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016 採取団を救え

「それで、具体的にはどうやって救助されるおつもりですか?」


 ユーリスが尋ねてきた。


「筋肉で引き上げます」


「は……? いや、だからロープも届かないし、降りたら幻惑で……」


「カイ、準備は?」


 私はユーリスの懸念を無視し、後方に控えていたカイに声をかけた。

 彼は真新しい伸縮布の装束に身を包み、緊張した面持ちで頷く。


「いつでも行けます! ……でも団長、霧で下が全く見えません!」


「目は当てになりません。幻惑粉は視神経と三半規管を狂わせますが、筋肉の収縮から得る情報は嘘をつきません。重力に対して、どちらが『下』か。足裏の筋肉に聞きなさい」


 私はカイの肩を掴み、魔力を流し込んだ。

 今回必要なのは、精密な身体制御と、どんな足場でも食らいつく保持力だ。


「感覚を研ぎ澄ませなさい。筋肉魔法〈マッスル・フォーカス〉。衝撃を殺す〈マッスル・ジャンプ〉!」


「はいッ!」


 私たちは太いロープの一端を崖上の岩に固定し、もう一端を自身の腰に巻き付けた。


 命綱ではない。

 回収用のガイドラインだ。


「行きますよ!」


 タンッ!


 私が地面を蹴ると同時に、カイも続いた。

 私たちは崖の縁から、霧の海へ向かって垂直に飛び降りた。


「うわっ、落ちるよ、あれ! 自殺行為じゃないの!?」


 どこからともなくペンネの声が聞こえる。

 またしてもこっそり私の記事を書こうとしていたようだ。

 神出鬼没な女だ。


「筋肉があれば、何でもできます!」


「団長の言うとおりです! 筋肉最高!」


 ドンッ!

 私たちは霧を突き抜け、谷底の岩場へと着地した。

 通常なら足の骨が折れているところだが、〈マッスル・ジャンプ〉のおかげで無事だ。

 着地の際に生じた衝撃は、全身へと分散していた。


「あなたたちが採取団ですね」


 そこには、互いに身を寄せ合い、震えている五人組がいた。

 彼らの目は虚ろだった。

 幻覚を見ているのか、何もない空間に手を伸ばしてもがいている者もいた。


「ひぃっ! く、来るな! 虫が、虫がぁッ!」


 採取団の一人が錯乱し、私に石を投げつけようとしてきた。

 私はその手首を優しく、しかし断固たる力で掴んで制止した。


「落ち着きなさい。虫はいません。いるのは筋肉だけです」


 その一言で、採取団の面々は正気に戻った。


「せ、聖女様……!? ああ、神よ……でも、足が折れてて……回復魔法を……」


「残念ながら私は光環正教には属していません。我が身を救うのは神でも回復魔法でもなく筋肉です」


 私は採取団の様子を確認した。

 足を骨折して動けない者が二名、無傷の者が三名だ。

 五人とも憔悴しており、自力でロープを登れそうになかった。


「団長、僕たちで抱えて登りましょう!」


 カイはロープの状態を確認しながら提案した。


「その予定でしたが、気が変わりました」


「え?」


 私は、先ほど足の骨折を主張していた者に目を向けた。

 名前が分からないので、仮に骨折太郎と呼ぶことにする。


「回復魔法よりも筋肉が素晴らしいことを証明しましょう」


「聖女様? な、なにを……?」


 困惑する骨折太郎。

 そんな彼の背中を右手で掴むと、私は――。


「ふんッ!」


 崖の上めがけて、思いきり放り投げた。


「うぎゃあああああ! 聖女様ァアア! みんなぁああああああ!」


 骨折太郎が凄まじい勢いで飛んでいった。


「団長!?」


 カイが驚いているが、私は止まらない。


「他の方もいきますよ!」


「だ、大丈夫です! 私は自分で登ることが――」


「ふんッ!」


「ぎゃああああああああああああああ!」


 手早く五人全員を投げた。


「これで救助は終わりました。私たちも戻りましょう」


「やっぱり団長はすごいや……! 僕は頭の筋肉が不足していました」


「精進あるのみですね。せっかくですから、カイ、あなたも同じ方法で崖の上まで戻りましょうか」


「あ、いや、僕は大丈夫で――」


「ふんッ!」


「うぎゃあああああああああああああああああ! お母さあああああああああああん!」


 カイも霧の彼方へ消えていった。


「私も戻らないといけませんね」


 ということで、私は脚に力を込めて跳躍した。

 事前に〈マッスル・ジャンプ〉を発動していたおかげで、ひとっ飛びで崖上に戻れた。


「採取団の面々が飛んできたと思ったら、〈筋肉応援団〉の二人まで飛んできたんだけど!? どうなってんの!?」


 ペンネが驚いていた。

 その隣では、ユーリスも口をポカンと開けていた。


「一刻を争うと判断したため、筋肉的手段で解決しました」


「「筋肉的手段……?」」


「とにかく解決しました。それでよいでしょう」


「ま、まあ……」


 ユーリスは困惑しつつ、カイを見る。

 カイは顔面蒼白で地面に這いつくばっていた。


「一体、彼らに何があったのでしょうか……」


「細かいことは分からないけど、とにかくこれはすごいわ! あの霧の中へ飛び込んで、全員生還なんだもん! これ、また一面トップよ!」


 ペンネは嬉しそうにペンを走らせていた。


「上機嫌ですね、ペンネさん。次の記事の見出しは決まりましたか?」


 私が問うと、彼女はニカッと笑ってペンを回した。


「もちろん! 『回復なしで地獄から帰還! 幻惑の霧をものともしない筋肉の羅針盤』……ってとこね!」


「その見出しは少々詩的すぎる気もしますが、悪くありませんね」


 こうして我が〈筋肉応援団〉に、新たな実績が追加されたのだった。


 ◇


 数日後。

 夜の帳が下りた〈筋肉応援団〉本部で、私はコーヒーを味わっていた。

 昼間の喧騒が嘘のように静まり返った一階の食堂兼応接スペースで、仕事終わりの一杯を楽しむ。

 カフェインは筋肉の覚醒を促すが、寝る前に飲み過ぎると超回復の妨げになる。

 だから、おかわりはしない。


 向かいの席では、リリナが遅い夕食のスープをスプーンで掬っていた。

 彼女は今日も、筋肉目当てに押し寄せた冒険者たちの受付対応で声を枯らしていた。


「……ふぅ。やっと落ち着きましたね、団長」


「ええ。今日も良い筋肉が集まりました。グレンデルの平均筋力値は確実に上がっていますよ」


「それは良いこと……なんですよね? 最近、街ゆく人がみんなマッチョに見えてきて、私の美的感覚がおかしくなりそうで怖いです」


「あら? リリナのタイプは筋肉不足の男性でしたか?」


「いえ、そういうわけじゃないのですが……あ! そうだ! 団長、この新聞、読みましたか?」


 リリナは話題を変え、新聞を持ってきた。

 一面には、先日のレイヴァ峡谷における私の活躍が書かれている。

 本当に『回復なしで地獄から帰還! 幻惑の霧をものともしない筋肉の羅針盤』という見出しだった。


「ああ、この件ですか。これは――」


「違いますよ!」


 リリナは私の言葉を遮り、新聞をめくった。


「この記事です! 私が見てほしいのは!」


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