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021 筋肉応援団の危機

「適切な筋肉って?」


「極端な例になりますが、最強のキックを身につけたいのに腕の筋肉ばかり鍛えていても意味がないわけです。あなたの武術に合った筋肉を鍛えなくては、せっかく鍛えても力になりません」


「ミレイユ団長の言うとおりだ。どの筋肉を、どういう割合で鍛えるべきかは人によって異なる。それを知りたいのなら、ミレイユ団長の筋肉相談を受けることだ」


「筋肉相談……」


 イリスの私を見る目が変わった。

 敵意が消え、ばつが悪そうな顔をしている。


「では、さっそく筋肉相談を受けますか? 今日は武闘祭のためスケジュールを空けておいたので、対応できますよ」


「おお! やったな、イリス! 普通なら数か月待ちだぞ! 今すぐ筋肉相談をしてもらえ!」


 バルドが声を弾ませる。


「え……? べ、別に私には不要だけど、お父さんがそこまで言うなら聞いてあげなくもないわよ!」


 イリスが顔を赤くして目を逸らす。

 口調はともかく、筋肉の大事さは理解したようだ。


「それでは今すぐ〈筋肉応援団〉の本部に行きましょうか」


「俺は主催者だからここに残るぜ! ミレイユ団長、娘のことを頼んだ!」


「お任せください。イリスさん、あなたは魔法を一緒くたにしているようなので、道中で神聖なる筋肉魔法とその他の魔法の違いについて解説しましょう」


「それは結構!」


 私とイリスはその場を離れ、〈筋肉応援団〉の本部に向かった。

 イリスが私の教えを受け入れれば、鋼身道場の未来は明るいだろう。


 ◇


 ある朝、私は新聞同盟のグレンデル支局にいた。

 ストーカー……ではなく、記者のペンネ・クラウスから急ぎの呼び出しを受けたからだ。

 普段ならインクとコーヒーの香ばしい匂いが似合うこの場所も、今は重く淀んだ空気に包まれていた。


「見てよ、団長! ふざけているわ! こんなの、ただの言論弾圧じゃない!」


 ペンネがデスクをバンと叩いて立ち上がった。

 手には聖務庁から届いたばかりの通知書を握りしめている。


「ペンネさん、ご立腹のところ申し訳ございませんが、私にもわかるように説明していただけますか?」


「この通知書よ! 聖務庁から圧力がかかったの! 予定していた〈筋肉応援団〉の特集記事『辺境で革命を起こす筋肉』が差し止めだってさ。全・面・差・し・止・め!」


「……理由はなんと?」


「聞いて呆れるわよ。『筋肉魔法は人体に過度な負荷を強いる有害な危険思想であり、若者に悪影響を与える』だってさ。でっち上げもいいとこよ。しかも聖務庁が止めてくるなんて……越権行為でしょ!」


「それはひどいですね」


 ペンネが通知書をくしゃくしゃに丸め、ゴミ箱へ投げ込む。


「王都じゃ今、ラグナスたちが失態続きで評判を落としてる。なのに、追放された筋肉聖女は辺境の都市で大活躍。聖務庁からすると面白くないのよ。だから、こうして『危険』のレッテルを貼って黙らせに来たわけ!」


「なるほど。自分たちの失点を隠すために他者の足を引っ張る……筋肉の足りない者が陥る典型的な思考ですね」


 私は肩をすくめた。

 健全な筋肉信奉者は、他者を蹴落とす暇があったら己を高めるものだ。


「……だが、でっち上げとも言い切れんぞ」


 不意に、低い男の声が会話に割り込んだ。


 支局の扉が開き、長身の人物が現れる。

 黒衣に身を包み、感情の読めない男――聖務庁の監察官、イグナート・レオンハルトだ。


「イグナート監察官。またしても奇遇ですね。もはや運命でしょうか。実は筋肉に興味が――」


「興味などない。それに奇遇でもない。ここには仕事で来ただけだ」


 イグナートは私の正面に立つと、眼鏡のブリッジを押し上げた。


「新聞同盟への通達は私が持ってきた。ミレイユ、君は目立ちすぎた。前に会ったときに警告しただろ」


「警告……?」


 思い当たる節がなかった。


「では、当時と全く同じことを言ってやろう。『君の活動は少々目に余るという報告も上がっている。筋肉魔法による過度な身体強化は、人体への安全性を無視しているのではないかとの懸念がある』……どうだ? 思い出したか?」


「そういえば言っていましたね。思い出しました」


「聖務庁の一部には、君を『異端』として正式に扱う段取りを整えつつある」


「それは厄介ですね……」


 私の筋肉魔法が異端認定を受けた場合、〈筋肉応援団〉の活動に大きな支障を来すことになる。

 最悪の場合、存続すら叶わなくなるだろう。


「だから、君は懸念を払拭する必要がある。魔法による筋力の強制的な引き上げが、人体の許容を超える負荷を生む危険はないのか。事故が起きない、あるいは起こせない仕組みがあるという証拠は?」


 冷たい声だが、質問は鋭く本質を突いている。

 イグナートは脅しているのではなく、規則に則って確認しているのだ。


 私は椅子から立ち上がり、視線をまっすぐに返した。


「証拠なら、今ここで作りましょう。書類上の理論で語っても、聖務庁の古狸たちは納得しませんから」


「……ここで?」


「公開実演です。市民の前で、私の筋肉魔法がいかに安全で制御されているかを示します」


「それ、いいじゃん! ネタになるし、号外の準備しておくよ!」


 ペンネがニヤリと笑う。

 他の記者たちも「面白くなってきた」と騒いでいる。


「ミレイユ、わかっているのか? 群衆の前で失敗して負傷者が出れば、その場で活動停止処分になり得るぞ」


 イグナートが淡々とした口調で言う。

 その表情は、幾ばくか私のことを心配しているようにも見えた。


「構いません。筋肉は嘘をつきませんから。皆の前で筋肉魔法の安全性を証明します」


「いいだろう。ただし、条件がある」


「条件?」


「君の筋肉魔法を受けるのは私だ」


「「え?」」


 私とペンネが同時に驚く。


「君の信徒が対象では、客観的な安全性の証明は不可能だからな。かといって、一般人を危険にさらすわけにもいかない。だから、私が被験者になろう」


 ペンネが「マジ?」と呟く一方、私はうなずいた。


「合理的です。それでは、イグナート監察官。あなたの筋肉で証明しましょう」


 こうして、〈筋肉応援団〉は初めての危機を迎えるのだった。


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