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018 ユルティア温泉郷

「いくぞ! ミレイユ・アードラー! はああああッ!」


 レオンが剣を振る。

 騎士剣術の芸術的な太刀筋が私を襲う。

 しかし――。


 パキィン!


 レオンの剣は、私の二の腕に当たると折れてしまった。


「「なにぃいいいいいいいいいいいいい!?」」


 レオンとバルドが同時に叫ぶ。


「我が剣が……どうして……」


「敗因は筋肉の差ですね」


「筋肉の差……?」


「どれだけ立派な剣術も、筋肉がなければお飾りにすぎません」


「筋肉……お飾り……」


「ということで、勝負は私の勝ちですね。その剣ではバルドさんと戦うこともできません。ゆえに、道場破りも失敗です」


 レオンは絶望の表情で崩れ落ちた。

 完全に自信を喪失している。


「バルドさん、今日はこれで失礼します」


「あ、ああ……! 助かったぜ!」


 私は「それでは」と歩き出す。

 すると、レオンが「待ってくれ!」としがみついてきた。


「ミレイユ殿、貴殿の理不尽なまでの強さに、私は心を奪われた! 貴殿のもとで学ばせてほしい! 私を弟子にしてくれ!」


「残念ながら弟子はとっていません。ですが、筋肉相談であればいつでも受け付けていますよ」


 私はすげなく断り、レオンを振りほどいて道場の外へ向かう。

 背中には、レオンの崇拝に満ちた視線が刺さり続けている。

 彼の剣は痛くなかったが、その視線は痛かった。


 ◇


 グレンデルから馬車で半日。

 山あいの湯谷、ユルティア温泉郷は硫黄の匂いと白煙に包まれていた。

 夕暮れの温泉街は賑やかで、浴衣姿の観光客であふれている。


 その中には私たちも含まれている。

 今回は、依頼ではなく休養目的でこの地に訪れていた。

 そう、今日は筋肉休養日である。


「いつも言っているように、効率よく筋肉を鍛えるには休息も必要です。温泉は回復を促進する――いわば、筋肉にとって最高のご馳走なのです」


 私は多くのギルドメンバーを連れて目抜き通りを歩いていた。


「……でも、なんでレオンまでいるんですか? 部外者ですよね?」


 浴衣姿のカイが、隣を見て顔をしかめた。

 帯刀していないのに、姿勢だけは騎士のままのレオンが真顔で返す。


「筋肉道を極めるため、師に付き従って学んでいる最中だ」


「だから師って呼ぶなよ! 団長の一番弟子は僕だ! そもそもお前、ギルドメンバーじゃないだろ!」


 暑苦しい火花が散る。


「はいはい、喧嘩は後で!」


 と割って入ったのは新聞記者のペンネだ。

 普段は隠れて記事を書いているが、今日は堂々と同行している。

 筋肉休養日を取材したいとのことだった。


「ペンネさん、今回の見出しはどうされる予定ですか?」


「今のところ、『飛ぶ鳥を落とす勢いの筋肉ギルド、休暇中も筋肉談義に花』かな」


「悪くありませんね」


 そんな話をしていると――。 


 ズドォン!


 腹に響く爆発音が鳴った。

 地面が揺れ、悲鳴が上がる。

 源泉の岩場から、白濁した熱湯と蒸気が噴き上がっていた。


「暴発だ! 熱湯が街に流れ込むぞ!」


 誰かが叫ぶ。

 その言葉どおり、制御を失った熱々の源泉が通りに押し寄せていた。

 まるで洪水のようだ。


「きゃああああああああ!」


「助けてぇええええええええええ!」


 瞬く間に温泉街が地獄と化す。

 誰もが混乱しているが、私だけは冷静だった。


「皆さん、行動開始です。避難誘導を行ってください。〈マッスル・ワーク〉と〈マッスル・スタミナ〉を付与しますので、素早く動けない方がいたら担いでください!」


 カイとレオン、それに他のメンバーたちがうなずく。

 私の号令で一斉にギルドメンバーとレオンが走り出した。


「ミレイユ団長、あなたはどうするの?」とペンネ。


「私は問題の原因になっている噴気孔を塞ぎます! 避難誘導だけでは犠牲が出ますから!」


「塞ぐ!? どうやって!?」


「簡単です――筋肉魔法〈マッスル・ブースト〉!」


 私は自身の筋肉を強化した。

 それから近くの巨大な岩塊に手をかける。

『ユルティアの恵み』と刻まれた観光用の記念石碑だ。


「ふんッ!」


 私は石碑を地面から引っこ抜き、噴気孔に向かって投げた。

 石碑は放物線を描くように飛び――。


 ズガンッ!


 噴気孔を塞いだ。

 これによって源泉の暴走が止まる。


「これで問題は解決しました」


「団長、やっぱりすげぇや!」


「我が師の筋肉、まさに別格……!」


 カイとレオンが呆然としている。


「あ、ありがとうございます! 何かお礼をさせてください!」


 騒ぎが落ち着くと、温泉組合の長である老人が駆け寄ってきた。


「礼には及びません。筋肉を持つ者として当然のことをしただけですから」


 私は微笑み、続けて条件を出す。


「ですが……どうしてもとのことであれば、当ギルド員の入浴料を割引してください。私たちの筋肉には適度な休養が必要なので」


 組合長は一瞬固まり、すぐ破顔した。


「もちろんですとも! 半額……いや、顔パスで構いません! 今後も好きなだけご利用ください! 筋肉様々です!」


 交渉成立だ。

 これで、ギルドメンバーが快適に温泉を利用できるようになった。


「『筋肉聖女、温泉街の大事故を一瞬で救う』……っと。相変わらず絵になるわねえ」


 ペンネが嬉しそうにペンを走らせていた。


 ◇


 ある日。

 グレンデルの南東――白塩湖ネレイア。

 私とセルマは、その場所へ偵察に来ていた。

 馬車は空の荷馬車と移動用の二台のみ。


「見てのとおり、これが『塩嵐(えんらん)』よ」


 セルマが厚手のストールで口元を覆いながら言った。


 視界の端から端まで、白一色。

 雪ではなく、塩だ。

 地表の結晶が風に削られ、粉となって舞い上がっている。


「ひとたび塩嵐が発生すると、採塩も積み込みも止まる。供給が途絶えれば塩は一気に値上がりする。そうなれば保存食も干物も漬物も、結局は食料品全体が連鎖的に高くなる」


 彼女は塩嵐の向こう――塩の倉庫群を指さした。


「そこで思ったの。〈筋肉応援団〉なら、この環境でも荷を動かせるんじゃないかって。もしできたら、採塩が止まる時期でも塩を出荷できる。つまり、相場を握って大儲けできるわけ」


「なるほど、ピンチをチャンスに変えるわけですか。セルマさんは頭の筋肉が立派ですね」


「商人は機転が利かないとやっていけないからね。それで、どうかしら? できそう? 塩嵐はしばらく続くから、あなた以外のメンバーにもやってもらわないと困るんだけど」


 問題なのは「今やれるかどうか」ではなく、「私以外にもやれるかどうか」だ。

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