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011 聖女になる方法

「たしかに光環正教は聖務庁に強い影響力を持っています。認定の入口にあるのも、光環正教の儀礼――光環反応の測定です」


「そのとおりです! ですから――」


 何やら喚こうとするマルガを、私は手で制止した。


「問題は、あなたが“回復魔法の有無”だけを見て、結論を決めていることです。聖務庁が見るのは『回復魔法を使えるか』ではなく、『光環反応が一定以上か』と『登録に必要な誓約と監督に従えるか』です」


「なっ……!」


「光環正教の言う『光環反応』や聖務庁の言う『聖女適性』を、世間では『魔力』と呼びます。ゆえに、世間では『魔力が高ければ聖女になれる』と思われています」


「それは間違っています! 魔力が高ければ聖女になれるというものではありません!」


「はい、そのとおりです。世間の雑な認識には誤りがあります。聖女になりたくてもなれない者の中には、魔力が高い者や回復魔法が使える者もいます。特に後者は、光環正教の信徒であるあなたのほうが、私より詳しいはずです」


「…………」


 マルガが沈黙する。

 それでも、私は話を止めなかった。


「聖女とされるのは、光環反応が強く、儀礼に耐え、聖務庁の登録を通った者――その枠に入った者だけです。そして、私は聖女に認定されました。光環正教の信徒でもなければ、回復魔法も使えないのに。それは、聖務庁の定める基準を満たしたからに他なりません」


「ぐぐぐっ……ぎぎぎっ……!」


 マルガの歯ぎしりが響く。

 頭ではわかっていても、決して認めたくないのだろう。

 しかし、これが現実だ。


「さて、雑談はこのくらいにしましょう。私にどれだけ説教をしたところで、あなたが満たされることはありません。お互いのためにも、さっさとこの不毛なやり取りを終えるべきです。さあ、伝票にサインを」


「その言い草……! まるで私が八つ当たりしているかのようではありませんか!」


「違うのですか? 光環正教の修道女は誰もが聖女を目指しますが、聖女になれるのは一握りの人間のみ。なのに、光環正教とは無縁の私が聖女になった。そのことが気に食わないのではございませんか?」


「なんと失礼な! やはり、あなたのような人間は異端審問にかけるべきですわ! それしかありません!」


 いよいよ反論できなくなったマルガは、論点のすり替えを図った。


「異端審問でも何でも結構ですが、とにかく伝票にサインをしていただかないと困ります」


 私がうんざりしながら伝票を押しつける。

 このままサインされなかったら、どうすればいいのだろう。

 そんなことを考え始めたとき、黒衣の男が近づいてきた。


「……揉め事は困るな。ここは神聖なる祈りの場だぞ」


 聖務庁監察官、イグナート・レオンハルトだ。

 王都で私の追放手続きを担当した彼が、どういうわけか現れた。

 彼は眼鏡のブリッジを指で押し上げ、私とマルガを交互に見る。


「イグナート監察官。奇遇ですね。どうしてここに?」


「君に答える必要はない。そんなことより、このような場所で醜い言い争いはよせ。不必要な摩擦は信徒の不安を招く」


 イグナートは淡々と言い、マルガへ視線を向けた。


「シスター・マルガ。彼女らは正規の輸送業者として入市許可を得ている。荷受けを拒否すれば、商会連盟との契約違反となるのは修道院側だ」


「で、ですが監察官殿! この者は筋肉などという野蛮な……!」


「思想は自由だ。行動が法に触れない限りはな」


 イグナートの言葉は公平だが、冷たい。

 彼は私のほうへ向き直り、釘を刺すように言った。


「だが、ミレイユ。君の活動は少々目に余るという報告も上がっている。筋肉魔法による過度な身体強化は、人体への安全性を無視しているのではないかとの懸念がある」


「安全性なら確保しています。私の筋肉は、いつだって制御下にありますから」


 私が反論しようとした瞬間、広場の石畳に不穏な軋みが走った。


 ガキンッ!


 老朽化していたのか、あるいは過積載だったのか。

 私たちが運んできた荷馬車の後輪の一つが、突然、車軸ごとへし折れたのだ。


 バランスを失った荷台が大きく傾く。

 積まれていた巨大な青銅の鐘――重さにして数百キロはある代物――が固定ロープを引きちぎり、滑り落ちた。

 そのままコロコロと転がっていく先には、マルガがいた。


「きゃあッ!?」


 マルガが悲鳴を上げ、腰を抜かす。

 巨大な鐘の影が彼女を飲み込む。

 逃げることはできない。


「まずい!」


 冷静なイグナートもさすがに動揺する。

 いつの間にか集まっていた野次馬の修道女たちが悲鳴を上げた。


『大丈夫! 怪我をしても回復魔法で治せばいいじゃない! だってここは光環正教の修道都市なんだもん!』


 そんなことを言う人間は誰もいない。

 回復魔法で治せるのは生きた人間だけだ。

 巨大な鐘に押し潰された人間を治すことはできない。


 この局面を打開するのに必要なのは――筋肉だ。


「危ない!」


 私が考えるより速く、鍛え上げた速筋が炸裂した。

 爆発的な加速でイグナートを追い越し、マルガの目前へ滑り込む。

 私は彼女を庇うように背を向け、鐘の下へ身をねじ込んだ。


 ドォォォォン!!


 広場全体を揺らすような衝撃音が轟いた。

 土煙が舞い上がり、石畳が蜘蛛の巣状にひび割れる。

 周囲の信徒たちが悲鳴を上げ、顔を覆った。


「……ふんッ!」


 土煙の中で、私は短く息を吐いた。


 重い。

 背中にのしかかる数百キロの質量は、普通なら脊椎を粉砕していただろう。


 だが、私の背筋は鋼鉄よりも強靭な筋肉の鎧だ。

 この程度の鐘を受け止めることなど造作もなかった。


「ぬんッ!!」


 私は脚に力を入れ、鐘の勢いを殺した。

 鐘が完全に止まったのを確認すると、服の埃を振り払う。

 それから、口を半開きにしたまま腰を抜かしているマルガに目を向けた。


「……怪我はありませんね、シスター?」


 私が問いかけると、マルガは震える唇で何かを言おうとして、言葉にならない息を漏らした。


「あ、あなたが……私を……? どうして……? しかも、生身で……?」


「これが筋肉です。そして、筋肉は平等です」


 私はマルガに手を差し伸べた。

 マルガはその手を見つめ、迷った末に、恐る恐るといった様子で握り返す。


「今日の護衛が私で幸いでしたね。他のメンバーなら、筋肉不足で死んでいましたよ」


「……助けていただいたことには感謝します。ですが、その……やはり野蛮ですわ」


 顔を真っ赤にして立ち上がったマルガは、精一杯の強がりを放った。

 先ほどまでの彼女を思うと、かなり譲歩したほうだろう。


「ええ、野蛮で結構。ですが、この鐘を台座まで運ぶのも、その野蛮な筋肉の仕事ですので」


 私は転がった鐘を、今度は片手でひょいと持ち上げた。


 周囲から「おお……」とどよめきが起きる。


 イグナートが深いため息をつき、眼鏡を拭き始めた。


「……報告書には『人的被害なし、物的損害は石畳のみ』と書いておこう。どういう理由であれ、鐘が転がった責任は……ミレイユ、君のギルドにある」


「「そんな……!」」


 私とマルガの声が被る。


「気が合いますね、シスター」


「ち、違います!」


 マルガは顔を真っ赤にして、そっぽを向いた。


「だが、君がシスターを救ったのも事実だ。その点を鑑み、今回の件は修道院側が荷物を受け取った後に起きたものとする。であれば、誰の責任でもなくなる」


「寛大な措置に感謝します、イグナート監察官。記念に握手でもいかがですか?」


「結構」


 イグナートが歩き去っていく。

 彼を通すために、修道女たちが道を空ける。

 だが、その中に、修道女とは違う見知った者がいた。


 新聞記者のペンネだ。

 ニヤニヤしながら手帳に書き殴っている。


「『宗教VS筋肉、軍配は筋肉に』……っと! やっぱり尾行して正解だったわ!」


 私は苦笑しつつ、マルガに伝票を渡す。

 マルガは「仕方ないですわね」などと言いつつ、素直にサインしてくれた。


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