026 英雄の凋落
「ペンネさん、そんな乱暴な開け方をされては困ります。うちの施設は老朽化が著しいので」
私が不満げに頬を膨らませると、ペンネは「ごめんごめん!」と軽く謝った。
「そんなことよりも団長! 特ダネが入ってきたよ! 特ダネ!」
ペンネは挨拶もそこそこに、手にしていた新聞を私のデスクへ広げた。
インクの匂いが漂う紙面には、デカデカとした見出しが躍っている。
『〈ブラッディ・ナイトメアーズ〉、主要スポンサーとの契約打ち切り』
私を追放した勇者パーティーに、またしても不名誉な記録が加わったようだ。
かつて「英雄」と持てはやされたSランクパーティーも、今では嘲笑の的である。
これまで擁護するような書き方だった新聞も、今回は辛辣な論調を展開していた。
「契約を打ち切ったスポンサーは〈薬師連盟〉と〈鍛冶商会〉の二社ですか」
どちらも資金ではなく物資で援助するスポンサーだ。
薬師連盟はポーションなどの回復薬を供給し、鍛冶商会は武具のメンテナンスを担当している。
要するに、これまでは戦闘に必要なものがスポンサー負担で、無料同然だったのだ。
「どちらも『費用対効果が見合わない』ってさ」
「当然の結果ですね。最近は失態続きでしたから」
「でも、主要スポンサーから打ち切られたらつらいんじゃないですか?」
リリナが会話に加わった。
「私もそう思ってここに来たんだけど、元メンバーのミレイユ団長的にはどうなの?」
ペンネが何食わぬ顔で手帳とペンを取り出した。
隙あらば記事にして、王都……というより聖務庁を攻撃したいようだ。
差し止め問題以降、新聞同盟のグレンデル支局は聖務庁を敵視している。
直接的に叩くわけにはいかないため、遠回しに皮肉って叩くことが多かった。
「たしかに〈薬師連盟〉と〈鍛冶商会〉に切られたのは痛いですが、直ちに問題になることはないと思いますよ。スポンサーはたくさんいますから」
「なーんだ! じゃあ、ここからボロボロに崩壊していくわけじゃないんだ!」
ペンネが「ちぇ」と唇を尖らせる。
「いえ、そうとも言い切れませんよ」
「どういうこと?」
「大手のスポンサーは、往々にして人気のあるところに集まります。セルマさんのように将来性を見越して投資するタイプは皆無に等しいです」
「そりゃあ、そうでしょうよ。スポンサーの目的は投資じゃなくて宣伝なんだから。そのことがどうして『そうとも言い切れない』につながるの?」
「判断基準が『自分の目』ではなく『他人の評価』だからですよ。〈薬師連盟〉と〈鍛冶商会〉が離れたってことは、少なからず評価が下がったことを意味します。それを見て『うちも契約を打ち切る』と言い出すスポンサーが現れてもおかしくありません」
「そっか! ひとたびその流れが始まると、連鎖的にスポンサーが消えていく可能性があるんだ!」
「そういうことです。なので、現時点では余裕でも、ラグナスたちは内心で焦っているはずです。この新聞にも、その様子がうかがい知れる一文があります」
私は『〈ブラッディ・ナイトメアーズ〉の拠点から響く怒声は、隊内不和の証か』という一文を、指先でトントンと叩いた。
「仲間内で揉めているってことね」
「彼らは自らの筋肉不足を棚上げしていますからね」
現在の〈ブラッディ・ナイトメアーズ〉は、五人のメンバーで構成されている。
具体的には、勇者ラグナス、戦士グレイド、斥候ノアール、術師セリアン、聖女フィオナだ。
基本戦術は王道だ。
まずはノアールが偵察し、それからラグナスとグレイドが前衛として戦う。
戦闘が始まるとノアールは下がり、中衛としてバランサー役を務める。
セリアン、フィオナといった女性陣は後衛から攻撃や回復で支援する。
「この記事には詳細が書かれていないけど、揉めるとしたらどんな感じになるの?」
「グレイドがノアールに八つ当たりして、最終的にはラグナスとグレイドの間で言い争う形だと思います」
「どういう流れでノアールからラグナスに対象が変わるの?」
「グレイドは戦士としては優秀ですが、とにかく粗暴で短気です。何かあると必ず八つ当たりします」
「その対象がノアールになるわけね?」
私は「はい」とうなずいた。
「私が所属していた頃から、彼とノアールの関係は微妙でした。グレイドは『男は前に出て戦い、女は後方から支援するもの』という考えを持っています」
「性差別的ですね……」とリリナ。
「そう言えますが、グレイドの父は王国騎士の第二隊長なので、その影響があるかもしれません。王国騎士は男性しかなれませんから」
「騎士の考えを拗らせた結果ってことね。ノアールに八つ当たりするのは、ノアールが弓使いだから?」
ペンネの問いに、私は「ですね」と答えた。
「しかも、斥候は総じて戦闘力が低いです。ノアールは弓の名手ですが、それでもラグナス、グレイド、セリアンには及びません」
「そこまでは想像できるわ。問題は、そこからどうしてラグナスと揉めるかってこと」
「グレイドがノアールに八つ当たりすると、ラグナスが止めに入ります。するとグレイドは、矛先をラグナスに変えます」
「それは無理じゃないの? ラグナスとグレイドなら、ラグナスのほうが強いでしょ? 八つ当たりしても論破されるんじゃ?」
「私が所属していた頃であればそうでしたが、単体性能だけを比べるならグレイドに軍配が上がります」
「そうなの!?」
ペンネが驚いた様子でペンを走らせる。
「たしかに昔のラグナスは最強でした。彼は努力家で、素晴らしい筋肉を備えていましたからね。しかし、それは過去の話です」
「過去の話……」
「近年のラグナスは魔法に溺れ、筋トレを全くしていません。そのため、筋肉の大半が冬眠しています」
「筋肉が冬眠……???? よくわからないけど、とにかく筋肉不足ってことね!」
「そうです。一方、グレイドは最低限の筋トレを続けています。筋肉量は増えていないものの、ラグナスほど低下もしていません」
「だから、現状ではラグナスよりもグレイドのほうが単体性能で勝っていると……」
「前衛としてのパフォーマンスに限って言えばそうです。ただ、ラグナスはAランクの術師に匹敵する魔法の使い手です。ですから、グレイドに対して『総合力では自分のほうが上』と反論するでしょう」
「なるほど、それで口論が止まらなくなるわけね!」
ラグナスとグレイドが言い争う姿は容易に想像できた。
ばつが悪そうな顔をするノアールや、二人を止めようとするセリアンとフィオナの姿も。
「私はフィオナさんさえ問題なければ何でもOKです!」
リリナがコーヒーを飲み干した。
「ところが、聖女フィオナはもっと深刻な状況なのよね」
ペンネが言いにくそうな顔をした。
「え……? フィオナさん、療養中なんじゃ?」
リリナは立ち上がり、こちらに近づいてくる。
「すでに療養から復帰しているんだけど、早くも過労による魔力欠乏症で倒れかけてるってさ」
ペンネがフィオナについての記事を指す。
そこには、以前よりも痩せ細り、目の下に隈を作ったフィオナの写真が掲載されていた。
かつての可憐な笑顔は見る影もなく、悲壮感すら漂っている。
「フィオナさん……どうしてこんな……」
「仕方ありません。それが彼女の選んだ道です」
私はフィオナに関する記事を読んだ。
彼女の人気は相変わらず高いようで、そこだけ優しい論調になっている。
聖女を叩くと聖務庁が怒るので、そういった事情も加味されていそうだ。
「ねえ団長、主要スポンサーに打ち切られた〈ブラッディ・ナイトメアーズ〉は今後、どう動くと思う?」
ペンネの手帳を持つ手に力が入る。
「ラグナスは何よりも名声を大事にしています。そのため、信頼を回復するために今よりも危険な任務に臨むでしょう」
「ハイリスク・ハイリターンの博打に打って出るわけね」
「そうなるでしょう。ただ、ラグナスの性格上、戦力の増強を図る可能性があります」
そんな話をしているときだ。
「さすがはミレイユ。俺たちの現状をよく理解しているじゃないか」
開きっぱなしの扉から、突如、ラグナスが入ってきた。
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