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020 武闘祭

「「うわああああああああああああああああ!」」


 カイとユーリスが悲鳴を上げる。

 しかし、彼らが恐れているような事態にはならなかった。


 呪具は粉々になっただけで、爆発しなかったのだ。

 術式が破壊されたことで、赤黒い光も消えている。


「これで問題解決ですね」


 私は右手に付着した石片を払い落とした。


「呪具にこのような解除法が存在していたとは……」


「すごすぎますよ団長! 僕、もうだめかと思いました!」


「そう感じたのは筋肉が足りていないからです。カイ、これからも鍛錬に励みなさい」


「はい! 僕も団長のように、どんな問題も解決できる筋肉を目指します!」


 私は満足げにうなずいた。


「これはまた上から睨まれてしまいますね」


 ユーリスが苦笑している。


「もし迷宮調査院を追われることになったら、そのときはぜひ〈筋肉応援団〉へお越しください」


 私はユーリスに微笑みかけると、その場を後にした。

 一件落着だ。


 ◇


 その日、グレンデルの街は異様な熱気に包まれていた。

 〈鋼身道場連合〉が主催する年に一度の「武闘祭」の開催日だ。


 街外れに設けられた特設闘技場には、己の肉体を誇示したい男たちと、それを見物に来た市民たちで溢れかえっている。

 汗と土埃の匂いが混じり合う、むせ返るような空間。

 私にとっては、高級な香水店よりも居心地が良い場所だった。


「ガハハ! 見ろよ団長、あいつの大腿四頭筋! あんたの指導を受けてから、うちの門下生は見違えるようにデカくなりやがった!」


「ええ。特にスクワットのフォームを改善したのが効いていますね。可動域を限界まで使い、ハムストリングスへの負荷を逃していません。美しいです」


 私は来賓席に座り、第一道場の師範バルドと試合を観戦していた。


「ちょっと、お父さん!」


 私たちが筋肉談義に花を咲かせていると、少女が割り込んできた。

 栗色の髪をポニーテールに結い、道着に身を包んだ可愛らしい少女。

 バルドの一人娘イリスだ。

 彼女は肩を怒らせてドカドカ歩み寄ってくると、バルドに食ってかかった。


「お父さん! なんでこんな『魔法使い』を特別扱いするの! 神聖な武闘祭にこんな人を招かないでよ!」


 イリスの矛先は、明らかに私に向けられていた。

 その瞳には強い敵対心と、武道家としての頑なな矜持が燃えている。


「娘よ、言葉を慎め。ミレイユ団長の実力は本物だ。俺も世話になっている」


「それが信じられないって言ってるの! 武術は己の体一つ、汗と血のにじむような鍛錬で磨くものでしょ! 魔法で安易に膨らませた筋肉なんて、あんなの偽物よ!」


 イリスが私を指差して叫ぶ。


 偽物。

 その言葉に、私は静かに眉を上げた。


「イリスさん、あなたは二つ誤解しています」


「なんですって!?」


「まず、私は筋肉理論という独自論文を学会に提出するほどの筋肉信者であり、あなたの言う『汗と血のにじむような鍛錬』を肯定しています」


「でも魔法――」


 イリスが口を挟もうとするので、私は右手を軽く挙げて制止した。


「二つ目は、私の筋肉魔法はあくまでも補助にすぎません。例えば、そのへんの子供に筋肉魔法をどれだけ重ねがけしても、私には遠く及ばないでしょう」


「ああ、もう! 屁理屈は結構よ! 武闘祭に優勝して証明してやるわ。魔法頼りの見せ掛けが、本物の武術に通用しないってことをね!」


 彼女は捨て台詞を残し、闘技場の中央へと駆け出していった。


 ◇


 武闘祭は武術を競う大会なので、原則として魔法の使用が禁止されている。

 例外的に〈マッスル・リコール〉と〈マッスル・セーフティ〉だけは認められていた。

 これらの魔法は、どちらも能力の底上げにつながらないからだ。


 ただし、参加者の中でこれらの魔法を受けている者は一人しかいない。

 イリスの対戦相手は、そのたった一人――元Aランク冒険者のガストンだった。


「さっそく魔法頼みの爺さんが相手ね! これは好都合よ!」


 イリスがニヤリと笑う。


「悪いがお嬢さん、ワシも戦う以上は手加減できんからの」


 ガストンがファイティングポーズを取る。

 背骨がスッと伸びていて、とても老人には見えない。


「始めッ!」


 審判が合図する。


「はぁぁぁッ!」


 その瞬間、イリスが地面を蹴った。

 速い。

 若さと才能に任せた、疾風のような踏み込みだ。


「やぁぁッ! うりゃー!」


 イリスが怒涛の連撃を繰り出す。

 鋭い突き、流麗な回し蹴り、さらには掌底まで。

 流れるようなコンビネーションだが――。


「惜しい。実に惜しいのう」


 ガストンは悠々と回避していた。

 〈マッスル・リコール〉で全盛期の力を取り戻しているのが大きい。

 筋肉量もさることながら、戦闘技術にも絶対的な差があった。


「くっ……なんで当たらないのよ!」


「嬢ちゃん、筋がいいのに力が入りすぎじゃ。肩に力が入ると、初動を読まれるぞ」


 ガストンが諭すように言いながら、イリスの蹴りを腕で受け止める。


「なっ……!?」


 イリスが動揺する。

 当たれば勝てると思っていたのだろう。

 だが、仮に当たっても受け止められてノーダメージだった。


「残念だが、実力差は明白だな」


 バルドが真剣な表情で呟く。


「仕方ありませんね。戦闘経験の乏しいカイならまだしも、相手はガストンさんですから」


 私とバルドだけではない。

 その場にいる誰もが、ガストンの勝利を確信していた。


「うるさい! 私は負けない! お父さんの道場は、私が守るんだから!」


 イリスが叫び、大きく跳躍した。

 上空からの踵落とし。

 威力はあるが、隙の大きい大技だ。


「これが嬢ちゃんの全力か?」


 ガストンは避けることなく、その一撃を受け止めた。

 両腕を交差させて、イリスの踵をしっかり止める。


「ぐっ……まだ終わっていない!」


 イリスがなおも足掻こうとするが――。


「そこまで! 勝者ガストン!」


 ――審判が試合の終了を宣言した。

 バルドが目配せでそうするように指示していた。


「助かったわい。こんな嬢ちゃんに怪我を負わせたくないからのう」


 ガストンは四方に一礼したあと、静かに闘技場から降りていった。


「お父さん! どうして止めるのよ! まだ勝てたかもしれないのに!」


 イリスが怒りながら詰め寄ってくる。


「本当にそう思っているのか?」


 バルドが怒気を含んだ目で睨むと、イリスは「うっ」と言葉に詰まった。


「全身全霊のジャンピング踵落としを受け止められた時点でわかったはずだ。お前には圧倒的に攻撃力が足りない」


「うん……」


「攻撃力を高めるのに何が必要かわかるか?」


「それは……」


「筋肉だ」


「きん……にく……」


「お前には大人顔負けの技術がある。だが、筋肉は年頃の女の子と変わらない。それが敗因だ」


「じゃあ、私が筋肉をつければ最強になれる……?」


「その問いには私が答えましょう。答えはイエス――可能性は大いにあります。ですが、そのためには適切な筋肉を鍛えねばなりません」


 ここまで無言だった私が会話に加わった。

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