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014 アルノーの腕試し

 グレンデルから西へ一日。

 広大な穀倉地帯であるオルダ平原では、収穫期を迎えようとしていた。

 黄金色に輝く麦畑が地平線まで続き、風が吹くたびに豊かな波を立てる。


 だが、その平和な風景は、平原の中央を流れる用水路の一点で無残に断ち切られていた。


 用水橋の崩落現場だ。

 古い石造りの橋が中央から真っ二つに折れ、川の中へと崩れ落ちている。

 対岸には、収穫したばかりの麦や野菜を満載した数十台の荷馬車が、行き場を失って立ち往生していた。

 農民たちの悲痛な声が、風に乗って届いてくる。


 その現場に、私はアルノー子爵とともに来ていた。

 この問題を解決することこそ、彼が用意した“腕試し”なのだ。


 私たちと同行しているのは、フォルク、ヴァイス、ドーグの三名だ。

 フォルクはアルノーの補佐兼記録係。

 ヴァイスは護衛と治安維持のため。

 そして、運送ギルドのドーグは、物流問題の当事者である。


「これは酷いな……」


 ヴァイスが険しい顔で呟いた。


「どうしてこのような問題が起きたのか、状況の説明を頼む」


 アルノーが言うと、ドーグが「承知しました」と答えた。


「もともと橋脚が老朽化しておりました。そこに先日の豪雨がとどめを刺した格好となります」


「復旧の目途は?」


「恒久的な復旧には月単位の時間がかかります。石材の切り出し、加工、架設……最初からやり直しですので」


「ドーグ殿の意見は適切だと判断します」


 フォルクが手帳を見ながら同意する。

 子爵を一目見ようと集まった野次馬たちは、今の会話にどよめいた。


「復旧の間、物流はどうなる? ここは食料の要だろう?」


「残念ながら、どうにも……」


 物流のプロであるドーグが、申し訳なさそうに頭を下げる。


「つまり、このままでは農産物が腐るだけでなく、グレンデルや周辺の都市で食料価格が急騰しかねないわけだな?」


 アルノーの確認に対し、ドーグとフォルクが頷いて肯定した。


「……という状況だが、〈筋肉応援団〉の力で何とかできないかな?」


 ここでアルノーが、私に話を振ってきた。


「問題ございません。何とかしてみましょう」


 私は即答した。


「ずいぶんと強気だな。具体的な策があるのか?」


「ございます。閣下が懸念されているとおり、このままでは食料価格が急騰しかねません。ですから、恒久的な復旧は後回しにして、今日は仮設として即席の橋を通すだけで十分でしょう」


「……何?」


 アルノーが目を丸くして振り返る。

 私は腕を組み、川幅と崩落した石材の量を目測した。


「1+1=2、筋トレすれば筋肉量が増える……それらと同じくらいに単純な問題です」


「おいおい団長、無茶言うなよ!」


 声を荒げたのはドーグだ。

 彼は川に手を向けて、大声で力説し始めた。


「見てみろよ、この惨状を! 石材は川底だぞ? 引き上げるだけでも人手が要る。何より新しい橋に使える「加工済みの建材」がねえ! 都合よく揃ってねえんだよ!」


「加工済みの建材がないなら、準備すればいいだけのことです。ドーグさん、あなたの馬車隊は何のためにあるのですか?」


「準備だと?」


「近隣の森で背の高い木を伐採して、丸太を何本か調達します。それらの上に板材を敷き、縄で縛って固定します。これで即席の橋が完成します。必要であれば、石切場から割石を追加してもいいでしょう」


 野次馬たちが「おお!」と歓声を上げた。

 私の説明を聞いて、問題の即時解決という希望を見出したのだ。

 しかし、ドーグは違った。


「あのなぁ! 団長が言っているのは理想論だ! その『即席の橋』とやらを造るにも膨大な人手が必要になる。特に最初の工程――丸太の調達が困難だ。荷馬車の通行に耐えうるほどの巨木となれば、相当な重さになる。ここまで運んでくるだけでも一苦労なんだよ!」


「同感だ。他の材料はどうにかなるだろうが、丸太の調達だけは厳しいんじゃないか。大きすぎて馬でも運べないぞ」


 ドーグの言葉に、ヴァイスが賛同する。


「情けない……実に情けないです。これほど嘆かわしいことはありません。あなた方はこれまで何を見てきたのですか?」


 私はため息をついた。


「なにぃ?」


 ドーグが苛立った様子で睨んでくる。


「ドーグさん、あなたの言っている問題はすべて『あるもの』があれば解決できます」


「あるものって何だよ? 魔法か?」


「いいえ、筋肉です」


「は……?」


「ドーグさん、ヴァイスさん、あなた方が無理に感じるのは筋肉不足だからです。そのことを証明するため、丸太の調達は私が一人で行います」


「「一人で!?」」


「はい。この程度のことなら一人で十分です。あなた方はここに丸太が運ばれてきた後の作業を担当してください。丸太以外は何とでもなるでしょう?」


 私は挑発するように笑った。

 ドーグは「ぐっ……」と唸るだけで言い返してはこない。


「子爵閣下、私はドーグ殿やヴァイス殿と同意見です。ミレイユ団長の提案はあまりにも無茶かと……」


 フォルクが心配そうに言うが、アルノーは一笑に付した。


「問題ない。ミレイユ殿の案を採用しよう。今回は〈筋肉応援団〉の腕試しであり、我々は現場の判断に口を出さない約束だ。静観していよう」


「決まりですね。それでは、作業開始です」


 私は近隣の森に向かって歩き始めた。


 ◇


 慌てずに森まで来たところで、私は足を止めた。

 振り返り、後ろに控える二人に尋ねる。


「どうしてついてくるのですか?」


「もちろん、〈筋肉応援団〉のお手並みを拝見するためさ」


「私は子爵閣下の側近兼記録係ですので……」


 アルノーとフォルクが答えた。

 普段なら馬車で優雅に移動するであろう子爵が、今は自分の足で歩いている。


「嫌な顔一つせず現場に出たかと思えば、こんな場所を歩くことも厭わない……子爵閣下は、庶民派の貴族なのですね」


「解釈は君に任せるよ」


 アルノーがニヤリと笑う。

 以前、私が言ったセリフを返されてしまった。


「ただ一つ言えるのは、私は実利主義だということだ。だから合理的だと思える判断をするだけさ」


「筋肉と相性の良さそうな考え方ですね」


 雑談を切り上げ、私は前方の木に目を向けた。

 橋に使えそうな巨木だ。


「まずはこの木を伐採しましょう」


「簡単に言ってのけるが、どうやって伐採するんだ? 道具を持っていないようだが、魔法を使うのか?」


「いえ、この程度の木であれば、ただの手刀でどうにでもなります。筋肉魔法は必要ありません」


 私は精神を統一し――。


「はあッ!」


 巨木に手刀を放った。

 体を回転させての横一閃――鍛え抜かれた手と腕が刃となる。


 スパンッ!


 腕を振り抜いた瞬間、幹の根元に深い切れ目が走った。

 だが、巨木は倒れず、天に向かってそびえたままだ。

 なので、私は軽く手で押してあげた。


 ズドォン!


 巨木が豪快に倒れる。

 土煙が舞い、近くにいた小鳥たちが慌てて飛び立った。


「必要なのは幹だけですので、樹冠は切っておきましょう」


 樹冠のそばに移動すると、今度は縦に手刀を振り下ろした。

 これで幹の部分――すなわち、必要な丸太だけが残った。


「まずは一本。この調子で、必要な数を用意しましょう」


 私は手や腕に付着した木屑を払いながら振り返った。


「閣下、これは……」


「どうやら彼女は、我々の予想を遥かに上回る傑物だったようだ」


 アルノーが嬉しそうに笑った。


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