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019 呪具の解除依頼

 私はゴーグルを装着し、口元を布で覆って一歩前へ出た。


「この程度なら私でなくても問題ないでしょう。筋肉の前では塩の嵐など屁でもない……むしろミネラルを補給できて助かります」


「理屈は意味不明だけど、本当に大丈夫なの? 前が見えないのよ?」


「見えないなら、見えるようにするだけです。証明してみましょう」


 私は筋肉魔法〈マッスル・フォーカス〉と〈マッスル・ワーク〉を発動した。

 これによって猛禽類のような視力が手に入り、作業効率が大幅に向上する。


「ゴーグルのおかげで目を閉じる必要はありませんから、あとはこのまま作業を進めるだけです」


 塩の嵐が視界を遮るとはいえ、塩と塩の間にはかすかな隙間がある。

 〈マッスル・フォーカス〉があれば、その隙間から位置の特定が可能だ。


 私は素早く倉庫まで行き、出荷待ちの塩袋を抱えた。

 一袋五十キロと、私にとっては軽い。

 ひとまず片手に十袋、両手で二十袋持つことにした。

 両手で千キロ――ざっと一トンだが問題ない。

 嵐の中を悠然と歩き、セルマの前に戻った。


「こんな感じです。セルマさんの馬車は二頭立てなので、積載量は千キロ程度。ちょうどですね」


 私は運んできた塩袋を荷馬車に積んでいった。


「さすがは元Sランク……! でも、こんな人間離れしたことを他のメンバーもできるの?」


「いえ、他のメンバーは筋肉が足りないので、何往復か必要になると思います。ただ、作業自体は完遂できます」


「素晴らしいわ!」


 私はゴーグルを外し、顔についた塩を払った。


「完璧ね。これができるなら、塩嵐のたびに勝てる。供給が止まる時期に塩を流せるんだもの。相場を握って――王都の貴族にだって、高値で売れるわ!」


 セルマは満載になった荷馬車を見渡し、商人の顔でほくそ笑んだ。


「筋肉は不可能を可能にする――また一つ証明してしまいましたね」


 こうして筋肉は、世界の常識を覆すのだった。


 ◇


 衛兵隊長ヴァイスの案内で、私たちは旧戦線跡――グラニア砦跡地帯に来ていた。

 今回の依頼は「街道の安全確認」だ。


 発端は、補修工が「地面の奥から赤黒い光を見た」と報告したことだ。

 ヴァイスの衛兵隊が調査した結果、光がただの燐光ではないと判明した。


 光の正体は魔力の脈動――〈呪具〉の反応だったのだ。

 おそらく旧戦線の時代に使われた兵器だろう。


 相手が魔力絡みとなれば、話は別になる。

 通常なら周囲を封鎖し、王都から来る呪具解除班の到着を待つ。

 到着後にも作業が必要で、何かと時間を要する。


 もちろん、その間は物流が滞ってしまう。

 野菜や薬草は腐るため、商会と運送ギルドの反発は免れない。


 そこで、私に白羽の矢が立った。

 私の卓越した筋肉でどうにかならないか、と。

 造作もないことだ。


「ここですね、呪具が眠っているという監視塔は」


 私は砦内にある古びた監視塔を見上げた。

 長らく使われていない崩れかけの塔で、確かに赤黒い光が漏れている。


「そうです」


 答えたのは、迷宮調査院の官吏ユーリスだ。

 彼は以前、私の実績を高く評価する報告書を提出した。

 そのせいで上に疎まれ、厄介ごとを回されるようになっていた。


「あの、団長。今日は僕の出番はありませんよね? やっぱり僕もヴァイスさんと周辺の警備をしたほうがお役に立てると思うのですが……」


 カイが怯えた表情で言う。

 その顔には、「今すぐここから離れたい」と書いていた。

 呪具の暴発が怖いのだ。


「少し筋肉がついたからといって、情けない男ですね。帰ったら筋トレをさせます」


 ちなみに、ヴァイスも近くにはいなかった。

 私に依頼をしておきながら、自分は安全な場所に避難しているのだ。

 周辺を封鎖するのに人員が必要だからとか何とか、適当な言い訳を並べていた。

 カイと同じく、ヴァイスも筋肉が不足しているようだ。


「安心しなさい。今日まで暴発しなかった呪具が、このタイミングで発動することはまずありません」


 私は監視塔に足を踏み入れた。

 堂々としている私に対し、ユーリスとカイは今にも泣きそうだ。


 風化した石壁と錆びついた鉄柵。

 崩れかけた監視塔の内部は、夕闇に沈んで亡霊のようだった。

 床には亀裂が生じており、そこから赤黒い光が漏れている。

 開け放たれた扉を抜け、地下へ向かって階段を下りていく。


「これが呪具ですね」


 地下に着くなり、私はそれを見つけた。

 黒曜石のような石球が地面に転がっていたのだ。

 表面に術式が刻まれており、それが強烈な光を放っている。


「これは地中に埋めて使うタイプの呪具……いわゆる〈地雷〉ですね」


 ユーリスが眼鏡をくいっと上げながら解説する。


「じゃあ、地面に埋めなければ爆発しないってことですか!?」


 カイが安堵した様子で声を弾ませる。


「いえ。このタイプの呪具は衝撃によって作動します。そして、この術式は広域焼却……暴発すれば、この一帯は火の海と化すでしょう」


「えええええええええ! めちゃくちゃやばいじゃないっすか!」


 カイの顔が再び真っ青になる。


「落ち着きなさい、カイ。暴発しなければ問題ありません」


「そうですが……」


「それよりミレイユ団長、この呪具をどうされるおつもりですか? やはり解除班を待つ以外に手はないかと……」


 ユーリスの目には好奇心と恐怖の色が浮かんでいた。


「もちろん筋肉的に解決します」


「筋肉的に解決するとは、具体的に……?」


「マンドラゴラと同じです」


 私は話しながら、筋肉魔法〈マッスル・グリップ〉を自分にかけた。


「マンドラゴラって、あの植物モンスターですか?」


「はい。マンドラゴラは地中に隠れており、引き抜くと叫びます。その叫び声を聞いた者は、ひどい錯乱状態に陥り、場合によっては命を落とすこともあります」


「そのマンドラゴラと呪具が同じというのは、どういうことでしょうか?」


「熟練の冒険者は、マンドラゴラを倒す際には、叫ぶよりも先に仕留めます」


 そう言った瞬間、カイとユーリスがハッとした。


「団長、まさか……!」


「ミレイユ団長、おやめください!」


「いいえ! やめません! 発動するよりも先に破壊する――これが筋肉を駆使した新たな解除法です!」


 私は呪具を右手で掴み、全力で握った。

 筋肉魔法〈マッスル・グリップ〉によって、私の握力は極大化している。

 その状態で握ればどうなるか――。


 パリン!


 呪具が粉々に砕け散った。

 そして――。


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