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013 グレンデル自治評議会のアルノー子爵

 グレンデルの中央広場に面した、石造りの重厚な建物。

 都市の行政と経済を司る中枢――グレンデル自治評議会の本庁舎。

 その最上階にある会議室へ、私は招かれていた。


 磨き上げられた長机の上には、高価な茶器と焼き菓子が並んでいる。

 だが、誰も手をつけていない。

 部屋の空気は、甘い菓子の香りよりも、張り詰めた政治の気配で満ちていた。


「ようこそ、筋肉聖女殿」


 上座に座すのは、この辺境都市を治める実力者の一人、アルノー・セルディ子爵だ。

 貴族らしく仕立ての良い礼装に身を包み、柔和な微笑を浮かべているが、その目は笑っていない。


 子爵の隣には、側近のフォルクが控えていた。

 先日、ヴェントラにやってきて私に書簡を渡した男だ。


「はじめまして、子爵閣下」


 対する私も一人ではない。

 左右には、商会連盟の代表セルマとギルド協会の支部長ガルンが同席している。

 二人は私の後見人、つまり後ろ盾だが、表情は硬い。

 呼び出しの意図を測りかねているのだろう。


 実のところ、私も状況を把握していなかった。

 先日受け取った書簡には、用件すら書かれていなかったのだ。


「〈筋肉応援団〉の活躍は興味深く拝見している。ワイバーンを素手で討伐したり、河船を救出したり……噂を聞かぬ日がないほどだ」


 アルノーが優雅に両手を広げ、歓迎を示す。

 だが、その口調には、明らかに品定めする響きがあった。


「お褒めに預かり光栄です。ですが、用件があるなら単刀直入にお願いします。筋肉は無駄話を嫌います。筋トレの時間を削ってここに来たのですから」


 私は椅子に深く腰掛けたまま、彼を真っ直ぐに見据えた。


「無礼な! 言葉を慎みなさい!」


 フォルクが眉をひそめる。

 アルノーは片手を挙げて制止すると、用件を切り出した。


「では単刀直入に言おう。君のギルド〈筋肉応援団〉を、自治評議会の公式な戦力として迎えたい」


 公式な戦力。

 その言葉の響きに、私は眉を寄せた。


「公式? それはつまり、権力の飾りになれということですか? 式典でポーズを取り、貴族の護衛として突っ立っているだけの置物に?」


「誤解しないでくれ。私は飾りなど欲しくはない。私が欲しいのは君の実績だ」


「実績?」


「治安維持、人命救助、物流の改善……筋肉がもたらす『実利』は、都市の利益に直結する。それを評議会の管理下で、より効率的に運用したいと言っているんだ」


 彼は卓上で指を組んだ。


「王都からの干渉が強まる今、グレンデルには独自の力が要る。君を『都市公認』の組織として遇し、予算と権限を与えよう。その代わり、評議会の要請には最優先で応えてもらう」


 私がセルマと交わした優先契約に似た発想だ。

 承諾すれば、〈筋肉応援団〉の社会的評価は上がり、活動の幅も広がるだろう。

 そして、ギルド最大の目的である「筋肉の万能性」の証明にも大いに役立つ。

 魅力的な提案だ。


「……ミレイユ、これはチャンスよ。商会だけでなく行政とも繋がれば、制度的な後ろ盾ができる。王都の聖務庁などから圧力をかけられても、都市が盾になってくれるわ」


 隣でセルマが口元を隠し、私にだけ聞こえる声で囁いた。


「だが、縛りも増えるぞ」


 反対側でガルンが低い声で唸った。

 彼は立場上、組織に縛られる不自由さを熟知している。


「公認になれば監査も入るし、書類仕事も倍増する。何より、おいそれと現場の判断で動けなくなるぞ。特にギルドマスターのあんたは、今までのように好き勝手に出歩けなくなる」


 二人の懸念はもっともだ。

 だが、私の答えは決まっていた。

 私は卓に肘をつき、アルノー子爵の目を覗き込んだ。


「ありがたいご提案ですが、こちらにも条件があります」


「条件? 聞こうか」


「筋肉は自由と平等の象徴です。ですから、必要以上の拘束は望みません。政治の道具にされたり、何かにつけて評議会の許可を待たされたりするのは困ります」


「つまり、どういうことかな?」


「これまでと変わらず自由に活動させてほしいということです。必要なときは、他の組織と同様に依頼してください。優先的に対応させていただきます」


「要するに、自治評議会の公式な戦力には加わらないということか?」


「解釈はお任せします。ただ、私が提供できるのは、優先的に依頼を引き受けるという約束だけです。当然、任務の遂行は現場の判断で行います。それが飲めないなら、この話はなかったことに」


 室内が静まり返る。

 ここまで不遜な態度を取れば、不敬罪で捕縛されても文句は言えない。

 セルマが天井を仰ぎ、ガルンが頭を抱える。


「ははは! 面白い! 噂通りの豪傑じゃないか!」


 だが、アルノーは声を上げて笑った。

 楽しげに膝を叩いている。


「いいだろう。その条件、飲もうじゃないか。現場を知らぬ者が指揮を執ってもろくなことにならないのは、私も理解している」


「閣下、よろしいのですか?」


 フォルクが信じられないといった顔でアルノーを見る。


「構わんよ。〈筋肉応援団〉と“提携”しているとなれば、対外的には良いアピールになる。双方にとって良い話であることに変わりはない」


 アルノーは表現を「戦力」から「提携」に言い換えた。

 こちらの意図を明確に察しているようだ。

 子爵の地位にあるだけあって、頭の筋肉が他とは違う。


「では、提携に資するかを判断するための腕試しをさせてもらおう」


「腕試し?」


「我々が抱えている懸案を一つ、君に預けようと思う。もちろん正規の報酬を支払う」


 アルノーは再び私に向き直り、試すような視線を投げてきた。


「懸案、ですか」


「ああ。評議会で問題になっているインフラ事故がある。それを君の筋肉で解決してほしい」


 彼は具体的な内容までは言わなかった。

 それでも引き受けるくらいの胆力を、私に求めているのだろう。


 望むところだ。

 私はニヤリと笑い、力強く頷いた。


「お任せを。筋肉に解決できない問題はありません。その懸案とやら、私の筋肉で粉砕してみせましょう」


 交渉は成立した。

 権力の側もまた、私の筋肉を必要とし始めている。


 私とアルノーは席を立ち、固く握手を交わした。


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