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017 道場破り

 リリナが指したのは、〈ブラッディ・ナイトメアーズ〉の記事だ。

 相変わらず強引に褒めているが、内情を知る者が読めば酷い有様だとわかる。


「どうやら今回は、オークロードの群れを殲滅するのに苦労したようですね」


 私がいた頃なら一時間で解決した案件だが、今回は半日ほど要していた。

 幸いにも民間人の死者は出なかったようだが、周辺の集落については触れられていない。

 おそらく集落のほうはボロボロになってしまったのだろう。


「もう少し下です! ここです、ここ!」


 リリナが興奮気味に記事の末尾を指す。

 そこには『聖女フィオナ、過労による体調不良のため一時療養へ』と、申し訳程度の文字で記されていた。


「フィオナさんが過労ですか」


「ご存じだと思いますが、私、フィオナさんのことは応援しているんです!」


「そういえば、そんな話を前にしていましたね」


 リリナは新米の頃、王都のギルドで働いていた。

 フィオナには、そのときに何かと世話になったそうだ。


 フィオナに好意を抱く者は男女を問わず多い。

 それは、彼女が基本的には優しくていい人だからだ。


 フィオナは光環正教の敬虔な信徒であり、聖女に相応しい人格をしている。

 そんな彼女が敵意を剥き出しにする相手は、光環正教の意に反する者だけだ。

 筋肉を崇拝している聖女などが、その典型である。


「団長には申し訳ないのですが、私、心配で仕方ありませんよ。大丈夫なんでしょうか……?」


「大丈夫なわけがありません。これは明らかに魔法の使いすぎです」


 筋肉と魔法は似ていて、使いすぎると体が悲鳴を上げる。

 筋肉の場合は筋肉痛になるわけだが、魔法の場合は精神的に疲弊する。

 その状態でさらに魔法を使い続けた場合、人体に悪影響を与えてしまう。

 今のフィオナが、まさにそういう状態だ。


「どうしてこんなことに……」


「前衛のラグナスやグレイドがダメージを受けすぎているのです。彼らは『聖女がいれば治る』と過信し、回避や防御をおろそかにしているのでしょう。フィオナさんは聖女としてのプライドが高いため、限界でも回復し続けたのでしょう」


 つまり、前衛のツケをフィオナが払わされたというわけだ。


「ひどい……!」


「ただ、フィオナさんは私の追放に賛成していました。彼女自身が招いた結果でもあります。筋肉をおろそかにしていなければ、こうなってはいませんでした」


「それはそうですが……こんなの、あんまりじゃないですか! フィオナさんだけが罰を受けているようなものですよ!」


「いえ、そんなことはありません」


 私は笑みを浮かべ、コーヒーを啜った。


「聖務庁は私以外の聖女を大事にしているため、聖女を壊れるまで使い倒す行為は看過しないでしょう」


 なお、私が大事にされていないのは、光環正教の教義から外れている異端者だからである。


「確かに……聖務庁には絶対的な権力がありますもんね。じゃあ、何か処罰が下される可能性もあるのでしょうか?」


「最近の失態を踏まえると、降格審査にかけられてもおかしくありません」


「降格審査……!」


 リリナがぎょっとする。


「通常であれば、降格はそれほど痛手ではありません。ですが、王国の英雄とも呼ばれるSランクの勇者パーティーにとって、降格は死刑宣告にも等しい屈辱になります」


 私はマグカップに残っていた冷めたコーヒーを飲み干した。


「フィオナさんを使い潰した報いを受けてもらいたいです!」


 リリナは新聞を手に取ると、ぐしゃっと握りつぶした。

 私が追放された件では怒らなかったのに……と思うが、黙っておこう。

 それよりも――。


「リリナ、その新聞、私はまだきちんと読んでいませんよ」


「え!? あ、ごめんなさい団長!」


 リリナは慌てて新聞の皺を伸ばした。


 ◇


 その日、私は〈鋼身道場連合〉のグレンデル第一道場に来ていた。

 同連合は、その名の通り複数の道場からなる集合体だ。

 巷では「武術を身につけるなら鋼身道場へ」と言われている。


 第一道場の師範はバルドだ。

 筋肉の重要性に気づき、門下生に筋肉相談の受講を義務づけている。

 商業的な言い方をすれば「お得意様」だ。


「団長、どうだ? うちの門下生たちは」


 バルドが腕を組みながら訓練を見つめる。

 数十人の門下生たちは、統率された動きで拳を振るっていた。


「よく鍛錬されています。筋トレも怠っていないようですね」


 武術を支えるのは筋肉だ。

 どれだけ練度の高い武芸を身につけていても、筋肉がなければ使い物にならない。


「頼もう!」


 私たちが話していると、道場に一人の青年が入ってきた。

 整えられた金髪に、白銀の鎧。

 その立ち姿は定規で測ったように美しく、隙がない。


 独特の雰囲気が漂っている。

 王都で過ごしていた頃、似た連中を何度も見た。

 騎士剣術を修めた者だ。


 もし私の勘が正しければ、彼は自己紹介するだろう。

 その際、自分が騎士であると告げる。


「私は騎士のレオン・ヴァルスと申す!」


 正解だ。

 今日も頭の筋肉が冴えている。

 私は満足げにうなずいた。


「騎士が何の用だ?」


 バルドが怪訝そうにする。

 騎士剣術を修めし者――すなわち騎士は、極端な者が多い。

 光環正教と似ていて、自らの考えを絶対正義と信じて疑わないのだ。

 そういった背景もあり、バルドもぴりぴりしているのだろう。


「用件は一つ! 騎士剣術が鋼身道場の武術を上回っていると証明させてもらう!」


「要するに道場破りだな」


「そうだ。私の剣と貴殿の拳、どちらが上か決着をつけようではないか!」


「おいおい、その条件はさすがに――」


「その勝負、私が引き受けましょう」


 バルドが剣にビビっているようなので、私が前に出た。


「「なっ……!?」」


 バルドとレオンの両方が驚いている。


「貴殿は?」


「私はミレイユ・アードラー。〈筋肉応援団〉のギルドマスターです」


「あなたがあの……! それは話が早い!」


 レオンがにやりと笑った。


「話が早いとは?」


「この道場を破ったあとで貴殿のギルドにも行く予定だった。武術や筋肉が、由緒正しき騎士剣術の前ではいかに無力かを教えてさしあげよう!」


「なるほど。レオン、あなたの考えはわかりました。では、勝負の条件を決めましょう」


「いいだろう」


「おい、団長、正気か? 剣と筋肉でどうやって戦うっていうんだ?」


 バルドが困惑した様子で私を見る。

 門下生たちはそそくさと壁際に移動し、固唾を呑んで見守っていた。


「問題ありません」


 バルドに答えたあと、私はレオンに目を向けた。


「勝負は、あなたの一太刀で私に傷を負わせられるかどうかで決めましょう」


「なんだと?」


「私は決して攻撃を避けません。ただし、筋肉で防御します。私の皮膚を切れたらあなたの勝利、そうでなければ私の勝利です」


 レオンは「ふん」と鼻を鳴らした。


「そんなもの、私が勝つに決まっている。我が剣の切れ味と騎士剣術をもってすれば、鋼ですら切ることができる」


「私の筋肉を鋼ごときと比較されるのは心外ですね」


「なに……?」


「御託はこのくらいにしましょう。さあ、始めましょう」


 私は道場の真ん中に移動した。


「いいだろう。おい、そこの師範、回復術士を手配しろ」


「必要ありません」


「……後悔しても知らないからな!」


 レオンは私の前に移動すると剣を抜いた。

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