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022 懸念の払拭

 私とペンネ、それにイグナートは中央広場に来ていた。

 この三人で仲良くランチをする――わけではない。


 イグナートに筋肉魔法の安全性を証明するためだ。

 どこで情報を聞きつけたのか、広場には多くの人だかりができている。

 騒動にならないよう、衛兵隊が出動する事態になっていた。


「ミレイユ団長がこの街にどれだけ貢献しているのか知らないのか!」


「時代は筋肉なんだよ! 魔法は補助! サプリと同じだ!」


「聖務庁の役人はさっさと王都に帰れ!」


 市民たちからイグナートに、ブーイングの嵐だ。


「イグナート監察官、これがグレンデルの総意です。皆が筋肉を認めています」


「わかっている。群衆の反応は想定できていたことだ。気にせず始めよう」


 イグナートは平然としていた。

 四面楚歌でも平然としていられるのは、頭の筋肉が優秀な証拠だ。


「その前に、まずは筋肉魔法について正しい認識を共有しましょう」


「正しい認識だと?」


「私の筋肉魔法は、対象の筋肉をフルに発揮できるようにするものです。つまり、魔法によって筋肉量が増えるわけではなく、筋肉量の上限いっぱいまで筋肉を動員できるようにするものです」


「その点は理解している。君が〈ブラッディ・ナイトメアーズ〉に所属していた頃、君の筋肉理論に関する論文を読ませてもらったからな。それでも、懸念は払拭されていない」


「どうしてですか?」


「君の筋肉理論によれば、人間は本来、備えている筋肉量の一割程度しか筋肉を使えないという。年老いた者は一割未満らしいな」


「そうです。そして、筋肉魔法では使える筋肉量を一割から五割、十割へと引き上げます」


「今回、聖務庁が問題視しているのは、その引き上げによって人体に悪影響を及ぼさないか、という点だ。君の理論が正しければ、人間は無意識に使用する筋肉をセーブしていることになる。君の魔法はそのリミッターを外すわけだから、何かしらの問題が起きてもおかしくないのではないか?」


 私は思わず「なるほど」と呟いた。

 ここまで私の味方だった聴衆も「たしかに」と頷く。

 人々の顔に不安の色が浮かび始めていた。


「聖務庁の強引なやり口にしては筋が通っている……いや、違いますね。イグナート監察官、今の発言はあなたが考えたものですね」


「それは本件とは関係のないことだ」


 どうやら当たりのようだ。

 お偉いさん方が考えた無理難題を押し通すため、イグナートは必死に理論武装してきたのだ。


「懸念されている点は理解しました。それなら――」


「先に言っておくが〈マッスル・セーフティ〉は認めないぞ」


「なっ……!」


 イグナートが先に釘を刺してきた。


「ミレイユ、私を甘く見られては困る。君の筋肉魔法については事前に調べさせてもらった。君には〈マッスル・ブースト〉で証明してもらう」


 〈マッスル・ブースト〉は、瞬間最大筋力を上限まで引き上げる魔法だ。

 ほかの魔法と違い、特定の部位だけをピンポイントで強化するものではない。

 言い換えるなら――。


「この魔法が、人体に与える負荷が最も大きい」


「そうです」


「君が私に〈マッスル・ブースト〉をかけ、私がすべての筋肉をフルに使う。それで問題がなければ、いくらか安全性が証明されるだろう」


「いくらか、ですか」


「そうだ」


 私は少し考えてから言った。


「いくらかでは困るので、ほかの魔法もかけましょう」


「ほかの魔法?」


「〈マッスル・ブースト〉だけでは、意識した部分の筋肉を最大化することしかできません。イグナート監察官は筋肉に慣れていないため、全身の筋肉を同時に意識することはできないでしょう。ですから、ほかの筋肉魔法で強制的にすべての筋肉を限界まで引き上げます」


「そ、そんなことをして、私の体は大丈夫なのか……?」


 イグナートの顔に焦りの色が浮かぶ。

 その反応を見る限り、どうやら〈マッスル・ブースト〉だけなら問題ないと確信していたようだ。

 聖務庁の手先ではあるが、こちらの事情もある程度は理解しているのだろう。

 少し不憫に思うが、だからといって手加減はできない。


「大丈夫かどうかを確かめるのが、イグナート監察官の仕事でしょう?」


 私はニヤリと笑ってみせた。


「おいおい、筋肉魔法を大量にかけて大丈夫なのか……?」


「いつもの団長なら多くても二つか三つしか重ねがけしないよな……?」


「前にガストンさんが四つまで重ねてもらっていたぜ」


「でも、ガストンさんは元Aランクの冒険者だ。俺たちとは体のつくりが違うだろ」


 〈筋肉応援団〉のメンバーたちも不安そうだ。


「イグナート監察官、どうしますか? 私を信じて仕事を全うするために筋肉魔法を受けるか、それとも王都へお戻りになりますか?」


「……愚問だ。早く魔法をかけろ」


 イグナートは覚悟の決まった目で言った。


「わかりました。それでは――〈マッスル・ブースト〉〈マッスル・スタミナ〉〈マッスル・リフレックス〉〈マッスル・アーマー〉〈マッスル・グリップ〉〈マッスル・ダッシュ〉〈マッスル・バランス〉〈マッスル・フォーカス〉〈マッスル・ボルテージ〉〈マッスル・ワーク〉」


 私は〈マッスル・セーフティ〉と〈マッスル・リコール〉を除くすべての筋肉魔法をイグナートにかけた。

 その効果はすぐに現れた。


「うおっ!? 体が……! うおおおおおおおおおおおおおおお!」


 イグナートの全身がムキムキになり、着ていた服が粉々に弾け飛んだ。

 さらに〈マッスル・ボルテージ〉の効果によって、凄まじい威圧感まで放っている。


「すげぇええええ! 聖務庁の役人がムキムキになったぞ!」


「まるで別人だ! これが筋肉魔法のフルコースか!」


 周囲がどよめく。


「これが……私の筋肉……!」


 イグナートも変わり果てた自らの姿に愕然としていた。

 衣類が弾け飛んで全裸になっているが、その点を恥じらう様子はない。

 それほどまでに驚いているのだろう。


「イグナート監察官、いかがですか? 人体への影響は。心臓がきりきりするなどの問題はありましたか?」


「いや、そんなものは何も……! それよりも、これが私なのか! この筋肉が! ふははは! 今なら岩をも砕けそうだ!」


 イグナートが自身の筋肉に興奮して別人と化している。

 筋肉のある者だけが味わえる万能感に浸っているのだろう。

 よくあることだ。


 しかし、イグナートの筋肉はまったく持続しなかった。

 数分もしないうちに、プシューッ、と音を立てて萎んでいったのだ。


「どうしたというのだ!? 私の筋肉はどこへ消えた!?」


「残念ながら筋肉が限界を迎えました。結果として、力が自動的に抜けたのです」


「そんな! 〈マッスル・スタミナ〉もかかっていたのに! おかしいではないか!」


 イグナートが私を睨む。全裸で。


「たしかに〈マッスル・スタミナ〉は持久力を底上げする筋肉魔法です。ですが、持久力を上げるにも筋肉が必要なのです」


「そんな……」


「これでご理解いただけたはずです。人間の筋肉は、限界が超えれば自動的に力が抜けます。筋肉魔法も例外ではないため、人体に悪影響を及ぼしません」


 私の証明は終わった。

 あとはイグナートがどう判断するかだ。


「………………」


 静寂が場を包む。

 しばらくして、イグナートが口を開いた。


「聖務庁の懸念は払拭された……そう認めざるを得ないな」


 次の瞬間、皆が歓声を上げた。


「ミレイユ、わかっているとは思うが、これで終わりとは限らないからな。あまり目立ちすぎるなよ」


 そう告げると、イグナートは去っていった。全裸で。


「聖務庁め、ざまぁみろよ! 特集記事が差し止めで潰されたぶん、号外でいっぱい叩いてやる!」


 ペンネが上機嫌で吠える。全裸ではない。


「ペンネさん、今回の見出しは?」


「もちろん『筋肉聖女、聖務庁の嫌がらせに打ち勝つ』よ! 聖務庁に対する恨みつらみを書きまくってやる!」


「……さっき、イグナートさんが目立つなって言っていましたよね。さすがにその見出しは挑発しすぎですよ」


 最終的に、見出しは『筋肉聖女、王都の懸念を一蹴』に落ち着くのだった。

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