていたことは認める。だが、それだけではない。ミレイユとフィオナを天秤にかける必要があった」
ラグナスの言いたいことが私にはわかった。
「団長、ラグナスさんの仰っていることがよくわからないのですが……」
「ごめん、私も同感。団長、解説してよ」
しかし、王都の事情に疎いリリナとペンネには理解できなかった。
「つまり、光環正教にとって私が目障りだったことが追放の理由だとラグナスは言っているのです」
〈ブラッディ・ナイトメアーズ〉のランクが上がれば上がるほど、世間からの注目度が高まる。
そうなると、回復魔法の使えない謎の筋肉聖女が目立ってしまう。
回復を至上とする光環正教にとって、それは教義が揺らぐことを意味し、断じて認められない。
「光環正教から聖務庁に対して、そして聖務庁から俺に対して、強い圧力がかかっていた。ミレイユを追放しなければ、フィオナがパーティーを抜ける羽目になっていた。だから、仕方がなかったんだよ」
というのがラグナスの言い分だ。
彼の立場を考えれば理解の余地はあるが、都合のいい言い訳だ。
その気になれば結果で黙らせることもできたし、実際にそうしてきた。
「付け加えるなら、ミレイユには協調性がない。どれだけ疎まれようとも考えを曲げず、筋肉の素晴らしさを説き続けるからな。寝ても覚めても筋肉について話すのは、正直、鬱陶しいものがあった」
今の言葉には少し傷ついた。
「あ、それはわかります……」とリリナが苦笑する。
「ラグナス、私たちは互いの立場を十分に理解しています。ですから、これ以上話し合っても無意味であることも、あなたならわかるはずです」
「そうだな。時間を取らせてすまなかった。失礼する」
ラグナスが私たちに背を向ける。
「今後は筋トレに励みなさい。そして、睡眠と食事にも配慮するように。今のあなたは顔に覇気がなく、筋肉も衰えていますよ」
「あいにくだが、今後も俺は魔法を鍛える。筋トレは効率が悪いからな」
「まだそんなことを……。いい加減にしないと、私を捨ててまで残したフィオナさんが壊れますよ。それはそれで、光環正教や聖務庁に怒られるのではありませんか」
「問題ない。次善の手は考えてある」
「次善の手!? それって何!?」
ペンネが食いつく。
しかし、ラグナスはそれに答えず、静かに去っていった。
「ちょっと待ってよ!」
ラグナスの後を追いかけて、ペンネもギルドを後にする。
「それにしても驚きましたね! まさか、いきなりラグナスさんが現れるなんて……」
リリナは、ペンネの置いていった新聞を手に取った。
「そうですね。こちらが思っている以上に、〈ブラッディ・ナイトメアーズ〉は苦しい状況にあるようです」
ラグナスはプライドの高い男だ。
そんな彼が自らやってくるだけでも異例である。
「ラグナスさんの言っていた『次善の手』って、何だと思いますか?」
「わかりません。ですが、それなりに自信があるように見えました。それよりも――」
私はデスクの上にドンと鎮座する革袋を手に取った。
ラグナスが置いていったものだ。
「――リリナ、これをラグナスに返してきてください」
「え?」
「何が『え?』ですか。彼の依頼を断ったのですから、お金を受け取るわけにはいきません。そして、返金処理はあなたの仕事です」
「ちょっと団長、それならもっと早く言ってくださいよー!」
リリナは私から革袋を受け取ると、慌てて出て行った。
◇
カイゼン高峰街道――。
グレンデル北部の山脈を越えて隣国へと続くこの街道は、物流の動脈である。
同時に、険しい地形に阻まれた難所でもあり、戦争時には防御の要になっていた。
しかし、今は平和なので、ただただ移動の困難な場所である。
私、カイ、ヴァイスの三人はその道を通ってグレンデルへ戻ろうとしていた。
今回の任務は街道整備の護衛であり、今はその帰りというわけだ。
前方に見える関所は、入市許可を待つ隊商や旅人でごった返していた。
「カイ、ずいぶんと逞しくなりましたね」
「日々の筋トレと筋肉魔法のおかげです!」
今日の仕事は過酷だったが、カイは息ひとつ乱していない。
初めて会った時に比べて、全身の筋肉量が増え、心肺機能が劇的に向上していた。
「団長、あそこの門、ずいぶん古そうですね」
カイが指差したのは、関所の象徴ともいえる巨大な木造の門扉だ。
高さは五メートルを超え、厚みも凄まじい。
長年の風雪に晒された結果、鉄製の金具は赤く錆びついていた。
「そうですね。ただ、筋肉と同じで、メンテナンスを怠れば強度は落ちます。近いうちに補強が必要でしょう」
私は筋肉的正論を言いつつ、ちらりとヴァイスを見る。
ヴァイスは私の視線に気づくと、「そうだな」と同意した。
これで門扉の補強が行われるだろう。
そう思った時だった。
ゴゴゴッ……。
突如、地鳴りのような音が響き、地面が突き上げられるように揺れた。
地震だ。
規模はさほどでもないが、震源が浅いのか、衝撃は鋭い。
馬が嘶き、旅人たちが悲鳴を上げてしゃがみ込む。
だが、真の恐怖は揺れが収まった直後に訪れた。
バキンッ!
門を支えていた巨大な蝶番の一つが、衝撃と経年劣化に耐えきれず破断したのだ。
バランスを失った数トンの門扉が、スローモーションのように傾いていく。
その落下地点には、荷馬車と数人の歩行者がいた。
「門が落ちてくるぞ!」
パニックが起きる。
だが、人々が逃げるよりも、重力が仕事をするほうが速い。
「くそっ、間に合わん!」
ヴァイスが駆け出そうとするが、距離がありすぎる。
誰もが惨劇を予感し、目を背けようとした。
「団長!」
カイが叫ぶ。
「任せなさい! いきますよ、カイ!」
私は諦めなかった。
とはいえ、さすがの私でも走っていては間に合わない。
そこで――。
「団長ォオオオオオ! 死ぬぅうううううう!」
カイを投げることにした。
彼の右足首をつかみ、投げ縄のように頭上で回転させる。
カイの筋肉を門扉に投げつけて時間を稼ごうというアイデアだ。
画期的かつ合理的、そして筋肉的な解決法である。
「それ!」
「うぎゃああああああああああああああああ!」
カイが一直線に飛んでいく。
その速度は馬よりも遥かに速い。
「あんぎゃっ!」
カイが門扉に張り付いた。
私の投げ方が完璧だったので、足が地面についている。
踏ん張れる状態だ。
「ぐぅッ……! さすがに、重い……!」
カイが首筋に血管を浮かばせて耐えている。
顔は真っ赤に充血していた。
「さあ、皆さん! 今の間に避難を!」
私は手を振って門扉の付近にいる人たちを誘導する。
「ミレイユ団長! このままだとカイが下敷きになるぞ!」
ヴァイスが叫ぶ。
その言葉どおり、カイは劣勢だった。
徐々に門扉が傾いていき、彼を押し潰そうとしている。
「問題ありません! 時間を稼ぐだけで十分です! あとは私が!」
そう言って駆け出そうとした時だった。
「何を騒いでおる!」
関所の奥から一人の男が現れた。
王都の監査官オルド・メイランだ。
以前、グレンデルの自治権を奪おうとした役人である。
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